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次元漂流の暗殺者  作者: CHINTA
一章
4/8

1-3

 準備は整った。いよいよ自己隔離のリベンジだ。

 性格に似合わずゼファーはいい仕事をしてくれた。治療後の具合は良好で、感染症の兆しもまだ見当たらない。

 あとは、この女をどうするかだ。


「ねえってば、さっきの『バン!』ってするやつ見せてよ。あんなすごい武器見たことない」


 夕刻、みすぼらしい田舎の道中でスリアンは俺の腕にひっついてくる。興味津々なのは分かるが傷口に障るので離れてもらいたい。


「痛えんだよ、俺が怪我人だってこと忘れてんだろ」


「そんなに柔じゃないでしょ。すごく鍛えられてたし」


 俺は足を止め、スリアンをじっと見つめた。

 おそらく、彼女は治療の様子を窓の外から窺っていたのだろう。部屋の構造からして絶好の位置だ。

 他人の視線に敏いこの俺が、女一人を見過ごすわけがない。となれば、焼灼で気絶させられたときに盗み見たと考えるのが打倒だ。


「手慣れてるな。昼間の腕前といい……」


「頭巾なんか被らなくても男前だと思うけどね。そんなに顔を見られるのが嫌なの?」


「……」


 もうすぐ夜だ。

 俺は、懐に仕込んだデザートイーグルを握る。

 やはりこいつは殺しておくべきかもしれない――俺はスリアンを邪険に振り解いたが、それでも尚、彼女は正面に立ち塞がる。


「ねえお願い! さっきの武器私にも貸してくれない。もう一回、今度はじっくり見てみたいの」


 彼女に恩はあるが、それがなんだ? 世界が変わろうと俺は暗殺者だ。丁度良い、あの医者を見逃した甘さをこの場で帳消しにしよう。


「そんなに見たいか?」


「うんうん!」


 まるで尻尾を振る子犬だ。犬愛好家を殺したときも、近くにこんな目をしたチワワがいたのを思い出す。もちろん主人の後を追わせてやった。

 だがこいつは犬ではなく狼だ。鼻は利くし牙も鋭い。放っておけばいずれ寝首を掻かれるかもしれない。


「なら、その前に一つ聞かせろ」


 しかし、それを言うなら俺も同じだ。例えるなら、とびきり質の悪いハイエナといったところか。気高い狼とは似て非なる異形の種だ。

「お前が人を殺すのは、何故だ?」

 こいつは俺にはない何かを持っている。

 人を殺めながらも人を慈しむ心を持つこの女は、俺の心を惑わし続けている。殺す前にどうしても、その正体だけは暴かねばならない。

 正義のためか?

 知人、友人のためか?

 騎士と名乗るのなら、やはり国のためか?

 いずれにしてもくだらない理由だ。誰かを殺すのに理由などない。己の意志だろうが他人の頼みだろうが関係ない。それらから生み出される狩猟本能は人間の欲求であり、決して『誰かのため』などではない。

 その信条が正しいからこそ、俺は暗殺者として生きてこれた。

 だが、この女は何かが違う。


「うーん、それは……」


 スリアンは、笑っていた。寂しさを含んだその笑みは、さながら俺を嘲笑っているかのように見える。


「私を殺すため、かな」


「なに?」


 予想しえなかった答えに、俺は目を見開いた。


「そ、私を殺す」


「だったら自分の家にロープでも吊せ。それで解決だ」


「それじゃあ私を殺したことにならない」


「――は?」


 俺はスリアンの言っていることが理解できなかった。

 危険だ。また動揺を促されている――手が、ぶれる。誤って引き金を引いてしまわぬよう、俺は懐から手を解放した。


「夢幻はさ、人を殺すのを何とも思ってないでしょ」


「……何かを思って人を殺してら身が持たん」


「今も私を殺そうとしてた」


「ッ!?」


 俺の鼓動は高鳴り、スリアンを見る視線はいっそう鋭くなった。

 ――落ち着け。


「やっぱりね。あなたって何だか昔の私に似てるから、独特な殺気が伝わってくるんだ。気のせいだって思いたかったけど」


「……」


 焦る必要はない。主導権はあくまでこちらが握っている。妙な動きをすれば、すかさず身体に穴を開けてやる。デザートイーグルはすでに懐の中、つまり次元倉庫の開閉は行わなくていい。

 しかし、俺の不安は募るばかりだ。どこか達観しているスリアンに、今の俺がどんな風に映っているのか。


「『私を殺す』っていうのは自分への戒め。考えるのをやめて、誰かの思うがままに操られることを良しとした、自分へのね。夢幻は、それでいいの?」


 スリアンは沈みかけの夕日を背にして振り向いた。

 俺を諭すつもりだろうが、異界の地で口論など馬鹿馬鹿しくて付き合いきれない。次に彼女が隙を見せたら、迷わず殺す。時間を掛けたところでこの女はくだらない戯れ言しか吐きそうにない。その後、人目に付かない場所で自己隔離に再挑戦する。


