008「囚われの少女」
ライト文芸新人賞に応募してみました。ストックは結構あるので……。生暖かく見守ってくれれば嬉しいです。
締め切りに間に合わせるため、これから1日2話投稿にします。午前0時と6時に投稿します。
カミサマが用意してくれたサンドイッチを口に運びながら、私は改めて『殺す』ということについて考えた。
オークの巣に来るまでに殺した相手は、絶命した次の瞬間にはカミサマの無限収納に収納されていた。だから、私が血を見ることはほとんどなかった。
言わば、ゲームをプレイしているような感覚だったのだ。
実力に違いがありすぎて、殺意を向けられる前に戦いが終わっている。そんな、格下相手に無双しているだけで、戦いらしい経験は全くしていない。決闘も実力差があり過ぎた。
それがここに来て、『数』という暴力に晒された。傷一つ負ってはいないけど、直接殺意を向けられるという経験は初めてだった。
ようやく、理解する。
殺意を持って他と相対するってことは、自分にも殺意が向けられるってこと。
殺すことは、殺されること。
当然のことが、ようやく理解できた。
「ねぇ、カミサマ。私、敵を、たお……殺せるかな?」
ポツリ、と弱音が零れ落ちる。多分カミサマは私が泣いていたことを知ってる。だから、弱音を吐くくらいは今更だ。
サンドイッチを食べ終わり、指をペロペロと舐めていたカミサマは、私の質問に目を細めた。
「……死にたくなかったら、戦うしかないよ。この世界じゃ命は軽い。冒険者以外の道を選んだとしても、いつかは戦わなきゃならない時がくるんだ。だから、殺せなかったら殺されるだけだよ」
「……そう、だよね」
本当は、そんな答えが聞きたいわけじゃなかった。私が欲しいのは殺してもいい理由なんかじゃない。
私は肯定が欲しかったんだ。『殺し』をした私を、それでも受け入れてくれる、それを保証する言葉が欲しかった。
『傷付ける』のと、『殺す』のって、全然違う。越えられない一線が、そこにはある。
それを越えた私を受け入れられないんだ。
他ならない、私が。
それを自覚して、でも、それって。
「……甘えだね」
私はユリカのために、魔王を『殺す』と決めた。なのに、オーク程度でビビってる。既に私は、自己満足のために誰かの命を奪うと決めた。それがこんなところで、立ち止まってなんかいられないんだ。
「うん、私、決めた。この手が血にまみれようと、邪魔するものは殺す。ユリカを転生させる」
残っていたサンドイッチを口に放り込むと、手を叩いて立ち上がった。
当然、そんなにすぐに割り切れはしない。声はまだ震えているし、私の胸の奥は全てを投げ出して帰りたいと叫んでいる。
でも、虚勢でも何でも張って、この場はそれを押し殺す。
「さ、行こうカミサマ。オークキングを倒しにさ」
◇◆◇
オオカミ化したカミサマに跨り砦の中を爆走する。イメージだけど、最上階にキングはいるものだ。だから、上へ上へと駆け抜けた。
すり抜けざまに倒したオークは既に五十匹を超える。やはり、群れの規模は相当のものだったようだ。
そして、倒したオークが八十匹を超えた頃、ようやくそれらしき部屋の前に辿り着いた。両開きの豪奢な扉。恐らくはダンスホールだ。砦の主が客人を歓待する時などに使ったのだろう。
扉を頭で押し開けて入ろうとするカミサマを止め、私は地に降りる。
「どうしたの?」
「ごめん、カミサマ。ここは私にやらせて」
これは、言わば決意表明だ。ユリカのために全てを犠牲にする、最初の一歩。
だから、一人でやりたかった。
じっとカミサマの目を見つめ、言う。
しばらくして、カミサマはゆっくりと頷いた。
「……うん、分かった。じゃあ、ボクは囚われの奴隷を助けに行くね」
「お願い」
私とカミサマはそこで別れ、私は一人でダンスホールの扉を開けた。ギィイ、と重たい音を立てて扉が開く。
「……これはまた、随分なお出迎えだね」
中に入った私を迎えたのは、三十匹ほどのオークと彼らの放つ殺意。中央の奥に一際大きな個体がいる。アレがオークキングだろう。
「『複写・亜利沙』」
目の前に鞘に収まった刀を出現させる。右手で柄を、左手で鞘を掴み、抜刀。
キン、と澄んだ音が鳴る。
「とりあえずお前ら……私の願いの糧となれ」
言葉を理解したわけではないだろう。だが、私からぶつけられた殺意は敏感に感じ取ったらしい。
「グォアッ!」
無骨な棍棒を手に、オークの群れが迫る。
殲滅、開始だ。
◇◆◇
背後で吹き荒れた殺意に目を細め、ボクは呟く。
「ああ……始まったみたいだねぇ」
しかし、この殺意、三十匹近いオークがあそこにいるんじゃないのかな?
