45.クエスト達成の宴
「それじゃあ、クエスト達成を祝って乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
“カラン、カラン”
今宵、ギルドの酒場にて。
魔族たちを滅することに成功した冒険者たちは宴を開いた。
アルコール濃度の高そうなお酒を片手に乾杯する。
例のクエストに携わっていたたくさんの冒険者が、それはそれは賑やかそうに魔族の討伐を喜び、カロナとシホを祝福していた。
「あんたらすげええよ」
「いい魔法だったよ。シホちゃん」
「何を言うか、カロナちゃんの炎の魔法の方がカッコよかっただろ。我はカロナちゃん派だ」
「ふん、おめえとはいい酒が飲めそうにないな。ワシはシホちゃん派だ。多彩な魔法が使える方がすごいだろ」
「「あはは……それはどうも」」
などと宴が始まると同時に、すでにかなりの量を飲み酔いに浸っているスケベなおっさん冒険者が今日の二人の主役についてあれこれ賞賛している様子も耳に届く。
彼らのうざ絡みに苦笑いで対処しているカロナとシホを見ていると、少し気の毒だが。
といってもそれくらいに彼女たちの活躍が見事なものだった。
現にアルメナ学園のトップレベルであるセイラさんやスペードルでしても、苦戦を強いられていた魔族たちをいとも簡単に滅ぼしたのだから。
その功績は千金に値する。
「ほら、二人とも、もっと飲みな。ウェルトラ特産品が一つ、ウェルト・ラムだ」
「この酒旨いッスよ。度数半端ないッスけど」
鉱山都市のウェルトラではドワーフのおっちゃんが多い。
そのおっちゃんたちがカロナたちに勧めている酒は、どうやらそこの特産品らしい。
そして王族という真面目で上品な家柄には似合わずお酒が大好きなカロナがそれを見て生唾を飲んでいるのを、俺は見逃さない。
「ま、まあ仕方ないですね。一気に飲んじゃいますよ」
一見嫌そうな顔をしながらウェルト・ラムを拝借するカロナであるが、あれは本心ではない。
王族という建前上お酒に飛びつくのは、悪い印象を与えかねないから、ああやってわざと嫌そうな顔をしているんだ。
言葉では仕方ないと言ってはいるものの、鼻をひくつかせているもん。
あいつ絶対内心で喜んでいるわ。
新歓戦のときも率先して酒飲んでたしな。
さあ、カロナはグビグビっと勢いよくウェルト・ラムを一飲する。
“ゴクゴク”
「プハーーッ」
「「おお……」」
その飲みっぷりにどよめきをあげる。
そうして顔を赤くしたカロナはあっけなく酔いに入った。
「まさかカロナっちがあそこまでの酒豪だったとは」
彼女の様子を見て唖然とするのはシホだ。
普段真面目でいる彼女の豹変振りを見て焦っているのがわかる。
「驚くよな、シホ」
「当たり前じゃない。アタシが悪ふざけするたびに注意してくるほど真面目なカロナっちがまさかお酒大好き女子だったとはね」
「意外だよな。ところでシホは飲まないのか? アレ結構旨そうだけど」
「ごめん、アタシ、ダメなのよ」
シホが悲しそうに答える。
この女子、酒はNGなのか。
「というと?」
「酒癖が悪いのよ」
シホはスパッと答えた。
あまりにも潔い感じで返答されたので、こっちも困っちゃう。
「ほ、ほう」
俺の微妙に気まずそうにしている顔に気をつかってか、シホは続けた。
「飲むとね、気性が荒くなっちゃうらしいのよ」
「マジか」
「マジよ。自覚したことはないんだけど、クラスの友達がそう言ってた。たしかあれは例の新歓戦でアタシがセイラ会長さんに負けたときの慰め会のときのこと」
「慰め会……」
「ええ」
シホはA組だったな。
あのとき俺たちH組も同じように新歓戦での勝利の宴ってのをやってはいたのだが、シホはシホでセイラさんに負けたわけだから、A組では逆に慰めの会があったのだな。
そう理解しておこう。
「思い出すも恥ずかしくなっちゃうわ。なんでもその慰め会のときにはじめてお酒ってのを飲んだの。そしたらそれ以降の記憶が残ってなくなってね。目が覚めたときには全裸のアタシと壊れた会場だけが残っていたわ」
「な!?……そ、そ、それはすまなかったな。そんなことだとは思いもしなかった。それなら仕方あるまいな。さっきまでの発言をアルハラだなんて思わないでくれよ」
といった具合にシホは赤裸々にカミングアウトした。
それを聞いた俺は驚いた。
それと同時にこいつにだけは絶対に酒を飲ますまいと深く胸に刻むことにした。
「別にいいのよ。それとあとから聞いたのだけど、アタシはお酒を口にした瞬間、服を脱ぎ捨て盛大に暴れたらしいわ……まさかメナ君以外の人にアタシの裸を晒すことになっちゃうとはね。あれが失態、あれが最大の失態だわ」
「え、そっち? 暴れたことではなくて?」
なんだろう。
徐々に会話がかみ合わなくなってきたぞ。
