夏休み×1
『真夏のリハビリ企画』参加作品です。
勢いで書いたのでワケわかんねぇでございます。
「良悟、ご飯できるよ」
ネットサーフィンをしている良悟に声をかける。動画を見ているときに声をかけるといつにも増して乱暴な声で怒るから音声のないときに声をかける習慣がついた。良悟がパソコンを眠らせて振り向く。人工的な黒髪と天然の青い瞳が、やたら涼しげだった。
「今日なに?」
「サラダうどん」
「わかった」
良悟は昼食のメニューに対して特にいいも嫌だも言わずそれだけ言ってダイニングに移動した。
良悟は変わった男だった。白い肌に青い瞳とミルクティーみたいな色の地毛はゲームのヒーローみたいで、でも何をしてても、融けかけた氷のような色気があった。おまけに繊細な外見に見合わない低音で話す言葉は荒っぽくて、僕は少し戸惑ったりもした。
僕がうどんに野菜を無造作にのせていると煙草の匂いがした。立派なシステムキッチンで作っているものがこんな一品料理だと申し訳ない気持ちになる。細切りにしている薄焼き玉子のほんのり甘い匂いに有毒な煙が混ざるような気がして換気扇を回す。空気清浄機のスイッチが入った音が近くで聞こえた。
「ツナと蒸し鶏、どっち?」
「蒸し鶏」
「マヨは?」
「あとでかける」
蒸し鶏を割いて野菜がたっぷりのったうどんにのせて、自分の分だけマヨネーズをかける。ダイニングテーブルの方に振り向いたところで良悟の姿がないことに気づいた。
リビングまで行くとバルコニーに出て電話している良悟がいた。衒いのない笑いを浮かべる彼の電話相手は、たぶん良悟の勤務先でデイサービスを受けているおばあさんだろう。変にませたクソガキどもや噂好きな大人の勝手な憶測で傷つけられた男の心を彼女は優しい声と風情ある言葉で解きほぐした。おばあさんが良悟の身体の心配をしたんだろう。「ミツエさんもだよ」と口が動いた。電話を切ったあとは、本当にわずかな時間、健康的な顔になる。普段は萎びた植物みたいな男のくせに。
「良悟」
「あ?」
「うどんのびる」
太陽が射す真昼、青い一枚天井を見てた。
デジタル時計の左側は13から14に変わった。家事も終わってご飯も食べて暇だから買い物でも行こうと思ったけど帰るとき荷物が増えそうだからやめた。良悟がゲームハードのスイッチを入れる。良悟はクライムアクションが好きだ。敵をショットガンで撃って、敵の死体を踏みつけて走って軽々とミッションをこなして、「ばーか」と鼻で笑う。
「フフッ、ばーか」
この部屋は僕の住んでいる部屋と違って隣の部屋の生活音が1つも聞こえない。だからだろうか、なんだか僕らだけが切り取られた感覚がするのは。液晶を見つめる青い瞳は相変わらずさらりとしている。
僕が荷物を纏めていると、液晶はもう真っ黒になっていた。
「飽きた。寝る」
「僕も寝る」
傍から見れば異常だと思う。関係に名前がついていない異性が二人がクイーンサイズのベッドで一緒に寝ていることとか、被検体みたいに誰かに監視されながら都内一等地のマンションに住んでることとか。でもここで心音のような1ヶ月を過ごしたのは、僕の日常に比べたら幸せだった。良悟はどう思ってるか知らない。そもそも良悟と会話したのは1日に2、3分くらいだったように思う。僕は夕方にこの部屋を出る。明日の僕は、生きようという遺志を持っているだろうか。
「なぁ、お前の彼氏が辞めろって言ったの?」
「ん? うん」
「ふぅん、彼氏さんよっぽどお前が大事だったんだな」
「えー……それは知らない」
良悟が寝返りを打って絶対そうだろ、と言った。ブランケットを全部持ってかれて寒かったからクーラーを消した。
「真琴、熱ぃ」
「ブランケット退ければ?」
「真琴」
「あ、そしたら僕にちょーだい」
「これからどうすんの?」
「知らないよ」
口に慣れた台詞を返す。彼氏はやりたいことをやりなさいって言った。けど、やりたいことが何なのか、今世に飽きた僕には全く思い浮かばなかった。だからこうして良悟と1ヵ月過ごして有り余る時間を潰した。
「真琴は大丈夫だよ」
「どうして?」
「守ってくれる人がいるから」
「良悟だって」
「俺?」
俺はいないよ、と口だけ笑った。眠くないのか伸びをしたり寝返りを打ったりしている良悟が「今度バナナクレープ作って」と言った。僕はそれにいいよ、と応えて良悟と向かい合う姿勢になった。
「空っぽな人間気取ってるマコちゃんは好きでも嫌いでもなかったよ」
ねぇ良悟、あの時のお前の瞳は、8月31日の昼下がりみたいだったよ。
ありがとうございました