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次元漂流の暗殺者  作者: CHINTA
一章
6/8

1-4(2/2)

 馬に乗って疾走する盗賊が、三人。案の定、爆竹の音を聞きつけたか。剣を構えて俺たちを睨んでいる。

 姿を見られた以上、騙し討ちの戦法はここで打ち止めだ。俺は背中のカラシニコフを手元に持っていき、標準を合わせる。

 そして、ロシアの咆哮が未開の地を制す。


「きゃあああっ!」


 射撃の時、ミリアは仰天して俺のコートを鷲づかみにして顔を押しつけてくる。

 弾倉に弾を残したまま、俺は発砲を止める。

 盗賊は三人とも落馬した。二人は確実に仕留めたが、残る一人は馬を撃って転ばせただけだ。しかし、もう二度と立ち上がることはない。


「おい、やめてくれ……頼む」


 ああ、つい最近にも聞いた台詞だ。

 やはり俺は間違っていなかった。俺の生き方はどこにいても通用する。時代遅れの異世界だろうが、俺の存在が正当であると証明される。


「奪う奴は命乞いなんてしねえ。まあ、所詮お前はそこまでの奴だったってことだ」


 哀れな同類に銃口を向けると、「ひいぃっ」と情けない声が俺の耳を腐らせる。早いところ発声の元を絶ち、静寂に戻そう。


「ま、まってください!」


「……」


 馬鹿だと思っていたが、こいつはもう手の施しようがない。銃口の前に飛び込んでくるとは常軌を逸している。カラシニコフの恐怖はよくよく見届けたはずだが。


「親を殺されて、貞操まで失いかけて、それでもそいつを庇うのか?」


「だからこそ――」


 ミリアの声調は、自身の憤慨を助長するようだった。

 俺はとんだ誤解をしていた。彼女は慈悲に満ちた聖女ではない。そうであるなら、誰かを陥れるような真似などしないはずだ。


「だからこそ、この人には償ってもらいたいんです」


 ミリアが囮役を引き受けたのは俺に脅されたわけでも、自分が助かりたいわけでもなかった。彼女は純粋に、殺された親への手向けを探していただけだ。

 ――気に入った。

 得意分野ではないが、拷問器具は揃っている。ご要望とあれば悶絶必至の一品を提供させて頂こう。復讐もまた人の心理であり、秩序だ。

「なら、手を貸してやる」

 爪を一枚ずつ剥ぐか――

 バーナーで皮膚を焼き尽くすか――

 無難に剣を使って身体の部位を削るか――

 仕事の都合上、数多くの肉体を傷つけてきた。恐喝だけでは効果がない。そのようなときは、『身体に聞く』のが打って付けだ。思いがけない情報まで手に入ることもしばしばある。

 狡いやり方だが、ミリアに肖り、男を痛めつけながらこの世界の情報を得るとしよう。


「武器はいるか? なんならこいつでも――」


「必要ありません」


 せっかく俺の気まぐれでカラシニコフを貸してやろうというのに、ミリアは頑なに拒絶する。――どうも雲行きが怪しい。

 ミリアはしゃがんで、死に損ないと目を合わせる。


「もう二度とこの村にはこないでください。もし私の目の前に現れたら……」


 恫喝にしては覇気がない。しかしその男に対しては充分すぎるほど、畏れを抱かせている。


「わわ、分かった……アンタの前から消える! だから殺さないでくれ!」


「行ってください。その命が尽きるまで歩き続けて」


 男は足を引きずりながら、哀れに、森の中へと逃げていった。


「……」


 俺は、どうにも度し難い。

 あいつを生かしておく必要性がどこにあるのか。恨みを晴らすわけでもなく、ただ野に放つのは何か意味があるのだろうか。

 両親の死を招いた者に、なぜ復讐しない?


「ありがとうございます」


 そして、なぜこの女も、俺に礼を言う?


「――何故だ」


「え?」


「何故あいつを逃がした?」


 情けをかけても得られる物は何もない。むしろ奴が仲間のところへ戻れば自らの首を絞めることになる。殺すのが最も合理的な選択だったはずだ。


「償ってもらうためですよ。あの人が奪った命の分は、あの人が生きることでしか救えないから」


 俺の問いに、ミリアは孤高に語る。スリアンと似て自分の行いに懐疑の念を感じさせない。


「あいつが生きてたって何も変わらん。またどこかで、奪い、殺す……」


「いえ、もうそんなことはしませんよ」


「何故そう言い切れる?」


 ミリアは立ち上がると、自慢気に俺のほうへ寄ってきた。


「あなたがあの人を変えたからです」


「……どういう、意味だ?」


 前屈みになって俺を見上げるミリアに、もはや悲しみはない。それも含め俺は彼女の思考と言動に惑わされる。


「あなたは彼に恐怖を与えてくれました。私も……怖かった」


 確かに、よく見るとミリアは小刻みに足を振るわせていた。


「けど、あなたの恐怖は人を救いました。私だけでなく、さっきの彼も」


「救っただと? 勘違いも甚だしいな。お前が生きているのは俺の目的を円滑化するためだ。奴に関しちゃ、お前がいなければとっくに殺してる!」


 ――何を熱くなってる。こんな小娘ごときに。


「でも私たちは生きてます」


「結果論だ! 何ならいまここで殺してやろうか?」


 俺は衝動を抑えきれなかった。殺したところで何の特にもならない少女に銃を突き立てて、俺はいったいなにがしたいのか。奪える物などない。まったくの無意味だ。

 殺したいから殺す? 『殺したい』なんて欲求は俺にはない。殺戮とは生存本能であり、決して個の意志ではない。――それなら、俺がミリアに銃を向ける理由は何だ?


「じゃああなたはなんでここにいるんですか!?」


 心に訴えかけるようなミリアの問いは、更に俺を混乱させる。どんな答えを出そうと覆されるようで、喉が詰まりそうになる。


「奪うためだ。この村を、盗賊共から……」


「それは、私たちを救うことでは?」


「自惚れるな!! お前らに自由はない。盗賊共から俺に代わるだけだ。お前の所持品も、命も、この村の全てを俺の物にするために、俺はここにいる!」


 ミリアは、くすっと小馬鹿にしたように俺を嗤う。銃の拘束力は意味を成さず、後ろで手を組みながら、彼女は家に帰っていく。


「はい、それじゃあお願いします。着替えてくるので、それまでに村を救っておいてください、救世主様」


 盗賊がいまだ蔓延る領域で、彼女は明るく手を振るう。まるで村の脅威がすでに去っているかのような、目まぐるしい風景だった。一人は嫌だとあれほど駄々をこねていた少女が、一夜にして躾を施された大人になっている。


「……っ」


 精神的な刺激が強すぎた所為か、少しだけ蹌踉よろめいた。

 この世界で出会う者には、俺の考え方が通用しない。というよりも、解釈の仕方が違う。

彼女らは人間の本能が、救いの手だと宣う。ある意味では俺の生き方が認められている。だがそれは、俺の望む形ではない。


「救世主? 俺が?」


 本当に、笑えてくる。人が人を救うことなど出来はしないというのに。


「奪った後で後悔するなよ」


 そうだ、考えるな。

 奪え。

 殺せ。

 何が正しいかじゃない。何が正しいと思うかだ。俺は俺の信じる人間の本能に従っていればいい。


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