29.刀を捨てし天才冒険者は魔法を放った
俺は無事スペードルの魔法を撃退した。
「なんだと!?」
スペードルは驚いた。
自慢の巨岩を打ち砕かれたことが悔しかったのだろう。
その岩が見るも無残な数多の石ころに形を変えているのだから。
どうやらこの刀という技の恐ろしさを身をもって体感したらしい。
震えているしね。
「どうですか先輩、これが俺の本気です」
「くっ、貴様ぁ」
「さて、茶番は終わりです。先輩の硬化魔法が持続しているかどうかは分かりませんが、この鉄の刀ならその体に深い傷をおわせることもできるでしょう。残念ですが俺の勝ちです」
そう言うと俺はスペードル……いや、人体に対しはじめて本気で鉄刀を振るうのだった。
さあ、これで本当のジ・エンドだ。
「清刃鋭斬……っん?」
"ピカーッ"
しかし俺がスペードルに切りかかる寸前、彼からまばゆい光が発された。
“キイン”
俺の攻撃はまたしても弾かれた。
「なっ!?」
そして俺は思わず声を出した。
それはこの俺の本気の一撃を弾かれたことに対する驚きが理由ではない。
それは目の前にいる男の姿に驚愕したからだ。
「ドラゴン……だと」
さっきまで裸だった彼の上半身は鱗でできた碧色の肌に覆われていおり、背中からは大きな両翼を生えさせている。
顔も半分竜化している。
それに尻尾も。
特徴的だった八重歯は竜の牙がごとくさらに鋭利なものとなっている。
それにボサボサだった髪の毛からは2本の角が生えている。
とにかくリュウ=スペードルという男はドラゴンっぽい体になっていた。
その頑丈すぎるドラゴンの肉体がさっきの俺の攻撃をいとも簡単に弾きとばしたのだ。
「ドラゴンだあ」
「あんな姿はじめた見た」
「あの体、刀を弾きやがったぞ」
「すげえ、しかもカッコいい」
その奇想天外な肉体に周囲の観客も声をあげている。
「いくら攻撃してきても無駄だぞ。この竜の体にはな。……俺の名は“リュウ”=スペードル。そうさ、竜さ、竜人さ。Aランクのミスリルドラゴンさ」
「竜人……」
なるほど、彼は亜人の類だったか。
野生児っぽい見た目をしていたのもそのためか。
「遠い先祖が竜と結婚したらしくてな。そのため家は代々4分の1の確率で竜と人が混ざった亜人が生まれるのだよ」
「く……」
呆然と固まった俺はまともな言葉を返すことができない。
「まさかこの姿をお披露目するとは思わなかった。ジョーカー先輩以来かな」
「まだ本気を隠していたというわけですね」
「そうなるかな。もとよりこっちが本来のオレの姿だ。普段は人の姿で生活しているんだけどなあ。やっぱりこっちの方が落ち着くぜ」
「……」
言葉をを失う俺に対して彼は、さっき俺が攻撃を与えた部位である左腕を蚊にでも刺されたかのようにポリポリとかく。
「ふう、メナ=ソウド。気に入った、君の腕前は認めてやるよ。君はたしかにフォーカードやAJ(エース&ジョーカー)と渡り合えるポテンシャルをもっている。だが対戦相手が悪かった。せめてもの手向けだ。この姿の俺にやられることを感謝するんだな」
竜のように神々しい態度で彼は語りかける。
「くそ、くそ」
一方で俺は絶望と怒りに打ちひしがれた。
今のが俺の正真正銘の本気だったからだ。
鉄刀からの清刃鋭斬……これが俺の本気。
だがその攻撃はいとも簡単にあのドラゴンの体によって弾かれてしまった。
傷ひとつつけることができなかった。
やっけに狂った俺は鉄刀でスペードルに攻撃しまくる。
……虎にはむかう猫のように。
“キンキンキンキン”
「くそ、くそ、くそ、くそ」
「無駄だよ」
俺は狂ったように斬撃を続けた。
しかし、それもむなしく攻撃は竜の頑丈な肌によってあっさりと弾かれてしまう。
ダメだ。
まるでダメージが入らない。
これがはじめての敗北というやつか。
思ったより認めるのがつらいなあ。
少し涙が出そうになった。
このまま俺は負けるのか?
