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短編

魔力という概念が人間には存在しないファンタジーのバフ・デバフ

作者: 風待月


 バフとは?


 該当の魔法・スキル・アイテムを使用することで、自分や指定した相手に能力の上昇など、ゲーム中で有利な状態が発生する。このような効果を「バフ(buff)」と呼ぶ。

 バフ効果にはキャラクターパラメーターを一定時間上昇させるものや、体力の自動回復効果、移動速度の上昇などがある。


 デバフとは?


 バフとは反対に、該当の魔法・スキル・アイテムを使用することで、指定した相手に能力の上昇など、ゲーム中で不利な状態が発生する。このような効果を「デバフ(debuff)」と呼ぶ。

 デバフ効果には、キャラクターパラメーターを一定時間低下させるものや移動時間の低下、相手がバフ効果を受けている場合は、その効果を打ち消せるなどの効果がある。また、毒やマヒなどの状態異常を与える場合もデバフと呼ばれることがある。


 (出典:ゲーム大辞典)



 支援系・付与系などと呼ばれるそれは、不思議な現象だ。

 一時的に剣の切れ味を増し、敵の鎧を薄くし、足の速さを目にも止まらぬものに変える。

 物理現象だけでは決して説明できない、超自然的現象だ。


 魔の力を行使する(すべ)――すなわち、魔術が使えなければ、それらは決して起こりえない。



 ○ ○ ○ ○ ○ ○



 (さび)蝶番(ちょうつがい)が軋みながらも、わずかな力で動く、矛盾した現象を起こしながら扉が開いた。

 かつては栄華を誇る光景だっただろう謁見の間は、年月を経た今は見る影もない。絨毯は朽ち、石床は砕けてめくれあがり、ネズミの糞や虫の屍骸が転がっている。


「よく来たな」


 古びた玉座に座っていた女性が、入ってきた勇者たちに嫣然(えんぜん)と微笑みかける。

 普通の女性であるはずがない。材質のわからない、黒光りする鎧に身を包んでいる。兜こそつけていないが、それでも並の女性ならば動けなくなるはず。

 傍らの床には、禍々しい形の巨大な剣が突き刺さっている。仮定など無意味であろうが、もしもあのような得物を扱えるのだとしたら、強力(ごうりき)自慢の男を超える腕力だろう。

 なによりも、波打つ豊かな紫色の髪から、ねじくれた山羊の角が生えている。


「魔の力を持たず、魔の術を知らぬ(やから)が、ようもここまで来たな」


 魔王という邪悪な存在に率いられた、魔術という力を持つ、人間と似ていても異なる種族。


「私は魔王様直属の配下、『炎魔将』の(あざな)を頂いた――いや、今から戦おうというのに、名前など無意味か」


 凛々しく整っている顔に、邪悪な表情を浮かべた魔族は、中途半端に自己紹介する。


「で、だ……」


 しかしすぐに、戸惑った顔に作り変える。


「使い魔からの報告では、この城にやって来たのは、勇者たちだと聞いたのだが……お前たちで間違いないのか?」

「他にどう見える!」

「えっと……重装備の一般兵四人組?」


 鎧などオーダーメイド品のはずだが、規格に沿って作られた量産品のように、同じ全身鎧を装備したパーティだった。一応持ち物などは異なってはいるのだが、逆を言えば違いといったらその程度しかない。一歩前に出て声を上げているのが多分勇者ではないかと思うのだが、バケツのようなヘルメットを被っているために、炎魔将サマにも自信がない。いや初対面なので、顔が見えていれば勇者だとわかるという保障はないのだが。勇者パーティの実質的リーダー役が別だという可能性もある。


重装兵(ヘビーアーマー)四人組とは、斬新な編成だな……」


 途中脱落して結果的に残った人員がこれなら、別段疑問はない。しかしそのような報告を、炎魔将サマは受けていない。

 防御力に特化している、といえば聞こえはいいが、逆を言えばそれしか取りえない組み合わせだろう。少なくとも見た目には、コケたら起き上がるのにも難儀そうな連中ばかりだ。

