56.昨夜の不祥事がバレて内部分裂した
勇者党党室にて、俺はカロナ、シホ、コノハ、ハルゴの4人に呼び掛けた。
「みんなも知ってのとおり、研究発表会がいよいよ来週に迫った。時間はかなり限られていると思うが、お互いに協力しあって準備をしたいと思う」
学園の一大イベントの一つである研究発表会。
学園に所属する研究党が研究内容を有志で披露する会だ。
その目的は、日頃の課外活動の成果をその場で発揮し、互いの研究レベルを知ることで刺激を与えあうこと。
俗にいう切磋琢磨ってやつだ。
また、馬にニンジンをぶら下げるのと同様に、この発表会で最も優秀な研究成果を披露したものには、多額の賞金が与えられるという。
当然俺たちも馬になったつもりで優勝を狙う。
そして、その賞金を魔法刀の開発費用に注ぎ込んでやる。
これが俺の野望。
絶対に止めさせやしない。
優勝は俺たちのものだ。
「いいか、絶対優勝するぞ!」
「自信ある……メナ?」
「もちろんさ、ハルゴ」
以前にカロナの魔法に対して成功した魔法式の因数分解定理、通称メナ=ソウド理論を立ち上げた俺には優勝する自信が十二分にある。
この理論は元来の魔法理論体系を覆す最強理論。
邪竜の炎眼のような高威力の代わりに、魔法式が複雑で呪文が非常に長いという最悪のデメリットをもっていた『高威力長呪文型魔法』に対する解決案を見いだした。
もし、この理論が普及されれば、とんでも火力の魔法を簡単に発動させることができる。
消費MPが大きい点を除けば、今後の戦闘に大きく貢献することは間違いなし。
どうしてこの素晴らしい理論が賞賛されないことがあろうか?
このように勝算はある。
といっても、俺だけで発表を完成させることは不可能だ。
「もちろん俺一人だけではできないことだ。発表の準備ってのが色々あるからね。資料を作成したり、それと実際に魔法を撃ってもらう係も用意したい。とにかく協力が必要なんだ。頼めるかい?」
「僕はOK」
「ア、アタシも」
よしよし。
いいねえ、ハルゴ、シホ。
あとはカロナとコノハだ。
君たちはどうだ?
残る二人に期待の視線を向ける。
「ちょっとメナ君、その前に聞きたいことがあるんだけど」
「えっ?」
妙に静けめいた声色を立て、妙に不機嫌な顔をしたカロナが俺の袖を掴んできた。
うっ、こいつ握力強いぞ。
メチャクチャ力込めてるじゃん。
それになんだか怒ってる?
なにがなんだかわかんねえぞ。
唐突だ。
彼女を怒らせる心当たりは微塵もないのに。
「もしかして彼女は思春期女子特有のアノ現象なのかな?」などの下劣な思いを張り巡らせつつ俺はカロナの質問を待った。
「あなたもしかして昨日シホさんと何かやった?」
ギクギクギクーーッ。
え、なにこいつ、エスパーか?
ちょっ、ピンポイントなんですけど。
あまりに鋭い彼女の指摘に俺は一瞬固まる。
……そうか、心当たりあったぞ。
「ど、どうして……いきなり、そんな?」
「女の勘……かしら?」
「お、おうふ」
「さっきの集会、あなたたち二人なんだか様子が変だったから。なんかお互い意識してる?って感じ。悔しいけど私にはそう見えた」
王家のお嬢様はさぞ聡明なことで。
ビンゴです。
でもそんなこと口が裂けても絶対に言えない。
「そ、それは、その……」
焦った俺が口ごもっていると。
「何よカロナっち、アタシ何か悪い?」
あちゃー。
シホが絡んできた。
これは非常にマズイ。
「むむ、やっぱり何かあったのね?」
「ええ、昨日メナっちの部屋でベッドインしましたが何か?」
あああああああああ。
言いやがったあ、こいつーーーー!