こいつは飲むと気性が荒くなって暴れることを悔んでいるんだよな。
「いや、違うよ。メナ君以外の男に裸を見せたくないからよ。大事なことだから二回言ったわ」
自信満々に堂々と申すシホ。
それを見て俺は悟った。
あ、こいつはダメなやつなんだと。
うむ、これ以上話を広げたくないな。
よし、逃げよう。
俺は話題を変えるべく必死に頭を回転させた。
そしてあることを提案する。
「そういえばシホ。お酒がダメならスイーツはどうだ? ウェルトラパフェってのがあっらしいじゃないか。あれだったら食べれるんじゃね? 今日シホ活躍したんだし、ギルドの人に頼めば腹いっぱい食わせてくれると思うぞ」
「なんですって!?」
よし、食いついた。
よだれをたらした彼女は俺の言うようにすぐさまギルドのスタッフさんのもとへ去っていき、ウェルトラパフェをたらふく食べるのだった。
こうして俺は彼女から逃げることに成功した。
◆
一難去って一安心した。
といってもギルドは未だに盛り上がりを見せている。
楽しそうに談笑している冒険者たちを横目に、俺はボッチとなった。
「うむ、カロナもシホもいなくなってしまったな。ってかコノハのやつはどこいったんだ? 見当たらねえ。くそう、俺、ボッチになってしまったじゃないか」
ボッチとは一人ぼっちをさす言葉である。
こういう宴などの人々が談笑する場において、それに乗り遅れてしまうことで宴なのに一人の状態になってしまうということを、ボッチと呼ぶのだ。
俺はそのボッチというやつになってしまったのだ。
「うう、誰か話しかけてくれねえかな?」
俺は別に積極的に人に話しかけに行くのが苦手な人種というわけではない。
ただ、気後れするだけだ。
俺、平民だから。
そもそも宴ってのは貴族のような高貴な家系のもの嗜むもの。
だから俺のような平民はそういった場では浮いてしまうのだ。
そして周囲から避けられてしまうのだ。
以前の新歓戦のときは主役が俺だったから、そのような事態にはならなかったが、今回の主役はカロナとシホ。
今回俺はそこまで目立った活躍をしていないので、人が寄ってくるということはない。
そういうわけで話しかけるのに気後れた俺はボッチになってしまった。
「あら? メナ君」
「メナ=ソウドじゃねえか」
そんなボケっとしていた俺に声をかけたのはセイラさんとスペードル先輩だった。
「あ、お二方……どうもありがとうございます!」
ボッチの俺に話しかけてくれたことを感謝した俺は二人に泣きつくようにして返事した。
「どうしたの、メナ君? そんな顔して」
セイラさんが心配そうな顔でおおせる。
「はい、さっきまでボッチだったから」
「プッ、お前ボッチかよ。そういえば貴様、平民だったもんな」
俺が実直にわけをこたえると、スペードル先輩が笑い出した。
その態度に俺は腹を立てる。
イラついた俺はサクッと先輩に煽りをいれる。
「その平民に負けたのはどこのフォーカードでしたっけ?」
「な、なんだと!?」
俺の煽りスキルはSランクだ。
今の一言で先輩の顔を真っ赤にさせるのには十分だった。
「煽ってきたのはそっちでしょうが! フフフ、いいでしょう、ここは久々に決闘でもしますか、先輩!」
「上等じゃねえか、この野朗。だったら俺も本気だす。病み上がりだが意地でも竜化してやる! この辺なら貴様の自慢の魔法も使えまい」
“ボゴッ”
熱くなったスペードル先輩は腕を竜化させて、威嚇する。
相当先輩を刺激させたみたいだ。
俺の魔法で怪我を負ったため竜化できない先輩を、竜化させるほどに。
お互いに俺たちはにらみ合った。
でも不思議なことに俺たちは楽しそうにしている。
「はいはーい。ケンカは止めようね、戦闘好きの二人さん。この宴はね……そういったことをするために開いたわけじゃないからっ!!」
「「は、は、はい」」
セイラさんがすかさず割ってき、俺たちを止める。
その顔は笑顔であるが非常に威圧的である。
その雰囲気に圧倒された俺たちは上ずった声で返事をする。
そして平静を取り戻した俺は、酔っていないセイラさんを見て疑問に思った。
「あれ? ところでセイラさんはお酒のまないのですか?」
「ええ。何か問題でも?」
「カロナとは違うんだなって」
「ああ、なるほど。たしかにそうね。あの子は母様に似たから」
「へえ、アリアさん似かあ」
セイラさんは向こうにいるカロナに視線を向けながら答える。
「フフフ、あなたよくカロナのこと見てるわねえ」
俺に目線を戻したセイラさんはニヤニヤ顔でこっちを見つめる。
「そ、そんなことないですって」
「そうかしら? だってさっきの戦いを見て思ったの。あの子がまともに邪竜の炎眼を放つことができるようになったのってメナ君の指導のおかげだってね」
「そ、その通りかもですね。でもほとんどはあいつの実力ですよ」