 しかし勇者 (推定)が、篭手に包まれた右手を握りしめて力説する。


「違う! 見てわからないのか!」

「見たままを言ってる」


 他にどう判断しろというのだ。

 炎魔将サマはそんな内心を表す憮然な表情で返すが、さきほどから唯一口を利いている重装兵(ヘビーアーマー)Aが、親指で自分を指し示す。


「職業:勇者!」


 勇者というのは一般的には勇気ある者を示す。あるいは武勇に優れた戦士や、ある種無謀な戦いを勇敢に戦った者に対する、一種の称号である。ありえない「職業:勇者」を社会的に認定するには、どんな資格が必要なのか不明だが、ともかく昨今のファンタジー業界では職業として認められているので無視をするとして。

 重装兵ヘビーアーマーAは、続けて腕だけ後ろに向けて、重装兵(ヘビーアーマー)Bを指し示す。


「料理人!」


 続けて重装兵(ヘビーアーマー)Cを。


「踊り子!」


 最後に重装兵(ヘビーアーマー)Dを。


「遊び人!」


 そしてポーズを決めた。後ろの三人も。ただ三人扇を組体操しただけだが、重装備した人間にそれ以上を求めるのは酷というものか。


「これが俺たち、勇者のパーティだ!」


 きっとバケツヘルメットの中で、重装兵(ヘビーアーマー)Aはドヤ顔をキメている。

 炎魔将サマは、精神的頭痛で顔をしかめているが。


「……どこからツッコめばいい?」

「どこにそんな要素がある!?」

「全部だ全部!」


 称号とは真逆のクールビューティーな態度を台無しにして、彼女は指を突き出して叫ぶ。その怒りは烈火のごとく。お約束を踏襲しない(やから)は許せないタイプらしい。


「四人ならば普通、戦士・魔法使い・僧侶とか、あるいは一人抜いて盗賊を入れるとか、そういう編制にするだろう!?」

「これが最高にバランス取れたパーティーだと何故わからない!?」

「理解できるか!? あと別の意味でバランス悪そうだぞ!?」


 炎魔将サマ、三人扇を作ってる両サイド二人の身を心配する。いくら引っ張られているからとはいえ、片腕で重装備の自重を支えるのは辛いのだろうか。本職の戦士であればまだ耐えられたかもしれないが、聞くところによると彼らの職業は完全に非戦闘職。重装兵(ヘビーアーマー)Bと重装兵(ヘビーアーマー)Dはプルプル震えている。


「く……! 魔族め……! 俺たちの体力切れを狙う作戦か……!」

「え? 私が悪いのか? ねぇ? というかどう考えても体力については、分不相応な防具のせいだろう? そもそもそのポーズに意味はないと思うのだが?」


 多分歯噛みしているんじゃないかなーと思う重装兵(ヘビーアーマー)Aに、武人気質で生真面目でボケになれていない炎魔将サマ最大のツッコミは、通常の音量でそっと行うしかなかった。

 

「行くぞ! みんな!」


 もうツッコみどころを作らないためか、それとも戦いを前に悠長に語るのが我慢ならなかったのか、重装兵(ヘビーアーマー)Aが剣を抜き、駆け出した。

 その後ろで組体操していた重装兵(ヘビーアーマー)三体が、石床に崩れ落ちたが。


「仲間を(いた)わってやれよ……」


 ポジティブに考えれば、体制を立て直す時間を稼ごうとしている、とも受け取れるが、実際は違うだろう。

 ひとり駆け寄る重装兵(ヘビーアーマー)Aに、炎魔将サマはそっとため息を吐き、(かたわ)らの大剣を床から引き抜き、振りかぶる。


 直後、二振りの刃は真っ向から衝突し、朽ちた古城に激音が響いた。

 生半可な剣ならば、どちらかが折れただろう。しかし刃こぼれすら起こしていない二振りの剣は、わずかな間を挟んで再度ぶつかる。

 その都度二人の鎧から火花が散る。お互い得物だけでは完全には逸らすことができず、鎧に触れているのだ。まともも受けず、鎧の曲線で弾くのもまた、上手い体の使い方であるのだが。

