精霊の泉
「……ふぅっ。まぁまぁ強かったな」
比較的、だけど。と、霧也は呟きながら、チン、と音をさせて刀をしまう。
魔物であることは分かっているが、人間を斬ったようで不思議な気分だ。
ちなみに、今もしも敵として人間が出てきたら、霧也はあっさり斬るだろう。なにせ、霧也の地球に対する心残りは、沙菜の存在だったのだ。彼女がこちらの世界に来た今、地球に戻る理由がないのだ。
魔人の死体に目を向けていた霧也は、顔を上げて、近くにある大きめの窪みを見る。泉があった場所だ。
(確かこいつ、聖別された泉だとか言ってたよな。大方、魔物が寄らなくなるだとか、そんな効果なんだろうけど……俺、それを、)
「蒸発させちまったんだよなぁ……」
はぁ、と、思わずため息を吐く霧也。
「……つかこれあれじゃん。襲われたの、実質俺のせいじゃん。……誰にも言わないでおこ」
バレなければ犯罪ではないのだ。この世界に犯罪という概念が存在するかは怪しいところだが。
「んー……とりあえず水は戻すとして……」
言いながら霧也は、水魔法で泉を復活させる。しかし、
「聖別って、どうやりゃいいんだ?」
そこが問題である。
霧也はうんうんと唸って一頻り考えて、雑な結論を出す。
「まぁ、聖属性の魔力流しこんどきゃ、なんとかなるべ」
そう言って霧也は、泉に手を漬け、聖属性を思い浮かべながら魔力を流し込む。量が分からないので、とりあえず、全魔力の半分。ステータス数値にして、およそ1000。
その直後だった。
泉が強い光を放ったのだ。
「……はいぃ?」
頭をコテン、と横に倒し、どこか間の抜けた声を漏らす霧也。全く訳が分からない。
そして、光が引いていくと、その泉の中心には――
「ほうぇい?」
――何故か絶世の美女が浮いていた。
訳の分からない状況に、訳の分からない声を上げる霧也。落ち着いているように見えて、内心かなり動揺している。
軽い気持ちで魔力を流し込んだ結果がこれだ。何か失敗だったのだろうか、これってヤバいやつなのか、と、頭がパンクしそうである。
と、唐突に女性が頭を下げた。
「うぃい?」
霧也の語彙力が乳児レベルである。
女性は、それを気にした様子もなく口を開く。もしかしたら、霧也と同類なのかもしれない。スルースキル的な意味で。
『この泉を――「精霊の泉」を元に戻して頂き、ありがとうございます、キリヤ=ムラサキ様』
口を開いてはいるものの、その声は念話のような感覚だ。
その声で現実へと復活した霧也は、なんで俺の名前を知ってるんだとか、そもそもここ精霊の泉っていうのかとか、つかお前誰だよとか、そんな疑問をとりあえず置いておいて、言葉を返す。
「いや、この泉消したの、俺なんだけど」
女性が誰なのかは知らないが、普通に考えれば、感謝されるよりも怒られるところだろう。
しかし女性は首を振ると答える。
『この泉は以前、魔人によって少しずつ汚染されてしまっていました。それこそ、1度水を全て入れ替えなければならない程に。それを貴方様はやってくれたのです。更には、当初よりも圧倒的に強い聖別をして頂きました。おかげで下位精霊だった私もこうして上位精霊へと昇格することが出来ましたし、1度消すとき、一緒に害獣も駆除して頂きましたから。本当に、ありがとうございます』
「えぇ、あぁ、うん、どういたし、まして?」
なんとかそれだけ返す霧也。
とりあえず、聖別とやらはちゃんと出来ていたようだ。やり方が合っていたのかは別として。
それにしても、情報量が多い。多過ぎて、またもや頭がパンクしそうになるが、とりあえず1つ気になる単語が。
「……害獣って、まさか、ユニコーン?」
『はい。聖獣というのは本来聖域を守護する存在であり、その聖域を守護する聖獣は決まっているのです。この精霊の泉の守護獣はフェンリルだったのですが、どこか別の聖域からやってきたユニコーンに敗れ、乗っ取られてしまったのです。微弱なこの聖域から生み出された聖獣だったので、仕方ないのかもしれませんが……』
「へー」
気のない返事を返す霧也。なんというか、饒舌な女性――改め、精霊さん、結構大人っぽい見た目をしているのだが、印象とは全く違う。
『あっ、そうだ!』
「おうっ!?」
精霊がいきなり上げた声に、霧也が素で驚く。
『お礼をしなければなりませんね。私に出来ることは限られていますが……こちらへ』
「お、おう……」
言われるがまま、泉へと入り、精霊の足元まで向かう霧也。浅めの泉なので、水は膝下までしか来ない。
『それでは……こほんっ』
精霊は1つ咳払いをすると、頬をほんのり赤くして、霧也の額に顔を近付け――ちゅっ。
「Why!?」
思わず英語が飛び出る霧也。それは、いきなりキスをされれば、何故、と叫びたくもなる。
『え、えぇと、その、私の加護を授けました。ステータスが1.5倍になるというシンプルなものですが……』
「強っ!?」
もじもじと解説する精霊に、霧也がツッコむ。1.5倍といえば、霧也であれば大体1000近くずつ上がる。体力は除くが。それにしたって、何たるチート。
『そ、それで、ですね』
「え、まだなんかあんの? 怖くなってきたよ? 俺怖くなってきちゃったよ?」
続けようとする精霊。霧也のテンションがおかしくなっている。
精霊が手をお椀を持つような形に丸めると、その中に、彼女が現れた時と同じような光が現れる。
それは凝縮し、形を取り、実体となる。そうして現れたのは、ほんの少しだけ青みがかった白い毛並みの、子供の狼らしきものだった。
正直、これ書いてて霧也が泉を復活させる直前まで、あんな精霊なんていなかった。思い付きはいつものことだけど、中々に怖いものがありますね。でも何より、気付くと精霊さんを落としてるっぽい霧也君が怖い。




