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041「変異種」

 森の奥から現れたソイツは、大きかった。

 高さは5メートルほど。全身を覆うように黒い魔素オーラを発しているために姿はよく分からないが、二足歩行で二本の腕を持っている巨人のような魔物。人間ではないのは、口から突き出た牙と低い唸り声から伝わってくる。


「GUOOOOOOO!」


 名状し難い声で叫ぶ。付き従う魔物が私の脇を駆け抜け逃げた調査隊を追いかける。

 私はそれを、ただ黙って見送った。


 私の役割は、この最悪の敵を止めること。コイツを通したら確実に、取り巻きを数十匹相手にするのも生温いと感じるほどの被害が出る。

 正直、取り巻きだけでも一大勢力だけど、そこは調査隊のみんなに任せるしかない。


「《複写》」


 魔剣『亜利沙』を生成。

 構えは正眼。

 左足を引き、正面から敵を睨みつける。


 今の私では、こいつを倒せないのは確実だ。

 でも、足止めなら?

 見たところ、こいつの足はそんなに速くない。

 注意を引き、撹乱し、別の方向に引き寄せてさっさと逃げる。これなら可能性はあるはずだ。


「カミサマ、フォローお願い」

「うん、了解」


 魔力とともに、殺気を解放。これでも私は、前世で十年近く刀を振っているのだ。戦場で磨かれた、命を奪う剣ではない。それでも、通用しないなんてことはないはず!

 殺気に反応した二足歩行の化け物が、剛腕を振り上げる。全身の筋肉が弓のようにしなり、そして振るわれる。


「くっ!」


 大きく飛びのいて避ける。土砂が舞い、後に残るのは小規模なクレーターだ。だが、私も化物も、そんな結果など見てはいない。

 攻撃直後の硬直を狙い刀を振る。切断の概念を纏った魔剣は吸い込まれるように腕の腱に刃を突き立て、


「刃が通らない!?」


 弾かれる。

 体勢を立て直してもう一度試すが、結果は同じだ。刃は、その皮膚に傷すら付けられないまま明後日の方向へと流れてしまう。

 焦燥に顔が歪むーーーーそこに、硬直の解けた化物が再び腕を持ち上げる。


「まずいっ」

「弓技《一矢縫い》」


 背後から放たれた矢が、魔素の守りのない眼球部分に突き刺さり、そして貫いた。

 化物の初めて上げた苦悶の方向が空気をきしませる。


「ぅあっ!?」

「っうう……これだけでもずいぶんな威力だね」


 強い空気の振動に弾き飛ばされた私たちはそこで、奇妙な音を聞く。


 ----ギチギチ、ギチギチギチと。


 音の発生源は化物の顔……更に言えば、貫かれた眼球部分。

 そこから肉が盛り上がり、収縮し、……再生していた。


「自己再生能力!? 無茶苦茶だよ。もうヤダ……」

「これがあったから檻を抜けられたのかな」


 概念魔法を纏ってなお、刃すら通らない相手。そんなのが再生能力持ちだなんて、無理ゲーを通り越して製品化すら拒否られるレベルだと思うんだ。


「しかも、がっつりタゲられてるし。簡単には逃げられそうにないね……」

「……アリサちゃん、どうする?」

「逃げよっか。逃げきれなくてもいいから。神術は使えないんだよね」

「さすがに無理かな。ランサーに使った時には大義名分があったけど今はないから。次にバランスが崩れたら何が起こるか分からないしね」


 神託下ろし過ぎて魔物が大発生したんだったっけ。むやみに使うとバランスが崩れる、かあ。それじゃあ仕方がない。


「うん、逃げよう。三十六計逃げるに如かず、だよ」

「ヘイ、マム」


 カミサマが神狼化し、その背中に乗る。


「引きずりまわして時間を稼ぐよ。カミサマ、オッケー?」

「おけおけ」

「じゃ、ルル達とは別方向へ、行くよ!」


 カミサマが縮地で一気に踏み込み、風の刃で魔素の壁を切り裂く。魔導レベル10の魔法をもってしても、僅かに体表に傷をつけるのが精々。けれど、注意を引くのには十分だ。

 敵意の篭った視線がこちらに向けられる。

 化物の筋肉が力を溜め込み、解放。地を伝わった衝撃が私たちにも届く――――が、私たちは討伐を目的とはしていない。即座に回避行動に移っていたため、その攻撃は当たらない。


 振り返らず、密林を駆け抜ける。化け物の追いかける足音を聞きながら、ひたすらに。

 長い長い、死の鬼ごっこの始まりだった。

次回は他者視点。


ライト文芸新人賞、ダメでした。

あまり期待していなかったとはいえ、やっぱり悔しいです……。

改善点等あれば、是非教えてください!

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