55.学園集会、きまずい表彰式
明くる日。
なかなかに寝つきが悪いせいで朝早く目覚めた俺は、早い時間に登校していた。
どうやら俺が一番乗りらしくH組の教室には俺以外に誰一人としていない。
なんだか少しさみしい感じだ。
しかし、それよりも眠いという感情が勝っている。
「ふわああ、寝不足だ」
目の下のクマを気にしながらため息をつく。
やはり昨日のことが原因だよな。
シホ=ハーティとの一件。
流れとはいえまさかあんなことになるとは。
もしあいつがあそこで日和らなければ俺は間違いなくキスされてた。
それに身近な女子を友達ではなく女として見てしまったのもカロナと合わせて2回目だ。
まったく自分のだらしなさに嫌気がさすことこの上ない。
そんなことを考えていると眠りも浅くなるのも必須なのかな。
はあ、それはそうと、眠くなってきたぜ。
眠気を感じた俺は自分の机の上に突っ伏し、目を閉じた。
◆
次に俺が目を開けたのはHRの時間だ。
「ソウド君、起きたまえ」
スウィンガ先生が呆れ声を出しながら、出席簿の角で俺のボサボサ髪の頭を叩く。
それによる痛みの信号が神経を伝り、俺を目覚めさせた。
「ん? ここは?」
「やっと目を覚ましたね、メナ君」
「睡眠好き……程々に」
「拙者よりさきに登校するという師匠の勤勉性には感激するでござるが、寝てしまっては情けないでござる」
口に涎を垂らしながら周囲をキョロコヨロと眺めると、クラスメイトたちの顔が目に入った。
その中でも特にカロナ、ハルゴ、コノハが口々にコメントしてくる。
当然その3人だけでなく、多くのクラスメイトによる憐みの視線を感じる。
それらの様子を見て俺は自分がつい居眠りしてしまったということを悟る。
と同時に自分のせいでクラスの空気が悪くなっていることを察知した。
(やべ、俺やっちゃった。早く謝んねーと)
“ビシッ”
「申し訳ございません! 二度とこのようなことが起こらないよう注力いたします!」
寝起きで判断力がなまっていたせいか、申し訳なくなった俺はまもなく席を立ち、なぜかビシッと直立の姿勢を取り、直角にお辞儀し、大声で謝るという謎の奇行を発動させた。
「「……」」
俺の挙動に一瞬周囲が沈黙する。
「「……ップハハハハーーーー」」
よほどそれがおかしかったのかクラスメイトたちは一斉に爆笑する。
「君はよく居眠りする。あまり感心しないと普段から思ってはいただが、なんだよ、きちんと反省できるんじゃないか! 先生感動したぞ!」
彼らだけではない。
俺の切実な対応に情の脆いスウィンガ先生も騙されたようだ。
彼はさわやか100%の笑顔とともに優しい注意に留めてくれた。
ラッキーである。
「ところでソウド君、居眠りしてた君はさっきのHRの話は聞きそびれたよな?」
「あ、はい、かたじけないです」
「じゃあ特別にもう一度言っておくよ。今日は昼から学園集会があるのさ。もちろん君にも関わりのある話だ。今度は寝ずにきちんと話を聞くんだよ」
「はい。わかりました」
ついでに今日のイベントについて教えてもらって事なきをえた。
◆
「で、学園集会って何をやるんだ?」
昼休みが終わり午後の時間。
講堂へ向かう道すがら同行していたコノハに聞いてみた。
