35.物理の先生に計算の依頼をした
2章序盤の王様との展開を省略しました。
大筋は同じです。
夏のはじまりを告げる生ぬるい風が辺りを吹き抜ける。
3人の修行の手伝いをはじめてからかれこれ1ヶ月ほどがたった。
ついに3人とも自分の欠点を改善し、また一段と冒険者として強くなった。
彼らに教えることのなくなった俺はようやく自分の時間を確保できるようになった。
そんな今日この頃である。
自宅のポストに1通の手紙が届いていた。
「ん、これはもしや王様からの手紙?」
金色の封筒に包まれていたので、あ、これは王様からの手紙なんだなと直感した。
俺は手紙の内容を確認する。
『拝啓、メナ=ソウド君。ひさしぶり、私はアルメナ国王です。最近暑くなってきたね。元気にしているかな? こっちは元気だよ。さて、今回連絡させてもらったのは例のクエストの依頼だ。アルメナ王国西部の都市、【ウェルトラ】に出向いてもらいたい。そこで現れた上級の魔物軍勢の討伐に参加してほしい。割りと急ぎの用なので今週末にお願いします。君の活躍を期待している。
アルメナ国王、ジャック=アルメナ』
なるほど。
クエストの依頼か。
……場所は西の町、ウェルトラか。
たしかレアな金属がとれる鉱山都市だったよな。
ふむ、これは都合がいいや。
勇者党のみんなも誘うとするか。
俺は手紙の内容にニヤニヤすると、さっそく学校へ向かった。
◆
いつものようにクラスの教室までやってきた俺はクラスメイトのハルゴとカロナを呼び出しある提案をする。
もちろん内容は今朝承ったクエストのことである。
「今日は二人に話したいことがあるんだ」
「どうしたの、メナ君?」
朝っぱらから話を持ちかけられたことが妙なのか、カロナは困惑していらっしゃる。
「フフフ、今週遊びに行かないか?」
俺は不適な笑みを浮かべながら言う。
この言葉を発したと同時に困惑していたカロナの顔が急に笑顔に変わる。
「おおお、私は賛成よ!」
チョロい、一人釣れた。
まだ何の遊びかとは一言も言っていないのだがな。
カロナのことだ。
きっと王都のカフェ巡りだとか、どっかのダンスパーティーに参加するとかでも思っているのだろう。
そこで録画魔法を使い、その様子をsnsにでも投稿しようと思っていたりするのかな……sns映えするねえとか言いながらな。
残念だがそういうのではないんだよなあ。
「僕は……用事」
二人目は釣れなかったようだ。
ハルゴはダメみたいだな。
「週末クローバ君から……招待された」
「え……?」
ハルゴはA組のある校舎を指差して答える。
俺はその答えに一瞬固まった。
正直ビックリである。
まさかあのクロに招待されるとは。
「クローバ君ってあのフォーカードの?」
ハルゴに食いついたのはカロナだ。
「僕の防御……評価してくれた。週末彼のチームとクエスト」
「へえ、すごいじゃない。出世したわね、ハルゴ君」
「攻撃会得のおかげ……。メナに感謝」
「お、おう。よかったじゃないか」
なるほど。
ハルゴの腕は確かだもんな。
攻撃さえできたら本当はA組にいてもおかしくないレベルだしな。
でも彼はその攻撃をマスターした。
クロから声がかかるのは当然なのかもしれない。
たしかクローバ家は真面目で熱心なところだからね。
こうして学園で優秀な生徒を誘って高レベルなクエストに出向いたりすることもあるらしい。
彼に招待されるのは優秀な冒険者である証なのだ。
俺は強すぎるせいで誘われたことないけど。
「ってことはハルゴはダメだな」
「ごめん」
「いや別にかまいやしないさ。しっかりと頑張れよ」
「うん」
ハルゴについての理由がわかり一納得すると、こんどはカロナが挙手する。
「ところでどこに遊びに行く予定なの、メナ君?」
「ああ、遠い西の町さ。ちょっとした旅行に行くのさ」
「りょ、旅行!?」
「西の町、ウェルトラだ。王様からのクエストさ」
「ええっ!?」
旅行。
といっても遊びが全ての目的ではない。
魔物討伐のためのクエストに行くのだ。
それを聞いてカロナも驚いている。
「ウェルトラってあの鉱山山脈で有名な?」
「ああそうだ」
アルメナ王国西部に位置する鉱山都市ウェルトラ。
もちろんクエストのこともあるが、そこで手にはいる希少な金属で新たな武器を作ろうと考えていたのだ。
そこらの安素材で作った刀では、俺の強大すぎる魔力を付与させることができない。
だからここいらで装備を新調しようという意図もある。
「素材集めもかねている」
「なるほど、たしかにあそこはいい金属が手に入るもんね」
「そうだな。だがクエストも忘れてはいけない。ウェルトラに魔物の軍勢が現れたらしくてな、その討伐にも参加せねばならない。君にはその旅についてきてもらう。さっき二つ返事でオーケーしてくれたよな。君に拒否権はない」
俺は念押しにカロナに確認をとる。
最初っからクエストに出たいと提案すれば、断られるかもしれないと思った。
だから敢えて遊びという響きのいい文言でカロナを釣り、断るに断れない状況を作り出してやった。
フフフ、俺の考案した作戦は完璧だったようだな。
「やったー! 喜んで付いて行くわっ」
しかし、カロナは嫌そうな顔一つせずオーケーをくれた。
あれ?
