23.シホ=ハーティ
俺の勝利の誓いに待ったをかけてきたのは遅れてやってきたリュウ=スペードルという男子だった。
やつがリュウ=スペードル、遅刻癖とは彼のことだったか。
彼が俺の対戦相手。
小さい割になかなかに筋肉質だな。
顔に複数の傷がついていて野性的な見た目だな。
「あっ、リュウ君。相変わらずの遅刻癖ね」
「そんなことはどーでもいい。それより生徒会長様よ、それはいささか舐められたものだぜ。ハハハ」
セイラさんの言葉にスペードルはボサッた髪をかきあげ、豪快な笑いをあげる。
「あら、私も言い過ぎたみたいね。ごめんね、リュウ君。でもべつにあなたを過小評価しているわけではないのよ」
「それはオレもよくわかってますよ、会長様。あなたは偉大な人ですからね。何か考えがあるのでしょう」
「ものわかりがいいですね、リュウ君♪」
「ええまあ……」
さっきまで笑っていたスペードルはセイラさんの笑顔に顔を赤く染め上げる。
彼はそれを隠すかのごとく俺のとこまで近づいてきた。
「メナ=ソウド……だったか。貴様だな」
「は、はい」
「貴様がこのオレに勝つと、生徒会長様……いやこの学園にとって何かいいことがあるようだな。だがな、そう簡単に貴様に勝たせてあげようとは思わないからな。俺は全力で貴様を潰しにいくぞ!!」
「いや、俺も本気で望みます! スペードル先輩!」
「へっ、面白いじゃねえか。本番が楽しみになってきたぜ」
"ガシッ"
なんだろう。
この先輩が好戦的な戦闘狂であるということが一目でわかった。
その瞬間、お互いに息が合った気がした。
俺たちは無意識に腕を組んだ。
俺たちの対面が終わると、セイラさんがパンパンと手を叩いた。
「さて、メナ君とリュウ君も対面できたということで。これにて対面式はおしまいにします。じゃあ解散!」
「「はい」」
これにて対面式はお開きとなった。
俺は荷物をまとめて生徒会室を出ようとする。
も、止められた。
"ポンッ"
「メナっち、一緒に帰らない?」
シホ=ハーティが下校を誘ってきた。
◆
校門を出ていつもの通学路を歩きながら帰る……隣にシホを添えて。
気まずい。
どうしてこうなった。
この人はいったい何なんだ?
沈黙に耐えられなかった俺は勇気を振り絞って彼女を見上げて問う。
「ええと、シホさん?」
「ん、なぁに?」
ニコニコな顔でこちらを見つめ返すシホ。
それを少し怖く思うが、俺は口を開く。
「その……俺たちどこかで会った?」
「もしかしてメナっち……覚えて……ない?」
シホは少し屈むと、上目遣いで聞いてきた。
「えっ?」
「うそ……」
俺の反応から覚えてないいないことを察したのだろう。
シホはしゅんと落ち込む。
すまん。
覚えてない。
許してくれ。
こんなに可愛くて脚が長くて背も高い子なら忘れるはずないのだがなあ。
「これを見て」
「……っな、それは!?」
そして諦めようとしない彼女は鞄からあるものを取り出した。
それは明らかに見覚えのあるものだった。
それは昔俺が作った短い刀だった。
シホはそれを慣れた手つきで振るう。
「なぜ君がこれを?」
「実はアタシ、君と戦ったことがあるの。4年くらい前に……国の辺境の町で」
「なっ!? そういうことだったか」
「わかってくれたようね」
たしか彼女の言う4年くらい前だったかな。
俺は刀という新しい武器を周囲に自慢しまくっていた。
故郷の隣にある大きな町へ行っては、そこへやってきた名のあるたくさんの冒険者をことごとく倒してきた。
そうか、そのときに彼女とも相まみえていたんだな。
俺は納得すると、彼女に伝える。
「そりゃ覚えてないわけだ。あのときは刀を自慢することしか考えてなかったし、数えきれないほどの人間を相手にしてきたからね」
「へえ」
「で、その刀は? もしかして盗んでたの?」
「ええ、せめてもの戒めにと思ってね。村にある君の自宅から一本取ってきちゃった。それがこの刀よ」
シホは盗んでいた刀を犬を撫でるように撫でる。
「あのときはアタシも子供だったわ。あのときのアタシは自分がフォーカードということを誇らしく思っていてね。自分が一番の冒険者だって思い込んでいたの。それなのに4年前、同じ年の冒険者である君に決闘で敗れた」
「ほお」
「それからはもう悔しくてたまらなかったわ。メナ=ソウド……この名前を1日として忘れたことはなかった。そこでふと思い立ったアタシはあなたの自宅を調べ、刀を一本頂戴することにしたの……『アタシはこの刀に負けたんだ』と胸に刻むために!」
マジか。
刀盗まれてたんだ、気づかなかった。
それに結構恨まれてたのかな?