 常人ならば一合だけで吹き飛んでいるだろう。十数合もしたが、二人にとっては小手調べだと、お互い痛撃を与えられないまま同時に距離を開いた。


「フ……やるな、勇者よ」


 炎魔将サマ、(たぎ)る。美貌を歪めて、魔族らしい残虐な笑みを浮かべる。


「フ……やはり騙されてるな」


 しかし重装兵(ヘビーアーマー)Aも、ヘルメットの中で不敵に笑う。


「俺のウソに気づかないとは、魔族も案外大したものではないな」

「なに……?」


 炎魔将サマは柳眉を寄せて怪訝な表情を作る。

 きっとバケツヘルメットの中で得意げな顔を作っているのだろう。重装兵(ヘビーアーマー)Aは半分だけ振り返り、指差した。


「俺は勇者ではない。本物の勇者はアレだ」

「ちょっと待てぇぇぇぇっ!! 一番へばってるヤツじゃないか!」


 まだ組体操から立ち直っていない、仲間の手を借りてようやく立ち上がったばかりの重装兵(ヘビーアーマー)Dを。


「じゃぁお前はなんだというのだ!」

「遊び人だ!」

「ウソつけ! あれだけ剣を振えるヤツが遊び人ってあるか!?」

「勇者は聖剣に選ばれた者だ。しかし俺が使うのはただの鋼の剣だ」


 重装兵(ヘビーアーマー)Aの言葉は、それもそうだと、炎魔将サマは考える。

 彼の持つ剣は数作られたような、造りも質素なものだ。しかし重装兵(ヘビーアーマー)Aは、いまだ抜かれていない剣を携えている。それも(ガード)柄頭(ポンメル)は凝っているものを。

 あれは聖剣なのだろうか。重装兵(ヘビーアーマー)(遊び人?)の言葉は本当なのか。いや組体操でへばる勇者というのもどうなのだろうか。

 遊び人の分際でまともに剣を打ち合えるというのも解せないから、やはり重装兵(ヘビーアーマー)Aは勇者なのだろうか。しかしそう考えても嘘をつく理由が理解できない。


 そんなことを考えている炎魔将サマを放置し、重装兵(ヘビーアーマー)Aはスキップを踏みながら仲間の元に戻る。


「やった、やったwwwww 『防御バフ&入れ替えで混乱デバフ作成』成功wwwwww 魔族はこんらんしているwwwww」

「こーゆーことかwwwww お前が扉を開く前に『しゃべるな』って言ったのwwwww」

「騙されてやんのwwwww」

「wwwww」


 ずっと口を利かなかった仲間たち同士で、歓声を上げて、ハイタッチなどしている。


 ――え? バフってそういうもの? 防御バフって、重い鎧装着しただけだよね?


 言葉は違えどそんなことを考えていた炎魔将サマだが、とりあえずおちょくられたという事実だけは認識した。その現実が浸透すると、彼女の頬に朱が入る。もちろん照れたわけではなく、怒りで。


 炎魔将サマは大剣を振りかぶり、鉄足(サバトン)で強く床を踏みしめ、跳ぶ。


「貴様らぁぁぁぁっ!」


 そして重装兵(ヘビーアーマー)ズのど真ん中に、刃を叩き落とした。勢い余って石材に亀裂が入ったが、勇者パーティは一足早く、台所の油虫を連想する動きで散った。


「続いてバーサーク発動wwwww」

「あれってバフ? デバフ?」

「どっかというとデバフじゃね?」

「wwwww」


 あまつさえ、更に(はや)し立てる。


 ――落ち着け。相手の思う壺にはまるな。

 ――連中がなにを考えているのか知らないが、足元をすくわれるかもしれない。


 炎魔将サマは小娘ではない。そうでなければ魔王から字を与えられる地位に上り詰めることなどありえないのだ。彼女は歴戦の勇士なのだ。

 あと身長的にも胸囲的にも小娘ではない。

 自分に言い聞かせ、頭に上った血を下がらせ、たった一撃分なのに乱れた呼吸を整える。


「あれ? もう終わりwwww」

「つまらんwwwww」

「もっと

「wwwww」


 まだ囃し立てる言葉が続いているが、炎魔将サマは無視をする。

 すると重装兵(ヘビーアーマー)ズの雰囲気が変わった。


「……本気を出さなければいけないらしいな」

「だな」

「もうちょっと有利に事を運びたかったんだが……仕方ない」

「…………」


 ヘルメットの中から漏れでてくる男たちの声が、緊張感を帯びた低いものになった。


 ――やはり策であったか。


 炎魔将サマは納得すると同時に、もう二度と自分のペースを乱されまいと心に重石を置く。戦いで自分を保てなかった時、死は容易に命を刈っていくと、彼女は経験則で理解している。

