47.エリシアさんの話、魔界と勇者の事情
「無事でいろよ、カロナ、シホ!」
カロナとシホをエリシアさんから守るべく、俺はさっきまでいた町の大門からギルドの酒場へおよそ500mの道のりを超ダッシュした。
そして1分もかからないうちに、酒場にたどり着く。
この500mという中距離をダッシュしたせいなのか、はたまた二人に対する心配によるものなのかは定かではないが、汗がダラダラと体に垂れている。
その汗をかいた手でドアを握り中に入場する。
"ガチャ"
「エリシアさーん……って、ええ!?」
……今までの心配にもかかわらず、いざギルドへ入ってみれば、手前のテーブルで宴によってすでに酔いつぶれている少数の冒険者たちの奥で、楽しそうに談笑している3人の女の姿があり、俺はあっけにとられた。
「あれ、なぜだか楽しそうにおしゃべりしてる?」
左に座るのはウェルト・ラムを飲し、顔を赤くさせ、いつもより少し陽気な表情を浮かべるカロナ。
右に座るのはウェルトラパフェを思う存分に食し、お腹を風船のように膨らませ、満腹の笑みを浮かべるシホ。
そしてその二人に囲まれ、楽しそうに彼女たちと会話するダークエルフのエリシアさん。
とくにさっきまで二人を殺しにかかるために、ギルドに向かったはずのエリシアさんが、なぜかこのように変容している姿に、俺はつい言葉を漏らしてしまう。
「あ、メナくん来たー」
「待ってたよ~、メナっち~。こっちこっち~」
カロナとシホが俺に気づく。
カロナとシホは手を振り俺をまねいた。
その指示にしたがって、俺は向かいの席にドスッと座る。
「いったいこれはどういうことなんだ?」
イスに腰掛けると同時に俺は三人に問いかける。
「それについてはアタイから説明させてもらうよ。かなり遡ることになると思うから覚悟してね」
俺の疑問にいち早く答えるのはエリシアさんだ。
「わかりましたエリシアさん、お願いします」
さて、この状況を整理すべく、話が始まった。
いったい彼女はどんないきさつを述べてくれるのだろうか。
その話を聞くべく俺は首を伸ばし傾聴の体勢に入る。
一方でカロナはカロナで酔い覚ましの魔法を自分に掛け、俺の右隣に移り、聞く姿勢へ。
また、デザートをたらふく食っていたシホは出すものを出し、俺の左隣に移り、聞く姿勢を整えた。
さあ、それらを確認したエリシアさんは言葉を紡ぎ始めた。
◆
「そう、あれはちょうど1ヶ月くらい前のこと。ミルリネ……いえ、魔王様が"勇者反応"を観測したことから始まったの。まずはそこから話すよ」
「ゆ、勇者だって!?」
エリシアさんは俯きながら少し落ち着いた口調で、ゆっくりと語り始める。
大事な話だから注意して聞こうと構えてはいたのだが、いきなり「勇者」とかいう単語が出てきたので、話開始早々俺は目を丸くし驚いた。
(えっ? 勇者とはあくまでも伝記での存在のはずだ。なんでそんな話になるんだ? いったい彼女は何を言っているんだ?)
「「勇者ですって!?」」
俺の両脇に座り直したカロナとシホも同じように驚いている表情がうかがえる。
どうやら二人にとっても今のことは初耳らしい。
「ハハハ、やっぱりビックリするよね。勇者……遠い昔に我が魔国を壊滅に追いやったという、凄腕の人間。古い書籍などにその英勇記が残されている伝説の存在。これはあなたたちも知っているよね?」
「ええ、アタシたちもよく知っているわ、エリシアっちさん!」
エリシアさんの説明に元気よく返事したのはシホだ。
まあシホの言うようにその存在くらいは俺とて知っているがな。
ってか「エリシアっちさん」ってなんだよ。
なんか呼称が変だぞ、シホ。
もしかして俺が来る前からそう呼んでいたのかなあ。
まあ相手が結構年上だからさん付けしたくなる気持ちもわかるけれども。
「アタシたちの世界では勇者とは強い冒険者を表す概念として使われるようにもなっているしね。メナっちの建てた勇者党の名前もそこからとったもんね~」
「まあ、そうだな」
シホが続けて答える。
彼女は珍しくペラペラしゃべっている。
「また、その勇者の末裔がアタシたちフォーカードって言われている説もあるくらいだし」
「ふぇっ、そうなの!?」
シホのとんでも発言に、俺は彼女の方へ首を向けた。
「ええ、昔パパからよく聞かされてたから。『俺たちの先祖はあの勇者なんだ~、ガハハ』ってね。本当かどうかは分かんないけど」
「へ、へえ」
悠々と語るシホ=ハーティに俺は軽く頷く。
「ねえ、二人とも。話が脱線してるわよ」
「「あっ」」
だんだん話が逸れてきていることに気づいたカロナが注意を促してきた。
「おっとカロナの言うとおりだな。勝手に盛り上がってしまってごめんなさい、エリシアさん。で、そんな太古の勇者が観測されたっていうのはどういうことなんですか?」
エリシアさんに振り直すと、彼女は答える。
