54.一夏の旨くて甘い夜
俺の自宅は学園から東におよそ4kmほど進んだアパートの一室にある。
ちょっと遠いかもしれないが、徒歩1時間ほどかかる。
そして、放課後学校で色々してたせいで学園出たのが午後7時くらい。
そこかや計算すると家についたのは8時であり、かなり遅い帰宅になってしまった。
そんなことから一刻も早く晩飯の準備をしようと思い、急ぎ足で玄関ドアの前までやってきたのだが、そこで思わず声をあげてしまった。
「えっ!? 部屋に明かりが?」
なぜかうちの部屋の電気がついている。
「ん? 妙だな。電気つけた記憶ないんだけどな。寝坊のせいで焦ってて消し忘れていたのか?」
ただの消し忘れ――だとしたらいいのだがな。
なんだか胸騒ぎがする。
なんとなくだが、誰かしらが俺の家に潜んでいるような気がする。
"ガチャ"
「あれ? カギが開いてる」
ここで俺は確信した。
誰かがうちに潜入しているということを。
俺はその事実に恐れを抱きつつも、強気を装ってデカい声をあげる。
「オラァ! 誰かいるのか? 盗人か! 俺仏だから今だったら見逃してやるぜ。だから盗んだものをかえしてもらおうか!」
ドアを開けるとともに部屋一帯に聞こえるくらいの音量で、その潜伏犯に対して警告をだす。
「ああー、やっと帰って来たー! メナっち~」
「なっ!?」
その刹那、白いワンピースを着用した何者かに盛大に抱きつかれた。
彼女のマシュマロのごとく柔らかな胸が俺の胸板とリンクする。
また、見慣れたピンクのハート型のツインテールのゆさゆさがちょいちょい俺の背中に当たる。
そして、俺より背の高い人物だ。
これらの条件より、その相手が誰なのかがわかってしまう。
その女子の名はシホ=ハーティ。
勇者党のメンバーであり、このアパートの隣人だ。
どうやら泥棒などではなかったみたいだ。
まずはそのことにホッと一息つく。
「ホッ、シホだったか。でもなぜうちに?」
「嫁になりたいから…………っじゃなくて、ぜんぜん帰ってこなかったからつい心配で」
俺の問いに彼女はモジモジしながら答える。
一言目の発言は彼女なりのジョークだよね。
二言目を受け取ろう。
「なるほど、俺に気をかけてくれていたんだな」
「そういうことね」
まだウェルトラから帰ってから日が経っていないということもあって、本日の勇者党の活動はなしにしていた。
そのためシホは早くに帰宅しており、放課後スウィンガ先生に呼び出された俺が帰ってくるのを、隣の部屋でずっと待っていたのだろう。
だが俺はハルゴと一緒に例の実験をこんな時間になるまでやっていた。
そのことを知らないシホはこうして心配し、俺の部屋に潜り込んだというところか。
カギかけてたはずなのに、どうやって潜入してきたか気になるところだがまあいいだろう。
ここは彼女の優しい気持ちに感謝したい。
そこで俺は晩飯をふるまうことにした。
「わざわざうちで待っているだなんて嬉しいじゃないか。そうだな、飯つくってやるよ。一緒に食おうぜ!」
「ホントー?」
「俺が嘘つくと思うか?」
「だよね、さすがメナっち。男だわ~」
ま、別の目論見もあるのだけどね。
そういうわけで彼女をリビングにあげ、俺はそばのキッチンで調理を始めた。
◆
この世界には斬るという概念が存在しない。
それは刀のような武器がないということもそうであるが、それ以外にも同じケースがある。
それが料理だ。
この世界では炎魔法や調理器具によって動物の肉や野菜等を丸焼きにしたものが料理品として出される。
切るということを使わずにそのまま丸かじりで食べるという文化なのである。
俺たちの生活ではこれが当たり前なのだが、実は凄く食べにくい。 (食べやすいように魔法で品を変形させるこど多いが。)
とにかく俺はそのことにいささか疑問を抱き、この料理文化に対しても切るということを応用するのを閃いていたりする。
「見ておけ、シホ=ハーティよ。これが俺の料理道だ!」
「そ、それは!?」
俺は自作の刃渡り20cmくらいの小さな刀を取り出す。
その器具の名を『ナイフ』と呼んでいる。
これぞ俺のユニーク武器ならぬユニーク器具だ。
「その辺の料理屋とは違う味を提供してやる。このナイフを使ってな」
俺はしたり顔でそう言い、冷蔵庫に入ってある炎牛の腹部を取り出す。
そしてそれをナイフによって捌く。
「それっ、それっ、それっ」
"スパッ、スパッ、スパッ"
俺はリズムよく切っていく。
「おお、すごーい」
その様子を眺めたシホは思わず歓声をあげている。
ふふ、そんなに俺のナイフ捌きがかっこいいのかな?
だが、驚くにはまだ早い。
ナイフを使うのは、もっと別な理由があるのだから。
そもそも腹部といっても内臓などのたくさんの部分が凝縮されている。
この炎牛は胃や腸の部位がクソみたいにマズイことで知られている。
そこでナイフによって、その部分だけ上手にキ切り落とすのだ。
これはナイフによる分断能力があってこそ成せる技。
自分達の都合の良いように、栄養があって美味しい部分だけを取り出すことができる。
そうしてできあがった品を提供することができる。
これがナイフを利用する最大のメリットだ!
さて、味わうがよい、この品の旨さをな!