 

「じゃぁ……作戦その二だ」


 言うなり重装兵(ヘビーアーマー)Bが、背負っていた木箱を下ろした。

 料理人という紹介をされたが、多分今度は本当だろう。少なくとも思わず絶叫する大ハズレではなさそうだ。子供ならば隠れることができそうな大きな箱など、背負って旅をして戦うなど、ちょっと考えにくい。

 それこそ実戦に出てくる錬金術師くらいではないだろうか。さすがに数々の戦場を経験した炎魔将サマでも、そんな輩に会ったことはなかったため、なにをしてくるか読めず、警戒する。


「みんな、気をつけろよ」


 重装兵(ヘビーアーマー)(料理人)は、箱の中から取り出した物を、なかなか正確に放り投げてきた。

 とはいえ、瓶を放り投げただけだ。矢や投げ槍よりも遅いものに炎魔将サマが当たりなどしない。ただ正体はわからないため用心し、一歩横にずれて完全に避ける。

 すると小さな(かめ)は、少し離れた彼女の後方で虚しく割れる。


「臭っ!?」


 途端にとんでもない刺激臭が辺りを立ち込めた。炎魔将サマは鼻をつまんで、匂いから遠ざかる。

 重装兵(ヘビーアーマー)(料理人)は毒づく。


「くそ……! 俺のデバフが! 発酵チーズが……!」


 ――だから、デバフってこういうものか? 確かにあんなものマトモに浴びていたら、攻撃の手は緩むだろうけど。あと料理人なら食材を無駄に使うなよ。


 炎魔将サマが反射的にそんなことを考えてる間も、重装兵(ヘビーアーマー)たちは動く。本気で戦おうとしているのは間違いないだろう。


「踊り子! 頼む! 打ち合わせどおりに!」


 重装兵(ヘビーアーマー)Aが指示を出す。傍から聞いていると『仲間なら名前で呼んでやれよ』と思う指示の出し方だがそれはさておき。


「フンッ!」


 そんなことは些事だと、重装兵(ヘビーアーマー)Cが応じた。重装兵(ヘビーアーマー)ズはほとんど同じ見た目なので見分けがつかないが。

 しかも顔が完全にヘルメットで隠されていたので、野太い返事に中身が男だとようやく知れた。『踊り子なのに男?』という疑問が炎魔将サマの脳裏にかすめたが、珍しいだけでいても不思議はないかとも思う。


 重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)はポーズを取る。

 両腕を上げて曲げて、もう気軽に『力こぶ』などと呼べない上腕二頭筋を、逆三角形の体型や腹筋を見せる、力強さや筋肉の大きさを象徴するポーズ――フロント・ダブル・バイセップスで。


「移動速度バフ! フンッ!」 


 除装(キャストオフ)した。いや具体的になにをどうしたのか不明だが、気合と共に重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)がまとう鎧が内側から弾け飛んだ。

 無骨な金属の中から現れたのは、新たな鎧だった。ただしこちらは、よく陽に焼けてテカテカ光り輝く隆々たる肉鎧(きんにく)だ。それ以外に身につけているものといったら、黒いブーメランパンツひとつ。あとは篭手(ガントレット)鉄靴(サバトン)も吹き飛んでいる。仮に炎魔将サマに勝ったとしても、いったい帰りはどうするつもりなのか。荒地を素足で歩いて帰るつもりなのか。見知らぬ人々にその隆々たる肉体を見せつけるのか。それは誰も知らない。きっと元重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)本人も知らない。


 とまれ、炎魔将サマでなくとも、誰もがツッコみたくなるだろう。


「どこが踊り子だぁぁぁぁっ!?」


 (チェスト)だけでなく、腕・脚の太さなど、体の厚みを強調したサイドチェスト・ポージングは、傭兵・騎士などの前衛戦闘職でもなかなか見ることができない、見事な肉体だ。