必死な俺に向かってスペードルは口を開けた。
「そろそろだな。スタミナ切れ」
「……ぜえ……ぜえ……っは!?」
何度も刀を振るった俺は彼の発言に気づかされた。
スタミナ問題。
「だんだん刀の威力もおちているしな。さては君、体力には自信ないだろ?」
「なっ!?」
見破られていたのか、俺の弱点の一つを。
そうだよ。
俺はスタミナがないんだよ。
だっていままでいらなかったもん。
対戦のときはだいたいこの刀で一発だったんだしさ。
スタミナの重要性を考えたことなんて生まれてこのかた一度もなかった。
それにプライベードでも体力を鍛えたりすることもなかったんだよ。
俺の趣味は家に引きこもってソウドコレクションの製造と呪文作り。
完全にインドア派だ。
こんなので体力がつくはずもない。
そうか、体力のない俺は何度も彼を攻撃しているうちにみるみるスタミナがつきてきたわけか。
しかもこの男それを狙っていたんだな。
くそ、やられた。
「疲れきった君は自慢のスピードと回避も使えないだろう。終わりだ」
スペードルは一言言い残すと、翼を羽ばたかせ、さっきと同じ50mほど上空に姿をうつす。
「今の君ではここまで追ってこられまい。遠慮なく止めをささせていただく。メテ・オストーム」
スペードルは無詠唱で魔法を放つとうとする。
上空から再び巨大な岩が現出する。
ああ、もうダメだ。
俺は悔しさを胸に目を閉じた。
◆
そのときだった。
「メナ君! 頑張って!」
1段席から声がした。
カロナだ。
彼女は必死に俺を応援している。
そのポジティブな瞳にはまだあきらめの色がうつっていない。
勘弁してくれよ、これが限界だってのに。
「メナ……ファイト!」
カロナの隣にはハルゴの姿も。
大人しめの彼がいつになく大きな声を出してやがる。
っていうか、お前いつの間にカロナと仲良くなってんだよ。
「そうだぞ、メナ=ソウド君。君は俺たちH組の立派な生徒だ。諦めたら先生許さないぞ~」
ス、スウィンガ先生。
先生は真剣なまなざしで俺を見つめる。
いつも授業で居眠りばっかしている不真面目な俺をそんな目で見ないでくれ、罪悪感がわいちゃう。
「頑張れ!」
「まだだー!」
「俺たちH組のエースだろ!」
まだ名前の知らないクラスメイトのみんな。
ごめんよ、名前覚えるの苦手なんだ。
許してくれ。
いつか仲良くしようぜ。
「下位クラスの希望の星」
「負けるんじゃねえぞー」
「上位クラスになんてまけないで~」
名前はおろか顔も知らない他クラスの下位クラスの生徒たち。
わかってる。
俺が負けたら、このさき下位クラスは上位クラスにもっとイビられちゃうもんな。
「メナ=ソウド様~」
VIP席ではキエさんが。
キエさん、この前はシチュー作ってくれて有難うございます。
おいしかったです。
「メナく~ん」
それにアリア=エルメスさんも。
やっぱカロナとセイラさんにそっくりだな。
また王宮に遊びに行きたいです。
「メナっちー……君のはじめてを奪うのはアタシなんだから。負けんじゃないわよ~」
あれはシホ=ハーティか。
わざわざ医務室から駆けつけてきたっぽいな。
君もさっきの試合で頑張ったんだよな。
だったら俺も頑張らないといけないよな。
というか「はじめての敗北を奪う」の聞き間違いだよな。
そこんとこ省略しちゃいけないぞ、まぎわらしいから。
とにかく学園で出会った俺の仲間たちが必死に俺に呼びかける。
俺は彼らの声援を胸にしまう。
そして俺はため息をついた。
やれやれ。
負けてはいけないようだな。
まさかここまで応援されるなんてな。
刀を自慢しながら学園最強の冒険者になりたいというくだらない理由で学園に入ったのに、こんなことになっちゃうなんてな。
でももう背に腹は変えられん。
「はっはっは」
俺は盛大に笑い、刀をフィールドに投げ捨てた。
どうやら刀士としての俺は負けたらしい。
そうだな、あの刀ですらダメージが入らなかったやつの体のことだ。
よし、彼になら撃っても大丈夫だろう
……魔法。
それにさっきやつはミスリルドラゴンと言ってた。
ミスリルは炎属性に弱い……ウォームアップのときにハルゴから聞いたばかりだ。
よし、初等魔法、ファイアボールでいこう。
これならやつを殺さない程度で倒すことがてきる。
そして俺は小さく呟いた。
「炎の球、ファイアボール」
俺は腕から異常なほど禍々しくそれでいて高密度な魔素を練りだし、やつのいる上空に向けてそれを放った。
“ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!!!!!”
◆
5年ぶりに放ったファイアボールはフィールドを火の海にし、観客席に張られているバリアも壊し、大惨事を引き起こした。
まもなく観客はコロシアムから避難する。
そして残った腕利きの魔法士たちが水属性の魔法で消火活動にあたった。
それが終わったころにはフィールドには黒こげのやけど状態となり気を失っていたスペードルと、それを眺めている俺だけが残っていた。
結果、一応俺の勝ちとなった。
しかし、王都で一番のこのコロシアムが焼け野原のようにボロボロになったので、この先の大将戦は中止となり、1勝1敗でこの新歓戦は幕を閉じた。




