道中 過去砕いて
「はぁ、それでシンマのところへ」
ごとごと揺れる車内で、宇宙服の男は相槌をうつ。カルの之までの|経緯⦅いきさつ⦆を聞いていた。
『随分と考えなしなんですね。エンデという種族は皆そういった短絡的な方が多いのですか?』
社内のスピーカーからやや無機質な音声が流れる。
「おい、煽るなって」
コツンとスピーカーを叩くと男は、すんませんこいつ口が悪くてと頭を下げる。
経緯⦅いきさつ⦆
どうしてこうなった……とはカル=スは考えていない。ただ、そうしたいと思っただけだ。
数日前、シンマの幹部ユニットとの戦闘。名前は何だったか。とにかく強いやつだった。勝利とは言えない。相打ちだ。わずかに自分に時間が余っただけ。一刻もせずにくたばるであろう傷、出血。
ぼやける視界で微かに分かったのは、シンマの誰かが近づいていること。
牢屋。目覚め、目に入ったのは見知った岩肌の天井、そしてよく見覚えのある格子状の光だ。中からではなく外側からの見覚えだが。
体の節々どころではない、呼吸すら痛みを体全体に広げている。床に転がされていると気が付いたのは目の前を蟻が這っていたからだ。ここに転がされている理由は治療室が満員だからだろうか? いや、あの戦いで仲間は全滅。他の部隊だとしても戦士長である自分が下級の後に治療ということはないだろう。
「おい、出ろ」
ふと、光の格子の外から声をかけられる。格子は人が通れる程度に開けられている。首を巡らすが極度の疲労と体の痛みで立ち上がることすらできない。
「引き釣り出して乗せろ」
数人が牢に入り、体を持ち上げる。雑に台に乗せられたせいで、傷が痛む。思わず呻くが、そいつ等は鼻であしらうと淡々と移動を開始した。
「どこへ」
「裏切者が喋るな」
見慣れた通路を通って行くのがわかる。このルートは最奥へ通じるルートだ。即ち、王の間。
王の間は、見慣れた岩壁はなく代わりに滑らかな光沢を持つ大理石のような材質で敷き詰められていた。壁と床の隙間からほのかな光が漏れている。カルはその中心にぞんざいに放り出されていた。
「黒蝶のルダ・アザ。ここに」
抑揚なく、だが艶めかしい声色が響く。音もなく、空間に浮かぶ女。背から黒い蝶のような翼が広がっている。黒髪、黒いドレスを纏った妙齢の女性。彼女はカルを一瞥すると玉座へ視線を向ける。
「炎泥のゴーパ・ドロ。ここに」
床の繋ぎ目からドロドロした赤い液体が染み出たと思うと、それは人の形になる。ただ、下半身はない。上半身だけだ。何もない眼窩を玉座へ向ける。
「ん? ガドル・スバはまだか?」
ゴーパは王の間を見渡すが、それらしい人物はいない。あるものといえば、玉座に鎮座している巨大な繭だ。
ドスドスと轟音が聞こえる。轟音の主は見るからに巨体だった。それが広すぎるほど広い王の間を轟音を立て、闊歩する。象のような蜘蛛の足。6本あるそれがシャカシャカ器用に動き、巨体を中央へ寄せる。
「戦士の戦士にて、壊砕のガドル・スバ! ここに!」
猛獣の吼え声を思わせる大音響が部屋を揺らす。
「やかましい、ゴリラグモ」
ルダが呆れたように、ガドルを見上げる。なるほど、確かに蜘蛛のような下半身。そしてゴリラのような筋骨隆々の上半身。
腕の本数は6本。
「何しろ相手のメスどもが簡単に壊れてな。これでは兵の補充ができん。うむ、貴様はどうだ? 丈夫だしな」
「壊してしまっては、益々補充ができんだろう。何のために私の部下を貸したと思っている? 高くつくからな」
ルダはため息を吐くと、さっさと本題に入るぞと周りに促す。
「王よ、本日は嘆かわしいことに我らエンデより背信者が現れました」
玉座に鎮座する繭が発光する。
「ああ、聞いているよ」
落ち着いた、聞く者を安堵させるような声色。男性の声だ。繭は続ける。
「シンマの兵に助けられたらしいね。何故かな?」
王とは思えない、父のように、子供に優しく問いかけるようにカルに聞く。
「そのような事、聞く必要などありませぬ! 既にゴーパ配下の者に報告があり、シンマの奴に治療を受けていた模様。つまりこいつは裏切ったのです!」
異を唱えたのはガドル。
「最近戦いで敗北を喫しているのは、こいつが作戦を漏らしていたからに違いませぬ!」
「作戦も何も、お前が立てる作戦は突撃ばかりだろうが。地雷に落とし穴、よくも引っかかるものだ」
相変わらず呆れているルダ。ガドルは浅黒い肌が真っ赤になっていると思わせるくらい興奮し、ルダにわめきたてる。対するルダは素知らぬ顔だ。
「僕はカル、君から直接聞きたい」
王は意に介さず、もう一度カルに尋ねる。
「わからない。何故だ。何故とどめを刺さなかったのだ,
あいつは」
「そうか、わからないか」
繭の中にいるため、王がどのような顔色なのかはわからない。ただ、裏切りに落胆した声色ではない。
「処刑です! 処刑しかありませぬ! 士気に係わりますぞ王! 疑わしきは罰せよ!」
「だが、こやつは有力な兵。戦力を減らしてもいいのか?」
「有力だからこそ処刑すべきでは?」
ゴーパが口に当たる部分を開く。
「敵との繋がりを疑われている者を重用など出来ません。いつ後ろから刺されるか分かったものじゃありませぬ」
「王よ! ご決断を!」
一瞬の沈黙。
「そうか、残念だが仕方ない。カル、君は自ら潔白を証明する証拠、証言を一切持っていない。処刑は明日、早朝に行うとしよう。悔やむ時間くらいは欲しいだろう。あ、治療はきちんと行うように。私も処刑に立ち会うからね」
「さすが王! さ、こいつを牢に戻せ! 処刑はわし自ら行おう!」
再びの牢。今度は床ではなく、寝台に乗せられていた。地下深くに存在するこの迷宮城。星は見えない。
『シンマの兵に助けられたらしいね。何故かな?』
カルは王の言葉を頭の中で反芻していた。何故だ。何故あいつは俺を助けたのだ。
明日、いや時間的にあと数時間で自身の処刑が開始する。だというのに、自身の命より、あの敵のことばかり考えていた。
知りたい
俺自身の行く末よりも。こんなことは初めてだった。今までは敵がどうやったら死ぬか、そればかり考えていた。
「俺は知りたい。何故敵が俺を助けたのか」
改めて口に出すことにより、確固たる確信を得る。
ふと、通路側の格子を見やると格子が人が通れるほどの空白となっていた。
もう、すべきことは決まっていた。