「フン、それはお前の――」


 その時、どこからともなく人の悲鳴が村をざわめかせる。程なくして悲鳴のした方角からは、数人の村人が死に物狂いで走ってきた。


「盗賊だ!! 盗賊が村を襲いにきやがった!!」


 近くの者たちは震え上がり、家の中へ立て籠もっていく。けれども大半の男たちは鍬や鉈を携え、盗賊を迎え撃とうとしていた。

 スリアンも剣を抜き、戦いに加わる姿勢を示している。


「私は行く。きみは?」


 冗談を言うな。一人になれる絶好の機会を逃す手はない。

 俺は無気力に手を広げ、スリアンの申し出を突っぱねる。


「行くと思うか?」


「村の人たちはあなたの力を必要としてる」


「だから、何だ?」


 そもそもこの村は警備がなってない。最初に来たとき、ここがすぐに襲われる場景は容易に想像できた。いくら平和を気取ったところで、争いが止むはずもない。村人たちの杜撰な生活が招いた災いに、なぜ俺が手を貸さねばならないのか。


「分かった、もう何も言わない。あなたはあなたで本当の自分を見つけて――さようなら。またどこかで」


 俺をなじりもせず、否定もせず、スリアンは去る。自分とは正反対の意見を前にしても、彼女は微笑んでいた。最後まで俺の意志を尊重したのだ。


「ありゃ早死にするタイプだな」


 ともあれ最大の障害は消えた。一刻も早く村の外へ出て、自己隔離を試したい。

 俺は村の凄惨な戦いを尻目に、丘の上を目指す。




 星空が煌めく空の下では、血塗られた村が火の手を上げている。

 戦況はどう見ても盗賊側に利がある。奴らは村を包囲しつつ中央へと進行していたようだ。高台から眺めると戦況がよく見て取れる。

 盗賊の目をかいくぐるのは造作もなかった。何人かは出会い頭に喉元を掻き切り、草むらの中に隠してきた。追っ手もいない。


「よし、ここでいいだろう」


 しかも暗闇に紛れた静かな茂みは自己隔離を行うのに最適な場所だ。俺の保身は完璧の一言に尽きる。

 怪我は癒えた。これで次元倉庫は安定し、自己隔離も上手くいく。

 俺は異空間の扉を開いた。

 発動に乱れはない。形状も充分な幅を保っている。


「いいぞ」


 足下から迫り来る感覚は、あの夜と同じ――


「――!?」


 俺は夜空を執拗に見回す。

 ない――

 月が、ない。

 すると、俺の意識に反応してか自己隔離が中断された。


「おい……おいおいおい!」


 どういうわけか、いきなり腰元まで来ていた亜空間の扉が逆巻く。取り込んでいた身体が瞬く間にさらけ出された。

 俺は集中し、すぐに空間の状態を維持する。が――


「どうして……」


 意識は空間に注ぎ込んでいるのに、次元倉庫は俺を置き去りして勝手に消えた。心は正常だったにもかかわらず、能力を制御できなかった。


「くそ、もう一回だ」


 けれども、結果は同じだった。腹部まで空間が迫ると自動で消失してしまう。「もう一回!」「もう一回だ!」と回数を増やし、唯々時間を無駄にする。

 数分後、俺は地面に膝をつき、消沈した。

 打つ手がなくなった。

 怪我の痛みではなかった。あの女も今は近くにいない。


「クソがっ!」


 いや、本当は気づいていた。信じたくなかっただけだ。自己隔離が出来ないの真の理由は、怪我でもなければスリアン・グリデミスの影響でもない。

 この世界に来てから、俺の能力は格段に弱まっている。

 大半の物品は今まで通り出し入れできていたが、実のところ、質量が限界値に近いものは出せていない。だから俺自身を隔離するのは不可能だった。ただ都合のいい解釈をしながら自分を騙していたのだ。


「ハァ、ハァ……落ち着け。まずは状況整理だ」


 不確定要素なんて珍しくない。むしろ好物だったはずだ。

 標的抹殺後に搭乗していた飛行機が墜落する場面にも遭遇した。ガラス張りのビルを窓際から一段ずつ飛び降りたこともあった。今回も同じだ。『別世界でも自分の力生き延びる』――ただそれだけの話だ。

 俺は茂みを抜け、丘の上から再び村を見下ろす。相変わらず、村人は無惨に殺され搾取されていた。それを見て、俺は自問する。


 元の世界に戻って何をやる?


 答えは決まっている。


「そうだ、世界が変わっても俺のやることは変わらない」


 そして、スリアンは俺に言った。『本当の自分』を見つけろ、と。


「本当の俺はな――」


 あの盗賊共と一緒にされるのは震駭だ。無防備な村を好んで襲うほど、性根は腐っていない。だが、今の村なら臨む価値がありそうだ。


「殺戮と略奪を好む『純粋な人間』だ」


 マルユ村は盗賊によって奪われた。村は奴らの物だ。蹂躙された村人たちに選択の余地はない。学校、会社、国、どこへ行こうと、形を変えようと、この光景こそが人間の常住坐臥――殺戮と略奪は人間を象徴する唯一無二の心理だ。

 ならば俺があの村を奪っても文句はない。俺にとって、人間として生きるというのはそういうことだ。

 次元倉庫から改造済みのカラシニコフを取り出し、黒い六尺手拭いで口を覆う。


「敵は二〇ってとこか。遊ぶには丁度良い人数だ」


 今夜を境に、俺はいつもの自分に戻る。

 殺して、奪って、生きる――

 しばらくはここに留まってやるが、俺は諦めない。この生き方を貫きながら、必ず元の世界に帰る。


 あの月を、もう一度拝むためにもな。

 

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