48. プランY=八百長作戦
酒場の外に出た。
今からエリシアさんに例の魔族たちを戻してもらう。
「じゃあそろそろ始めようかしら、はあっ!」
背筋をピンと伸ばし天を仰ぎ見た彼女は、右手を高々と上げる。
すると、邪悪で黒い魔素が螺旋状にその手へ纏わりついてゆく。
どうやら帰還魔法の準備を始めている様子だ。
(ほう、あれが魔王軍幹部クラスの魔素なのか。かなりドス黒くて……濃いぞ。何百体ものしもべを戻すんだ。相当レベルの高い魔力を必要とするはず。ふむ、魔力でいえば下手すればSランクの俺と刺し違えないかも)
その魔素のクオリティにポカンとしていると、彼女は俺たちにペコリと頭を下げる。
「メナ、それにカロナとシホもごめんね。とんだ騒ぎを引き起こしちゃってさ。どうやら調査対象の勇者はこの街にはいなさそうだ。……オーケー、ちゃっちゃとペットたちを引っ込めようかな。――『我が忠実なしもべたちよ、帰らん』、リターン!」
エリシアさんは外に向けて手をかざしながら呪文を唱えた。
「「おおおっ」」
俺たちは感嘆の声とともに大門の上空を見やる。
その位置に家屋1つ分くらいの大きな黒い渦が現れるのが確認できた。
そばの時計台と同じくらいの高さだ。
"ゴゴゴゴゴッ"
吸引力が半端なさそうなその渦は、みるみるうちに魔獣たちを吸い上げていく。
生死問わず、全ての魔獣たちのみがその渦の中へと消えてゆく。
それはあまりにもあっという間のことだった。
「おおお、魔族たちが帰っていくぞー」
「た、助かったー」
「犠牲者が出ずに済んだのですねー」
「間一髪でござったー。メナ殿聞こえるでござるかー、拙者みんなを守りきったでござるよー!」
外の冒険者たちの喜びの声が上がるのが遠くから聞こえる。
また、それによって彼らが本当に無事であることがわかった。
そしてエリシアさんの放った巨大な闇渦の魔法の質と規模に、俺は感嘆の声を漏らす。
「す、すげえ魔法だ」
「でしょ? あの渦はきちんと魔獣ちゃんたちと人間を区別して吸い込むように魔法をプログラムされているからね。結構高度な技術なんだよ、これ」
自分の魔法のクオリティに大いなる自信があるのか、彼女はドヤ顔で答えた。
「かなりレベルの高い魔法使いですね、尊敬します」
「ありがとっ」
◆
さて、さっきの魔族たちが元の世界に戻っていった。
彼らの姿はあとかたもなくなったわけだ。
そうすれば、大門にいた冒険者たちは一息つくだろう。
だが、彼らがそう易々と魔王軍の幹部を見逃すとは思えない。
つまり、町の者は直ちに王都アルメナへ国軍からの援軍を求めるということが予想される。
とするとエリシアさんが長居する理由がなくなる。
彼女とは話したいことが他にもたくさんあるが、どうやらここでタイムオーバーのようだ。
「さてと、もうここでやることはやったわ。じゃ、私調査の続きに入るから、さよならだね。メナ、カロナちゃん、シホちゃん、短い間だったけど楽しかったよ~。達者でな」
魔族も回収したし、勇者もいないとわかったので、この街にいる理由はまるでない。
そこで彼女は帰り支度を始めた。
「え? もう帰っちゃうの~?」
「残念です。家の教えとは裏腹に、魔王国にも優しい方がいるんだということが自分の目で確認できたのに~」
カロナとシホも少し寂しそうにしている。
少しでも彼女たちを納得させるために、俺は声をかける。
「まあ、なんだか名残惜しい感じだよな。でも、仕方ないさ。たしかにエリシアさんは本当にいい人だ。だけど俺たちの敵対勢力である魔王サイドの者。このまま一緒にいても国民たちに狙われてしまう。残念だがこれが運命なのだ」
「うーん。メナくんの言うとおりね。もっとエリシアさんと仲良くなりたかったけど、これでおしまいなのね」
「もう仲良くなってるよ」
「えへへ、だと嬉しいな」
物わかりのいいカロナは直ちに俺の言い分に賛成する。
……さあ、あとはもう一人。
「やだ!」
諦めの悪い彼女は喚く。
彼女はエリシアさんの袖を強く掴んだ。
「今俺が言ったことがわからなかったか、シホ? さすがの君でも理解できないはずはないだろう。ほら、その手を放してやるんだ。エリシアさんもちょっと困惑してるぞ」
「くっ、だったらこっちにも考えがあるわ」
「え?」
まったくどの口が言うか。
筆記テストで赤点候補筆頭の彼女が、良い作戦を思い付いたとでもいうのか?
