2.入学試験前、王族の女子を救った
国立アルメナ学園。
北の大地を支配する《魔王国》からの侵略に抗うことのできる冒険者を育てるべく設立されたアルメナ王国最高峰の学園。
ここに入学した学生は将来国のトップとして魔王国から人々を守る英雄として生涯を全うすることができる。
それは誰しもの憧れであり、夢である。
もちろん学園は絶大な人気を誇り毎年たくさんの若きエリート冒険者がここを受験する。
試験の合格率は恐ろしく低くなることは言うまでもないが、それをくぐり抜けてきた者はそれだけで十分に一流であることが保証される。
その超難関たる入学試験を今から受けに行く。
王都に到着してから3日経ち、いよいよ入学試験が始まる。
朝一番に起床して宿を出た俺は一目散に学園へ向かう。
「ほう、かなりの数の受験生だな」
通学路にはすでに受験者と思しきものが大勢いる。
彼らは俺と同じくアルメナ学園の方向を目指して歩いている。
そしてそのいずれもがとても優秀そうに見える。
「ふむ、あれは魔法士か。それにこっちがモンクだな。装備品からしてなかなか強そうじゃないか!」
魔法士の人たちはゴテゴテに飾りのついた凄そうな杖をもっている。
かなりの魔法をうちそうな感じである。
一方で、モンクの人たちは特殊な合金でできたいかにも強そうなガントレットを装着している。
凄まじいパンチをしそうな感じである。
とにかく彼らの装備品は一級品とみて間違いなさそうだ。
「ファイトー、フェルシア」
「ベトリカ、この超難関の試験を乗り越えるのですよ」
「代々王家に仕えるエムセスネ家の実力を発揮するのです、ヘリーお嬢様」
「ヘリー様、頑張って下さい!」
少し離れたところからは、受験生たちを応援する保護者たちの声々が。
その様子から受験生の多くは名家の生まれや貴族育ちのエリート家系のものだということが直ちにわかる。
「俺は田舎者だから名家のことはよく知らないけど、とりあえず凄い人たちなんだろうな」
装備だけでなく家系も優秀という。
そのようなハイスペックなやつばかりがこの学園を受けるらしい。
ま、裏を返せばそれほどにこの学園のレベルが高いってことなんだろうけど。
さて、このハイスペな連中がこれから俺とともに入学を争うライバルになる。
肩書きや身に付けているものの質だけに着目すると、辺境の村の平民生まれの俺が敵う要素など一欠片もない。
端から見れば、劣等種たる俺がやつらを相手にこの超難関の試験で争い、入学の切符を手にすることのできる確率は限りなくゼロに近い。
そう思うのが自然だろう。
しかし、この争いを勝ち抜く自信が俺にはある。自分の才能には並々ならぬほどの自信があるのだ。
「なんたって最強なのはこの俺。俺は村一番の天才と呼ばれた人間。家柄とか装備とかの上っ面では測り知ることのできないステータスが、俺にはある!!」
俺は先天的に人類最強レベルのSランクの魔力とAランクの知力を有している。
さらには刀まで持っている。
この時点で俺が不合格になるはずなどなかろう。
だからこそ……俺は他の受験者に圧倒されることなく、むしろ自信満々に拳を高らかにし、意気込んでやった。
……そんなときである。
「キャー、誰か助けて~」
街道の路地裏からかすかに女の子の悲鳴が聞こえた。
(ん、なんだ、悲鳴か? これから入学試験がはじまるってのに事件でも起こったか? 周りは気づいていないようだし、助けに行くとするか。よし、進路変更だ!)
地獄耳の俺は急遽声のした方へ向かうことにした。
◆
事件現場である路地裏についた。
そこには同じ歳くらいの女子が一人と、悪人顔をしたモヒカン頭の男が2人いた。
「嬢ちゃんさあ、今から学園の試験受けに行くんだろ? ヒヒヒ、ということは金持ちの家の子ってことだよな? そのドレス、メチャクチャ豪華で派手だし」
「アニキの言うとおりでヤンス。ここを受ける人はそういう人が多いでヤンスからな。ちょっくら嬢ちゃんを誘拐して身代金を頂いてやるのでヤンス」
なんともありがちな口上で男たちは女子に絡んでいる。
男たちは無抵抗な彼女を無理やり馬車に乗せようとしている。
(なるほど、これは入学試験を狙っての犯行か。なんて卑劣なやつらなんだ! これは許せない、少し粛清してやろう)
一つ、困った人を助けなさい。
一つ、悪いことを人するには正義の鉄槌を。
――という昔からの父さんの教えを習っていた俺は、その教えを行動に移すことにした。
俺は気づかれないように気配を消しながら路地道を進み前方との距離を縮め、スッと二人のモヒカンどもの背後をとる。
そして、彼らの肩を両手でポンと叩く。
「そこまでだ。今すぐ彼女を解放せよ。そうすれば今回だけは見逃してやる」
「なっ……!? てめえいつの間にオレ様の背後に!? なんだこのクソガキ!! ……やんのかゴルァァッ!!!」
「そ、そうでヤンス。アニキの言うとおりでヤンス。ボクたちを舐めるなでヤンスよ!」
俺に気づいたチンピラ、特にアニキの方は、背後を取られたことに一瞬だけビビるも、ビビったことを隠すために威圧感を取り戻すべく、歯をギラつかせながらドスの聞いた声色とともにメンチを切ってきた。
「やれやれ、今のが最後通告だったのだけどな。仕方ない、武力行使をさせていただく」
「上等だゴラァァッ!! このオレ様にケンカ売ってタダですむと思うなよっ!!」