「ああそうでござったな、メナ師匠の耳には確かに届いていなかったでござったな。集会でやるのは大きく2つのことでござるよ」
「2つか」
「1つ目が先日のクエストの表彰式でござる。そして2つ目が研究発表会の順番のくじ引きでござる」
「なるほど」
表彰式と発表会についてだな。
うむ、どちらもここ最近の大きなイベントだもんな。
一方は世界規模の問題である魔族たちとの戦いにおいて成果を残したことに対する表彰。
他方は今後の技術の発展にもつながり得る研究成果の披露会。
この2つの出来事は世界を揺るがすほどに規模の大きなことである。
そんな話を集会で取り上げないわけがない……そういったところか。
だから旅から帰ってまもないこんな時期に集会を設けたわけなんだな。
学園側もよく考えていらっしゃる。
「とくに研究発表会ではくじ引きで順番を決めるでござるからな。メナ師匠、たのんだでござるよ」
「え? 俺がやんの?」
「当り前でござろう。勇者党の党首でござるからな。やはり一番盛り上がる最後の方を引き当ててほしい」
「んあ、わかったよ、頑張ってみるよ。これでも俺運が良いから」
俺は満々に答える。
まあ見ておれ、コノハよ。
俺の盛大なるくじ運を。
昔、絶対に3等以上は当たらないと噂されていた村の的屋で見事に1等の鍛冶工房セットを引き当てるという伝説の偉業をなしとげたのだからな。
ちなみにそれは俺が刀の製作を始めたきっかけの1つだったりするが。
ま、とにかくそのくらいにくじ引きには結構な自信があるのだ。
「ところで、メナ師匠。昨日なんかあったのでござるか?」
「え、なんだよ急に」
唐突にかけられたコノハの鋭い質問に俺は動揺する。
「そもそも師匠が拙者より早くに教室にいたのが奇妙でござったからな。加えて寝不足に苛まれていた様子。拙者、困った人は見捨てておけぬ性分でござってな。もし何か悩みがあれば申していただきたい」
まっすぐな瞳で俺に迫ってくるコノハ。
その真剣な表情に目を合わせるのは結構辛い。
うう、言えねえよ。
昨日シホとアレな関係になりかけたことを考えていたら眠れなかったなんて言えねえよ。
それにこんなちっちゃくて幼いコノハにそういう話しても多分無駄だろうしな。
「ってか。コノハ背伸びた?」
「え、ホント?」
「ごめん、嘘」
「むきいいいい」
強引に話題をすり替え、その場をしのいだ。
◆
そんなこんなで講堂に入場した俺たちはいよいよ学園集会とやらを迎えた。
入学式のときと同様に向かって左側にA~Dの上位クラス、右側にE~Hの下位クラスが座っている。
俺たち最下位のH組は一番右であるので、わざわざ首をひねらなければならない。
いわゆる端っこの席あるあるというやつだ。
その頑張ってひねった視線の先に今集会の主催者である理事長さんがいる。
確か名前がラピス=ジョーカーといったな。
A&Jの片割れ、ジョーカー家の一人であり、ジョーカー先輩の母らしい。
なんでも先代の理事長である祖父に代わって最近新理事長として就任したそうな。
見た目は30代の黒髪の可愛いおねえさんだ。
エリシアさんやスウィンガ先生と年が近い感じである。
理事長にしてはかなり若いものだ。
体でも使って出世でもしたのか?
