18.王宮にて、カロナの母に謁見した
着替え終えた俺はドレス室を出てカロナと再会した。
「カ、カロナ……その服」
「えへへ……」
カロナも着替えてきたらしい。
彼女が着用しているのは普段着と思われるピンクのドレス。
入学試験で見たときのものよりも一段とゴージャスだ。
さすが王族だ。
俺はその美しい姿についつい見とれてしまう。
「少し気合いをいれてみたの」
「すごいよ。似合ってる!」
「ふふ、嬉しいわ」
カロナもはにかんでいる。
「さて、私の姿に虜になっている場合じゃないよ。早く食事に行きましょう!」
「おお」
カロナは俺の手をつかむと、廊下を進み始めた。
◆
俺は道中を歩きながら、王宮の内部を観察する。
そしてその素晴らしさに感嘆している。
廊下には
宮廷画伯作の立派な絵画、
有名彫刻家が彫った宝石の像、
超希少で高値のつく特殊金属でできた小物のコレクション、
俺が踏むだけで申し訳なくなってしまうほど豪華な赤い絨毯、
などがずらりと並んでいる。
この中から何か一つくらい盗んでもばれなさそうだ。
そのくらい王宮は高貴な屋敷だ。
アルメナ学園も十分に高貴だったが、ここはそれを上回っている。
「たまげたな。王宮ってこんなにすげえ場所だったんだな」
「ええ」
当たり前のように答えるカロナ。
どうやら彼女にはこの王宮が普通らしい。
王族レベルたけーな。
この廊下を見て何も感じないんだよな。
もし、カロナを俺の寮に連れていったらどんな反応をするのだろう?……質素すぎて部屋の中で失神するかも。
トホホ。
王族との格差に打ちひしがれていると、カロナが別の話題をふってきた。
「メナ君、少しいい?」
「ん? どうした?」
カロナは申し訳なさそうに肩をすくめる。
何か不届きなことでもあったのだろうか。
「あのー、さっきメナ君をうちに呼んだことをお母様にお話したら……ぜひメナ君に会ってみたいと」
「え?」
なんだと。
カロナの母親が俺に会いたがっているだと!?
一瞬聞き間違えたかと思った。
しかも両親って王様の兄弟か。
ほとんど王様みたいなもんじゃないか。
そんな超お偉いさんがどうしてこの一般家系出身のこの俺にあいたいなどと申すのか。
俺は人より数段頭がよくて魔力があるだけのごく普通の学園生だぞ。
そんな俺のどこに興味があるのか。
ともかくそのことが理解できない。
「俺に会いたいと? たしかエルメス家は王様の親族だったよね?」
「ええ、お母様がアルメナ国王様のお姉さんなのよ」
「へえ、でもそんな人がわざわざ俺に?」
「ええ。実は以前あなたのことを両親に話していていてね……。で、あの刀という武器のこともお話したの。そしたら二人とも凄く興味を持ってしまったからね。もしかしたらそのせいでメナ君に会いたいと仰せられたのかも」
「ああなるほど」
原因は刀か。
さては俺の固有武器の秘密を探るつもりだな。
俺は昔から刀を周囲に見せびらかせていた。
するとそのことを耳にした権力者が俺のところへやってきてはその刀の秘密をいろいろと探ろうとしてきたのを覚えている。
今回も同じだろう。
俺はお母様の意図が読めてしまった。
「どう、引き受けてくれる?」
「別にいいけど」
相手は王様のお姉さんだ。
ここで断ってしまったら何されるかわかったもんじゃない。
さすがに断るわけにはいかない。
俺に拒否権はない。
俺がすんなりと承諾すると、カロナはほっとして笑顔になった。
「ありがとう、メナ君。それとお母様は優しい人だから構えなくても大丈夫だよ」
「おお。ところで、お母様だけ?」
「そうよ。お父様は他国に出張中なのよ」
「なるほど」
俺は納得した。
どうやらシングルマザーとかではなさそうだ。
王族ってその辺の事情がドロドロしてそうだったから、そうでないとわかって安心した。
