42.ウェルメナ山脈で迷子になった
一夜明け、俺たちは宿を出ることにした。
チェックアウトを済ませた俺たちは荷物をまとめ、馬車に乗り、この【民宿ウェルメナの里】をあとにしようとしている。
その入り口では女将さんとその他諸々の冒険者さんたちが俺たちを見送りにきてくれている。
俺は彼らにペコリと一礼する。
「泊めていただき、そして情報を提供していただき、どうもありがとうございました」
俺に続いてカロナ、シホ、コノハも頭を下げる。
そんな屈託のない俺たちの丁寧な挨拶に彼らは笑った。
「うふふ、女将の私にそんなにかしこまらなくてもいいのよ」
「そうだぜ、あんたたちはあのアルメナ学園の生徒なんだからな。もっと堂々としな」
「その腰の低さもアルメナ学園の由緒正しき教育によるものなのだね。納得だよ」
「ウェルトラでの活躍をぜひ期待しているでヤンスオイラたちの代わりに魔族を倒して欲しいでヤンス」
などと俺たちの冒険を後押ししてくれた。
その暖かく優しい目はこれから高難易度のクエストを受ける俺たちにとって、いい励ましの言葉である。
「ああ、そうだ。この地図を持っていくといいわよ」
「ありがとうございます。地図ですか」
女将さんは懐から黄ばんだ紙切れを取り出して、それを俺に渡してきた。
どうやらこれが地図らしい。
「ウェルトラ山脈内部の詳細な地図だね。この山脈を通ってウェルトラへ出るのなら、役に立つはずよ」
「おお、それはありがたいです」
ラッキー。
棚ボタだぜ。
これは非常にありがたい。
ウェルメナ平原はただの広い草原だから、道に迷わずに済んだけれど、ウェルメナ山脈はそうはいかない。
山脈の中は結構入り組んだ作りになっているので迷いやすいのだ。
遭難する冒険者だってチラホラいる。
とまあこのように迷子になるのではないかと実は心配していたのだが、そんなときに女将さんから地図もらうことができたので、非常に助かった。
「では、行ってらっしゃい」
「「「いってらっしゃい」」」
「「「行ってきます」」」
女将さんと冒険者さんたちは盛大に手を振る。
同様に俺たちもそれに手を振って返す。
そして出発した。
村を出た俺たちはウェルメナ山脈を突き進む。
地図があるので迷いなく順調に山の中を進むことができた。
……と思っていた。
「あれ? ここはどこだ?」
地図をもらったことで慢心があらわれたのだろう。
油断していた俺はうっかり道をはずしてしまったらしい。
つまり"迷子"になってしまったのだ。
手綱を引いていた俺は冷や汗を掻いた。
「メナ師匠、どうしたのでござるか?」
俺の異変に気がついたのか、コノハが後ろの席から覗き込んできた。
「ギクッ」
俺の反応を見て彼女は察した。
「やや、さては迷子になったのでござるねっ。カロナー、シホ殿―。メナ師匠が迷子になったらしいでござるよー」
「なんですってーー!?」
「ホントなのー?」
コノハがカロナとシホにそのことをチクると、後ろに座る彼女たちは驚いたようにして俺に食いかかってきた。
「ねえ、ちょっとメナ君。本当に迷子になっちゃったの?」
「すまないカロナ、やってしまいました」
観念した俺は素直に謝る。
完全に俺のせいだ。
くそ、これは俺の立場が弱くなってしまった。
ただ謝るしかできない。
立場が弱い……。
そのことに気づいた女子が一人いた。
普段はアホのくせにこういうときだけやけに鋭くなるピンクの女子がいた。
それはシホである。
シホは下卑た笑みを浮かべながら俺をみつめてきた。
「フフ、これはあとで責任をとってもらわないとねえ。さて何をやってもらおうかしらねえ、グヘヘ」
「なっ!?」
俺は彼女の発言に恐怖する。
あのシホのことだ、いったいどんな責任をとらされるのだろうと思うと正気ではいれない。
俺は半分涙目となり彼女を見つめ返す。
「じょ、冗談よ、ごめんね。まさかメナっちがそんな顔するとは。なんかゾクゾクしちゃった」
俺の表情を見て、シホは何やら新たな何かにお目覚めになられたようだ。
そのことを深く考えるとマズい気がしたので今は放っておこう。
そして、カロナがいったん仕切りだす。
「と、とにかく迷子になってしまったのはしょうがないわ。メナ君だけの責任じゃない。3日連続でメナ君に運転をさせてしまった私たちの責任でもあるから。今はこの状況に対してどう取り組むのかが大事なことよ」
「そうでござるね……ん? 向こうに小屋? のようなものが見えるでござるよ」
「「「なんだって」」」
視力のいいコノハは小屋を見つけた。
「人が居るかもしれないわ。とりあえずそこへ行きましょう」
「「「おお」」」
その小屋に助けを求めに行くことにした。
◆
小屋に着いた。
小さく質素な小屋である。
本当にここに人が住んでいるのかはわからないが、訪ねてみよう。