「勇者っていうのはこことは“別の世界”で生きていた人なんだよ。なんでも約100年に一度の周期で現れるらしい」
「なんだって!? シホは知ってたのか?」
「ううん、聞いたことないわ。カロナっちは? ねえ、カロナっちなら王族だし何か知っているんじゃないの?」
「ううん、残念ながら私も。宮殿の書庫でもそんなことを書いてるものはなかったはず」
俺たちはお互い顔を見合わせて次々に驚く。
「あら、三人とも知らないみたいね。勇者には特徴があってね。『メガネ』という相手のステータスを看破するマジックアイテムを目に掛け、『リュック』というあらゆるものが取り出せる不思議なアイテムボックスを両肩に背負い、『ジャージ』と呼ばれる独特の服装を身に纏い、そしてこの界隈とは一風変わった魔素オーラを放っている……そう、これが歴代の勇者と呼ばれていた人たちの共通点なの。
そこから考察して、勇者というのはこの世界とは別の世界の文明を生きていた人なんじゃないかっていう通説が生まれてね。魔界では一般常識の1つだったりするのさ、あなたたち人間は認識していないようだけどね」
「くっ……へ、へえ。そ、そうなんですか」
「おや? メナくん悔しそうだね、顔に出てるよ」
エリシアさんは俺の知らないことを得意げに話した。
知力に自信があり、なまじそういったことに対して多少のプライドがある俺は、知識でマウントをとられたような気がして、それを少し悔しく思い、無意識に唇をかみしめていたようだ。
その態度がもろに現れてしまったのか、そのことを観察眼の鋭しカロナが指摘する。
「カロナ、からかうのはよしてくれ……」
恥ずかしさを隠そうと、俺は必死に手で振り払うポーズをして、話をかき消す。
そして話を戻す。
「で、その勇者って人が最近になって観測されたと。まさに100年の周期にぶちあたったってわけですね」
「ええ。先代からアタイたちは勇者に何度も世界征服計画を邪魔されていたようだからねえ。現魔王のミルリネがやつらについてはよく研究しているのさ。そうして彼女は勇者の放つ特殊な魔素オーラの観測技術を確立し、1ヶ月前に勇者反応を観測したってわけさ。そこで早く手を打つために、観測された勇者について調査するよう頼まれた。こうしてアタイは勇者の立ち入りそうな鉱山の多いこの町を拠点に活動を始めたっていうこと。まずはここまでね♪」
エリシアさんは褐色の下乳の下で腕を組みながら、アルメナ王国、はてはこのウェルトラへやってきた理由を懇切丁寧に教えてくれた。
「長い説明大変ですね、エリシアっちさん。ありがとうね~」
「私からもありがとうございます」
カロナとシホがお礼する。
それにつられて俺も向かいに座る彼女に一応軽く会釈しておく。
そして、エリシアさんの話の一部を聞き終えた俺は、下を向いて軽く思考を張り巡らせた。
(勇者の調査かあ。確かにウェルトラでは良い素材の金属がしこたまとれるから勇者が訪れてもおかしくはなさそうだしな。肝心の勇者は来てないみたいだけど。まあとにかく勇者を探すためにここに来たというわけなんだな。よしよし、それについては納得したぞ。
……う~ん。
でも思うところはたくさんあるんだよな。
エリシアさんの調査というものが、ハルゴやクロたちの向かったノースランという雪山都市と関係があるのかどうかも気になるし。
それになぜさっきまで怒っていたエリシアさんがカロナとシホと仲良くなったのかも気になる。
……………………。
あれ?
待てよ?
それ以外に俺なんか忘れてないか?
……………………。
はっ!
そ、そうだ。
コノハだ。
コノハやセイラさんたちのことをすっかりと忘れていた。
あいつらまだ外で魔族たちと戦っているじゃん。
あぶねえ、あぶねえ。
すっかり忘れてしまうところだった。
とにかくエリシアさんには聞きたいことがたくさんあるけれど、今は彼女の放った魔族のしもべたちを引っ込めてもらうようにお願いしなきゃ)
俺はハッとしたように顔を上げる。
なにはともあれ、カロナとシホの安全は確認できたわけだ。
今度はコノハたちの安全を保証させたい。
なので、エリシアさんが外に大量召喚した魔族たちについて思い出してもらうべく一声かける。
「あのー、エリシアさん。話がかわっちゃうんですけど、実は今、外が結構パニックなってるんですよ。あなたの召喚した魔族のせいで。やっぱり彼らを引っ込めて欲しいのですけれども……」
「あっ、そのこと忘れてた。ちゃんと対処をしないとね」
どうやらエリシアさんは思い出してくれたようだ。
さて、これよりエリシアさんが町に来たときに召喚していった魔族たちを戻してもらう。
エリシアさんとのお話はここで一旦終了だ。
1回目にエリシアが魔族を召喚していた理由はその魔族たちをあっさりと倒す冒険者が勇者なんじゃないかな~と考えたからです。
話の流れからその設定をねじ込むのができなかったので、ここに記載します。