いやいや、そんなはずないわな。
「学園の諸君もよく耳にしたことでしょう。先日、西のウェルトラと北のノースラン、この2拠点にて発令された高難度クエスト。当然我が学園からも、とくにA組からの選りすぐりの生徒たちがこれに赴きました。学園の代表者としてこのわたくしがこの場を持って参加した者全員に感謝の意を示します。――ありがとうございました」
可憐な前髪を垂らしながらラピス理事長は一礼する。
「「「「わああああああ」」」」
その魅力的な振る舞いに場内は熱い歓声を送った。
「さて、きちんと役割を遂行した者には相応の扱いをせねばなりません。みなさんもそう思いますね? そこで表彰を行いたい」
「「「「おおおおっ」」」」
「さすが新理事長さん、慈悲深い」
「なんて心優しいお方」
透き通るほど綺麗な声も相まってか、理事長の謎のカリスマ性に生徒たちもメロメロだ。
「昨日、冒険者ギルドウェルトラ支部長より報告をいただきました。血の魔術師、エリシア=ファントムを討伐したとして、ぜひともわたくしたちからもこれを称えたいと存じます。シホ=7ハーティさん、壇上へ上がってください」
ラピスさんはシホに視線を送る。
「はい」
すぐさまシホが答える。
その早さから察するに彼女はあらかじめこの場で表彰されることを知らされていたようだ。
「「ふうううう、ハーティさんだー」」
「さすが~」
「「かわいい~」」
観衆の声に愛想よく笑顔で手を振りながら彼女は壇上へ向かっていく。
その様子を俺は微妙な視線で追う。
はあ、あいつ今どう思ってんだろうな。
あれ八百長だったしね。
それに実はエリシアさんまだ死んでないし。
あの人やられるふりしてただけだし。
それにシホは今そんな気分じゃないと思う。
彼女は彼女で昨日俺と色々あったからそっちのことで頭がいっぱいのはず。
そんななか表彰されるとなると尋常な気持ちではいられないはず。
外っ面は堂々とした振る舞いをみせているが、内心は切羽詰まっていることだろう。
そう思うと彼女を少し気の毒に思う。
まあ彼女をそうさせた原因はまがいもなく俺であるので、こっちにも罪悪感が残るが。
とにかくすげえ複雑な気持ちで壇上にいる思う。
などと高みの見物をかましていると。
「あ、そうだもう一人忘れてました。メナ=ソウド君、あなたも」
おや?
気のせいだろうか?
俺呼ばれた?
理事長の突拍子のない発言に俺は唖然とする。
「え? 俺もですか?」
念のため聞き返してみる。
「ええ、そうよ。聞いた話、シホさんを育てたのはあなただって。だったらあなたにも表彰しなくてはなくて?」
うむ。
理事長さんの言い分も正論っちゃ正論だな。
あいつの修行に付き合ったのは紛れもなく俺だしな。
いうなれば英雄を育てた英雄ってやつか。
そう考えれば俺があの壇に立つのも納得だ、反論の余地がない。
シホとのこともあって、壇上にあがることにかく抵抗があるが、断れない空気を作られているので、仕方なく表彰を受けることにした。
そういうわけで俺も壇上へ上がった。
隣にはシホがいる。
「よ、よお……」
「あ、う、うん、メナっち……」
なんともたどたどしい挨拶を交わす。
ホント笑えるぜ。
こんなきまずいお立ち台は生まれて初めてだ。
なんでよりにもよって意識した女と一緒に授与をうけなければいとは。
これは思った以上に複雑だ。
ああ、何か話題を探さないと。
「昨日は眠れた?」
「ううん」
「そっか、俺も」
「ですよねー」
「……」
「……」
だめだ、会話が続かねえ。
俺たちはお互い顔を赤くし視線を逸らす。
ぎこちないやりとりを観衆にさらすことになってしまった。
心なしかカロナとコノハも怪しむような顔でこっち見ている。
それも気がかりだ。
「おほん、では始めましょうか」
「マジで早くお願いします」
その微妙な空気感を感じ取っていただけたらしく、ラピスさんは早急にことをすすめて下さった。
「シホ=ハーティ、メナ=ソウド。かくかくしかじか………………かくかくしかじか。というわけで、あなたたちの活躍をここに称えます。アルメナ学園理事長、ラピス=ジョーカー」
「「ありがとうございます」」
俺たちは賞状を受け取った。
二人にとってなんともきまずい表彰式となった。
このあと、サクッと研究発表会のくじ引きも終了し、学園集会を終えた。
くじの結果はなかなかよく、後ろから3チーム目だった。
わりと理想的なポジションである。
そんな感じでますます来週の発表会に対してやる気を出した俺は、放課後早速発表会の準備にとりかかることにした。




