1-4(2/2)
馬に乗って疾走する盗賊が、三人。案の定、爆竹の音を聞きつけたか。剣を構えて俺たちを睨んでいる。
姿を見られた以上、騙し討ちの戦法はここで打ち止めだ。俺は背中のカラシニコフを手元に持っていき、標準を合わせる。
そして、ロシアの咆哮が未開の地を制す。
「きゃあああっ!」
射撃の時、ミリアは仰天して俺のコートを鷲づかみにして顔を押しつけてくる。
弾倉に弾を残したまま、俺は発砲を止める。
盗賊は三人とも落馬した。二人は確実に仕留めたが、残る一人は馬を撃って転ばせただけだ。しかし、もう二度と立ち上がることはない。
「おい、やめてくれ……頼む」
ああ、つい最近にも聞いた台詞だ。
やはり俺は間違っていなかった。俺の生き方はどこにいても通用する。時代遅れの異世界だろうが、俺の存在が正当であると証明される。
「奪う奴は命乞いなんてしねえ。まあ、所詮お前はそこまでの奴だったってことだ」
哀れな同類に銃口を向けると、「ひいぃっ」と情けない声が俺の耳を腐らせる。早いところ発声の元を絶ち、静寂に戻そう。
「ま、まってください!」
「……」
馬鹿だと思っていたが、こいつはもう手の施しようがない。銃口の前に飛び込んでくるとは常軌を逸している。カラシニコフの恐怖はよくよく見届けたはずだが。
「親を殺されて、貞操まで失いかけて、それでもそいつを庇うのか?」
「だからこそ――」
ミリアの声調は、自身の憤慨を助長するようだった。
俺はとんだ誤解をしていた。彼女は慈悲に満ちた聖女ではない。そうであるなら、誰かを陥れるような真似などしないはずだ。
「だからこそ、この人には償ってもらいたいんです」
ミリアが囮役を引き受けたのは俺に脅されたわけでも、自分が助かりたいわけでもなかった。彼女は純粋に、殺された親への手向けを探していただけだ。
――気に入った。
得意分野ではないが、拷問器具は揃っている。ご要望とあれば悶絶必至の一品を提供させて頂こう。復讐もまた人の心理であり、秩序だ。
「なら、手を貸してやる」
爪を一枚ずつ剥ぐか――
バーナーで皮膚を焼き尽くすか――
無難に剣を使って身体の部位を削るか――
仕事の都合上、数多くの肉体を傷つけてきた。恐喝だけでは効果がない。そのようなときは、『身体に聞く』のが打って付けだ。思いがけない情報まで手に入ることもしばしばある。
狡いやり方だが、ミリアに肖り、男を痛めつけながらこの世界の情報を得るとしよう。
「武器はいるか? なんならこいつでも――」
「必要ありません」
せっかく俺の気まぐれでカラシニコフを貸してやろうというのに、ミリアは頑なに拒絶する。――どうも雲行きが怪しい。
ミリアはしゃがんで、死に損ないと目を合わせる。
「もう二度とこの村にはこないでください。もし私の目の前に現れたら……」
恫喝にしては覇気がない。しかしその男に対しては充分すぎるほど、畏れを抱かせている。
「わわ、分かった……アンタの前から消える! だから殺さないでくれ!」
「行ってください。その命が尽きるまで歩き続けて」
男は足を引きずりながら、哀れに、森の中へと逃げていった。
「……」
俺は、どうにも度し難い。
あいつを生かしておく必要性がどこにあるのか。恨みを晴らすわけでもなく、ただ野に放つのは何か意味があるのだろうか。
両親の死を招いた者に、なぜ復讐しない?
「ありがとうございます」
そして、なぜこの女も、俺に礼を言う?
「――何故だ」
「え?」
「何故あいつを逃がした?」
情けをかけても得られる物は何もない。むしろ奴が仲間のところへ戻れば自らの首を絞めることになる。殺すのが最も合理的な選択だったはずだ。
「償ってもらうためですよ。あの人が奪った命の分は、あの人が生きることでしか救えないから」
俺の問いに、ミリアは孤高に語る。スリアンと似て自分の行いに懐疑の念を感じさせない。
「あいつが生きてたって何も変わらん。またどこかで、奪い、殺す……」
「いえ、もうそんなことはしませんよ」
「何故そう言い切れる?」
ミリアは立ち上がると、自慢気に俺のほうへ寄ってきた。
「あなたがあの人を変えたからです」
「……どういう、意味だ?」
前屈みになって俺を見上げるミリアに、もはや悲しみはない。それも含め俺は彼女の思考と言動に惑わされる。
「あなたは彼に恐怖を与えてくれました。私も……怖かった」
確かに、よく見るとミリアは小刻みに足を振るわせていた。
「けど、あなたの恐怖は人を救いました。私だけでなく、さっきの彼も」
「救っただと? 勘違いも甚だしいな。お前が生きているのは俺の目的を円滑化するためだ。奴に関しちゃ、お前がいなければとっくに殺してる!」
――何を熱くなってる。こんな小娘ごときに。
「でも私たちは生きてます」
「結果論だ! 何ならいまここで殺してやろうか?」
俺は衝動を抑えきれなかった。殺したところで何の特にもならない少女に銃を突き立てて、俺はいったいなにがしたいのか。奪える物などない。まったくの無意味だ。
殺したいから殺す? 『殺したい』なんて欲求は俺にはない。殺戮とは生存本能であり、決して個の意志ではない。――それなら、俺がミリアに銃を向ける理由は何だ?
「じゃああなたはなんでここにいるんですか!?」
心に訴えかけるようなミリアの問いは、更に俺を混乱させる。どんな答えを出そうと覆されるようで、喉が詰まりそうになる。
「奪うためだ。この村を、盗賊共から……」
「それは、私たちを救うことでは?」
「自惚れるな!! お前らに自由はない。盗賊共から俺に代わるだけだ。お前の所持品も、命も、この村の全てを俺の物にするために、俺はここにいる!」
ミリアは、くすっと小馬鹿にしたように俺を嗤う。銃の拘束力は意味を成さず、後ろで手を組みながら、彼女は家に帰っていく。
「はい、それじゃあお願いします。着替えてくるので、それまでに村を救っておいてください、救世主様」
盗賊がいまだ蔓延る領域で、彼女は明るく手を振るう。まるで村の脅威がすでに去っているかのような、目まぐるしい風景だった。一人は嫌だとあれほど駄々をこねていた少女が、一夜にして躾を施された大人になっている。
「……っ」
精神的な刺激が強すぎた所為か、少しだけ蹌踉めいた。
この世界で出会う者には、俺の考え方が通用しない。というよりも、解釈の仕方が違う。
彼女らは人間の本能が、救いの手だと宣う。ある意味では俺の生き方が認められている。だがそれは、俺の望む形ではない。
「救世主? 俺が?」
本当に、笑えてくる。人が人を救うことなど出来はしないというのに。
「奪った後で後悔するなよ」
そうだ、考えるな。
奪え。
殺せ。
何が正しいかじゃない。何が正しいと思うかだ。俺は俺の信じる人間の本能に従っていればいい。