「なに!? 知らないのか!? 踊るマッチョは王都で絶賛好評中だぞ!?」


 元重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)がポーズを、両腕を肩上で曲げて上腕二頭筋を強調するダブルバイセップスに変える。言葉と共に大胸筋をヒクヒクさせるところがニクい。いやイラッとさせる。さわやかなのか暑苦しいのか判断に苦しむ笑顔がまた助長している。


「な――!?」


 と、その笑顔が、ブレた。炎魔将サマにはそう見えた。

 元重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)が突進してくる速度は、尋常ではなかった。筋肉は伊達(だて)ではなかった。というか本職(おどり)にどう使っているかのほうが疑問だが。


「軽い! 体が軽いぞぉ! HAHAHA!」


 鎧を弾き飛ばして身軽になることも、確かに速度バフと呼べるのかもしれない。だったら防御バフ=重装備化なんて最初からするなよ、と誰もが思うであろうがそれはさておき。


 すさまじい速度で、あっという間に間合いをつめた元重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)は、炎魔将サマの傍らを駆け抜けた。

 それだけ。

 なにか一撃入れたということもない。彼女の体も、鎧も、服も、姿勢も、立ち位置も、なにも変化していない。


 ただ、彼女が握っていた大剣が、元重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)の手に渡っていた。


「これぞ攻撃力デバフ! フンッ!」

強奪(これ)を『デバフ』なんて呼ぶなぁぁぁぁっ! お前、踊り子じゃなくて盗賊だろ!?」


 確かに物理攻撃力は激減したことに違いないが、少し離れた場所で振り返る元重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)当人に、嫌味なほどに白い歯を覗かせるドヤ顔で言われたら、イラつくだろう。


「φλογα!」


 事実、憤怒に燃える炎魔将サマは、『力ある言葉』を唱え、両手に灼熱の炎を宿した。

 更に腕を振るうと、炎の尾が伸びて床を焼く。いや触れただけなのに、石が溶解した。


「貴様ら……! ふざけるのも大概にしろ……!」


 剣がなくとも問題ない。むしろ人が生身で触れれば骨まで焼く熱で戦うのであれば、総合的な戦闘能力は上がったと見なすべき。

 これこそが彼女たちが『魔族』と呼ばれる証。神々を崇める人間には持ち得ない、悪魔と契約して得た力。


「来るぞ!」


 重装兵(へビーアーマー)Aの号令と共に、三人の鎧と一人のマッチョは動く。

 直後、炎魔将サマが振るった腕の延長が、炎の剣となって腰の高さほどをなぎ払う。

 四人は、飛び退いて、床を転がり、灼熱に触れられるのをかわし、次なる事態へと備える。

 しかし、一人の鎧が体勢を崩したままだった。


「勇者! 魅了バフ!」


 素早く回転して体勢を立て直した重装兵(へビーアーマー)Aが叫ぶ。

 炎魔将サマが右腕を大きく振り下ろし、たなびく炎の剣を彼 (?)の頭上から叩きつけようとした。彼女の記憶では、重装兵(へビーアーマー)D、遊び人 (仮)が勇者だと言っていた者だ。


「!?」


 灼熱が叩きつけられることはなかった。炎魔将サマが固まってしまったから。

 重装兵(へビーアーマー)Dが、その顔を覆っていたバケツヘルメットを素早く脱いだから。


 歳はまだ一〇をいくらも超えていないだろう。下手するとその境も越えていない、柔らかそうな栗色のくせっ毛の少年が出てきた。どうやって大人でも難儀する板金鎧を着込んでいるのか、疑問に思うほどの幼さだ。


「…………」

「う……」


 暗く寒い裏路地で、雨に濡れて切なげに鳴く子犬のような瞳を向けられて、さすがの炎魔将サマも怯んで手を止めてしまった。いたいけな小動物系美少年のウルウルお目めは、魔族とはいえ女性ならば有効だったらしい。


「料理人! いまだ!」

「応!」


 元重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)の短い指示に、重装兵(ヘビーアーマー)の一人が応じる。木箱を背負っているため見分けはつきやすい。あれは重装兵(ヘビーアーマー)(料理人)だ。

