53.天才冒険者、魔法制御に成功する
校舎の南に構えている第3グラウンドに足を運んだ俺とハルゴは、まもなく実験の準備にとりかかろうとしていた。
放課後になってからかなり時間が経過しているせいか、外で活動している生徒たちはすでに帰宅しているみたい。
そのためグラウンドは俺たちの貸し切り状態だ。
「メナ……早く準備を」
「ああ、すまん。実はその前にやることが残っているんだよ」
「え?」
「まだ魔法式を組み立てていなくてな」
さあ、早速魔法を打ちたい。
……と言いたいところなのだが、まずはやるべきことがある。
それは呪文の構築である。
デービル先生から計算データを受け取ったばかりなので、まだ呪文が完成していない。
そのデータをもとに今から呪文を求めるという作業が必要だ。
だからまだ魔法は撃てない。
ハルゴが焦る気持ちもわかるのだが、先にこれを済ませなければいけない。
「?」
目の前にいるハルゴは俺が何を言っているのかわからないようすだ。
ま、それも仕方ないだろう。
魔法式と呪文に関する理論はかなりややこしいのだから。
「と、とにかく紙と鉛筆を用意してあるから、俺ここで計算しなきゃいけないんだ。地べた汚いけど」
「承知。待ってる」
「サンキュー、ハルゴ」
俺は土の上に座って、早速作業に取りかかる。
まずデービル先生からいただいた計算データファイルに目をやる。
そのノートには、俺の魔力をAランクからDランクまでの魔力にするために必要な抑制度が記されている。
『メナ=ソウド君へ。
オッホン。このファイルを閲覧しているということは、いよいよ君が自由に魔法を使うことができるときに差し迫っているということじゃろうな。
ウェルトラへの旅の前に君からもらったファイアボールの映像記録から、君の魔力の強さについて算段した。そしてそれらを以下の各ランクに収まるには、どれほどの抑制が必要なのかを頑張ってしたぞ。ぜひ役立ててくれ。
Aランク:1/12 倍
Bランク:1/64 倍
Cランク:1/350 倍
Dランク:1/1881 倍
デービル=シュタイン』
ふむふむ。
AランクからDランクまでを選択式でコントロールできるわけだな。
例えばAランクにするには1/12倍に抑えればよいといった感じだな。
他のランクも同様って感じか。
魔法式の雛型はあらかじめ作っていたので、あとはこの倍数を魔法式に組み込んで呪文を導くだけである。
計算力には自信があるので、30分くらいで完成するだろう。
"カタカタ、カタカタ"
俺は計算を始めた。
……30分後。
計算が終了した。
「よし、呪文の完成だ! これで上手く発動してくれるはず。先生もよく計算してくれたもんだぜ」
何倍に抑えればよいのか?
この問題を解決するには、数学や物理学や魔法学といったその背景にある現象論的な知識体系をしっかりと理解しておく必要がああ。
Aランクの知力をもつ俺といえど、まだそこまでレベルの高い理論の話を勉強できていなかったので、その計算ができずにいた。
そんな長年苦戦させられていた計算に対して、デービル先生はものの1週間ほどで答えを出してきたのだ。
その偉大さに敬服する他ない。
(デービル先生ありがとうございます。あなたマジ天才です)
俺は心のなかで先生にお礼を言った。
◆
さて、魔法式が完成したところでいよいよ実践してみよう。
「結構暗くなってきたな。どうだ、ハルゴー。俺の姿はきっちり見えるかー?」
俺は地面の砂利を足で均しながら、10mほどさきでスタンバっているハルゴに確認をとる。
「問題ない。視力には自信ある」
「そうかー、じゃあくれぐれも気をつけて受けてくれ。頼んだぜー」
今回の実験は魔法制御の実験。
果たして魔力を抑えて魔法を放つことが本当にできるのかどうかということを試す実験だ。
もちろん魔法を放つのはSランクの魔力をもつこの俺だ。
そしてハルゴにはそれを受けてもらうという大役を任せているわけだが、万が一魔法が暴発してしまえば大怪我をおってしまう。
そのような事態も起きうる。
そんな危険な実験である。
だが、防御に優れている彼はもしかしたらこの実験の相方には適任なのかもしれない。
「こっちはいつでもオーケー」
ハルゴはミスリルの碧盾を構えている。
腰を低くし、盾の隙間から俺の挙動を真剣な眼で見続けている。
かなり集中している。
「わかったー」
俺は軽く返し、新魔法を披露する。
「よっし、手始めにDランクでいってみるかー。『魔の源よ、我のもとに鎮まりたまえ』、魔力制御D!」
俺はついさっき完成させた呪文を唱える。
すると、布団のように薄く広べったな白いベールが目の前に突如現れ、それが俺の右手を覆う。
「おおっ、上手くいってる」
「そうなの?」
「ああ。この右手が白いカーテンみたいなので包まれているだろ? ちゃんとこの魔法が作動している証なんだ」
「へえ、でも誤作動は勘弁」
「だっ、大丈夫、そこんとこは俺を信じてくれ。じゃ、撃つから」
「了解」
だが、これで本当に魔力が制御できているのかどうかは保証できない。
実際に撃ってみなければ意味がない。
さて、久方ぶりに魔法を放つときがきたわけだ。
俺は無意識にニヤつく。
ははっ。
こんなに胸が高鳴るのはいつ以来だろうか。
生まれつきSランクの魔力を手にしてしまっていたもんだから、生まれてこのかた二度しか魔法というものを使ったことがない。
10のときに冒険者になってから、約5年。
その間ずっと俺は他の人たちが自由に魔法を使っている姿を、遠目で見ることしかできなかった。
最強の冒険者を目指す俺にとって、その姿はとても羨ましいことであり、憧れだった。
そんな1つの夢が今、叶おうとしている。
ふふっ。
このときがやってくるのをどれほど楽しみに待っていたことか。
他人には絶対に分かりやしない。
だからこそ、その興奮を胸に俺は穏やかな口調で唱えた。
「どうか上手くいってくれ……『炎の球』ファイアボール」
"ボッ"
俺の右手から火の玉が生成される。
そのサイズはボールくらいの大きさ。
以前新歓戦ではなったときのそれよりも圧倒的に規模が小さい。
"ヒューッ、ポスッ"
まもなくその魔法がハルゴの盾に直撃し、ポスッという腑抜けた音を上げながら意図も簡単に散っていった。
それはそれは実に弱い魔法だった。
「やったーーー! すげえ"ショボい"ぜー!!」
俺は歓喜の声で叫ぶ。
こんなちゃっちい魔法を心の底から喜ぶなんて端からみたら奇妙なことなのかもされない。
だが、これは俺にとっては非常に嬉しいことなんだ。
「よかった、メナ!」
「おお」
"ガシッ"
俺は嬉しさのあまり、駆け寄ってきたハルゴと強くハグする。
このあと、Cランク、Bランク、Aランクの魔法を順に試し、全てを成功に納めた。
◆
魔法。
それは大気中に存在する魔素と呼ばれる準粒子を媒介として引き起こされる森羅万象の現象である。
Sランクというバカ強い魔力ゆえその魔法を撃つことを封じてきた俺ことメナ=ソウドであるが、ついにその封印からとかれたのだ。
つまり、これからはある程度自由に魔法を放つことができるようになったのだ。
あくまでもこれは魔法刀を製作するまでのプロセスの1つに過ぎないことであるのだが、俺の生涯に関わる問題だったのでこの上なく喜んだ。
その興奮も落ち着いたころだろう。
「さて、帰るか」
俺たちは夜道を帰宅した。




