28.新入生歓迎戦、vsリュウ=スペードル♠
さて、いよいよ俺の試合だ。
新入生歓迎戦、中堅戦。
すでに先鋒戦を落としている俺たち新入生サイドはもうあとがない。
ここで負けるわけにはいかない。
「キャー、メナ君すてきー」
「かっこいいいい」
「我らが期待の星ーー」
「刀というユニークスキルで相手をけちらしてやれー」
「がんばれー」
といった四方からあふれる歓声につつまれながら俺は刀を抜く。
そしてスーッと深呼吸をし、前方に立つスペードルを見据える。
スペードルが八重歯をぎらつかせながら開戦のときを今か今かと待ち望んでいる様子がうかがえる。
「……相手もやる気だな。裸じゃん」
彼は上着を着用しておらず、上半身裸でたたずんでいる。
小柄ながら、鍛え上げられたたくましき筋肉が見える。
これぞまさに筋肉美というやつか。
硬そうだな。
俺がスペードルの肉体に見とれていると、彼はそのことに気づき豪快に笑う。
「ハッハッハー、どうだ、驚いたか、メナ=ソウド。これが俺の肉体だぜ。フォーカードを侮っている貴様に今からこの力を見せ付けてやるから覚悟するんだな」
「楽しみです、先輩。ですが絶対に負けませんから」
俺は強く返事する。
俺にはどうしても負けられない理由があるんだよな。
実はこの戦いはもうただの歓迎戦ではなくなっている。
実質的に下位クラス対上位クラスの戦いとなってしまっているのだ。
考えてもみればそうだろう。
この超大規模な公式戦の場において、下位クラスと上位クラスのそれぞれのトップの生徒同士が代表で戦うんだからな。
そんなの実質的に下位クラスと上位クラスの戦いみたいなものじゃん。
さらにこの戦いの結果によって、今後の下位クラスと上位クラスの差なるものが決まってしまうことは明らかだ。
もし、スペードルが勝利すれば上位クラスは下位クラスに対してもっと厳しくあたるだろう。
逆にもし、俺が勝利すれば俺たち下位クラスが上位クラスに不当な扱いを受ける機会は少なくとも今よりは減る。
それらの命運をこの戦いは握っている。
つまり俺が下位クラスの全責任を背負っている。
そんなわけで俺は負けることができないのだ。
先日の対面式でセイラさんが俺に勝ってくれとお願いしたのもこの辺の事情のことが理由だろう。
そのことを今一度肝に銘じて試合開始を待った。
◆
“ウィーン”
そして試合開始のサイレンが鳴った。
「よっしゃーー、行くぜええ」
開始の合図とともにスペードルは攻め込んできた。
俺はその様子を冷静に観察する。
ふむ、どのようにして戦おうかな。
まずは相手の実力を確認してから動こう。
さっきのハルゴのときみたいに同じ過ちを繰り返したくないからね。
俺はいったん相手の様子をみることにする。
「くらえええ」
モンクであるスペードルは自慢の筋肉を活かしたパンチ技を放とうとする。
なかなか速いな、でもなんとかよけられそう。
彼の攻撃位置を予測し俺は攻撃をよける。
“ブンッ”
拳の風切音がなる。
スペードルは攻撃をスカす。
攻撃をかわされたスペードルはやや驚いている。
「へえ、いまのよけちゃうんだ。貴様なかなか速いな」
「いえ、それはこっちのセリフです。俺もよけるので精一杯でしたよ」
俺は余裕の表情で返す。
が、実は内心で焦っていた。
マジかよ。
メチャメチャ速かったよ、今の攻撃。
多分Aランクあるだろう。
俺と同じくらいだな。
俺でなかったらおそらくよけることなんてできなかっただろうな。
俺はそのヒヤヒヤした気持ちを隠すと、よりいっそう集中し注意深くなる。
全神経を回避に集中させる。
「なるほど、これはたしかに貴様がH組の天才と呼ばれるのも納得だな。だが、まだ一発だけだぞ。もっと攻撃してやる。今度は連続攻撃だ、避けられるかな?」
