20.自宅に泊めた
王都のとある路地裏で迷子に暮れていた俺のところに、さっきとはうって変わって高級感のある別の馬車がやってきた。
そこから降りてきたのはカロナだった。
彼女は心配そうな顔をしながらこちらへ来ると、たわわな胸で俺をギュッと抱き締める。
「メナ君っ、心配したんだよ」
「く、苦しい……緩めてくれ」
さすがに呼吸不全になりかけた俺は必死に放すように懇願する。
そして俺の意思表示が伝わったのか、カロナは慌てて抱擁をといた。
「ご、ごめん。メナ君」
「ああ、もう大丈夫だ」
解放された俺はふうと一息つく。
酸素が脳に届く。
すると新たな疑問が浮かんできた。
(路頭に迷っていた俺のもとへカロナがまるで助っ人が如く参上してきてくれたのはありがたい。だけど、さきほど王宮で別れたはずの彼女がここまで駆けつけてくれたのだろう?)
俺は馬車を指差しながらそのことについて問い返す。
「ところでどうしてここに?」
「えっとねえ、あのあとお母様に馬車の話をしたら『そんなもの手配した覚えはない』と言ってたの。だからあれはきっと何者かが扮装していたんだなって分かってね。それで一気に不安になっちゃって」
「そうか」
「キエがメナ君の匂いをを知っていると申してくれたので、彼女にあなたの行方を追ってもらうことにしたの。キエは鼻がきくからね」
「なるほど、キエさんが」
たしかにキエさんは俺の服の匂いを嗅いでいたような。
それに"匂いに合わせる洗濯"とも言っていた……もし、普通に洗濯してしまっていたならば俺の服の匂いなどキレイさっぱり消えてしまい、俺を追跡することはできなかったはずだ。
まさかそこまでのことを見越してのあの洗濯とは。
Aランクの知力ゆえそのことに気づいてしまった俺はキエさんの有能さにすこぶる驚かされた。
彼女は俺以上の能力を持っているかもしれない。
「キエは一番のメイドだからね。こういうときは頼れるのよ」
「すごいな」
俺がキエさんの素晴らしさに納得していると、その噂の本人がこちらへやってきた。
キエさんはメイド服姿のまま俺の前でひざまづく。
「メナ=ソウド様、ご無事で何よりです。カロナ様がたいそう心配されていましたので追跡させていただきました。そしてこの路地裏までやってきたところです。事情はどうあれストーキングしたことを誠に申し訳なく存じます」
「いえいえ、とんでもございません。助かりました」
「お許しの言葉ありがとうございます。……でも不思議ですね。カロナ様がおっしゃるにはメナ様は別の馬車に吊れていかれたと。ですがその馬車が見当たりませんね」
「すみません、その連中ならさっきサクッと追い払いましたので」
キエさんは追い払ったという俺の発言にピクッと反応する。
が、平静を保ち直す。
「おや、そうでありましたか。では事情を確認致します、上に報告しておかなければなりませんから。メナ様、その連中とはどのようなやつらで?」
事情聴取のため、キエさんは静かな声で聞いてきた。
俺も静かな声で返す。
「暗闇部隊です」
「「なっ!?」」
急に二人は固まる。
その反応に動揺した俺はただちに確認する。
「え、なんか変なこと言った?」
「へ、変もなにもないわよ!? さっきの馬車って暗闇部隊だったの!?」
「暗闇部隊……我が国軍が最も警戒している影の組織。まさかあの暗闇部隊にメナ様が狙われたとは。そんな彼らを簡単に追い払うとは私に及ぶかもしれないレベルの実力者ですね」
カロナが驚いた表情で俺を見る。
同時にキエさんも食いついてきた。
この二人の反応から察するに暗闇部隊とはそれほどに厄介な輩だったようだ。
田舎出身の俺ははじめてそのことに気づかされた。
「大したことなかったけどね」
「たしかにメナ君ならそうよね。でもまさか暗闇部隊に襲われるなんてね」
「俺も驚いたよ。どうも上位たちの仕業らしい。あいつらが暗闇部隊に新入生歓迎戦を欠場するように依頼したんだとさ」
「ひどい、何よそれ。あんまりだよ」
「仕方ないよ。プライド高い彼らからすると気にくわないのだろう、それが彼らの当たり前というやつさ」
「くっ、それは許せないね」
カロナは上位に対してプンスカ怒りの態度を示す。
「別に大した被害は被らなかったからいいんだけどね。……とは言ったものの覚えのないこの路地裏まで連れてこられたが。俺も王都に来てから日が浅いもんだから、おかげで迷子になっちゃって……そんなときにカロナがやってきれた」
「なるほど、そうだったのね。じゃあメナ様をお家まで送るよ」
「本当にありがとう、カロナ」
「どういたしまして」
俺は頭を下げた。
「じゃあメナ君、行きましょう」
「おう」
俺たちは馬車に乗じた。
◆
"キィッ"
馬車が停車する。
今度こそ自宅についた。
連れていかれた路地裏は正反対の方向だったので、2時間くらいかかった。
すっかり夜中となっている。
「ふう、やっとついたー」
この2時間緊張しっぱなしだった。
というのも馬車の中では俺とカロナの二人きりの状態で、しかも夜も遅くなりすぎたせいで彼女は俺を膝枕に眠ってしまった。
そんな状態が長く続くのだから緊張しないはずがなかった。
そして、カロナは気持ち良さそうに今も馬車の中で眠ってらっしゃる。
どんな夢を見ているのかは知らないが、寝言の中でキエさんや俺の名前がときどき登場していた。
彼女の夢の中にゲストとして少しでも出演することができただけでもおこがましく思い、
「俺がでてくるのだったらせめて良い夢をみろよ」と祈りながら俺は彼女を見守っていた。
そんなすやすや眠っているカロナを眺めながら俺とキエさんは話し合う。
「キエさん、どうしますか? いったん家にあげましょうか?」
「そうですね」
俺たちはカロナを起こさないように注意を払いながら、自宅へ運んだ。
いったんドレス姿のカロナを部屋にあった服に着替えさせ、部屋のベッドに寝かせる。
「起きないですね」
「ふわああ、そうですねえ。もう夜の11時ですし……というか私も眠い」
キエさんは大きなあくびをしながらとても眠そうにしている。
どうやらとる選択肢は一つしかなさそうだ。
「ではうちに泊まっていきますか?」
「はい、そうさせていただくとありがたいです。居眠り運転は法律違反ですからね。電話魔法でアリア様にも伝えておきます。」
一国のお嬢様を路上で寝かせるわけにはいかない。
二人にとってこの1LDKの我が家は狭くて質素かもしれないが、うちに泊まっていただこう。
「ありがたいのはこちらですよ。わざわざ探していただいて。このくらいのお礼は返さないといけません」
「ふふ、そうですか」
「じゃ、床に布団出しますのでキエさんはそこで寝てください。俺はソファーで寝ますから」
「ありがとう、メナ=ソウド様」
「いえいえ、ではお休みなさい」
「おやすみなさい」
俺たちも着替えると眠りについた。




