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村の中央部に着いた俺はさっそく盗賊の首領と思しき人物を発見した。
壁一枚を挟み、すぐさま盗聴を開始する。しかし、イヤホンを通して聞こえてくるのは人質の声だった。どうやら首領の延長線上に捉えられているようだ。
『何やら騒がしいな。……さっきの音、お前さん見当つくか?』
『ああ。希望の狼煙だ。夢幻が来てくれた』
ゼファーとスリアンだ。
おそらくゼファーは男の中で唯一の生き残りだろう。男は皆、道中で串刺しになっていた。医者が貴重だと耳にしていたが、盗賊の間でも重宝されるとは思いも寄らなかった。
スリアンが生かされてる理由は考えるまでもない。兵士としては優秀な人材だが、扱うのは至難の業だ。彼女の正確からして盗賊の仲間に加わるということは万に一つもない。つまり慰み物として生かされていると推測できる。その証拠に、ここから目視できる捕虜は女しかいない。
『あの小僧が……正体の掴ない男だったが、お前さんが雇ったのか?』
『いや今日会ったばかりだよ。初めて見たときは悪魔かと思ったけど、彼の心はそうでもなかった。だけど武器は悪魔じみてる。きっと助かるよ、先生』
『うむ、死ぬ前にお前さんの胸でも揉んどこうかと思ったが――あ、やっぱいま揉んでもいいか?』
『いま死んでおきますか先生?』
俺が聞きたいのはこいつらの会話じゃない。場所を移し、次は首領とその取り巻きたちの会話を傍受する。
『クソ、偵察に行ったヤツらはどうした!! なんで戻ってこねェんだ!!』
物が破損する騒音。叩きつけるような震動音。首領はご機嫌斜めのご様子だ。
そこへ取り巻きの一人が割り込んできた。
『やっぱりマグナの頼みなんて引き受けるべきじゃなかった……俺たち嵌められたんですよ!』
すると、首領の怒鳴りが俺の鼓膜を揺さぶった。
『うるせえッ!! 何もねえ村を襲うだけの簡単な仕事だろうが! これが終わりゃ後金と捕まえた女で豪遊できんだぞ!? おとぎ話を信じてる馬鹿な王族共からたんまりな!』
話しを聞く限り、盗賊たちは誰かの依頼で村を襲撃したらしい。王族という言葉からして政治絡みの陰謀を感じる。
俺は盗聴を止め、屋内に入る経路を模索した。これ以上聞いていてもワケの分からない単語が飛び交って思考が混濁してしまう。
「チッ……面倒な配置だな」
手始めに近場の屋根へ登り、邪魔な監視役を殺す。狙撃手と呼べるかは怪しいが危険の種は摘んでおこう。
計四人。弓兵及びボーガン持ちの盗賊を気取られることなく始末できた。昼間は丸見えだったが、夜であれば暗殺用のコートが迷彩の役割を発揮する。
見張り同士が互いの視界を補っていたので思っていたよりも苦戦を強いられた。しかし近代兵器を持ってすれば、音もなく迅速に片がつく。死体が屋根から転げ落ちたりもしたが、おかげで絶好の狩り場に敵を誘い込んでくれたので結果オーライだった。なので地上の敵も何人かは始末している。
さすがの首領も異変に気づいて外へ出てきた。最後の部下二人を引き連れ、おどおどと辺りを見回している。カンテラの灯りにたむろする有様は、さながら火に集まる羽虫のようだ。
「――フン」
もはや隠れる必要はない。俺は堂々と山猿の大将に姿を見せる。
「お、お前か、俺の仲間をやったのは!?」
鬼のような形相で出てきた割にはやけに弱々しい声だった。おおかたビビって家に立て籠もってたのだろう。
「あとは、お前だけだ」
「なんだと……っ!?」
暗喩ではない。事実、傍らの部下たちは先に逝っている。
「来るの遅くない?」
「っ!?」
後方から減らず口をたたく女に、首領の表情が強張る。
スリアンは俺が現れる前から部下二人の背後に立ち、見事に両者の息の根を止めている。短剣の扱いは俺より長けているかもしれない。
「お望み通り、見せにきてやったぞ」
俺は首領に銃口を向けながら、面倒を省いてくれた礼に以前言っていたスリアンの小言を聞き入れる。
「それ何て言う武器なの?」
「S&W MK22 Mod0――別名ハッシュパピー」
首領は完全に置いてきぼりだった。俺とスリアンの会話を黙って聞いている事しかできない。
「あ……あぁ……」
いないもの同然として扱われるのは辛いだろう。だから、早くこの世から消してやる。
俺は人類の進歩をスリアンにとくと披露した。人差し指を動かすだけで人体を貫く事ができる鉄塊――それは首領の心臓を穿ち、彼女の好奇心を擽る。
無音、即死、俺が手に握っているハッシュパピーはスリアンに甘美な匂いを放っている。こちら側で殺しを生業とする者ならば誰でも憧れてしまう一品だろう。実際、懐にしまう間際まで彼女はじっくりと銃を目で追っていた。
「ちょっと! 私にも使わせて」
無償で銃を見せるわけなどない。俺は物足りないスリアンにつけ込んで、ある条件を提示する。
「そうだな……俺の里帰りに協力するなら、考えてやってもいい」
「里帰り? どこへ?」
失敗した――言ったところで信じるわけもない。俺は咳き込んで会話の端を折った。
「いや、要するに俺が安心して暮らせる場所が欲しいんだ。例えば、お前のところの国とかな」
元の世界へ戻るためには、とりあえずこちらの世界でもある程度の社会的地位を得る必要がある。
「歓迎するよ! 王が今日の事を聞いたら富と名声を惜しみなく出してくれるだろうし、何より私が嬉しい」
「世辞はいらん。それで、出立は――ッ!?」
刹那、俺の身体は自由を失い、倒れる。
脳が溶けるような発熱と唐突に荒れる息遣いが、不安を募らせていく。
「夢幻……!? ねえ、どうしたの!?」
分からない。声を出すのも困難で、次元倉庫から薬品を取り出そうにも側にスリアンがいるので開くに開けない。第一いまの状態で次元倉庫を制御できるかすら怪しい。
「ぐ……っ」
スリアンが俺のフードを払い、額に手を当てる。文句の一つも言えない俺は、薄れる意識を維持するので精一杯だった。しかし、それも長くは持たない。
――待ってて! ゼファー先生を連れてくるから――
聴覚が……五感が、狂う。
スリアンが俺の前からいなくなると、何も見えず、聞こえず、感じなくなった。
一端ここで終わらせて頂きます。
読んでくださった方は申し訳ございません。