41. 2日目、民宿ウェルメナの里にて
2日目。
今日もウェルトラを目指す。
朝一番に起きた俺はそばで眠っているカロナ、シホ、コノハの3人を起こした。
昨日から馬車を運転しっぱなしだった俺はそこそこ疲れていた。
それに比べてこの3人が幸せそうによだれを垂らしながら寝袋の中でイモムシのように眠っている姿を見ると、なぜだか妬ましくなった。
寝起きで機嫌が悪くなっていた俺は「お前たち、昨日あんだけ馬車で寝ていたくせによくそんなに眠れるよな」と3人に嫌味をこぼしながら、たたき起こしてやった。
しかし、寝起きのせいで機嫌が悪かったのは俺だけではなかった。
俺の起こし方に腹を立てた3人は今日の運転当番を強制してきた。
この天才冒険者である俺といえど、1対3では彼女らに勝利する術などなく、言われるがままに手綱を引くことになった。
なんだか尻にしかれているような気もするが、そんな感じで2日目がスタートします。
今日もひたすらにウェルメナ平原を進む。
恐ろしいほど変化しないその景色にボケッとしながら俺は手綱を引き続けた。
昨日と変わったことがあるとするならば、それは例の問いである。
『君は何のために刀振るう?』、という問いを昨夜の温泉でコノハに出してやった。
そしてもし正解することができたなら、俺の刀を授けようと約束した。
それ以降、コノハだけでなくカロナとシホの3人はその俺からの問題について必死に考えに考えまくった。
2日目に入ってからも3人は馬車の中でそれについてブツブツと議論をかましている今現在だ。
「メナっち、できた!」
「なんだとっ、シホ。じゃあ答えを言ってくれ」
答えができたらしい。
まずはシホが挙手した。
俺は馬車を止める。
そして彼女のアンサーに耳を傾ける。
「刀を見せびらかしながら、敵を蹂躙するため!」
あん?
全然ちっがーう。
そんなわけないでしょ。
俺はそんなに下衆な人間じゃない。
俺はバツ印のポーズをとる。
「ブブー、論外。やり直しだ」
「ギャース」
シホが撃沈する。
「メナ君、じゃあ今度は私!」
「オッケー。どうぞ~、カロナ」
次はカロナ=エルメスである。
うん、彼女ならそれなりの答えを期待できるかな。
頭もいいしね。
「敵を斬るため」
おい、そのまんまじゃないか。
そこそこ真面目なカロナのことだ。
無難に答えを選びすぎたのだな。
だったら納得いく。
「それも間違ってはいないけれど、そういう答えを求めていないんだよなあ。はい、やり直し~」
「ガクッ」
カロナは落ち込む。
「では最後は拙者でござる」
「頼んだぞ、コノハ」
おおっ。
真打ちの登場か、コノハ。
ニチホン独自の和の精神をもつ君なら答えられるやもしれん。
刀を渡すことを渋っている俺だが、内心では彼女たちには託したいと思っているのだ。
だからこそみんなにはぜひとも正解して欲しいと実は願っている。
さあこの試練を乗り越えるのだ。
コノハよ、正解を言ってくれるか?
俺は彼女の答えに期待する。
「その鋭き刃で己が敵を斬裂し四散させるため」
「おい、それってカロナの答えを言い換えただけだよね。そういう中二っぽい答えを求めていると言ったわけじゃないんだ」
「ああ、そうでござったか」
そんな難しいことは求めていないんだ。
俺の求めている答えはもっと簡単なやつだよ。
ほら、よくあるだろ?