 彼は肘を突き出すように両手を頭の後ろで組み、腹筋と大腿四頭筋を強調するポーズ――アブドミナル・アンド・サイを形作り。


「速度バフ! フン!」

「お前もかぁぁぁぁっ!?」


 炎魔将サマが思わず叫ぶのに構わず、またもや重い鎧を原理不明に吹き飛ばして除装(キャストオフ)した。背負った木箱だけはなぜか吹き飛ばないが。

 赤いブーメランパンツだけでなく、スカーフ(ネッカチーフ)が肌を隠しているが、それだけ。当然のように現れた、テカテカ黒光りする隆々たる筋肉を、嫌味なほど白い歯と共に見せてつけてくる。

 きっと誰が見ても思うだろう。


 ――お前は絶対に料理人ではない。ネッカチーフだけ付けて名乗ろうなんぞおこがましい。


 例外なくそんなことを炎魔将サマが考えているのも構わず、元重装兵(ヘビーアーマー)(料理人)の脱衣だけでは、事態の転換は終わらない。


「勇者!」

「なにぃぃぃぃっ!? まさか――!?」


 重装兵(へビーアーマー)Aは正統派ショタ系美少年重装兵(ヘビーアーマー)(勇者?)にまで叫んだ。炎魔将サマも叫んだ。叫んでしまった。

 彼は体は横を向かせ、背面で腕を組んで、上腕三頭筋の大きさとキレを強調させるサイド・トライセップスを形作り。


「フン!」


 またもや重い鎧を原理不明に吹き飛ばして除装(キャストオフ)した。もちろん身につけているのはブーメランパンツのみ。組体操でヘバっていたが絶対に演技であったと理解させる、見事な肉体が(あらわ)になった。


「キモ!? 気色悪っ!?」


 首から上は正統派ショタ系美少年の童顔、胴体ははち切れんばかりに発達したマッチョというアンバランスさは、魔族と言えど人間の範疇に入れたくない、想像を絶する異形らしい。なまじ顔が整っているからこそコワい。


「行くぞ! 勇者! 料理人!」

「応!」

 

 炎魔将サマの嫌悪感など知ったことではないと、筋肉を躍動させてマッチョ三人が動く。当然ながらその動きは、全身鎧を身に着けていた時とは比較にならない軽快さを持つ。ちなみに、なにがなんだかわからなくなってきていると思うので、もう一度状況説明をすると、鎧を脱いで全裸一歩手前マッシヴパンツ一丁姿になっているのは、元重装兵(ヘビーアーマー)B-料理人・元重装兵(ヘビーアーマー)C-踊り子・元重装兵(ヘビーアーマー)D-遊び人は詐称紹介実は勇者となっている。

 三人のマッチョたちは両手の指を鉤にして、炎魔将サマを取り囲む。


「「防御デバフ!」」

「なぁっ!?」


 そして彼女が身に着ける鎧の部品に手をかけると、全身の筋肉をより一層膨らませて、稼動部を接続する鋲や皮紐を引き千切った。胴鎧(キュイラス)とが、左の肩当(スポウダー)上腕鎧リアブレイスが、腰垂(タセット)と右の腿筒(キュイス)膝当(ポレイン)が、吹き飛ばされたような勢いで引き剥がされた。

 なんという力技。格好からして力技以外に考えることができないので、ある意味では想像どおりとも言えるが、そんなことはあるはずはないと炎魔将サマは驚愕した。鎧板は瘴気にどっぷりと触れた鉄を匠が槌打った魔鍛鉄、内張りや紐に使われているのは幼いとはいえ火竜の皮。魔族であっても力技だけで引き千切れる者など、片手で数えられるほどだろう。

 それを、魔術を知らない下等な人間たちが。ふざけた原始的な、しかも非現実的な方法だが、防御力は相当に削られたことは純然たる事実だ。


 しかもそれに留まらない。鎧下(ギャンベゾン)とするには豪華な、ドレスめいた豪奢な皮服の胸元を太い腕が掴み、勢いをつけて引き下げた。


「きゃぁ!?」


 炎魔将サマは凛々しい外見からは想像しにくい悲鳴を上げて、反射的に腕で隠す。


「ふ、ふふふ…………」


 マッチョたちが投げ捨てた鎧の部品は、むなしく石床の上を跳ねて転がる。その音をBGMに、唯一除装(キャストオフ)していない重装兵(ヘビーアーマー)Aが、バケツヘルメットのせいで低くくぐもった暗く(わら)い声を発する。


