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次元漂流の暗殺者  作者: CHINTA
一章
3/8

1-2

 マルユ村――北海道辺りにありそうな豊かな農村に着くと、俺とスリアンはこの近辺では貴重な人材らしい名医の元を尋ねた。あまり期待はしていないが、せめて痛みを和らげる処置くらいは施してもらいたい。

 スリアンは医者に俺を紹介すると、『馬を借りて付近に敵が停留していないか確かめてくる』と言って出ていった。

 今の俺はコートを脱ぎ、湿気ったベッドの上でうつ伏せになっている。一時的にだが、白く長い髭を持ったご老体に身を預けている状態だ。顔と身体を晒すのはこれで最後にしたい。


「うむ……矢に射貫かれた、にしては傷が深すぎる。いったい何をやらかした?」


 あくまでこの世界での医者だ。銃の技術が発達していたない以上、傷を見せたところで見当が付かないのも無理はない。いくら年を重ねてもこの怪我の正体は掴めまい。


「鉄の塊が高速で飛んできて、肩を貫通した」


 俺がそれとなくヒントを出してみると、医者は鼻で笑った。


「馬鹿を言うな。おおかた槍の扱い方を間違えたんだろう。幸い血管は切れてない。とりあえず薬を出すが、傷口は焼いて塞ぐか?」


「焼く!? 焼くってまさか……」


「火は焚いてある。すぐに治療できるぞ」


 焼灼という止血法を真っ先に提案する医者がいるとは、いやはや、恐れ入る。そうなるとこの世界の負傷者は不便極まりない。

 俺は一瞬だけ悩んだ。鎮痛剤を服用して無理やりにでも自己隔離を行うか、それとも次元倉庫から消毒やその他諸々の物資を医者に支給して手術の成功率を高めるか。しかし前者は長期間の活動が難しく、後者は自分の詳細と痕跡が残ってしまう。つまり両方とも芳しい結末が期待できない。

 はっきり言ってこの医者は信用できない。彼の腕もそうだが、何より器具の類いに安全性が感じられない。傷口を焼くのであれば消毒は蒸発してしまうし、反って雑菌が入る恐れがある。村の文明を鑑みても、道具が清潔に管理されているとは到底思えない。

 しかし鎮痛剤には限りがある上、また自己隔離が失敗するリスクを考えると、今ここで治療していたほうが賢明だろう。たとえそれが苦痛を伴うものだとしても。


「分かった……やってくれ」


 遺憾ながら、俺は純粋にこの医者の腕に託すことにした。無闇に能力を使うのは避け、大人しくこの世界の医療を受け容れる。


「よし。ところでお前さん、珍しい服を着ていたがどこの出身だ? オスファルトの兵士ではないのだろう?」


 報酬の代わりに俺の情報を聞き出す算段だろうか。確かに金は持ってないが、スリアンに肩代わりしてもうらう予定だ。それで五月蠅いようなら、医者には今日で寿命を全うして頂く。


「遠い、遠いところだ」


「あぁ儂も昔はゾック帝国で仕事をしとったが、気づけばこんな遠くまできてしまった。もしかして、お前もスリアンに惹かれた口か?」


「どうでもいい。名医なら黙って手を動かせ」


 饒舌な医者は俺の言うことを聞き入れず、手と口の両方を巧みに使い分ける。


「ありゃいい女だ。儂があと五〇ほど若ければ口説きにいったんだがな」


「おい――」


「ああ失敬。儂はゼファーといってな、村には顔が利く。宿は手配してやるから今晩は村に泊まれ」


「あのな――」


「なんじゃ、スリアンと相部屋がいいのか。最近の若いやつは見境ないのう」


 面倒なので俺は喋るのをやめた。

 すると――


「ほれ」


「ッ……があ!!」


 何の前触れもなくゼファーに焼き印を当てられ、俺は意識を保てなくなった。




 焼け焦げた臭いと薬物の臭いが交じ合い、その異臭が俺の目を覚まさせる。


「気が付いたか。治療は成功したぞ」


 穴は塞がっている。が、触れるとまた痛みが蘇る。


「これこれ構うんじゃない。せっかく両面とも上手く塞げたというのに」


「うるせえ! いきなり背中にぶち当てやがって」


「あぁすまん痛かったか? 黙り込んでたから、てっきり心の準備ができたんだと思ってな」


「……」


 俺はベッドから起き上がり、立てかけられた仕事用の装束を着る。

 何事もなくて良かった。治療のためとはいえ、長い間無防備になりすぎた。これまで医者と称して人の身体を弄ぶ奴を見てきたが、俺を助けたゼファーは白と断定していい。普通ならこんな怪しい男など門前払いを受ける。若しくはそれだけスリアンの人望が厚いということだろう。


「世話になった」


「こっちこそ、儂に身体を任せてくれてありがとうな坊主」


 俺は眉を顰めた。微かな疑問だが、どうしてか聞かすにはいられない。


「なぜ礼をいう。医者なら当然のことをしたまでだろう」


「当然、か」


 ゼファーはどこか儚げに窓の外を見る。夕日は沈み、暗闇が辺りを覆い尽くしていく。


「逆に聞くが坊主、お前はどうして儂に傷を見せた?」


「それは……」


 痛みを消すためだ――と、単純には答えられなかった。全ては自己隔離の安定を図るのが目的であり、痛み自体は自分でも解決できた。では、スリアンに連れてこられ成り行きで――これも違う。断ろうと思えば断れたはずだ。それに最終的には自分の意志でゼファーに治療を頼んでいた。あらゆる事態を想定し、かつ自分にとって有益な結果を導き出した結論だ。


「それが、最良の選択だと判断したからだ」


 ふと思った。なぜ俺はこんなどうでもいい質問を真面目に答えているのか、と。いつものように適当な言葉であしらえば良いものを。


「そいつは医者冥利に尽きるってもんだ。こんなご時世だからな、野良の医者なんざ誰も信用してくれんのさ。けどお前は儂を信用して身体を預けてくれた。スリアンが連れてきただけあって、なかなか見所のある男だな」


「……」


 まただ。スリアンと森の中を走っていたときに感じた違和感が、再び込み上げてくる。

 煽てられれば喜ぶほど俺は子どもではない。だが、どうしてか動揺する。


「さあ、お姫様が外でお待ちだ。仕事が遅いなんて思われたくないからな、早く行け」


「あぁ……」


 いや、そんなことはどうでもいい。これでようやく自己隔離ができるのだから考えるだけ時間の無駄だ。

 俺は部屋から出てすぐ、人気のないところへ行くつもりだった。しかし裏口がない。そのため、しぶしぶとスリアンの待つ玄関口へ向かう。

 ゼファーを殺してその場で自己隔離を試しても良かったが、どういう風の吹き回しかそういう考えが即座に浮かばなかった。もはや引き返すのも面倒になっている。殺しに関してここまで怠慢になったのは初めてかもしれない。これは平和ボケする前に早く元の世界に戻ったほうがよさそうだ。


「なにが『ありがとう』だ、くだらねぇ」


 どうせ明日には殺伐とした毎日が帰ってくる。ほんの一時、辛抱するだけだ。

 

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