“コンコン”
「失礼しまーす」
小屋の中は思ったよりも綺麗だった。
机やイス、その他諸々の家具が丁寧に配列されている。
「あら、どちらさま?」
返事したのは小屋の主と思しき30代前半くらいの綺麗な女性だ。
身長は俺と同じくらいかな。
カールのかかった赤色の長髪、そして褐色肌、人にしては異常に尖った耳、太い眉毛、パッチリとした目、高い鼻、自信のありそうな顔つき、など気の強そうな印象の女性だ。
おそらくダークエルフの種族だ。
ちなみにおっぱいも大きい。
その綺麗な女性に若干緊張しながらも俺は自己紹介をはじめる。
「僕はアルメナ学園在学の冒険者、メナ=ソウドと申します。後ろの三人は友達のカロナ、シホ、コノハです」
「アタイはエリシア=ファントム。こっちの世界では魔法士ってことになるわね。こちらこそよろしくね。で、用件は何かしら?」
「すみません、僕たち迷子になってしまって。ここからウェルトラへ行きたいのですが、道が分からなくて困っていまず」
俺は事情を話す。
「あ、ごめんなさいね。アタイもここに来たばかりだからこの辺には疎いんだよ」
「そうでしたか。残念です」
エリシアさんは軽く謝った。
まさかここに来たばかりの方だとは。
何か理由があるようだが、それを聞くのも野暮な気がするので聞かないでおこう。
と思っていたのに、向こうが勝手に口を開いた。
「友人の"魔王"に頼まれてね、この国を調査して欲しいって。それでこの小屋に引っ越してきたばかりのさ」
おや?
俺の聞き間違いだろうか?
今魔王って言わなかったか?
焦った俺はすかさずカロナに確認をとる。
「なあカロナ、今魔王って」
「何言ってるの、メナ君。まさか魔王なわけないでしょう。マオさんの聞き間違いでしょうね」
「たしかに」
冷静に考えてみればカロナのいうとおりだな。
魔王の友達とか普通に考えたらありえないよな。
そんな人がこんな山の小屋に越すなんて変な話だよな。
ダメだわ俺、長旅で疲れきっているせいで魔王とマオを聞き間違えてしまった。
そして、ふと我に返ったエリシアさんは慌てて口を押さえた。
「おっと、ついうっかり口を滑らしちゃったわね。そうそう、そのマオって子に色々頼まれたのさ。ま、今言ったことは気にしなくて結構だから。ふう危ねえ、危ねえ」
「は、はあ」
エリシアさんは気を取り直した。
そして何か思いついたようにして、再び話しだした。
「ところで、ウェルトラってところに行きたいんだよねえ。だったらいい方法があるわ」
「本当ですか?」
「というわけでいったん外に出よう」
「はい」
俺たちは言われるがままにして彼女の指示に従う。
小屋の外にでた。
エリシアさんが何をひらめいたのかは分からないが、今は彼女を信じるしかなさそうだ。
「一体なにをするのかしら? 私気になる」
「アタシも気になる~」
「拙者も分からないでござる」
隣では3人も不思議な顔をしている。
「たしか君はメナって言ったな。メナはここらの地図は持っているんだよね?」
「はい、持ってます」
「だったら問題ない。ビックリしないようにね……。『因果を超越せし念力』、サイコキネシス!」
エリシアさんは魔法を唱える。
“フワッ”
「なっ!?」
思わず俺は声を上げる。
これは飛行魔法と言うべきか。
彼女が魔法を発動した途端、俺の体は宙に浮く。
というか、まるで俺の体が彼女の意のままに操られているような感じだ。
「す、すごい。これがサイコキネシスという魔法……」
「あれが魔法だなんて、メナっちより凄いかも!?」
「翼なしで人が浮くなんてはじめて見たでござるよ」
宙に浮かされている俺をみながら3人は呆然としている。
「こ、これは……」
重力が存在するにも関わらず、みるみるうちに俺の体は上空へと移動する。
気づけば上空100mくらいのところまで来ていた。
地上からエリシアさんは大きな声で俺に伝える。
「どお、メナ? ここまであげればその持っている地図と照らし合わせて、ウェルトラってところが分かるんじゃないかしら」
「はい、やってみます」
ふむふむ、分かる、分かるぞ。
上空から見える山脈の形と、この地図が一致したぞ。
なるほど、ウェルトラへはここを北西に進めばいいんだな。
「エリシアさーん、オーケーです。わかりました、おろしてくださーい」
「はいよー」
俺は無事地上へ帰還した。
「どう? 分かったかしら?」
「はい、ありがとうございます」
俺の返事にエリシアさんは笑顔になった。
「ふふ、では迷子の冒険者さん、あなたたちの旅が上手くいきますようにお祈りするよ。ではいってらっしゃい」
「はい、いってきます」
俺たちは馬車に乗り、エリシアさんに手を振ると、再びウェルトラをめざすのだった。
今後、投稿ペースが遅くなるかもしれません。