「貴様ら……!? まさか……!?」


 炎魔将サマは思い知った。この四人をただの人間と思ってはならない。

 同時に女性ならではの危機感を抱き、あまつさえ、その場にへたりこんでしまった。

 百数十年前、まだ大して力を持たない小娘だった頃、屈強な魔族の男たちから向けられていた目を想起した。弱肉強食が絶対たる掟である魔族の中にあって、弱者の側でありしかも美しかった彼女は、よくそういう目で見られていた。


 R-18展開なのか。もちろん暴力方面ではなくてエロ方面での。


「やはりな……」

「なんと……」

「思ったとおりだ」


 しかし恐怖に固まる炎魔将サマを見下ろし、元重装兵(ヘビーアーマー)はなにやら納得の気配を見せる。

 唯一なにも言わなかった元重装兵(ヘビーアーマー)B・料理人は、背負っていた木箱をそっと下ろす。

 そして蓋を明けてなにやら水筒を取り出すと。


「ふんっ!」

「もがっ!?」


 飲み口を炎魔将サマの口に突っ込んだ。両腕で胸元を押さえていたので、防ぐことができなかった。

 咥内に流し込まれる液体は、粉っぽかった。非常に飲みにくく、進んで摂取したい味ではないが、強制的に流し込まれる以上は嚥下しないと窒息する。


「よーしよし」


 涙目になりながら炎魔将サマが飲み干すと、元重装兵(ヘビーアーマー)B・料理人は満足そうに笑みを浮かべる。他の元重装兵(ヘビーアーマー)たちも同様に。いまだ除装(キャストオフ)していない重装兵(ヘビーアーマー)Aも心なしか満足そうな気配を発している気がしなくもない。


「げほっ……! なにを飲ませた……! 毒か……!」

「失礼な! ホエイプロテインだ!」


 チーズを作る際に出る副産物の乳清(ホエイ)から分離させたタンパク質は、プレーン味しかないらしい。牛乳やジュースに溶いてくれる優しさもなかった。いや余計な栄養素やカロリーがないから水で飲むのが正道かもしれないが、味覚と喉越しへの配慮はない。洗い流すための水もくれない。


「貴様ら……なにがしたいのだ? 私の首が目当てではないのか?」


 炎魔将サマは粉っぽさでガラガラな不機嫌声で、不気味さを隠しながら問う。

 彼ら四人は戦いを挑みに来た。これは否定のしようがない事実だ。

 しかしその割に、直接害しようとしない。剣を合わせたが互いの身に刃は触れていない。武器は奪われ鎧が破壊されたが、そこまでで止まっている。

 魔法で四人とも焼けるかどうか、わからない。彼ら四人が実力者であるのは確かだ。『力ある言葉』を紡ぐ前に阻止される可能性が高い。

 この場を切り抜くための隙を(うかが)う意味でも、また純然たる疑問でもあるため、知っておかねばらない。


「そういえば、俺たちがここに来た理由を説明していなかったな」


 重装兵(ヘビーアーマー)Aが答え、取り囲むマッチョたちはリラックスポーズを取る。いや『リラックス』と呼んでもポージングとしては全身に力が入っているので、全然リラックスしていないのだがそれはさておき。


「我ら、パーティ『マッチョバー・マッスルパラダイス従業員一同』は許せなかった!」

「もっと他になかったのか……?」


 炎魔将サマはパーティー名だけでなく、きっと店の名前とコンセプトにもクレームを付けたが、無視される。いや耳に届いているかも怪しい。


「魔術などという卑怯を使うお前たち魔族を!」

「いや……卑怯とか言われても困るんだが。生まれつき持っているのだし」


 果たして金持ちが金を使うのは卑怯なのか? それをYESと言ってしまうと、貧乏人の(ひが)みとしか思えない。

 空を自由に飛ぶ鳥は卑怯なのか? それをYESと言ってしまうと、阿呆(あほう)の子扱いされてしまうように思う。「アホの子」ではないところがポイントとなる。

 自分には持ち得ない力に嫉妬するのは、そっと心の中で罵倒するのに留めるのが、きっと正しい精神衛生保持法のではなかろうか。口に出してしまうと色々と悪いものが付随してしまう。人間はオカンのように「余所(よそ)は余所、ウチはウチ」で生きていかなければ仕方ないのだ。そのオカンもよく自分の発言を平然と棚に上げて「隣の○○さん、来週は家族サービスで遊園地に行くんだって」などと余所の家庭事情を自分の家庭にも持ち込むものだが気にしてはならない。


