009「犬耳っ子が可愛すぎまして」
4/21:誤字訂正しました。
討伐証明のためにオークキングの首を取り出す。ポタポタと滴り落ちる血がなんとも生々しかった。獣と血の臭いが立ち込める。
顔の引きつった受付のお姉さん、シリアが上擦った声で言う。
「た、確かに。こちらは依頼達成の報酬になります。あと、救出された奴隷も依頼書通りあなたたちの物になります」
「ん、ありがと。そう言えば、解体ってやってもらえるの?」
オークは死体のまま持ってきてるのだ。
「はい、承っております。解体料は別途頂きますが」
「まあ当然だよね」
オークキングの生首をストレージに戻し、解体屋の場所を聞くとギルドでやってもらえるという。血に塗れたオークの死体をカミサマから預かったのも合わせて、全部で百八十二体を押し付けておいた。
ギルド職員は驚愕に腰を抜かしていたけど、プロだ。なんとかするだろう。
その場で売却金をもらって宿へと戻る。
「ただいま〜」
いつの間にかダブルに変わっていた部屋に入ると、カミサマがベッドに寝ている犬耳っ子と話をしていた。
もう目を覚ましたようでなによりだ。
「おかえり、アリサちゃん。どうだった?」
「報酬と素材の売却金額から解体の料金を引いて、銀貨二十枚。オーク百八十二体は大きかったね」
私のセリフに、犬耳っ子がビクリと見を竦ませる。
そうだ、この子はオークに捕まっていたのだった。無神経だったかな。
「ああ、きみの前でオークの話は無配慮だったね。ごめん」
「え、あ……。いえ……」
遠慮したのか縮こまる犬耳っ子に告げる。
「えっと、一応私たちがきみの新しい主人になるんだけど、その前に一つ。私たちはきみを奴隷扱いするつもりはないからね」
「えっ?」
「頼むのは一つだけ。私たちのパーティに入って欲しい。それだけだよ」
私の言葉を引き継ぐようにカミサマが口を開く。
「ここじゃ亜人は嫌われるから、隷属の首輪は外せない。でも、ボクたちがきみに何かを『命令』することはないと思っていい」
「あ、う……」
戸惑っている彼女に名前を尋ねる。たどたどしい口調で教えてくれた名は、
「じゃあ、ルル。……まずは、少し休みな。そしたら食事にしよう」
「は、はい……」
そして、私たちは部屋を出た。少女ーーーールルに、整理する時間が必要だろうと思ったのだ。
私たちは一階の受付で部屋の数を変更するため、階段に向かった。
◇◆◇
幾分穏やかな表情になったルルをそっと起こし、食堂に入る。三人分の夕食を頼み、そこで自己紹介をすることにした。
「じゃあ、まずは私から。アリサ、人族で十五歳。好きな物は、そうだな……。可愛い子!」
「「…………え」」
「ちょっと、ジョークだから! ジョークだから引かないで!」
場を和ませようとしたジョークなのに、二人ともドン引きしてて焦った。私の視線がガッツリとルルちゃんにロックオンされてたのがバレた……わけではないと思う。多分。
「……ええと、ボクはコスモス。種族は一応人族? なのかな? 年齢は秘密ってことで」
「え? 一応、ですか?」
「正真正銘人族です。だと思います、ハイ」
「???」
混乱するルルちゃんが可愛い。見てると和むな〜。
ずっと眺めていたい。
「ええと、私はルルです。種族は犬人族で、年齢は十二歳です」
おどおどと、ルルちゃんが話す。
茶色のサラサラとした髪、小さな顔。体の起伏は少ないが、それはまあ、私と同じでこれからだろう。望み薄なんて言わせない。
まあ、結論から言えばすっごく可愛い。何と言ってもチャームポイントの犬耳が最高だ。よく見るとスカートの裾から尻尾も見える。
この子……
カ ワ イ イ !
犬耳っ子は最高だね!
「にへへ〜」
「え? え?」
ルルを見て笑っていると、戸惑ったようにオロオロとし始めた。やっぱり可愛い。ぎゅーっと抱きしめたくなるねっ。
「ふわぁ……。えっと、お嬢様、どうしたんですか?」
「あ、つい抱きしめてた」
お嬢様呼びも最高だよ。
私、可愛すぎるのは罪だと思うんだ。だって、私みたいに被害にあう人が急増するよ?