「謙遜はいいですわよ。ま、私も姉として君に感謝しているわ。今後とも彼女のことを頼むよ」
「それ今日のクエスト前にも聞きましたよ」
「あらら、そうでしたわね」
といった感じで二人で話しこんでいると、暇そうにあくびしていたスペードル先輩がセイラさんに呼びかけた。
「あの、会長様ぁー。町長さんにあいさつに行くんですよね。こんなとこで道草くってていいんですかい? 早く行きましょうよー」
「あー、はいはい。……ということでまたどこかでね、メナ君」
「はい」
「あ、そうだ。最後に一つだけ。カロナやシホ=ハーティさんの活躍もよかったけれど、その陰で悲しんでいる女の子もいるんじゃない? ボッチで行くあてがないのなら、ギルドの外のベンチにでも行ってきたらどうかしら?」
「あ……そうですね」
セイラさんは穏やかな口調で窓を指差して言い残すと、スペードルとともにその場を去った。
セイラさんの言いたいことがわかった俺はコノハのもとへ行くことにした。
◆
ギルドの外はいい感じに暗かった。
ギルドの中とはうって変わって静かで落ち着ける。
夜風にふかれながらそばのベンチでたたずんでいるコノハに俺は話しかけた。
「おーい、こんなとこで一人でいたら風邪引くぞー」
「あ、メナ師匠でござるか。別に拙者は風邪など引かないでござるよ」
目の下を赤く晴らしたコノハは言い返す。
いったい何を強がっているのやら。
俺は何も言わずに彼女の隣にちょこんと座る。
「ちょ、ちょちょ、何勝手に隣にすわっているのですか……でござるか!」
コノハは慌てたようバタバタする。
「まあまあいいじゃねか、別に君を襲いやしないさ」
「な……」
俺は今一度至近距離でコノハを見つめて空をみる。
そう、彼女は落ち込んでいる。
その原因はなんとなくだがわかった。
それは勇者党の一員としての圧倒的な劣等感だ。
さきのカロナとシホの活躍を見て、そのレベルの差にショックをうけたのだろう。
ギルドの中で彼女の姿が見えなかったのは、
そこにいたくなかったからだ。
クエストでまともに役に立たなかったからだ。
それがショックだったからだ。
俺はそのショックを少しでも和らげるために彼女を励ましてやりたい。
「なあ、コノハ。近接職って大変だよなあ」
「え、ま、まあそうでござるな。拙者筋力も耐久もないでござるからな」
唐突な発言にコノハはビックリする。
「へへ、俺も君と同じタイプだしな」
「あ、そうでござったな」
以前俺はスウィンガ先生との決闘のあとで、クラスメイトに対して刀について語ったことがあった。
そのときに俺が筋力と耐久のステータスが低いということを告白したのを覚えている。
そのときはコノハの存在を知らなかったが、彼女もクラスメイトなので、その事情を覚えてくれていたようだ。
だったら話は早い。
「俺も昔はコノハとおんなじでさ。近接職の才能がないことがわかっていたから、そこそこ辛かったんだよな」
「メナ師匠もそうでござったのですね」
「でもそのままじゃ諦めきれないよな。俺はそこでどうにかして頑張った。そんでもって刀ってやつにたどりついたんだけどな。コノハも一緒だよね、諦めたくないんだよな。だから勇気を出して俺に尋ねてきたんだろ。刀が欲しいって、勇者党に入りたいって言ってさ」
「そ、その通りでござる」
図星をつかれたかのようにしてコノハは顔を赤くする。
「俺はそういうの嫌いじゃないぜ」
「な……!?」
「だからそのー、なんだ? 君はきっと強くなる、俺が保証するよ。俺は君を見捨てはしないから。それまでは俺が付き合ってやるから。いつかこの刀を謙譲してやるから。だから、元気出せよ、コノハ=ヤマト!」
俺は彼女の頭を優しく撫でて慰めた。
「メ、メナ師匠……」
"ガバッ"
目をウルウルにさせたコノハは、子犬のように泣きついてきた。
彼女はなりふりかわまわずその涙に濡れた顔で俺の胸に飛び込んできた。
俺は静かに彼女を抱き締めた。
数分後。
「よーしよし。また王都に帰ったら一緒に修行しようぜ」
「は、はい」
「じゃあギルドに戻るか」
と言ったそのとき。
“緊急警報! 緊急警報!”
非常に強ばった口調のサイレンが町全体に響き渡る。
「なんだ?」と口ずさむのもつかの間。
続けてそのアナウンスはこう告げた。
“魔王軍の幹部が町に襲来”
と。
◆
宴による気分を完全に潰された俺たち冒険者は、町の門にて魔王軍の幹部たる人物の姿を確認した。
「ったく。どいつだい? アタイの召喚したペットたちをやってくれたやつは!」
甲高く鋭い声が響き渡る。
なんとそれは聞いたことのある声だった。
赤い髪で尖った耳、褐色の肌でそうおっしゃるのは、ダークエルフの女性。
今朝ウェルメナ山脈で迷子になった俺たちを助けてくれた凄腕の魔法使いのお方……。
エリシア=ファントムさん、彼女が魔王軍の幹部だという。




