40.風呂、刀士からの問い
その匂いをたどることおよそ30分、俺たちはようやく源泉のもとにたどり着いた。
空もすっかり暗くなっている。
その温泉のそばで俺は馬車を止めた。
周囲は砂漠の果てが如く広がった草原、ウェルメナ平原。
しかし、こんな草木しかはえていないチンケな草原地帯の中になぜかポツンと温泉があった。
それはまるで砂漠の中のオアシスのようである。
不自然なことにここの周辺だけ草が生えておらず、そのかわりに茶色の土壌がこの温泉を覆っている。
その浴槽はその岩盤によってかたどられている。
浴槽からは暖かそうな湯気がモワモワと煙のように夜空を曇らせている。
まさに天然の露天風呂である。
その都合よく形成された温泉のことを有り難いと思いつつ俺たちはまもなく入浴をはじめる。
「カロナ、コノハ、着いたぞ。起きろー」
「カロナっちもコノハっちも起きて~」
馬車の中で相変わらず睡眠中だった二人を俺とシホは起こす。
俺は二人の体を軽く揺する。
カロナを揺するとおっぱいが揺れ、コノハを揺するとコノハが揺れた。
そして二人は目を覚ました。
「う……もう着いたのかしら?」
「ふわあ、気づいたら寝てしまっていたでござる」
カロナとコノハは同時に目を覚ます。
二人は寝ぼけた様子で目をこする。
「ここはどこ?」と聞いてきそうな気がしたので、それを予測した俺は先に答える。
「ここは温泉だ!」
「そうよ、温泉よ。メナっちが見つけてくれたの」
「「ええっ!?」」
二人の寝ぼけは一気に吹き飛んだ。
二人は急に起き上がると、全速力で馬車を出る。
そして外の景色を確認した。
「おお~、ホントに温泉だわ~」
「温泉、温泉の匂いがするでござる、やったー」
カロナとコノハは口々に喜びの声を上げる。
すごく目を輝かせていらっしゃる。
まったく、どれだけ温泉が好きなんだよ。
「まさかここまで喜ぶとは。本当は風呂の予定はなかったのだけどな、3人とも運がよかったな」
俺は呆れざまに言葉をもらす。
すると3人が一斉に答えた。
「ええ、王族であるこの私が湯につからない日などあってはいけませんから。もしなかったら私、暴れていたわ」
「カロナの言う通りでござるな。オンボロの馬車の臭いが体についてしまっているでござるからなあ。洗い流せないのなら切腹ものでござる」
「フフフ、そういうことだよ、メナっち。女の子にとってお風呂はとても大事なものなんだから。もしあのままお風呂ナシなんてことになってたらどうなっていたことか」
3人は三者三様の意見をおおせられた。
どうやらそのくらいに入浴を望まれていたらしい。
“パンパン”
そのことがわかった俺はパンパンと手を叩いた。
「じゃ、早速入りますか」
「「「おおっ」」」
3人は元気よく手を上げると入浴の準備をおっぱじめる。
「シホ、コノハ、馬車の中で着替えましょう。あ、メナ君はその場で着替えてね。中は決してのぞかないように。フフフ」
「と、と、と、当然だろっ?」
カロナとシホとコノハは馬車の中に姿をくらました。
そのときのカロナがなぜか不適な笑みをこぼしていた。
彼女は何かしら企んでいるようだ。
5分後、男子の俺はサクッと全裸になり腰にタオルを巻くと、女性陣のお出ましを待つ。
俺は馬車の方へ視線を向ける。
悲しいかな、当然中の様子は見えない。
馬車の中から御三方がキャッキャウフフ言いながら楽しんでいる声が聞こえる。
「アタシ今スッポンポ~ン♪」
「おお、綺麗な体でござるな、シホ殿。プルンプルンでござる。羨ましい~」
おい、なんだよ、それっ。
一体どんな体してやがるんだ。
くそ、どうしても気になってしまう俺がいる。
プルンプルンてなんだよ。
こんなの反則だろ。
中の様子が見えなくとも、その聴覚の情報だけでこの年頃の男子にとっては十分な刺激である。
「よし、アタシこれでメナっちのとこに行ってくるよ~、シュババ」
「や~めなさいっ、シホ。ハレンチよ! 早くタオル巻きなさい」
おおう。
危うくシホが露出狂の全裸痴女になるとこだった。
だけど、いま馬車から一瞬だけシホの乳頭がチラっと見えたような。
いや、それは気のせいだな。
ちゃんとカロナが彼女のことを取り押さえてくれたらしいし。
「ええ~、カロナっちのケチ~。ったく、そんなカロナっちのおっぱいも相当なハレンチだよ~。ええい、こうなったら。コノハっち、カロナっちを捕らえなさい」
「了解でござる」
「カロナ=エルメス。その乳をチョメチョメしてくれよう」
「ああっ……ちょっと止めなさいよ~、二人とも」
「ムホホ、良いではないか、良いではないか~」
「その大きさ、けしからんでござる。拙者、許せないでござる~」
などとカロナ、シホ、コノハは子供のように騒いでいる。
これからクエストを受けに行く身だっていうのに、なんて無邪気なこと。
俺は興奮で鼻息があらくなりそうになるのを必死で抑えて、この状況を味わっていた。
「んっ……、メ、メナ君~。そばにいるなら助けて~」
カロナから救援の声が出た。
どうやらタイムオーバーのようだ。
俺は外から悪ふざけする二人を一喝した。
するとその場が収まる。
そして着替え終えて出てきたシホとコノハに軽くげんこつを加えて粛清すると、俺たちは温泉へダイブするのだった。
◆
かくして俺たちはこの野生の温泉に入浴した。
上を見上げれば曇りない夜空に無数の星が瞬き輝いている。