俺が一安心すると、カロナは目の前の扉を指差す。
「あそこが食卓よ。すでにお母様が待ってらしているわ。それじゃあ行きましょう」
「オッケー」
俺たちは食事室のドアを開けた。
◆
食卓へやってきた。
言うまでもないが「これぞ王宮の食卓!」という感じの立派な食卓だった。
本当ならすこぶる驚くほどのものだが、すでに王宮を歩いて感覚がマヒっている俺はそこまで驚くことはなかった。
さて、目の前に広がるのは大きくて長いテーブル。
その上に食材が乗せられている。
そしてテーブルの奥に座りながら俺を見るのはカロナのお母様だ。
16の娘をもつわりにはかなり若く美しく見える。
見た目もセイラさんとカロナにそっくりだ、近眼の人なら人違いしてしまうかも。
お母様は立ち上がるとまっすぐこちらにきた。
「あなたがメナ=ソウド君ですか?」
「は、は、ははい」
彼女はかなり近距離で俺のことを見つめる。
王様の姉ということであり、やはり緊張してしまう。
メンタルの弱い俺は上擦った声で返事してしまう。
「はじめまして。私はアルメナ国王の姉君、アリア=エルメスでよ」
「こちらこそお初にお目にかかることを嬉しく存じます。メナ=ソウドです」
「ふふ、お堅くならなくて結構よ。メナ君」
「あ、そ、そうですか」
緊張した俺にアリアさんは優しくフォローを入れた。
「では一緒に食事をとりましょう」
「は、はい」
俺たちは食卓についた。
食事はどれもこれも高級食材ばかりだった。
一般市民では到底口にすることのない品に何度も舌がとろけそうになっていた。
そうこうして食を楽しんでいると、正面に座るアリアさんが口をモグモグさせながら話かけてきた。
「話はよくカロナから聞いているわ。いつも仲良くしてくれてありがとうね」
「いえいえ、そこまでの仲でもないですよ」
俺は謙遜しながら返事する。
たしかに俺はカロナとは友達ではあるが、いつもクラスメイトに囲まれていたせいで彼女とは入学以来あまり絡むことができていなかった。
そういう意味ではまだまだその言葉をいただく領域には到っていないと思う。
「あら、そうかしら? カロナったらあなたのことばかり話するんだからてっきり……」
「え? そうなんですか?」
アリアさんは想定外ことを口にした。
俺は隣に座るカロナの方を見た。
「……///」
カロナは顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
その照れ顔からも容易に推察できるように、彼女は俺のことをベラベラしゃべっていたようだ。
まさかそんなに俺のことばかり話しているとは思いもしなかった。
俺は少し驚かされた。
「カロナったら顔に出やすいからわかりやすいわねえ」
「う、うるさいっ」
「だってええ」
「ああああ、やめてええ」
アリアさんはカロナを見てニヤニヤする。
カロナはそれに悶える。
そのやりとりがしばらく続く。
にしてもカロナは照れすぎているような。
別に普通の友達と思ってくれているのならそこまで必死にならなくてもいい気がする。
(もしかして別の感情があったりでもするのか? 右目で確認するか。……いや、やめておこう。さすがにそれはナンセンスだな)
彼女の感情は読みとらないことにした。
しかしこうやって親子でのやりとりを見ていると微笑ましくなる。
普段学校では見せないカロナの姿を見れたことを嬉しく思う。
食事を終え、その後も話しこんでいるといよいよ刀の話題になった。
「ところで、メナ君は刀という変わった武器を使うそうね」
「ええ、まあ」
ついにその話に触れてきたか。
だがいくら相手が王様のお姉さんだとしても、刀の秘密は教えるつもりはない。
これは俺の専売特許だ。
「かなり強いらしいね」
「はあ」
