004「街に行こう、魔剣を携えて」
4/23:改稿しました。
初めて私が打った刀、『亜利沙』。
親方の打ったものに比べれば拙いものかもしれないけど、初めての刀というだけで喜びはひとしおだった。
工房(結界)を収納して外に出ると、丁度夕日が落ちていくところだった。どれだけ経ったのかさっぱりでカミサマに聞いてみると、「五日」とのこと。まあ、最後まで刀を打ったらそうなるよね。
アドレナリンが切れたのか、段々と瞼が重たくなっていく。カミサマもすでに息も絶え絶えといった様子だ。
じゃあ……寝よう……。
そして私は、どこぞの剣豪のように、抜き身の刀を抱いて眠ったのだった。
草原の真ん中で無警戒に眠って、魔物に襲われなかったのは運が良かったとしか言えない。
◇◆◇
目を開けると、刃が目の前にあった。
「うおぁああ!?」
奇怪な叫び声とともに飛び起きた。腕をピンと伸ばして刃を遠ざけ、それでその刃が昨日打った『亜利沙』だと気がついた。
「はー、ビックリした」
「それはこっちのセリフだよ」
声に視線を向けてみれば、そこにいたのは不機嫌そうに瞼を擦るカミサマだ。
「あれ、一ヶ月不眠不休でいけるんじゃなかったの?」
「……正直、刀鍛冶を舐めてたよ。まさかこんなに大変だなんてね」
苦虫を噛み潰したかのような渋面に、私は思わず笑う。
それはカミサマがそんなことをを言ったことの驚きと、刀鍛冶を認めてくれた嬉しさだ。
「何事もやってみないと分からないものだなぁ……。うん、やっぱり……でもなぁ……」
あれ? なんかカミサマがブツブツとよくわからない事を言っている。
なんだろう。
「うん、決めた。ボクもきみの旅について行こうかな。勿論、神としての力は封じるから一般人と変わらないけど」
「え?」
「仕事は……まあ部下に投げようかな」
「いや、あの、女神との交渉は?」
そう、それを忘れてはいけない。
私が命をかけようと決めた理由そのものだ。
「あ……」
忘れてたらしい。
このカミサマにとっては、私の親友なんてどうでもいいらしい。
「そ、そんな事ないって! 契約は守る。きみが魔王を倒してくれるなら、ボクはユリカちゃんをこの世界に転生させる。絶対だよ」
「……忘れてたくせに」
「うっ」
「………………忘れてたくせに」
「うぅ……」
「…………………………」
「面目無い」
「……………………………………」
「ごめんなさい! 本当に! すみませんでした!」
ジト目で無言のプレッシャーをかける。忘れてはいけないことを忘れたカミサマに向ける敬意など持ち合わせてはいないのだ。
しばらくの間見続けていると、圧力に負けたのかついには土下座までしだした。
流石に見ててかわいそうなので許しておく。でも、ユリカの件は改めて了承させた。
「はあ。それはもういいや。で、魔剣創造スキルだけど、どう使うの?」
「すみませんでした……。ええと、魔剣創造? 対象の武器を手に持って『魔剣創造』って唱えるんだ」
終わったことよりそっちに興味が向くのは鍛冶師の性である。ユリカごめん。
「『魔剣創造』」
言われた通りに唱えると、頭の中に付与する魔回路の種類が羅列されるのが分かる。それに、『亜利沙』の付与可能回路数も。
「付与可能回路数2、か。強いの?」
「……普通は一つだけだよ。しかも、量販品じゃ付与すらできないから。二つ付与できるなんて国宝クラスだよ?」
国宝!?
そうか、私もついに国宝を……。
感無量だ。
でも確か、親方って普通に国宝打ってたような。
「スキルの助けがあってようやく親方に並ぶのかぁ。親方、どれだけすごいんだろ」
「彼は本人が国宝指定されてるからねぇ」
空を見上げて黄昏る。もう帰れない故郷に想いを走らせ、改めてユリカや親方の事を想った。
「さて、じゃあ付与する回路だけど……刀って時点で決まりかな」
「え?」
「『回路付与。切断上昇、耐久上昇』」
なんか飛剣とか属性付与とか凄そうなのいっぱいあるけど、刀は切るものだ。なら、切れ味と耐久に決まってる。
悩むまでもない、即決である。
「それでいいの? そんな回路、選ぶ人滅多にいないけど」
カミサマがそんなことを言う。
この世界の人は刀というものを分かってないね。大方、「炎の剣だ! カッケェだろ!」みたいな厨二的な発想で武器をダメにしてるんでしょう。
「これこそ刀の真髄だよ。全てを断ち切り、且つ刃毀れは一切ない。それが私たちの目指す『至高の一振り』なんだから」
そう、刀は切ってこその刀だ。
特殊効果など邪道である。
「うーん……。まあきみがそれで良いなら反対する気はないけどね。売れないよ?」
「売らないよっ!」
なに言ってるのカミサマ?
私の第一作だよ? 記念すべき処女作だよ?
売るわけないよっ。
「これは私が使うんだから!」
ユリカのために魔王を倒すんだから、そのため武器なんだからっ!
絶対に手放さないため、『亜利沙』を物質収納に収納する。
そう言えば《複写》ってスキルがあったな。
あれの使い方も後で聞こう。
「ふふ、アリサちゃん勇者計画は順調に進んでるようでなによりだよ。さて、じゃあそろそろ街へ行こうか」
「うんっ!」
カミサマは巨大なオオカミの姿に変わる。どうやら、背中に乗れという意味らしい。
私が跨ると、疾風のように駆け出した。
ふかふかの毛皮に顔をうずめて草原を駆け抜ける。
「ひゃっはーい!」
乗り心地はとても良かった。
◇◆◇
十五分ほどカミサマに揺られていると、街の門が見えてきた。門番がこちらに気付く前にカミサマから降りる。
「さて、ボクはここまでだ。ちゃんとユリカちゃんの転生の許可は手に入れて見せるから安心してね」
「うん、ありがとう」
にっこりと笑って感謝を伝える。
たった一言だけど、伝わるよね?