「よし、できたぜ。お上がりよ!!」
そんなこんなで調理を終えた俺は、出来上がった品、『炎牛のサイコロステーキ』を卓の上に出してやった。
「こ、これが肉!?」
シホは目をまん丸にする。
普段の料理の形とは明らかに違うものがだされていると、そんな顔したくなるよね。
皿の上には牛の面影は全くなく、厚さ3cmのサイコロのような立方体の肉の塊がある。
見た目も従来のものよりもシンプルで圧倒的に良い。
「これがメナっちの料理……ゴクッ」
始めてみるその品にシホは欲望の唾を飲んでいる。
「好きなだけ食え。遠慮はいらないぞ」
「いただきます!」
シホはステーキを口にする。
「はひいいいい~」
口に入れたと同時に彼女はその旨さに喘いだ。
サイコロを口のなかに頬張り、涙を流しながら縮こまっている姿はまさにメスの顔である。
「おいしいっ、おいしいよ~!」
「だろ? これで君の胃袋も俺の虜になってしまったな、ハッハッハー!」
「メナっち、あなた最高ね。やはりアタシの目に狂いはなかった」
「またいつでも作ってやるぜ」
自分の作ったものを喜んでもらえるというのは、非常に嬉しいものだ。
気分のよくなった俺は彼女が俺を絶賛してくるのを、王様になった気分で聞き続けた。
◆
飯を食べ終わった俺たちはそのばの流れで雑談していた。
明日に研究発表会の話があることや、今日の放課後魔法制御に成功したことなど、学園に関わる話を話題にテキトーに話し込んだ。
そんななか、俺はある問いを投げ掛けてみる。
「ってか、お前なんでうちに侵入できたんだ? カギかけてたはずだぞ」
俺とシホはおとなりさん同士の関係。
でもそれが俺の部屋に潜入できた理由に直結するはずがない。
実は最初から気になっていたことだったので、聞いてみた。
「愛さえあれば扉は開くの!」
深夜のテンションのせいか、とんちんかんな回答が返ってくる。
こいつに聞いた俺が間違いだったらしい。
コミュニケーションとは対話。
すなわち会話のキャッチボールだ。
その点君のは会話のドッジボールさ。
火の玉ストレートの解答なのだよ。
呆れた俺はため息混じりに彼女に言う。
「シホ=ハーティよ、俺とコミュニケーションをとろうか? 手取り足取り教えてやる!」
「ホント!? メナっちになら歓迎よ。夜のコミュニケーションだよねえ」
「はいはい………………おや? 今、夜のって」
シホがきちんと返事してくれたように聞こえたので、俺はテキトーに「はいはい」と相槌を打ってしまった。
その瞬間、俺は自身がとんでもない発言をしてしまったことに気づく。
「やったー。ついにアタシにも卒業のときが!」
「えっ、いやっ、ちがっ。口が滑っ……」
しかし、気づいた頃には時すでに遅しだった。
◆
シホ=ハーティに寝室まで連れ込めさせられてしまった。
ハハハ。
どうしてこうなった。
ただ、飯を奢ってお話してただけなのに、どうしてこうなった。
「ルンルンルーン♪」
一方の彼女はというとすこぶる嬉しそうに鼻歌を歌っている。
彼女の部屋着である白い絹でできたフリフリの無地のワンピースが異様に艶かしく感じる。
そんな彼女を俺はただ虚しく見ることしかできない。
「それーっ」
"ドンッ"
「いてっ」
流されるがままに俺はベッドの上に押し倒される。
それに追随する形でシホが俺の上に馬乗りにまたがる。
そして、俺が襲われる側という謎の位置関係。
「これって男女逆だよね?」
「いいの。メナっちが逃げないようにアタシが乗ってあげる♪ ウフフ、もう逃げられないわよ~。既成事実を作ってやる!」
こいつ、本気だ。
飢えたメスの目をしてやがる。
ったくなんだっていうんだよ。
君はこんなチンケな俺のどこがいいっていうのさ。
そんな幸せそうな顔されちゃ、さっきの発言を取り消せないじゃないか。
「でも、いっか……」
逃げ場のないことを悟った俺は覚悟した。
それに彼女の体をみていると、なぜだかこちらも変な気分になってくる。
長身だがほどよく肉の付いた柔らかそうな体。
男なら無意識に挟まれたいと思ってしまうほどの無駄に大きなおっぱい。
そして、一生嗅いでいたいと思えるくらいフレグランスな匂い。
また、それらとは裏腹に小学生のように幼いベビーフェイス。
やや細目だが、表情のあるにこやかな顔。
間近でみると結構可愛いもんだ。
もちろん外見だけでなく内面もいいやつだ。
普段突拍子もない発言をしてくることもあるが、優しいときは優しい。ウェルトラの往路の馬車の運転で疲れていたときに、運転変わってくれたのもこいつだったし。
それに何より自分の思いに忠実なところが素敵だ。
「来いよ」
「うん……ありがと」
そんな女としての魅力的な全面に魅せられた俺は、こいつになら捧げてやってもいいと思ってしまった。
ユニーク武器、エクスカリバーの準備も順調なことだ。
俺は目を閉じ、彼女と唇をかさねるときを待った。
………………。
………………。
「やっぱり恥ずかしいっ///」
「え?」
唇をかさねることはなかった。
どうやら彼女はいつもガンガン来るくせに、肝心なところでは臆病な女子らしい。
……。
「あ……」
「あ……」
中途半端なとこまで来て、中途半端にやめてしまったので、気まずくなるのは当然だ。
やっべ、このあとどうしよう。
やっぱり男だから俺が先導すべきか。
などと考えていると。
「ご、ご、ご、ごめんなさ~い。かえる~」
"ドタバタッ"
光の早さで彼女は部屋を出た。
俺の貞操は守られた。
一夏の旨くて甘い夜だった。