スペードルは間髪入れずに再び俺に迫ってくる。
まだまだスペードルの猛攻は終わらない。
“ブン、ブブブン、ンボン、ボン、バッ”
上段突き、中段回し蹴り、右ストレートに左フック、極め付けには瓦割り。
スペードルは次から次へとポンポンポンポンヤバそうな技を繰り出してくる。
その1技1技が流れるように放たれる。
かなりハイレベルな攻撃だ。
ここまでの攻撃センスは半端なものじゃない。
やっぱりすげえわ、フォーカード。
しかし、俺はそれほどに凄まじい彼の攻撃を感心しつつもそれを軽々と全部よける。
おお、こええ。
こりゃ一発でも食らえばお陀仏だな。
俺耐久ねえし。
でも意外と簡単に避けられたぞ。
俺はよけることに関しては人一倍自身があるからね。
昔、村でドッジボールしていたときは回避の神様、メナ=ソウドなんてよばれていたりもしたしなあ。
「くそ、ちょこまかちょこまかと」
攻撃をスカしまくるスペードルはイライラを募らせている。
「俺よけるの得意ですから」
「チッ」
俺の発言を耳にしたスペードルは悪だくみの顔をする。
どうやら何かを企みだしたようだ。
そのことに気づいた俺はいったん彼との距離を置き、攻撃を仕掛けることにした。
「じゃあ今度は俺の番です」
よし、一撃で決めてやる。
俺の反撃に驚くがいい、リュウ=スペードル。
今から使う俺の秘技はそう簡単にお目にかかれる代物じゃないぜ。
先輩もこの刀技の餌食となるのだ。
さあ、この新歓戦という多くの観衆がいるこの場で、いまからフォーカードの一人が俺独自の刀技という斬撃技によってあえなく朽ちるのだ。
そうすればみんなは必然的にこの刀という武器の素晴らしさに気づくだろう。
そしてその刀を発明した俺を学園最強の冒険者として認めざるを得なくなる。
そのことが容易に想像できてしまう。
それはつまり学園最強の冒険者になりたい俺の野望を叶えることに対応する。
それがいよいよ達成せしめられようとしているのだ。
そう考えると武者震いが止まらなくなる。
「おい、なに震えてるんだよ。早く反撃に来いよ」
「はい、今行きます」
俺は刀を構えた。
そして勢いよく地面をける。
「疾風迅雷!」
俺は加速スキルを用いる。
俺は最高速度で彼に迫る。
さきほどハルゴとウォームアップをしたので、今のとてつもない速さにもすぐに慣れることができた。
0.01秒刻みで未来の自分の加速度a(t)、速度v(t)、位置x(t)も脳内で予測できている。
よし、これなら太刀筋が狂うことはないだろう。
確実にやつの脳天を狙うことができる。
そしてこの攻撃を相手が避けられるはずがない。
しかもスペードルはモンクであるので、ハルゴのように盾のようなものをいっさい所持していない。
つまり防ぐこともできない。
さあて、この状況で俺が負ける理由がどこに存在していようか?
天才の俺でも思い浮かばない。
それほどに俺は自分の勝利を確信する。
「こっちですよ、先輩」
「……なにッ!?」
俺はあっさりと先輩の背後を取る。
後ろを取られた先輩は思わず声をもらす。
「あいついつのまに背後にまわったんだ?」
「あのスペードルよりも速い!?」
「全然見えなかった」
同じように感嘆のセリフがギャラリーから湧き上がる。
ほとんどの観客が俺の動きを認識できなかった。
「清刃鋭斬!」
隙だらけの彼に俺は斬撃スキルを放つ。
ジ・エンドだ。
俺は攻撃をスペードルの急所にクリーンヒットさせる。
その瞬間スペードルは不適な笑みを残した。
◆
“キイン”
ハルゴのときと同じように刀技が弾かれてしまった。
「なん……だと!?」
俺はあの清刃鋭斬が弾かれてしまうという予想外の結果に混乱する。
なぜだ!?
クリーンヒットしたはずなのに。
この技を生身で凌がれただと!?