それとは対照的に下を見れば、3人の美少女……いや、草原が海のように広がっている。
それはまさに絶景である。
こんなベストポジションに温泉があるなんて奇跡に等しい。
意図的に誰かがそれをここに作ったのではないかと疑ってしまうほどだ。
もしかしたら温泉好きの凄腕の女魔法使いが温泉を作る魔法みたいなものでつくったりでもしたのかな。
ま、そんなわけないよな。
とりあえず今はこの自然の恵みを堪能するだけだ。
まずはこの天然の浴槽に入ろう。
しかし、「これから湯船につかるぜ」と息巻いていた俺に対してカロナが唐突に俺の手を引っ張る。
「じゃあメナ君。体洗うよ」
「え? 先に体洗うの?」
俺は驚く。
「まあね。私たちが洗ってあげるから」
俺が問うと、彼女は石鹸とタオルを持ってにこやかに笑ってそうおおせる。
平民たるこの俺の体を洗ってくれるのか。
さすがの俺もそれを疑問に思う。
「え、いいの?」
「普段の感謝だよ。修行に付き合ってくれたお礼。邪竜の炎眼が使い物になったのは君の因数分解のアイデアのおかげだしね。さっき馬車の中でお礼をしようと二人に提案したの」
「そういうこと。メナっちのおかげでアタシもMPが凄く上がって強くなれたし」
「拙者は勇者党に入れて貰えたことに対する感謝でござる」
なるほどな。
3人は感謝し続けるだけでお返しができないというのが耐えられないんだな。
それとさっき着替える前にカロナが不気味に笑っていたのはこれを提案するためだったのか。
納得だわ。
ということはここは素直にそれを受けたほうがよさそうだな。
「よし、オーケー、じゃあ背中から洗ってくれ」
俺は置いてあった桶の上にドシンと座った。
そして3人からのご奉仕を存分に楽しんだ。
体を洗い終えると、湯船につかった。
42度くらいの暖かい温水が全身を癒してくれる。
これがまた大変気持ちいい。
その気持ちよさに頬がとろけてしまう。
「ああ~、こりゃあ気持ちいいぜ。もうここから出たくない」
「私も同意見よ。王宮の浴場よりもいいかも」
「アタシも出たくないね。ああ~、乳が浮いてるよ」
「拙者もでござる。拙者が勇者党に加入した理由も忘れるくらいに気持ちいいでござるからな」
シホとカロナの流れに沿って、コノハはうっかりと発言する。
そのことにシホが突っ込みを入れた。
「えっ、どんな理由なの、コノハっち?」
「私も気になるよ」
「あ、シホ殿とカロナは聞いてなかったでござるね。拙者、メナ師匠の生み出した刀という武器が欲しいからこの党に加入したのでござるよ~」
コノハはその理由を答える。
「あら、そうっだったんだ。メナっち、刀あげないの?」
「それはダメだと思うよ、シホ」
俺の代わりにシホの問いに答えるのはカロナである。
カロナは真面目な顔でシホとコノハに説きはじめる。
「私以前メナ君が言っているのを聞いたことがあるの。みんな簡単に言うけれど、刀はとても強力な武器なの。容易く人を殺めることができちゃうらしいわ。だからその危険さが分かっていないようならメナ君は刀を渡さないって言ってた」
「なるほど、そう言うことだったのねえ」
「そんな理由があったとは。拙者知らなかったでござる。おこがましかったでござる……」
カロナは俺の言いたいことを完璧に代弁してくれた。
彼女は以前王宮で俺がアリアさんに言ったことを覚えてくれていたらしい。
そのカロナの正論を受けてシホ、コノハは納得する。
とくにコノハは落ち込み気味に肩を湯に落とした。
うむ、せっかくのお風呂なのにそのように気を落とされても申し訳ないな。
ここは彼女を元気付けるべく、刀ゲットのチャンスを与えよう。
「まあ元気だせよ、コノハ。ニチホン生まれでござる口調の君が本能的に刀を欲しがるのは、なぜかわからなくもないんだ。だからチャンスを与えることにする。
『君は何のために刀を振るう?』
これが刀士としての俺からの問いだ。期限はこのクエストが終わるまでの間だ。その間に今言ったことをよーく考えるんだ。そして答えができたら俺に伝えて欲しい。もし正解できれば君に刀を授けよう」
刀は世界のバランスを崩壊させてしまうほど強大な力を持っていることは事実。
だがその強すぎる力は、ときに己の身を滅ぼしかねんことになる。
もし俺がたくさんの人に刀を伝授してしまえば世界はさらに殺伐としたものになるだろう。
俺はそれが怖いのだ。
だから俺は余程信頼できる人でない限り、この武器を託そうとは思わない。
コノハはそれを欲しいとねだっているのだが、彼女が本当に刀を振るうに値する人間かどうかを判断する必要がある。
そもそも俺が彼女の勇者党への加入を認めたのは、それを判断しようと思ったからである。
そういう意図も兼ねて彼女に今のようなチャンスを与えることにしたのだ。
「はいでござる! 何のために刀を振るうかでござるね。ふむふむ、考えようでござろう」
「私も協力してあげるわ、コノハちゃん」
「だったらアタシも~」
落胆していたコノハは元気を取り戻してくれた。
そしてカロナとシホも彼女と一緒に考えると申し出た。
ふっ、はたして正解を出してくれるかどうか楽しみだな。
浴槽の中、3人は「いったい何が正解なんだろう」などと議論を交わしながら、俺からの問題を必死に考えに考えまくった。
ただのお風呂のつもりがこんなことになるとは。
まあいっか。
そんなこんなでお風呂の中での長考を侍らせた末、3人はのぼせてしまった。
そうして旅の1日目は終了した。