「だから我らはここに来た! この目でお前を確かめるために!」

「私の、なにを……?」

「なんだその細い体はああああぁぁぁぁっ!」


 重装兵(ヘビーアーマー)Aが()え、指差す。

 その先をたどるまでもないのだが、炎魔将サマは視線を動かし、自らの体を見た

 まずは腕。鎧下(ギャベゾン)に覆われているが、その太さはわかる。自らは動かず下々の者を動かすのが当たり前の、貴族として生まれた娘などとは比べてはならないだろう。しかし力仕事を厭わない市井の女に比べたら、比べるまでもなく細い。彼女は魔族であり、人間と比べての話だが、少なくとも見た目には。

 次に腹。少し胸部分で押さえる力を緩ませると、破れた鎧下(ギャンベゾン)の隙間から、なだらかな腹が見える。腹筋が六分割されているということもない。もちろん幼女のようにイカ腹ということもない。スッキリとし、脇腹から腰にかけての線は、緩やかなくびれを作っている。


 炎魔将サマにとってはなんら語ることのない、見慣れた自分の体だ。


「なぜそんな貧相な体で、こんなデカい剣を使う!」


 重装兵(ヘビーアーマー)Aが奇形の大剣が見せつける。元重装兵(ヘビーアーマー)(踊り子)に奪われた、彼女の得物だ。


「重ねて言うが、そう言われても……」


 魔力を持つ(ゆえ)に、人間の物差しでは計れない。それが魔族という存在なのだが。


「相応しい筋肉を身につけろ!」 


 重装兵(ヘビーアーマー)Aは構わず、バケツヘルメットの中で叫ぶ。


「故に! 我ら『マッチョバー・マッスルパラダイス従業員一同』は!」


 元重装兵ヘビーアーマーB(料理人)がスカーフ(ネッカチーフ)を揺らして叫ぶ。


「ここに来た! お前を鍛えるために!」


 元重装兵ヘビーアーマーC(踊り子)が豊満な(?)肉体を揺らして叫ぶ。

 

「ウホッ!」

「お前、まともにしゃべれないのか……」


 それまでほとんどしゃべっていなかった元重装兵ヘビーアーマーD(勇者?)も猛る。まともな言葉は全くしゃべっていなかったというのに。顔だけは正統派ショタ系美少年だというのに。

 炎魔将サマはそれに冷静にツッコんでいる場合ではなかった。


「行くぞ!」

「「応!」」

「ウホ!」

「なぁ!?」


 四人は炎魔将サマを、有無を言わさず持ち上げる。腕で胸を隠している状態なので、成すすべなく持ち上げられてしまう。


「ちょっと待て!? どこへ連れて行く気だ!?」

「HAHAHA! 決まっているだろう! 我らがマッスルパラダイスで鍛えてもらう!」


 そして彼らの姿は、古城から消えていった。



 ○ ○ ○ ○ ○ ○



 結論。

 魔力がなくとも筋肉があれば、バフはなんとかなる……かもしれない。

 デバフは犯罪行為としか思えない。


 あと重装兵(へビーアーマー)Aもマッチョなのかは結局不明。

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― 新着の感想 ―
[一言] 筋弛緩剤(STR)とかアッパー系の麻薬(INT)とかデバフっぽくないですか?状態異常かもしれませんが程度の差によってステ系と区別されるのかも。
[良い点] 色々な作品のバフ・デバフを参考にしようと巡っていたら、この作品に辿り着きました。ええ、参考になりましたとも。ビルドアップなんてバフもゲームにはありましたし…… [一言] デバフに関しては、…
[良い点] バフ(物理)デバフ(物理)の発想が大変面白かったです。 勝ちぁいんだよ勝ちぁ! [気になる点] せくすぃーな炎魔将様は色気のカケラもないムキムキ筋肉女に改造されてしまったのだろうか…
感想一覧
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