「ほお、これが噂に聞く刀というやつか。なんだよ、たいしたことねえなあ」
スペードルはピンピンとしている。
彼から再び余裕の笑みがこぼれる。
「あれ? 今のがメナ=ソウドってやつの刀技?」
「へぼスキルじゃん」
「全然すごくないじゃん、まったく効いてないじゃん」
「速さだけが取り柄なのね」
「下位クラスのくせに調子に乗りすぎなんだよおお、ざまあねえなああ」
「スペードル、やっちまえええ」
観客から興ざめの声と罵声が浴びせられる。
どうやら刀の凄さが伝わらなかったみたいだ。
なんだか凄く刀をバカにしたような言いようだな。
なんならバカにしたやつら全員に「お前ら清刃鋭斬うけてみるか?」とでも問うてやりたい。
ま、それは別として……そんなことより俺の攻撃を生身で防いだスペードルの方に興味がある。
「ちくしょう、いったいなぜだ?」
「上級硬化魔法さ。こう見えても俺は攻撃や速さだけでなく、魔法や守りも得意なんだぜ」
「……なっ!?」
俺の問いにスペードルが笑いながら答える。
「これが自己強化スキル、【ロックボディ】だ。今の俺の体は岩のように硬いぜ。貴様の刀技など通用せんわ」
「くっ」
盲点だった。
まさかモンクのくせに魔法の力を使ってくるとは。
彼を少し侮りすぎていたな。
筋肉から察するに彼はそのような魔法とは縁のない人物だと思っていた。
速さと物理攻撃が得意な典型的な脳筋野朗だと思いこんでいた。
しかし、魔法や守りも得意というオールラウンダーだったとは。
これがフォーカードの実力というやつか。
なるほど、これは俺も本気でいかないといけないらしい。
俺が事情を理解したところで、次はスペードルが攻撃にうつる。
「じゃ、反撃といこうか。といってもさっき言ったように、実はわけあって魔法も得意だ。というわけで今度は魔法を使ってやる」
「ほお」
「ちょっと呪文が長いからね、その間に攻撃してくれなければ嬉しいが」
「いいですよ」
「マジで?」
「ええ」
ふん、こっちにも考えがある。
スペードルの言い方から察するに彼は魔法も得意なようだ。
だからこそあえて俺はその攻撃に本気で立ち向かう。
戦いとはそういうものだ。
それに彼には魔法をうってもらわねば困る。
魔法を使うということは、それすなわち魔力を消費するということ。
つまり体力を大幅に消耗する。
それによってできた隙をねらって俺は会心の一撃を決めたい。
Aランクの知能を持つ俺はその作戦を瞬時に思いついた。
そういういうわけで俺は彼の呪文の詠唱を快く許可することにした。
そして俺の考えもいざ知らず、スペードルは悠々と詠唱をはじめる。
「じゃ、遠慮なくはじめさせていただきますか。『巨なる岩よ、空中に現出せよ。そして流れに従いて地上を滅ぼせ、いざここにふりそそげ』、メテ・オストーム!!」
「うわああすっげええ」
「あれが魔法なのか……でかい」
「何もない空中からこれほどの岩を発動させるなんて……信じられん」
「これがアルメナ学園最強クラスの生徒の実力」
スペードルは長めの呪文を唱え終える。
まもなくして50mくらい上の空から直径5mくらいの超巨大な岩が地上に降り注がれる。
その光景はまるで隕石だ。
Bランク……いや、Aランクはありそうだな。
そのすごさに観衆たちも興奮している。
(来た。俺はこれを凌いでみせる)
俺も負けん。
この攻撃をなんとか耐え切ってみせる。
といってもこんなのあたれば俺の負けは不可避だ。
かといって仮に岩自体を避けたとしても、岩が地面に衝突することで生じる爆風によってやられてしまう。
うん、これは岩を斬るしかないな。
この方法しかない。
よし本気をだそう。
無性に嬉しくなった俺はふと笑みをこぼす。
「急に笑い出してどうしかしたのか、メナ=ソウド。降参か?」
「いえ、本気を出すことできる相手を見つけたことが嬉しいんです。武者震いというやつですよ」
俺はさりげなく木刀を鞘にしまい、左腰に挿していた鉄の刀を手に持つ。
まさかこっちを使うことになるとはな。
普通に木刀だけで倒せると踏んでいたんだけどな。
でもいっか。
おかげで本気で戦うことができる。
いつ以来だろうか?……この俺が本気を出すなんてことになるのは。
もしかしたらはじめてかもしれない。
「じゃ、行きます」
俺は勢いよくジャンプし、空中の岩に迫る。
それに向かって刀を振るう。
「清刃鋭斬!」
“スパスパスパ、スパスパスパ”
俺とんでもない速さで降ってくる岩を斬りに斬りまくる。
もっとだ、もっと斬るんだ。
そんでもって少しでも小さくする。
「なんだと、あいつ岩を割っているぞ」
「なんなのあの奇妙な攻撃は」
「不思議な現象だ。岩がだんだん小さくなっていく」
「あれが刀技!?」
相変わらず斬撃を知らないものはその光景に目を丸くしている。
俺はそのことに興味を示さず、ただひたすらに岩を斬った。
岩は真っ二つになるのを繰り返し、やがて無数の小さなクズとなる。
地面に衝突するころには、その巨岩もただの石ころ並みの大きさになっていた。
俺は無事彼の攻撃を防ぐことができたのだ。
さあ、次は俺のターンだ。