「う、嘘でしょ……。そこま……で……?」
「嘘じゃないもん」
その言葉を聞いた瞬間、カロナはフリーズした。
「………………」
"ポロポロッ"
呆然と立ち尽くす彼女の目から、涙が溢れだす。
カロナは怒りを通り越して泣いてしまった。
無言無表情で泣いているので、これは相当ヤバいやつだ。
このとき、「ああ、俺はやらかしたのだな」と自分の不祥事に対する事の重さを悟る。
「メナ師匠、せっかく拙者も師匠のこと心配していたのに。まさか左様に女子にだらしないとは。まさに和の精神背く所在。ゆえに拙者、師匠の弟子をやめるでござる」
「あっ、コノハまで」
「もうあなたはメナ師匠でありません。ただのメナでござる」
"ポカッ"
「ぐはっ」
当然怒っているのは、カロナだけではない。
ロリっぽくて色気はないが、コノハとて一応は女の子。
彼女ですら俺のふしだらを嘆き、罵倒してきた。
しかも、『ただのメナ』という屈辱の称号までいただき、股間を足で蹴られるという始末。
「ごめんなさい、私手伝えないわ」
「拙者もでござる。カロナ、帰るでござる。やい、ただのメナ、発表会は知らないでござるからな!」
"そそくさっ"
二人は荷物を持って、部屋を去った。
◆
残された俺たちはその場でしばらくポカーンとしていた。
「すまねえ、シホ、それにハルゴ」
どう考えても全部俺のせいだ。
あのときは後先考えずつい目先の欲求にかられて、シホとアウトなことをしかけた。
完全に自分の不甲斐なさが原因だ。
「ごめん、アタシから誘ったのが悪かった。まさかあの二人があそこまで怒るなんて予想してなかったもん。アタシがメナっちとどうなろうと、あの二人には関係ないはずなのに」
シホは自分の望むことを純粋に行動に移しただけ。
それを他人からあれこれ言われる筋合いはない。
彼女の言い分は正論だ。
だから彼女は悪くない。
悪いのは簡単に女を意識してしまう情けない俺だ。
「シホは悪くない。悪いのは俺だ…………」
「でもどうするの。魔法係、カロナっちにお願いする予定だったんでしょ?」
「うん、まあ、そうだけど。でも、もうあいつ参加してくれない……。ハハ、俺はきっと神様の罰を受けたのさ」
魔法式の因数分解は中々に時間のかかる作業。
実はカロナの魔法以外に、因数分解した魔法は今のところない。
だからこの発表会において、俺は彼女に実践役、魔法係をお願いするつもりでいた。逃げられたけど。
かといって今から別の魔法に対して因数分解の作業をし、なおかつそこから呪文を導くには、時間的に間に合わない。
つまり、カロナがいなくなったということは、俺たちが発表会に参加する資格を失うことを意味するのだ。
あーあ、せっかく大金を狙うことのできる貴重なチャンスだったのにな。
これじゃあ、魔法刀製作の計画もおじゃんだ。
やれやれ、まったくの自業自得だぜ。
もう、いいや。
もう、どうにでもなれ。
"ドンッ"
自分の至らなさを痛感した俺は半べそかきながら自分のしたことを後悔し、自暴自棄に机を蹴った。
「ダメだ!」
突然、野太い声が部屋に響く。
ハ、ハルゴか。
一瞬誰の声かわかんなかった。
「メナは、そんなことで諦めない人。僕の憧れ、尊敬のメナはこんなことでくじけない人。そうしないと僕が"ノースランで決意したこと"の意味……なくなる。メナ、今なら間に合う!」
「ハ、ハルゴ……」
ここぞというときのハルゴの言葉は、とても重く説得力がある。
彼はまだ俺のことを見捨てず信じてくれている。
こんな下らない男のことを認めてくれている。
そうして俺は目を覚ました。
魔法係がいない?
発表会に参加できない?
大金のチャンスを逃した?
魔法刀が作れない?
笑止。
そんなことよりもっと大事なことがあるだろ!
このまま『ただのメナ』になるわけにはいかない。
俺は天才冒険者メナ=ソウドになるのだから。
ありがとう、ハルゴ。
それにシホもな。
おかげで目が覚めたよ。
「やれやれ……。今日の勇者党の活動は終了だ。二人ともさき帰っていてくれ。俺ちょっとあいつん家いってくるわ。ローリング土下座かましてくる!」
俺は親指を立て、二人に誓った。
「行ってらっしゃい、メナっち。カロナっちたちを連れ戻しに来るんだよ」
「グッドラック」
俺は二人に深々と礼をし、部屋を飛び出てった。
王宮、エルメス邸を目指した。




