5.刀を振るいし天才冒険者は足をつった
それからも戦闘試験は続いた。
スウィンガ先生はこれまで何人もの生徒と戦っていたが、まったく攻撃を受けることはなかった。
その体の動かし方、動体視力、観察眼はいずれも相当なレベルに見える。
彼は生徒たちの攻撃をひょいひょいとかわしながら涼しそうな顔をしている。
そのような感じで順調に試験を進めていった。
そして、いよいよ次はカロナの番となる。
自信満々な彼女は戦闘フィールドに立つ。
魔法士の彼女は自慢の杖をやらしい手つきでなで回している。
それから察するにその杖はかなりの高級品に見える。
さすが王家の血族といったところだ。
その風貌を見てスウィンガ先生も目を丸くしている。
「その杖はたしかロングの神杖!? まさかとは思っていたがカロナ=エルメス、貴女はあのアルメナの分家、エルメス家の娘さんの一人だね」
彼のその発言を聞いて周囲も驚嘆する。
「あれが王家アルメナの分家、エルメスか。なんたることか!?」
「これはきちんと評価しなくては」
「あの女子、エルメス家だってー!?」
「そんな高貴なお方もこの学園に入学してくるのかよ~」
王家の親族、エルメス家。
それがカロナの一族なのだ。
だから、それを知った生徒及び審査員は驚きの目で彼女を見る。
周囲から注目を浴びたカロナ=エルメスだったが、それに臆することなく堂々と先生に忠告する。
「スウィンガ先生のおっしゃるとおりよ。でもだからと言って手加減はいりませんからね」
「やはり好戦的なお嬢さんだね。言われなくともひいきなんてしないさ」
「では先生、参ります」
カロナは杖を構えて魔法の準備をはじめる。
お、呪文を唱えはじめるようだな。
絶対すごい魔法を放つんだろうな~。
とても期待できるぞ。
それにあの【ロングの神杖】と呼ばれる杖、あれはかなりの上物であるはずだ。
おそらく半端ない威力の魔法を撃つことができるのだろう。
その魔法による攻撃がどれほどの威力を持つものなのか楽しみだ。
俺たちは期待に固唾を呑む。
「汝、真の理をここに示せ」
おっ。
すごそうな出だしからカロナの詠唱が始まったぞ。
その姿に俺だけでなく、全員が魅入られているみたいだ。
「闇夜に潜みし異界の龍よ、その赤き眼ですべてを祓え」
おおっ。
彼女は一言一句違わず正確に長めの呪文を唱えている。
これほどの中二病っぷりな呪文を扱えるとはこのカロナという女子はただ者ではない。
かなりの魔法士と見受けられる。
これはもう天才と言ってもいいだろう。
「碧龍神牙、強羅切別、暗黒玄夢、天下天上」
おおおっ。
これは造語の四字熟語パートか。
相当高度な魔法式がこの呪文のなかにプログラムされているのだろう。
彼女の声節とともに周囲から強い風が吹き荒れる。
グラウンドの土からは砂埃が舞い竜巻が生まれる。
いよいよとんでもないものがこの場に現出しようとしている。
「さあ、時は来た。その力は最強にして…………かくかくしかじか」
おおお…………おっ?
彼女はまだ唱え続ける。
この辺で嫌な予感がしてきた。
カロナが一節一節間違うことなく呪文を唱え続けることで周辺の魔素が激しく共鳴しているのがわかる。
それほどに凄まじい魔法が解き放たれるというのはわかるにはわかる。
……なんだけど、呪文長すぎないか?