仲間を守るため~、とかさぁ。
俺はそういうのを求めているんだよ。
結構ありがちなことかもしれないが、刀を扱ううえでこの心構えはすごく大切なことなのだ。
その言葉が出た瞬間に俺は合格を言い渡すつもりなのである。
「よし、3人とも。敵をどうするとか、そういうところからいったん離れてみてくれ。そしたら見えてくるはずだ」
「「「う~ん」」」
結構なヒントを与えてみたが、彼女たちは頭を抱えてうなり声を上げる。
その悶絶する可愛らしい姿にゾクゾクした俺はもう一声添える。
「とりあえず視点を変えて考えてみな。俺も気長に待ってやるから」
「さすがメナっち、ヒントをくれるなんて太っ腹~」
「はいでござる、視点をかえるでござるね」
「よしみんな、頑張って考えてみようね」
3人は気を取り直し、再び頭を抱えて考えはじめた。
やれやれ、この調子では正解への道のりはまだまだみたいだな。
俺は馬車を進めることにした。
◆
結局正解が出ることなく、また1日が過ぎようとする。
夜、俺たちはウェルメナ山脈のふもとにある小さな村に到着した。
周囲は緑に囲まれているのどかな村である。
町の中は畑や田んぼなどの面積が多くを占めており、ところどころに家屋がポツポツと建っている。
すごく田舎チックな村だ。
俺の故郷に似ている。
王都とはまたずいぶんと違った町並みだ。
そんな集落の中で一際大きな建物が前方に見える。
それは宿屋である。
4階だてであるその建物の明かりは、灯台のように夜の村を照らしている。
この村は一応ウェルトラへの中継地点となっているので、俺たちのような冒険者が多く立ち寄ることがある。
それを収容すべくこのように大きめの宿が設立されているわけだ。
俺たちもその宿を借りることにする。
隣に設置されている駐馬車場に馬車を止めると、俺たちは建物の扉をくぐる。
”ガララッ”
「おお、結構人が多いじゃないか」
その先はロビーだった。
そのロビーでは2、30人ほどの冒険者らしきむさくるしい客人がそれぞれの机で晩飯を食べながら談笑している。
どうやら俺たちと同じくウェルトラへ向かうものたちなんだろうな。
強そうな雰囲気を醸し出しているし。
「やや!? なんと可愛い3人の娘たちよ。もしや王都の冒険者?」
その冒険者さんたちは入ってきた俺たちのパーティを見るや否や駆け寄ってきた。
そして彼らは鼻息を荒くしながら3人の美少女に話しかける。
「ぐへへ、そこの背の高いピンクの姉ちゃん、あんたグラマーでオレのタイプだぜ。ホホホ、なんかエロいことしてくれよ」
「黒髪で高貴そうな君もいいですねえ。上品そうでたまらないです。ぜひ今から一緒に食事でもどうです? お金はボクが払うよ」
「おやおや、後ろにいる小さなお嬢さん、お嬢さんが一番素敵でヤンスよ。ロリっ娘は正義でヤンス」
などと彼らはシホ、カロナ、コノハに駆け寄っては口々に口説きはじめる。
当然彼女たちは困惑している。
うむ、いきなり絡まれてしまったか。
これは面倒だな。
俺がどうにかしてやるか。
と俺が前に出ようとしたとき。
「コラ、あんたたち止めなさい! みっともないわよ」
受付にいる40歳くらいの女将からさんから怒号が響いた。
「「あ、すみません」」
怒られた冒険者たちは肩をすぼめてペコリと謝ると元の席に戻っていった。
彼らを一喝した女将さんは俺たちに申し訳なさそうに話しかけてきた。
「なんだかすまないねえ、うちの客が迷惑かけて」
「いえいえ、とんでもございません」
「ありがとうねえ。……さて、【民宿ウェルメナの里】へいらっしゃい。見たところ4名様だね」
「はい、一泊でお願いします」
「はいはい。だとお値段は10000円だね」
「了解です」
俺は1万円札を渡す。
「どうも、じゃあ部屋は207号室ね、これ鍵ね」
「どうもありがとうございます。」
という感じで適当に手続きを済ませる。
そして女将さんは再び口をあけた。
「ところであなたたちもウェルトラから逃げてきたの?」
「いえ、違いますけど。むしろ今からそっちに向かうんです」
ウェルトラから逃げる、という奇妙な問いに答えた俺に対して反応したのはさっきの冒険者たちだった。