「八百長よ!」
「なっ!?」
それは名案だった。
◆
数分後。
打ち合わせが終わった。
「さあて、プランYを実行するわよ~」
シホ=ハーティ考案の『プランY』なる作戦がまもなく実行されようとしている。
プランY=八百長作戦。
今の状況において、この作戦は画期的だ。
なぜなら双方に多大なるメリットがあるから。
作戦の内容は、民衆の前で"シホとエリシアさん"が見せかけの戦いをするというものだ。
これは名目通り八百長であり、ここでエリシアさんにはわざと負けてもらう。
つまり、討伐されたふりをしてもらうという作戦だ。
これによって、まず俺たちに利点がある。
魔王軍の大きな戦力を削いだということで相応の名誉と報酬が国から得られるだろう。
そうすれば本来この街に来た理由の1つである、魔法刀製作のためための資金を簡単に得ることができる。
これは俺たちにとってはおいしい話だ。
一方で、エリシアさんにもメリットがある。
それは彼女がやられたところを民衆に見届けさせることで、今後いっさい国軍からの追っ手がなくなるということだ。
彼女の仕事は勇者の調査。
その最中に、国からの追っ手があると仕事の邪魔になりかねん。
だが、この作戦によってそれがなくなる見込みがあるのだ。
といった具合にお互いに悪い話じゃない。
WINWINなプランなのだ。
普段はバカと思っていたシホ=ハーティだが、こういう悪知恵じみたことになるととんでもない。
今後彼女を馬鹿にすることは止めておこうと誓った。
「まったくよくこんなの思い付いたわよね。偶然周囲に誰もいなくて聞かれなかったからよかったものの」
さて、隣ではカロナが呆れと感心を交えた声色で呟いている。
「オ~ホッホッホ~、知識だけじゃなくこういう柔軟性ってのが大事なのよ。ほれほれ、もっとアタシを崇めなさいな、カロナっち~」
「……くっ、私の負けだわ。邪道だけど認めるしかないわね、このプランYというやつ。このカロナ=エルメス、こたびはフォーカードが一角のシホ=ハーティ様の機知にお見それいたしました」
完全に調子に乗っているシホ。
一方で、カロナはシホのヘラヘラ顔に、女騎士のように屈した素振りで跪く。
その光景はすごく珍しい。
王族たるあいつがそのような行動に出るなんてな。
でも、そういったカロナの従順な姿を見ると、ゾクゾクする。
……いやいや、そんなのに気を取られていてもしかたない。
早く作戦の準備を。
「おし、そろそろ始めるぜ。エリシアさん、お願いします!」
「オッケー! 『因果を超越せし念力』、サイコキネシス!」
"フワッ"
エリシアさんは浮いた。
「じゃあその状態でシホを追いかけてくださーい。いいですかー?」
「はいよー」
台本通りに手順を進める。
ということで、まずは民衆のところへ行く。
戦闘中のシホがエリシアさんに追いかけられているという設定だ。
シホは大門に向かって人気のない夜町の道路を走り出す。
"ポヨヨヨーン、ポヨヨヨーンッ"
それと同時に彼女の自慢のおっぱいがバインバイン揺れる。
「…………」
それを見たエリシアさんは無言で彼女を追いかける。
そんな彼女たちの後ろで俺とカロナが監修として、指示を出していく。
「うーん、追いかけるときにセリフあった方がいいなあ。シホ、エリシアさん。なんかテキトーに口上つけてくれー」
上空にいる彼女のことも考慮して、俺はやや大きめの声で指示をする。
「わかったわー」
「りょうかーい!」
「それではお願いしまーす。3,2,1、カット!」
エリシアさんはスウッと一呼吸置くと、くわっと目を見開けた。
「おのれー、シホ=ハーティ。よくもアタイを本気にさせやがったな~。待ちなさーい(棒)」
「ハッハッハー、この先にはたくさんの冒険者がいるわ。公衆の面前でアナタを倒してあ・げ・る❤」
「クックックッ、それは自滅こーいだあねえ。それだったらこちらにも考えがあるのさ。観衆の前で汝を辱しめてくれよう。さすれば汝の戦意は削がれるであろーう(棒)。フハハ、我が究極魔法の餌食よ」
「えっ、ちょっと待って? さすがにそれは冗談……よね?」
「さあね」
「あれ、否定は……」
といった具合に完全なアドリブでお二人は演技する。
ところどころエリシアさんが棒読みになっちゃってるが、仕方ないことだろう。
魔界に芝居の概念があるなんて知るよしもないのだから。
ま、他方のシホはかなり演技に熱をかけている様子だが。
辱しめられると聞いた途端に顔が真っ青に変化してるところも上手い!
名演技だ。
「ねえ、メナくん。本当にあの子に任しちゃってよかったのかしら? 演技は上手いけどいささか不安だ」
「仕方ないさ。俺はコノハに刀を渡したし、君だってあの魔法のせいでMP不足なのだろう? とすると、ちゃんと戦えるのはあいつしかいないんだから」
「だよねー。はあ、こんなことになるのならMP上昇の特訓でもしとけばよかった」
「いいじゃないか、もしカロナが戦闘役を引き受けていたら、公衆の面前で辱しめられたんだぞ」
「ヒェッ、そう考えると助かったのかも」
「ま、エリシアさんに限ってマジでそんなことするとは、俺には到底思えないけどね」
「違いないね」
「ほら、そろそろ門につくぞ。こっから先が本番だ」
「ええ」
八百長作戦が上手くいくことを祈る。
頑張れ。
シホ=ハーティ、エリシア=ファントム。