なんか反応が予想外なんだが。
俺みたいな男子と何日かの旅に出るんだぞ。
だからもっと嫌そうな顔されると思っていたのに。
ま、結果オーライなんだけどね。
「お、おお。じゃあよろしく頼むぜ。それに修行の成果を見せるのにもいい機会だと思うし」
「それもそうだね。邪竜の炎眼も楽しみだわ」
「集合場所はまた後で連絡する。というわけで要件はこれでおしまいだ。……あと、ハルゴ」
「ん?」
「お土産買ってくるから楽しみにしておいてくれよな」
「了解。ありがとう」
「よし、そろそらチャイムなるから席に戻ろうか」
話を終えると俺たちはもとの座席に座り、朝のHRを待った。
このあと昼休みにA組のシホにも同じ話をし、彼女の了解を得た。
俺の計画は着々と進み始めた。
◆
放課後。
カロナとシホに旅行の詳細の説明を終えると、俺は直ちにとある研究室を訪れた。
我がアルメナ学園には何十人もの優秀な先生がたくさんいる。
先生たちは魔法学に数学、歴史にその他いろいろの分野のエキスパートだ。
彼らはその優れた腕を以て俺たち生徒の手助けをしてくださる。
その手助けというやつを借りるために俺は物理学の先生、デービル先生の研究室を訪れた。
デービル先生は物理学の授業を担当なさっている白髪まじりのおじいさんの先生だ。
彼はアルメナ王国随一の天才物理学者。
物理に関するさまざまな現象を解明されている素晴らしい先生である。
にもかかわらずその賢さ故か、授業のレベルはとんでもなく、常人では理解できない。
式変形一つ追うにしてもかなりの労力を使わされるという、鬼のような授業を展開してくる。
なので生徒からの評判は非常に悪く、頭のおかしいジジイ教師と陰口を叩かれているのもまた事実である、俺にとってはちょうどいいレベルの授業なのだが。
そんな彼に俺の強すぎる魔法を制御する魔法の製作の助太刀をしてもらおうと思ったのだ。
「ここがデービル先生の超物理学理論研究室か。なんか物騒だな」
部屋の扉は非常に汚い。
まるで長い間手入れを怠っているかのように埃っぽい。
ドアも若干錆び付いているし、ホントにここに先生居るのかどうか疑ってしまうよ。
だが、その程よいだらしなさが天才の象徴なのだろう。
言うなれば学問を極めし者のアトリエだ。
「よし、入るか」
"コンコン"
「どうぞ」
俺は意を決してノックすると、入室した。
部屋の中は思っていたよりもキレイだった。
広さは勇者党の党室と同じくらいだ。
正面に先生の研究机があり、四方の壁……いや、論文などの大量の研究資料で埋め尽くされた本棚がそれを囲っている。
なんというか、これが先生様の部屋というやつか。
異質すぎる。
スウィンガ先生のラフさとは大違いだな。
「す、すごいですね」
「ワシを訪れるものはみなそう言うとるのぉ」
思わず声を漏らす俺に、デービル先生はボソリと返答する。
「まぁ、そこの来客用のイスに座りなさい。外は汚いが、中はしっかりと整理しておるからのぉ」
「は、はあ」
俺は先生の指差したフカフカのソファーに座す。
それに合わせるかのように先生もおぼつかない足取りで俺の向かいに座った。
先生はゴホンと喉の調子を整え話を切り出す。
「たしか君はメナ=ソウド君だったかのぉ」
「はい。お見知りいただき嬉しく存じます」
「ほっほ。何せあの歓迎戦でスペードルに勝ったやつだかろのぉ。それにワシの授業中にまるでケンカを売るような態度で堂々と居眠りされてものぉ。そりゃあ、先生からすると印象に残る」
デービル先生はそばにあったお茶をすすり冗談まじりに笑う。
まさかここまで知られているとはな。
ちょっと意外だ。
学園に入学してから、少し悪目立ちしすぎたかな?
