007「オークの群れと殺すという意味」
装備も整えたことだし、オークの駆除に参りましょう。
私たちは意気揚々と街を出て依頼書にある森へと向かう。
「やあ、昨日の嬢ちゃん。出かけるのかい?」
「あ、おじさん。うん、依頼でオーク討伐だよ」
門番のおじさんが声をかけてくれる。優しい人だなぁ。
「オークの討伐? たしか、オークキングが出たって聞いてるけど」
「うん、それ」
頷くと、おじさんはすごい勢いで止めてきた。
「止めときなよ! オークの群れって、聞いた話じゃ百匹以上いるらしいよ。『灼熱の風』っていうCランクのパーティが向かったらしいんだけど、壊滅させられたって話だよ。奴隷の女の子が一人捕まってるとも聞いてる。嬢ちゃん、オークに捕まった女性の末路って知ってるかい?」
オークに捕まった女性といえば、エロゲでよくある展開だけど、それと同じかな?
「想像通りであってるよ」
「そっか」
隣でカミサマがそう言った。やっぱりそうなんだ。
「知ってるなら、尚更止めときな。男なら死ぬだけだけど、女性は死ぬよりつらいって話だから」
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。一人じゃないから」
「うん、心配ご無用! キングの首持って帰ってくるから待っててね」
「……無茶だけはするんじゃないよ」
私たちが自信満々にそう言い放つと、おじさんはそう言って通してくれた。やっぱり優しい人だ。
私たちはおじさんに、絶対に無茶はしない、危険だと思ったらすぐ逃げる旨を伝え、その場を去った。
「良い人だねぇ。ボクは嬉しいよ」
オオカミに変わって私を乗せたカミサマがそんなことを言う。
オオカミに変わったというよりは、ペットのポチを召喚して体を借りた、というのが正しいらしいが、外から見れば変化である。
「年寄り臭いよ? いや、年寄りか」
百万歳オーバーのカミサマでした。
いや、世界を創ったのが百万年前で、そのあと自間停止空間で女神と交渉したり修行したりしてるのを考えるともっと年上か。
生まれてすぐに世界創造をしたわけでもないだろうし。
「それより、この世界はボクが創ったわけだからさ。そこの住人が良い人だっていうのは嬉しいものだよ。子を見る親の心境? みたいな?」
「私に言われてもねぇ」
前世じゃ結婚なんて諦めてたし。あの顔で女鍛治師。相手なんていないでしょ。
「この世界じゃアリサちゃんモテモテだよ」
「どうかなぁ? そうかなぁ?」
えへへ〜。
私の顔がふにゃりと崩れる。
前世がアレだったから、褒め言葉には免疫がないんだよね〜。
「そうそう。アリサちゃん可愛いから……っと、魔物だね」
私を降ろしたカミサマが人に戻り、弓を引く。その視線の先には、小さく見えるオオカミのような影。
ウォーウルフだ。
「『無限収納・オープン』」
弦を握る手に、五本の矢が現れた。
「シッ!」
貫通強化を施された矢は直進し、ウォーウルフの額を違わず撃ち抜いた。どころか、貫通してそのまま飛び去っていく。
「……無茶苦茶だね」
「……うん」
私とカミサマの意見が一致する。矢が、勢いのまま標的を貫通する……普通はあり得ない。
理由は幾つかあるが、まずは矢はそれ自体が長さがあるということ。そして、まっすぐ飛ばすために矢羽が付けられているということがある。
矢は銃弾とは違うのだ。
「はあ、まあいっか。これならオークにも通じるでしょ」
「一撃だねぇ」
ウォーウルフの死体を回収して、カミサマに跨り先へと進む。
そこから森までは、大した問題もなく到着した。
◇◆◇
森の中を進む。
カミサマの背に乗って。風の如く。
時々遭遇とするゴブリンやらオークやらは一刀両断からのカミサマが無限収納に収納で回収していく。無双だ。弓で援護してもらうより、これで電撃戦やった方が強い気がする。
「……どう思う?」
「同感だね。今回は弓を封印しよっか」
カミサマに意見を聞いたら同意された。と言うわけでこのまま行く。
依頼書によれば、オークの巣は森の中にある廃砦。よく読むと門番のおじさんが言ってた『灼熱の風』の奴隷が捕まってる旨が記載されていた。救出するとくれるらしい。奴隷はモノ扱い。異世界トリップの定番だ。
ちょうど盾役が欲しかったこともあり、積極的に救出を狙うことにした。
「もうすぐ着くよ」
「ん、了解」
左手で鯉口を切る。右手で柄を持ち、居合の構え。
「行くよっ!」
一気に木の影から飛び出す!
「はあっ!」
門番らしきオークを一刀両断、返す刀で門を切り裂く。オークを無限収納に収納しつつ、高さが半減した門を軽々と飛び越える。
「この数はヤバイよっ!?」
「うわ、百匹以上いるね、これ」
砦の外に出ているオークでさえ、恐ろしい数がいる。中にいるのも考えると、この群れの規模は二百匹近い。
「「「グォオアァァアアッ!」」」
叫びながら一斉に襲いかかってくるオーク達のあいだを駆け抜けながら、右へ左へと斬り払う。返り血が、あっという間にコートを濡らした。
むせ返るような血の匂い。
直にぶつけられる殺気。
倒れる寸前の、狂気に歪んだ表情。
……怖かった。恐ろしかった。今まで、一瞬で通り過ぎていた光景が、目の前にある。『殺し』という行為の重さを、突きつける。
体の震えが抑えられない。刀を握る手が汗で滑り出す。
「うわぁぁあああああっ!」
だから、それを誤魔化すために、必死で刀を振った。横をすり抜ける瞬間に首を断ち切り、後ろから飛びかかってくる体を峰で叩き潰し、目の前のオークを刺し貫いた。
……気付いたら、辺りは血の海になっていた。
死体はカミサマが全て回収しているから、流れた血だけが地面を汚し、染めている。
「わ、私は……」
「大丈夫?」
手から『亜利沙』が滑り落ち、魔力の残滓となって消える。肩を抱いて蹲り、震える体を押さえつけていた。
吐き気が込み上げてくる。昼食を抜いていて良かった。決闘やらなんやらで忘れていただけだけど、それが幸いした。今、私の胃の中には吐き出せるモノなんて残っていない。
「ぅ、あ……。私……」
「大丈夫。それが普通だよ。幾ら人を切ったことがあるって言っても、所詮は模擬戦だ。初めての殺し合いだったんだから、そうなるのも仕方がないよ」
カミサマが背中を撫でながら慰めてくれる。でも、胸に渦巻く感情はなかなか去っていかない。
「……ごめん、もう大丈夫。行こう」
「ダメだよ。もう少し後にしよう」
「…………」
私は無理やり体を起こしてオークキングの討伐に向かおうと声をかけるが、カミサマに止められる。
「そんな青い顔して大丈夫とか、とてもじゃないけど信じられない。オークキングも警戒して出てこないと思うから、しばらく休みな。お昼ご飯買ってきてあるから」
武具店で弓を速攻で選び、外で買っていたらしい。ニコニコと笑うカミサマに、少しだけ救われた気がした。