もう魔法撃ってもいい頃合だ。
それなのに彼女は一向に呪文を唱え終える気がしない。
ただひたすらに呪文を唱え続けている。
「なあ、なんか長すぎねえか?」
「だよね」
「おいおい早くうってくださいよ」
周囲も俺と同じことを感じはじめたのかざわざわし始めた。
しかし、カロナはひたすらに呪文を唱え続けた。
「かくかくしかじか……かくかくしかじか」
数分経ち、痺れを切らしたスウィンガ先生が彼女を止めに入った。
「もしも~し、カロナ=エルメスお嬢さん? かれこれ3分くらいたってるんだけど。他の生徒のこともあるからそのへんにしてほしいのだけれど」
「何をおっしゃるのですか先生? 長い詠唱こそが至高なのです。このながい呪文によって生み出されし最強火力の魔法こそが魔法士のロマンなのです!」
先生のよびかけに気づいた彼女はさっきまでのおだやかさを忘れ、興奮で息を漏らしながら得意気に返事する。
……そしてそれはつまり、呪文のキャンセルを意味する。
この数分の間、必死に唱えに唱えた長ーい呪文はその返事によって崩れるということだ。
まもなく彼女はそのことに気づく。
「……って、あああ! 呪文途切れてしまいましたあ!」
最後はあっけなかった。
先生の問いに答えたことで呪文をとぎらせてしまったカロナ。
彼女は焦った顔で周囲を見る。
「私もしかしてやってしまいました?」
「い、いやいや……お嬢様がそんなへまをするはずがねえよ。先生が邪魔してしまったからな。すまなかった、もう一度やってもいいぞ」
仮にも王家に通ずるカロナを相手にこのまま試験を終わらせてしまっては世間的にまずいと思ったのか、スウィンガ先生は彼女に再試験を許可する。
しかし、カロナ=エルメスは王族ゆえ謎のプライドから意地をはる。
「いいですよ……もう。ひいきしないで、と私言いましたから」
「そ、そ、そうか。ではこれにてカロナ=エルメスの戦闘試験を終了する。審査員の先生……彼女の戦いぶりを公平に審査して下さい。……ひいきしてはいけないとのことです」
こうして長い呪文が好きなカロナは、結局一度も先生に攻撃することなく試験を終えてしまった。
審査員たちは気まずそうにうなりながら公正に王家である彼女の点数をつけた。
ひいきなどいらないと豪語した彼女はそれ相応の点数をもらい試験を終えた。
バカと天才は紙一重とはこういうことをさすのだろう。
◆
さあ、いよいよ次は俺の番だ。
カロナの失敗を見た俺は彼女の二の舞にはならないと息巻く。
長旅による足の痛みものこるが、なんとかなるだろう。
王族のカロナに低い点数をつけてしまったことによって生まれた審査員たちの重苦しい空気を俺は『あの武器』を披露することでぶち壊してやりたい。
「で、では次はメナ=ソウド君」
「はい」
俺は元気よく答えると、戦闘フィールドに足を踏み入れた。
そして武者震いで興奮する。
ふう。
緊張してきた。
これから俺の伝説が始まるのだと思うと胸の高鳴りが抑えられないっ。
「じゃ、メナ君。武器を用意して戦闘体制に入るんだ」
「はい」
そして俺はとある武器を用意した。
俺は木の棒を加工して作ったオリジナルの武器を片手に持つ。
その武器の名を【刀】とよんでいる。
「おい、なんだあいつ変な武器持ってんぞ」、「なんなんだあの薄っぺらい棒は」などという声が周囲から漏れる。
それもそうだろう。
誰しもがこの刀と言う武器を知らないのだから。
刀。
それはまっすぐ伸びた片刃をおびた刃物。
鉄や木などを薄く加工することでできた刃を振るうことで、あらゆるものを引き裂くことができる……という俺の考えた最強の武器。
俺はその武器を10歳のころに発明した。
俺は故郷の村で黙々と刀を製造しただ一人の刀士として生活していた。
そして刀は俺独自のものだ。
だからそんな俺の武器をこの世界が知ることはない。
町を歩く冒険者はガントレットを装着したモンクや、杖を持った魔法士などしかおらず、刀といえる武器を携えているものはいない。
村人から王国の衛兵まで、この世界を生きるすべての民は刀という武器を誰一人として持っていない。
つまり、刀は俺のユニーク武器になる。
その刀を以てして俺は最強の冒険者となりたい。
そのために学園にやってきた。
俺が考案したこの武器がどこまで通用するのか確かめたい。
そして叶うものならこの刀とともに魔王討伐に一役買いたい、そう思っていた。
今、その初めの一歩が達成せしめられようとしている。
このアルメナ学園のクラス分け試験の場において、俺は周囲にこの刀という俺の独自の武器の凄さを知らしめさせることができる。
そうして俺は周囲に称えられながら戦闘試験でもトップレベルの実力を発揮し、ゆくゆくは学園最強の冒険者となりたい。
いまその野望への一歩が現実になろうとしている。
その瞬間が差しせまるにあたって俺は興奮していた。
「ハハ、面白い武器を持っているのだね、君は」
「はい。俺はこれで学園のトップを目指します」
「なるほど、期待できそうだ。相変わらず面白い生徒が毎年入学してくるもんだぜ。……じゃ、メナ=ソウド君、試合を始めよう」
「はい、行きます」
試合開始。
さあ、行こう。
俺は勢いよく地面を蹴った。
「「あっ……」」
しかし。
その刹那、長旅によってダメージを受けていた俺の右足は、勢いあまった体についていくことができなかった。
俺は必然的に体勢を崩す。
そのまま右足は変な体勢になり筋がピンピンに伸びた状態になる。
そんな過程を経た俺の右足は限界を超える。
「あっ……足がーーっ!」
結論、俺は足をつってしまった。
こうして邪心に満ちた俺の野望はあっけなく砕けてしまった。
俺はこの戦闘試験においてカロナをも下回る点数をたたき出してし、試験を終えることになった。
3日後、最下位クラス行きの合格通知が俺の寮に届いた。