「そうだぞ、アニキはここら辺じゃそこそこ有名な悪でヤンスよ。後悔しても知らないでヤンスよ。プークスクス」
試験前にいきなり戦うことになったが、まあいいだろう。
ウォームアップがてらこいつらを倒してやる。
「後悔するのはそちらのほうさ」
そう言って俺は腰からとある武器を取り出す。
その武器とはもちろん《刀》だ。
これは世界で俺しか持っていない、言うなれば俺の固有武器だ。
「なんだ? そのへなちょこそうな武器は? ハハハ、そんなので俺のパンチを防ぐことができるとでも思ってるのか?」
アニキは鉄の刀を見てバカにする。
やれやれ。
どうやらこの男はこの刀の恐ろしさを知らないらしい。
そりゃそうだよな、なんたって"この世界には斬るって概念がないんだから"。
今からその恐ろしさを簡単にみせちゃる。
「くらええ、アルティメット・パンチ!!」
アニキは殴りかかってきた。
おいおい、こいつバカだろ。
刀に向かってパンチしてこようとは。
アニキの行動にもはや呆れ果てた俺はその拳に合わせて刀を軽く添えてやる。
"ザシュ"
言うまでもなく、アニキの拳はサクッと抉られ、大量の血が吹き出した。
「ぐわああああ~、メチャクチャ痛てえ!!」
「だ、大丈夫でヤンスかアニキ~」
「なんなんだ、この傷はああ!!」
「お、恐ろしい攻撃でヤンス、ヒエエ……」
男たちは刀によってつけられた見たこともない傷痕にガタガタ震えている。
「お前たち早く病院に行って止血してもらえよ。粛清完了、お嬢さんは俺がもらっていくから」
あたふたしている二人に軽くさよならの挨拶を済ますと、馬車のそばで呆然としていた女子を連れ出し、路地裏を去った。
◆
女子を街道まで連れてきた。
さて、いったん状況が落ち着いたので、俺たちは簡単に話をする。
「だ、大丈夫だった?」
「え、ええ。さっきは助けて頂いてありがとうございます。本当に助かりました! このご恩は忘れません」
彼女は俺の腕をギュッと握り、丁寧な口調で一礼する。
上目遣いで彼女から視された俺は、その可愛さに顔を少し紅潮させる。
なるほど。
見た目は真面目そうな感じ。
フワッとした長めの黒髪が特長的な可愛い女子だな。
身長は160cmくらいかな、俺より5cmくらい低い。
着用している蒼いドレスはとても高貴にみえる。
それに鼻が震えるほどにいい匂いがする。
しかも巨乳。
ふへへ、なかなかに素敵な女子じゃないか。
「べっ、別にかまいやしないさ」
助平な俺は彼女のような可愛いルックスの女の子を相手にすると、無意識にニヤニヤする癖があったので、それを隠すために俺は横を向き、彼女から目線を反らして会話する。
「いえいえ、私魔法士ゆえ詠唱しか使えないから、あのような場面が苦手だったので」
「ああ、そういうことだったの。無抵抗だったからおかしいと思ったんだよな」
「お恥ずかしいわ……」
彼女は頬を赤らめながら答える。
「……そうだ、自己紹介がまだだったな、俺はメナ=ソウド、平民だ。よろしくな!」
「私はカロナ=エルメス、王様家の親族よ。よろしくね」
「なん……だと!? あの王族のエルメス家か!」
彼女の家柄の告白に不意をつかれた俺は口をパクつかせた。
まさかあの王族様だったとは。
これは素直に驚こうか。
だってマジでビックリしたのだから。
まさか直系でないにしてもあの王族にあたるエルメス家だとは思いもしなかった。
ということは俺は王族様を救ったということか。
驚きのあまり俺は腰を抜かす。
その様子を見てカロナはふふふと笑う。
「ふふふっ、やっぱり驚いてくれたね」
「そりゃそうだ」
お嬢様っぽく笑うカロナ。
これが王様家の血族様……上品な人だな。
その可愛らしい人柄に頬の緊張もうっかり綻んでしまう。
「というか王族なのだったら、護衛の一つでもつけたら良かったんじゃないか?」
気を取り直した俺は至極まっとうな質問をしてみる。
「敢えてそうしなかったのよ。私も立派な冒険者になりたいからね。護衛をつけるのはちょっと違うかなと思ったの」
「なるほど、一理あるな」
「といってもいきなり襲われてしまったのだけれどもね。情けない」
「まあ、周囲もそうだけど、そのドレス姿は一際目立つからね」
「あら、そういうことでしたのね」
自分が襲われた理由を理解したようだ。
そりゃそんなド派手なドレス着てたら「自分は相当な金持ちです、ぜひ襲ってください」と言ってるのと同じようなもんだしな。
この女子、ちょっと天然なところがあるみたいだな。
「これから一人で外出るときはもっと質素にした方がいいかもな。平民の俺が言うのもなんだけどな」
「わかったわ、参考になったよ。ありがとう、メナ君」
「どうも」
カロナは俺のアドバイスに素直に従う。
ところで、この女子もアルメナ学園を受けるのかな?
ちょっと聞いてみよう。
「ところでカロナもアルメナ学園を受験するの?」
「ええ、もちろん」
カロナは即座に返事する。
「なるほど、実は俺もそうなんだ。……そうだな、もしよかったら一緒に受けに行かないか?」
「ええ、よろしくね!」
俺とカロナは厚く握手を交わした。
さて、入学試験を前に王族の女子を助けるとかいう運命の出会いを果たしてしまったわけだが、そんなことで浮かれていては試験で足元をすくわれる可能性もある。
気を抜かないようにせねばな。
俺は頬をバシッと叩くことで気持ちを整理させたところで、再び学園を目指した。