にこやかなカミサマの顔を見ると、伝わっていると思う。
「ちょっとしゃがんで、アリサちゃん」
「?」
しゃがんだ私の額に、カミサマが唇を当てる。
え、なに!?
「巻き込んでごめん。……願わくは、きみの旅路の果てに幸あらん事を」
「えっ!? ……ありがと」
突然、額とは言えキスされた事に驚いて、返事はちょっと拗ねた感じになってしまった。
でも、気持ちはすっごく伝わった。
……巻き込んだなんて、私が決めたことだから、謝らなくてもいいよ。
「じゃあね」
そう言って消えたカミサマに、私はもう一度、
「ありがと」
そう呟いた。
さあ、行こう。
街は目の前だ。
◇◆◇
目の端に浮かんだ涙を拭い、私は街の門の前に立った。高い城壁に囲まれ、門からは中を見る事は叶わない。
どんな街なのだろうか?
期待に胸が踊る。
「ん? 嬢ちゃん、街に用があるのかい?」
「ええと、うん」
「ほお、そうかい。身分証は持ってるかい?」
「え? えっと……ちょっと待って貰える?」
「ああ、構わないよ。あればタダで入れるけど、なければ別途料金がかかるってだけの話だからさ」
え、お金?
刀を作る日数はあったにしろ、実質異世界ライフ初日の私がお金なんて持ってるわけがない。
……これはヤバイ。
『物質収納検索、身分証』。あるかな……。
あった!
私の出身地とか、名前とか年齢とかが書かれた紙だ。ちなみに出身地は「ファラ王国・ニーナ村」。何処だろ。
さもポケットから取り出したように差し出すと、門番のオッチャンは優しそうに微笑んで道を開けてくれた。
「はい、確かに。リリアの街へようこそ。治安は悪くないけど、お嬢さんみたいに可愛い子は一人だと狙われやすいから気をつけてね」
「うん、ありがとう」
にっこり笑って頷きながら、私の頭はパニックに陥っていた。
(可愛い? 私が? 鍛治の仲間からは不細工とか男とか痘痕面としか言われた事のない私が? この世界の美的感覚可笑しくない!?)
貼り付けたような笑顔に冷や汗をびっしょりとかきながら中に入る。
街の中に入った瞬間、私は目を丸くした。
人が凄く多い。
中世ヨーロッパ風の石造りの建物が広い道幅の道路の脇に立ち並び、その道を所狭しと人が歩いている。その服装も、日本とは随分違う。ジャージやジーンズなんてものはなく、布でできた簡単なものだ。オシャレなんて言葉は存在しない。
さて。
「とりあえず、宿。お腹空いた。もう根性じゃどーにもならない」
そう、私はこの世界に来てから何も食べてない。
鍛冶の修行じゃ一週間くらい不眠不休やったことはあるから体力はまだ大丈夫だけど、空腹は無理。今にも倒れそうだ。余裕に見えるのは根性である。
ゆっくりと進みながら宿を探す。目当ては門前宿だ。こういう世界にはある程度のグレードの宿屋が門を入ってすぐのところにあるものだ。
それを探すーーーーあった!
宿屋『風の祝福』。
空腹を抑えて、私は宿に駆け込んだ。
◇◆◇
結論から言えば、宿は当たりだった。
手続きも早いし、金を払うとすぐに部屋と食事を用意してくれた。
あ、お金はあった。
物質収納の中に『お金』という文字があったのだ。それを開くと、金貨、銀貨、銅貨、賤貨が百枚ずつ入っていた。それぞれ百枚で一つ上の貨幣になるらしく、賤貨が一枚百円程度。つまり、金貨百枚というのは百億円だ。
……もう仕事しなくていいよねこれ。
ニート生活しよっかな……。
いや、ユリカのためにも戦わなきゃ。まずは階梯を上げなくては。そのためには冒険者ギルドでクエストだ。
しばらくはこの街で生活するつもりだから、宿は取れる最長の一ヶ月頼んだ。そして部屋にも上がらず食堂へ。
ご飯はとっても美味しかったです。
食事を終えて部屋に行く。
「はあ〜」
ベッドに飛び込み、大きく息を吐く。
これまでずっと何かをしていたから、ようやく落ち着いた。
自然と思い起こされるのは、前世のことだ。
私は、死んだのか。そしてここは、違う世界。ユリカが、親方がいるのとは、別の世界。
……泣いても、いいよね。
私は人前では泣かない。それはプライドが許さない。
女ながらに鍛冶の修行をしてきて、そのくらいの矜持は持ち合わせた。男女なんて関係ない、男に目にもの見せてやるーーーーそんなことをずっと思ってた。だから涙も見せなかった。
でも今は、ここには私しかいない。
……いい、よね。
「っ、ぅ、あ」
一度気が緩んでしまうと、あっという間だった。
「うわぁぁあああああっ!」
誰もいないーーーーここには、誰も。
お父さんも、お母さんも、ユリカも、親方も、いつもからかってきた男子連中でさえも。
私がここで『生きてる』って知ってるのは、訳のわからないカミサマだけ。
それ以外には、誰もーーーー誰一人として、いない。
「ユリカぁ……親方ぁ……。お父さん、お母さん……」
その言葉は、私の口から、ポツリと零れ落ちた。
「会いたいよぉ……」
けれど、応えてくれる者は、いない。