アリサちゃんのことだから負けるなんて思ってないけど、ついさっきまで弱音を吐いてた子だ。少し心配。
だからちょっとだけ、ズルしちゃおうかな。
「よし、ポチ。『神狼化』だ」
転瞬、ボクの体は茶色の毛並みのオオカミから、白銀の毛並みを持つ峻烈な姿へと変わる。
これがポチの本当の姿。
ポチはボクが育てていた、神界の奥地に生息する神狼なのだ。
眼から青い残像を引き、砦の中を駆け巡る。オークの横を通り抜ける瞬間に風の刃を飛ばし首を刈る。死体を回収しながら、ボクは救出行為に勤しんだ。
◇◆◇
オーク三十匹は問題なく殲滅。ダンスホールは血の海に沈んだ。
残り、オークキング一体。
血の匂いと殺意に塗れたダンスホールを、私は歩いていく。
ぴちゃり、ぴちゃり。
歩くたび、水がーーーーいや、血が跳ねる音がする。
紅を纏って歩く私の姿は、外から見たら死神そのものだろう。
「ゴォァアア」
唸り声を上げたオークキングが、剣を振りかぶって突っ込んでくる。
振り下ろされた剣は軌道に割り込んだ私の刀に逸らされ、地面に叩きつけられる。
「『亜利沙』と打ち合った!?」
驚きながらも刀に魔力を込め、魔回路を起動。耐久と切れ味を強化し、脳天を叩き切ってやろうと振り下ろす。
が、
「ガァアッ!」
瞬時に切り返された剣に、再び刀が弾かれた。驚愕に顔を歪めつつ背後へと跳び、仕切り直しを図る。
オークキングの剣に何か、不可視の力が渦巻いているのを確認した。その正体を看破する。
「魔力のコーティングによる強化、か。だからと言って、切れ味特化の『亜利沙』を弾くなんて」
いや、よく見ればたった二度の打ち合いで刃毀れしているのが分かる。それは、武器の違いか、技量の違いか。
いや、恐らく両方だろう。
私は剣を弾く時、微妙に角度をつけて返している。そうすることで、剣を打ち合うたびに相手の装備に疲労を蓄積させることができるのだ。
私は構えすら見せず、摺り足で一気に懐に潜り込む。無拍子で振るった刀が胴を撫で斬りにし、返す刀で首を狙う。流石に防がれたが、想定内だ。カミサマから貰った人外の膂力でもって押し込んでいく。
そう言えば、パラメータは冒険者ギルドで教えてもらえって言ってたけど、教えてくれなかったな。なんでだろ。
まあそれはいいや。脇に逸れた思考を戻す。
押し込まれた刀は、少しずつ、オークキングの剣に食い込んでいく。流し込む魔力を増加させ、切れ味をさらに強化する。
ゆっくり、ゆっくりと。
私の刀が前に進んでいく。
「グォア?」
オークキングがそれを見て、戸惑ったように鳴いた。それはそうだろう。
オークキングの剣は動いていないのに、私の剣が進んでいるのだから。
「セアッ!」
そして、『亜利沙』が相手の剣を切り裂いた。刃渡りが半分になった剣を軽々と避け、振るわれた直後の腕を切り落とす。
「ガゥアッ!」
ブシュゥッ! と血が噴き出して体を赤く染めていく。オークキングがよろめいたその瞬間を逃さず足の腱を切る。
ドウッ、と尻餅をついたオークキングに歩み寄り、
「眠れ」
首を落とす。
私の完全勝利だった。
◇◆◇
オークキングの死体を回収し、血に沈んだダンスホールを出る。さて、カミサマは、ちゃんと奴隷の子を救出してくれたかな。
「おーい、アリサちゃん。って、すごい格好だね!?」
そんな聞きなれた声が耳に届いたのは、下へと続く階段を降りていた時だ。すごい格好って、血塗れだからかな?
「カミサマ! ……その子が?」
「うん、そうだよ」
カミサマは、茶色のフサフサとした毛並みの背中に、女の子を乗せていた。情報にあった通り、犬人の少女である。
首には、無骨な首輪が付けられている。
これが、隷属の首輪か。
「見ていて気持ちのいいものじゃないね」
地球で育った私には、人がモノ扱いされるのはどうと馴染まない。
首輪なんて、ネットで探してたエロ画像でしか……ゴホンゴホン。
カミサマがジト目で見てるけど、なんでもないよね。私は何も言ってないもんね?
「まあ、これで依頼達成。帰ろっか」
「うん、そうだね」
私たちはそう言って、砦を去った。
本作のヒロイン(!?)登場です。
首輪の美少女って萌えますよね〜