6.入学式前のHR、先生による宣誓の頼み
例の入学試験から1週間が経った。
いよいよ今日がアルメナ学園の入学式の日である。
4kmほど離れた学生寮から徒歩1時間で学園までやってきた。
青色の制服姿に身を包んだ俺は学園の門をくぐる。
「ほお、ここがアルメナ学園。入試のときはよく見ていなかったけれど、きれいな学園じゃないか」
国一番の学園ということで色々なところにお金をかけているらしい。
例えば、広大な敷地に建てられた数々の学塔。
その巧みなデザインは綿密に設計されたのだろう。
一面、白色にコーティングされた塔の外壁はシンプルだが上品際立たせる。
また、学園の顔となる門はその白壁とは対照的に分厚く真っ黒な鉄の扉によってできている。
「さあ、ここから俺の優雅な学園生活が始まるんだ」
と意気込みたかったのだが俺のテンションは相変わらず低い。
あの試験による出来事を引きずっているからだ。
俺は試験で足をつってしまったのだ。
それは思い出すのも嫌になるほどの醜態だった。
「くっ、なんで足つっただけで点数が0点になるんだよ。ふざけんじゃないぞ~、審査員。お陰さまで最下位クラス、H組になってしまったじゃないか。絶対採点方法おかしいよね!」
「ああ。学園で最強の冒険者になるという俺の夢が遠のいてしまったじゃないか……トホホ」
そう、先日足をつった俺がこれから生活する場所は一流の中の一流が集まるエリートクラスではない。
俺が学園生活をともにするのはH組……学園の落ちこぼれが集まる最下位クラスなのだ。
つまり、学園の底辺に俺は放り込まれた。
そのことを嘆いた俺は一人虚しく、地面を蹴る。
そして、賢者モードに戻る。
「でも、自業自得といえば間違いではないのかもしれないな。そのことにいつまでもウジウジしていても仕方ないよね。こうなったら最下位クラスから成り上がってやる!」
俺は決意を固めるとクラスの教室へ足を運んだ。
◆
1年H組の教室へやって来た。
すでにたくさんのクラスメイトが来ていた。
「ふう、ここがH組か。んで、彼らがクラスメイトだな」
筋力や魔力のオーラから見てとれるように、H組の生徒は上位クラスの生徒に比べて数段能力が劣っているのがわかる。
たいしたことねえな。
ま、せいぜいDランクのステータスが限界だろう。
しかし俺は「H組の彼らは天才の俺と釣り合うに値しない」……なんて差別的なことを考える、貴族のようなプライドの高い人間ではない。
最下位クラスとはいえ人であることには変わりない。
器の広い俺はぜひとも彼らと仲良くしたいと思う。
さて、教室内を一通り確認し終えると窓際一番後ろの列にある自分の席につく。
「あ、メナ君だ。久しぶりね」
「おお、カロナ。やっぱり君もこのクラスだったんだな」
着席すると同時に隣の席の女子に話しかけられた。
その女子とは王族のカロナ=エルメス。
入試試験のときに出会った俺の友人である。
しかし、制服姿の彼女もまた可愛いらしくみえる。
以前会ったときはドレス姿だったので、そのギャップが俺の心をくすぐる。
その可愛さに対する動揺を隠しながら俺は話を続ける。
「もったいないよな、カロナならもっと上のクラスにいけたと思うのに」
入学試験において俺はカロナの実力を目にした。
彼女はとても壮大な魔法を扱うことができる魔法士だ。
その実力はかなりのものだとは思うが、彼女は試験のときにメチャクチャ長い呪文を使用してしまうというミスをしてしまい、このH組に来ることを余儀なくされた。
テストでほんの少しやらかしてしまったせいで本来より低く評価されてしまったという、我が同志なのだ。
「そう? でもべつにいいかな」
「ポ、ポジティブだなあ」
あれ?