「「「えええええっ!?」」」
「なんだって!? ウェルトラに向かうだと?」
「君たち止めておいた方がいいよ。あの近辺は今、高レベルの魔物でいっぱいなんだ」
「あそこはおっかないでヤンス。Cランクはないと痛い目をみるでヤンス」
彼らは口を揃えて俺たちがウェルトラへ行くことを反対する。
その発言から彼らはウェルトラに行くのではなく、ウェルトラから避難してきた冒険者だということがわかった。
(え? 逃げ出すほどなのか? 少し強めの魔物が出ただけだろ)
と内心で不思議に思う。
「女将さん、そんなにウェルトラに行くことがおかしいのでしょうか?」
「そりゃあそうだよ。なんたって"魔族系統"の魔物が現れたんだよ!」
「なっ!?」
ま、【魔族】だったのか。
「つい2日前のことだよ。その魔物が魔族系統だとわかったのは。だからその辺の魔物たちよりもとても強力よ。しまいにはウェルトラも魔物たちに占拠されかねないかもね。だからこうしてみんなウェルトラから逃げてきているのさ。もちろん優秀な冒険者はまだ町に残っているだろうけどね」
女将さんは青ざめた表情で言う。
なんだろう、だんだん怖くなってきた。
そんなに強い魔物だとは思いもしなかったからだ。
マジか~、そんなに強い連中なのかよ。
てっきりもっと弱いモンスターだと思っていた。
ああ、これは間違いなく苦戦を強いられるに違いないのだろうな~。
ああ、そんなに強いやつが相手なのかよ~。
「「「魔族……」」」
俺だけでなくカロナ、シホ、コノハも震え上がっている。
そのくらいに魔族が恐ろしいということを物語っている。
「もしあそこが魔族たちに支配されたら、私もここを畳んで王都へ逃げる予定だよ。あなたたちも冒険者だよね?」
「は、は、はい」
完全に萎縮した俺は上ずった声で返事する。
「だったら忠告してあげる。みんなの言うとおり、ここから引き返した方がいいわ」
女将さんも神妙な顔をして俺たちに助言する。
そのくらいに魔族が強力な敵であるということは嫌でも伝わった。
なので正直に怖くなった。
だが、俺とて何もせずに逃げ帰るわけにはいかない!
なにせ王様から頼まれたクエストだから。
女将さんたちのいうように今頃ウェルトラでは、それはそれは強いに違いない魔族たちが町に脅威を与えていることだろう。
でも俺はその脅威を追い払うためにクエストに来たのだ。
生まれて一度も魔族という種族と戦ったことはないのでビビってはいるが、逃げるわけにはいかない。
「すみません、俺たちはそれでも行きます。ウェルトラ……いや、国を守るのが冒険者の務めですから。それに腕にはそこそこ自信があります。これでも俺たち、アルメナ学園の生徒ですから」
俺がアルメナ学園の生徒と口走った瞬間に再びどよめきが起こった。
「「「えええええっ!?」」」
「あの子達アルメナ学園の生徒さんだったのかよ」
「す、すげえええ」
冒険者たちはまるで神様でも見たかのような目で俺たちを指差した。
女将さんも同じように驚いている。
あれ?
俺なんかまずいことでも言っちゃったかな?
焦った俺は女将さんに求める。
「え、なにこれ?」
「ま、まさかあのアルメナ学園の生徒さんだったとはねえ。王国最強クラスの冒険者さんだったのね」
「あ、そうだった」
あらら、完全に忘れてた。
アルメナ学園。
優秀な若き冒険者を集めた王国一番のエリート冒険者育成の学園。
普段はその中で最下位のH組なのでバカにされがちなのだが、その辺の一般の凡人冒険者からするとアルメナ学園の生徒ということだけで一目、いや二目置かれる。
そのことをうっかりと忘れてた。
いっけね、いっけね。
「あなたたちならあの恐ろしい魔族たちと渡り合えるかもしれないわ。だったら止める理由はないわね。よし、あなたたち頑張るのよ」
「「「がんばれー」」」
一転した女将さんは俺たちを応援した。
冒険者さんたちもそれに続いた。
俺たちはそれに軽く礼をして答えると、自分たちの部屋へ向かうのだった。
明日のうちにウェルトラにつくだろう。
だからここでしっかりと休み、明日に備えた。