「カロナから聞いたわよ。あのスウィンガ君を一発でノックアウトさせたってね」
「一応そうですけど……ってアリアさん先生のこと知っているのですか?」
「もちろんよ。彼はもともとアルメナ王国軍のメンバーの一人だったから。非常に真面目で優秀な男でしたよ。私が結婚を考えたくらいよ」
「ほええ、そうなんですね」
スウィンガ先生のすごさを知らされた。
それと同時に決闘の形とはいえ先生に勝利した俺のすごさを確認した。
「それほどに優秀な彼に勝つなんてね。あと20年若かったら絶対婿にしていたよ」
「じょ、じょ、冗談はやめてくださいよ」
面白半分でからかうアリアさん。
俺はそれを華麗に?スルーする。
「そうね。あなたにはカロナを貰っていただくから」
「……んなっ!?」
反応したのはカロナだった。
「ホホホ、冗談よ」
「まったく」
カロナはご立腹する。
それもそのはず。
付き合う相手というのは自分で選ぶもの。
外堀を埋めるなどの本人の意思を度外視するようなことは俺も好まない。
カロナにはぜひとも自分の意思で相手を選んでほしい。
ご立腹なカロナを見て悪いと思ったのか、アリアさんは話を戻した。
「とにかくスウィンガ君に対して大ダメージを与えたあなたの武器を私は高く評価するわ」
「ありがとうございます」
「そこで提案があるのだけど、あなたの武器を譲っていただけませんか?」
案の定、刀を欲しいと迫ってきた。
「それはつまり、刀の製法を教えろと?」
「そうなるわね。もちろんきちんと報酬は与えます」
「すみませんが断らせていただきます」
俺は即座に断っていく。
「お願いします。我が国に必要なのです。刀をいただけたあかつきには魔王国からの侵攻を現状より楽に防ぐことができるでしょう。だからお願いします」
だがアリアさんも折れない。
一国の王族様が俺の前で頭を下げる。
しかし、俺にはどうすることもできない。
どうしても刀を譲るわけにはいかないんだよ。
アリアさんの懇願する気持ちも痛いほどわかる。
だが残念ながらその希望に添えそうにはない。
譲れない訳があるのだ。
俺はその訳を説明することにした。
「申し訳ありません、アリアさん。どうしても無理なんです。訳を話します」
「ええ」
「この刀という武器はたしかに優秀です。鉄製でしっかりと刃を研いたのものならば、一振りするだけで人の命を刈り取ることができるほどのものです」
「そんなに!?」
「はい。ですがそれがかえって危険なのです。もし、僕が刀の製法を公開したとしましょう。そうなってしまえばこの武器を用いて人を殺めるという事件が止まなくなるでしょう。魔王国侵攻の防御などといっている余裕がなくなります。つまり、強大な力を簡単に手にするということはそういうことを示しているのです。だから刀を譲ることはできないのです」
「そ、そういうことだったのね。了解したわ」
「わかっていただけて嬉しいです」
強大な力は使い方を間違ってしまえば我が身を滅ぼす。
そのことを理解していただけた。
俺は胸をなでおろした。
"コンコン"
そのとき、誰かが部屋に訪れてきた。
「キエ=オーガルです。メナ=ソウド様の洗濯が完了いたしました」
キエさんだ。
どうやらセバスさんの洗濯が終わったらしい。
「わかったわ、キエ。メナ君をそちらへ向かわせます。そこでまっていてください」
「承知しました」
アリアさんが指示すると、俺の方を向いた。
「ということでメナ=ソウド君。今日のところはありがとうね、楽しかったわ。またお会いしましょう」
「はい。こちらこそ感謝申し上げます」
「これからもカロナと仲良くしてやってくださいね。カロナ、付いていってやりなさい」
「はい、お母様」
「ではさようなら、メナ君」
「さようなら」
アリアさんに見送られながら俺とカロナは部屋をでた。