この女子、本来の実力を評価してもらえずに最下位クラスになったことを不満に思っている様子が全くない。
むしろ楽しそうにみえる。
俺と違って、実力を正しく評価されなかったことをネガティブにとらえていない。
「逆にメナ君はショックそうだね。あの戦闘試験で私以上にやらかしていたし。やっぱり君も上のクラスに行きたかった?」
「いや、別にそういうわけではないんだけどな。どうもやりきれない気がしてさ」
実は俺もH組になったことに対してはそこまで不満に思っていない……うん、思っていない。
いいクラスに入れたからといって必ずしも優秀な冒険者になれるとは限らないから。
逆にH組のように成績の悪いクラスでも、そこで頑張ればいい冒険者になることだってできる。
所詮クラスの差なんてものはただの環境さ。
大した影響はない。
だから正直H組でもかまわない。
「足つっただけで0点という評価方法が気に入らないのさ」
ただ、ちょっとした不運のせいで俺の本当の実力を評価してもらえなかったことが何よりもムカつく。
よく運も実力のうちだとか言われるが、あんな言葉は俺は嫌いだ。
「ふーん、でもおかげでこうしてメナ君と同じクラスになれたから私はよかったよ。あなたもそう思わない?」
無念に肩を落としている俺にカロナは一言添えた。
「……た、たしかにそうかもな」
なんだろう。
彼女は不思議と俺を和ませてくれる。
落ち込んでいた俺の心をすんなりと浄化してくれる。
こいつはいい女になりそうだ。
俺はいい仲間をもったことを改めて感じさせられた。
カロナとしばらく話し込んでいるとチャイムがキーンコーンと鳴った。
「あ、チャイム鳴ったね。そろそろHRだよ。担任の先生誰になるのかな~?」
「それは楽しみだな。おっ、先生が入ってきたぞ」
朝のチャイムと同時にH組の担任となる先生が教室内に入ってきた。
担任の先生はこの1年間俺たちの学園生活の面倒をみてくれる先生だ。
したがって、担任が誰なのかということは非常に大事なことだ。
噂によると、デービルという先生が不人気らしい。
彼の物理学の授業が難しくてわかりにくいそうだ。
デービル先生ではないことを祈る。
「どうかあたりの先生でありますように」
俺は不安も入り交えながら、先生の顔を拝見する。
「よう、早く席につけー。面倒だけどHRやるぞー」
少しガッチリしていて背のたかい色黒で短髪の若い男の先生だ。
スウィンガ先生だ。
よっしゃ、当たりの先生だ。
「あ、スウィンガ先生だ」
「H組はスウィンガ先生なのね」
「あらやだ、けっこうカッコいいかも」
「やったあああ、あたりだぞおお」
カッコよくて人情深いと噂のあるスウィンガ先生は学園のなかでもトップクラスで人気の先生だ。
うちのクラスの担任が彼だと知って、過半数のクラスメイトたちは興奮で叫ぶ。
「お前ら落ち着け、落ち着け。感謝されるのは嬉しいが、入学式まで時間がないのでな。はい、起立、礼っ!」
先生は照れくさいのを隠しながら急ぎ早にHRを進める。
「あー、時間がないからさっそく簡単な自己紹介をしておく。……えー、入学試験で俺のことを知っている生徒も一部はいると思うが、改めて自己紹介だ。俺はスウィンガ=クロム、ジョブはモンクで担当教科は実戦闘学だ。この1年H組を担当させてもらう。よらしくな」
「「よろしくお願いします!」」
俺たちの元気のいい挨拶にたいして先生も思わず笑顔になる。
「いい返事をありがとう。今日からみんなは俺の大事な生徒だ。仲良くやろうぜ」
「「はい、スウィンガ先生!」」
H組からのスタートで落ち込んでいたけど、今の俺はなぜかウキウキしている。
俺はこれからの学園生活に希望を抱いた。
◆
「というわけで、これでHRを終了する。15分後の9時から入学式が始まる。では講堂へ移動してくれ」
「「はい」」
HRが終わり、入学式に出席すべくクラスメイトたちは教室をでた。
俺も彼らに続くべく教室を出ようとした。
そのとき、スウィンガ先生に呼び止められた。
「メナ=ソウド君、ちょっといいか。少し話がある」
「えっ、俺ですか?」
入学早々、俺は呼び出しを食らう。
何か悪いことでもしちゃった?