「絵になるね〜」
「カミサマは黙ってて!」
今! 良いところ!
私の至福の時間を邪魔しないでっ。
でも、私の天国は他ならぬルルちゃんの声で壊された。
「え? 神様? ぇえ?」
……ですよねー。
普通、誰かが「カミサマ」なんて呼ばれてたら戸惑うよね。そんなルルちゃんも愛らしいからグッド。でも、とりあえず誤魔化さなきゃ。
「私にとってはカミサマみたいな人だからそう呼んでるだけだよ」
「あ、そうなんですか……」
……うん。
ルルちゃんが納得してくれたのは良いんだけど、なんで私、カミサマ褒めてんの!?
いや、感謝はしてるよ?
死んだはずが刀鍛冶やらせてくれて、可愛い外見をくれて、その上ルルちゃんに会えた。それもこれもカミサマのお陰だから。すっごく感謝してる。
でも、褒めるのはなんか違う!
「あー、もう!」
「「え、なにっ!?」」
結局、悶々とした私は夕食後、ルルちゃんを部屋に連れ込んだ。
私を見る目が生暖かいものから冷たいものに変わったのは言うまでもない。
それでも、カミサマとデキてると勘違いされるよりマシだ。
……マシなはずだ。
◇◆◇
私は今、至福の時を過ごしている。
全力で時が止まって欲しいと願う。このまま世界が進まなければ、私は幸せすぎて死ねる自信がある。
そう、それほどまでに素晴らしいのだ。
腕の中の存在は、撫でると可愛く鳴き、擦ると黄色い声を上げ、抱きしめると蕩けるような表情をする。
ああーーーー
「ルルちゃんが可愛すぎるっ」
思わず『命令』してしまった。私と一緒に寝なさいと。
ダブルの部屋にはベッドが一つしかないのだから一緒に寝るのが当然!
そう思っていた私を嘲笑うかのように、ルルちゃんはなんと、床で眠ろうとしたのだ。亜人奴隷にはこれで十分だと。
だが! それでは私の癒しがなくなってしまう!
だから私は、しないと誓った『命令』を使って無理やりルルちゃんをベッドに押し倒したのだ。
それはもう、盛大に。
ギシギシと床が軋む音がしたまで届いているだろう。
また誤解が増える……。
だがそれでも! この幸せには変え難い。
毎日でも一緒に寝る所存だ。
そんな幸せ過ぎる感覚に身を包まれ、何時しか私は眠りに落ちていた。
因みに、私とルルちゃんは服を着ていない。
◇◆◇
すうすうと、静かに寝息を立てるお嬢様の幸せそうな表情を見て、私は思わず笑みが溢れてきました。
本来、亜人奴隷という立場の私は、誰かに触れることすら忌避される存在なのですが、お嬢様やコスモス様は、そんなこと全く気にしません。それどころか『命令』しないと誓ってくださったり、奴隷扱いはしないとおっしゃってくださったり。至れり尽くせりとはこのことを言うのでしょうか。
お嬢様はオークに捕まっていたことを気にかけてくださっていますが、正直、街での奴隷としての扱いとあまり変わらないのです。女性の亜人奴隷は若い時、主に娼婦として使われます。私もその例に洩れませんでした。『灼熱の風』に買われるまで、私は娼館にいたのです。
オークの話を聞いて身を竦ませたのも、別にトラウマだからではありません。百八十二体という数の非常識さに驚いただけなのです。
ですが、何人もの人に抱かれていた私にも知らなかったことがありました。
誰かと触れ合えるということは、とても暖かいことなのです。
お嬢様と一緒のベッドで寝て、初めて知りました。
……誤解なきように言っておくと、お嬢様は私を抱き締め、犬耳や尻尾をモフモフしながら眠っただけです。それ以上でも以下でもありません。
まあ、それ以上でも私は構いませんが……ゴホンゴホン。はしたないですね。
とにかく、私は拾ってくれたのがお嬢様で良かった。楽しい、嬉しいなどと思ってしまうのは分不相応なことなのかもしれませんが、これからの生活が楽しみになってくるのです。
私は、胸の中でそっとつぶやきました。
「不束者ですが、よろしくお願いします。お嬢様」
ちょっとだけ、悪戯っぽく微笑んで。
最後のはルルの冗談です。この世界に同性婚はありません。
私は好きですけどねっ