「あ、それはかたじけないです」
俺は頭を掻きながら軽く謝る。
「ま、君がたぐいまれな賢さを有しているのはわかっておる。隠しても無駄じゃぞ」
「あらら、そですか。バレちゃってましたか」
なんだこの人、俺の聡明さも知っているようだな。
ただ者じゃないな、このご夫人。
ふん、入学試験依頼、学校ではそれを隠しているつもりだったのだが、彼の目はごまかせなかったらしい。
「して、何用かの?」
お茶を置いた先生は静かに尋ねた。
「はい。先生の助けを借りたいなと思いまして」
「ほお」
先生は品定めするかのように俺を見る。
「俺、生まれつき魔力が高すぎるのです。だからそれを制限できるような魔法、つまり魔法を制限する魔法を作りたいと思い、先生の援助を借りるべくここまでやって来ました」
「フ……」
俺の発言に先生は一瞬固まる。
うむ、やはり図々しすぎたか。
強くすることはできても弱くすることなど、前代未聞のことだからなあ。
そのような前列のない弱体化の魔法を考えてほしいなどというのはバカな話なのかもしれない。
こんな無茶なお願いするのではなかったかな?
先生固まっているようだし。
「フハハハ、こいつは面白い。いやあ、面白いな。まさか力を抑えたいと申すものがでてくるとはのぉ。実に奇妙、ストレンジネスの極み!」
一瞬の沈黙のあと、先生は性にもあわず盛大に笑いだした。
年に似合わず足をバタバタさせている。
彼の笑いのツボを刺激しすぎたみたいだ。
「オホン、ワシを訪れてくる生徒は強くなるための魔法を教えてくれとせがんでくるものなんだがのぉ。お前さんのベクトルはそれらとは違いすぎる。こんな生徒、まず観測できない。例えるなら特異点。ゆえに面白い!」
「お、面白い……ですか」
「フホホ、面白いとも。気に入った、いいだろう、考えてみよう」
「ホントですか!? ありがとうございます」
先生はすこぶる上機嫌で俺の愚願を了承してくださった。
正直ここまで上手く行くとは思ってもみなかった。
「で、具体的には魔法式の基盤を算出できたらいいのかの?」
先生はメモ用紙をポケットから取りだし、細かな詳細をたずねる。
袖をまくっている姿からかなりやる気があることが推察できる。
天才の老人様をここまで熱心にさせるとは思いもしなかった。
「それはもう考えてます」
「なんと!?」
先生の熱血が唐突に消える。
そのかわりに驚愕へと変化した。
デービル先生はペンを片手にポカンと口を開けた。
「式が上手く作動するかどうかは保証していませんが、自分の考えが正しいならいけるはずです。だからあと必要なことは、どのくらい魔法を抑えるかということです。僕がお願いしたいのはその魔法の抑制の程度の算出です」
この1ヶ月の間、ハルゴ、カロナ、シホの修行に付き合っていただけじゃない。
実は空いた時間を縫って、魔法を制限する魔法、という新たな魔法式を製作していたのだ。
まだ未完成だけど。
その未完成の部分を先生に手伝ってほしいと企てたわけだ。
「ほお、それはたまげた。そこまでのやり手だとは」
「まあこれでも知力はAランクですから。それはさておきどうかお願いします」
俺はこれまでよりも深く頭を下げる。
「うむ、いいだろう。だとしたら1,2週間はかかるかな。それでもかまわんかね?」
「はい。ちょうど僕もそのタイミングで遠征に行くので」
「なるほど、そうだったか。だからこの時期に訪ねてきたのだな」
「その通りです」
「かまわんよ」
「ありがとうございます。それとこれを使ってください」
俺はとある手のひらサイズの円盤を渡す。
先日のスペードルとの戦いを記録した映像データである。
「それは先日歓迎戦で僕がファイアボールを放った際に大会本部が記録していた映像です。僕の魔法の威力がわかります。参考にしてください」
「うむ、大変助かるのぉ。ファイアボールの運動からおおよその魔力が逆算できそうだからのぉ。それをもとにどのくらい君の魔力を抑えればよいのか計算すればいいのだな? コロシアムの強度に熱耐性、ファイアボールの拡散度合い、エネルギー。なるほど、これは熱学、力学を駆使しそうだのぉ」
先生は関連のありそうな教科書をその重い腰を動かし棚から引っ張り出してきて、それを並べながら呟く。
「同じ事を思ってました」
「気が合いそうだのお。では了承した。楽しみに待っておれよ」
「はい。お願いします」
「ではの」
「失礼しました」
俺は部屋を出た。
よし、これでやることはやったな。
またクエストから帰って来たときに訪れよう。
フフ、魔法を制限する魔法、まずはこれを完成させないと話にならないしな。
ま、旅の前に先生に依頼できたことだし、これで安心してウェルトラまでクエスト行ける。
デービル先生、感謝します。
これからは先生の授業は真面目に聞きます。
そう心の中でお礼すると、廊下を歩き出すのだった。