もしかしてさっきのHRでの態度が悪かったのか?
教室にただ一人残らされた俺は不安で冷や汗をかく。
「そんな怯えなくていいぞ。叱る内容ではない」
「ではなんですか?」
「聞いて喜べ。なんと君は新入生代表の一人に選ばれた。入学式で新入生代表としてこれを読んでほしい。宣誓の言葉だ」
「えっ?」
先生が手渡してきたのは1枚の紙だ。
入学式でこれを読め、と先生は頼んできた。
え、なんで俺なの?
俺H組だぞ?
新入生代表でそんなことをする器の人間じゃないぞ。
「せ、宣誓の言葉ですか?」
「この学園のルールでな。 例の入学試験の優秀者に、代表として入学式で宣誓の言葉を任せることになっている。 代表は3人だ。 戦闘試験でトップだったもの、学術試験でトップだったもの、合計点でトップだったもの。以上の3名だ。 君はケガをしたせいで戦闘試験は0点だったが、学術試験ではぶっちぎりのトップだった。よって代表に選ばれた。……これで納得してくれたかい?」
「は、はい」
なるほど。
どうやら俺はあの学術試験で生徒の中でトップだったらしい。
たしかにあのレベルの試験は俺にとっては朝飯前だったのは覚えている。
ほとんどの教科で満点を取った俺が学術試験の部門において、全生徒の中でぶっちぎりの一番だったというわけか。
優秀者と言われて悪い気もしないし、引き受けることにしよう。
「俺、やります」
「ありがとう。……フフッ、面白いことになっているんだぜ。例年代表に選ばれるのは上位クラス、とくにA組なんだがな。下位クラスから選出されるなんてまずありえない。ましてH組からはな。学長様もさぞ驚いておられた。下位クラスから代表者がでたのは君がはじめてだよ」
「そうなんですね。とにかくH組として恥にならないように精一杯務めさせていただきますっ」
「そうか、ありがとう、ソウド君。これで用件はしまいだ……」
これにて公的な用件は済んだみたいだ。
しかし、先生はまだ何か言いたそうにこちらをチラチラ見てくる。
そして別の話をきりだしてきた。
「……といいたいところなんだが、一つだけいいか?」
「どうしました?」
「君は学術試験では世界学以外全て満点というとんでもない成績を残してくれた。 その成績からも君の素晴らしさは想像できる」
「ありがとうございます」
「それにヘルムーボ先生から君の本当のステータスを聞き出してやったよ。 いやあ、恐ろしかったね、とくに魔力と知力。 ステータス面でみれば間違いなく学園でも群を抜く実力を持っている。 もしあのとき足をつってさえいなければ、間違いなく戦闘試験でもえげつない結果を残していただろう。 そんな超優秀な君に、ぜひとも魔王討伐のために頑張ってほしい。 そこで特別措置で、君を特待生にしてあげたい。 どうだろうか?」
彼はヘルムーボ先生と同じことを提案してきた。
俺の実力を嗅ぎ付けた先生は俺に特待生の打診をしてきた。
少なくともこの人は俺のことを思って、俺のために適切な処置をしようとしているのだろう。
そのことは嬉しく思う。
だが、俺は訳あって特待生にはならない。
どうも先生たちは誤解しているようだ。
俺のステータスを買いかぶりすぎている。
たしかに魔王に匹敵する魔力と知力は超一級品だ。
これだけ見ると、俺のステータスは明らかに魔法士向けだ。
だけど、俺は魔法士ではないのだ。
刀士なのだ!
そのため、自慢の魔力と知力は死にステとなる。
俺のステータスを見て、彼のような話を持ちかけられることは多々あったが、それはお門違いなのだ。
「あのー、俺は将来国軍に入ろうと思っていないので。厳しい練習とか苦手だし」
「やっぱりダメか。じゃ、また気が向いたらいつでも言ってくれよな」
「はい。どうもありがとうございます」
俺はいつもどおりに丁重にお断りする。
断られた先生は「宣誓の件、頼んだぞ」と言い残すと急ぎ足で入学式の会場である講堂へ向かった。
俺は渡された原稿を握りしめて、そのあとを追った。