自宅まで突き止められていたとは。
シホ=ハーティ、なかなかのストーカーじゃないか。
「でもね、この刀を見ていたら逆にだんだん君のことが恋しくなってしまってね……そして今に至っているというわけ」
「ほえ」
シホは桃髪をたなびかせながらそれまでの経緯を赤裸々に告白する。
その表情はさながら恋に悩める乙女のよう。
ふう。
恨まれてたというわけでは無さそうだな。
なぜか恋しく思われてたんだな。
なんて罪作りなやつなんだ、俺は。
「メナっちがこのアルメナ学園を受けることは暗闇部隊に依頼して教えてもらったの。そしてアタシもこの学園を受験することを決めたの」
「へえ」
「メナっちとても強くて賢かったからね。まちがいなくトップで合格すると思ってたんだ。だからアタシも頑張ってA組に受かることができたんだけど……」
「あ……」
「まさかH組だったとはね。噂では足をつったとかなんとか……」
「それはすまなかった」
まさか足をつったという因果がここまで及んでいるとは。
バタフライ効果って恐ろしいな。
「まったくふざけんじゃないわよって思っちゃった。でもそれよりも君と同じ学園の生徒になれたことの方が嬉しかった」
「シホ……」
「入学式のときにも君に一言声をかけてみたけれど、アタシのこと覚えてなさそうだったしね。さっき聞いても覚えてないってはっきりと言われたし」
「悪い……シホ=ハーティ」
俺のことを一生懸命に覚えてくれていたシホに対し、俺はそんなことなど平気で忘れてテキトーに暮らしていた。
そのことを申し訳なく思うと頭を下げ、真剣なトーンで謝罪した。
「いいのよ別に。一から頑張ればいいなと思ってたところだから……」
何を思ったのか、シホは一瞬言葉をつまらせる。
そして顔を赤くしながら俺の手を握った。
「……というわけでアタシのことよろしくね! 仲良くしましょ、メナ=ソウドっち。あのカロナ=エルメスちゃんには負けないからね!」
「ああ、よろしくな。シホ=ハーティ。また1から友達として仲良くなろうぜ!」
シホはよろしくがてら俺の背中をバシッと叩いた。
俺はそれを受け入れた。
そうこう話していると寮の前までやってきた。
どうやらここでお別れのようだ。
俺はシホに手を振る。
「じゃあ、俺の家ここだから」
「じゃあね、メナっち。アタシの家隣だからよろしくね。あと試合頑張ってね」
「お、おお……って隣!?」
「そうよ、君の寮を探すことくらい朝飯前だったから。入学式の前からここに一人で住んでいたんだよ」
「お、おう」
すげえ。
そこまでするのかよ。
お隣さんだったのかよ。
なんかとんでもないお隣さんだな。
まあいいや、別に襲われたりはしないだろうし。
別れのあいさつをすますと、俺たちはそれぞれ自分の部屋のドアを開けた。
このあと大会が始まるまでの3日間、登下校中に彼女が俺に付き添ってくれたおかげで、他クラスの生徒に襲われることは一切なかった。
そして、無事に新入生歓迎戦を迎えることとなった。




