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032「森の大騒ぎ」

今回短めです。

 街を出て三日。

 いい加減飽きた。

 変化のない風景、会話のない時間、気まずい空気。

 そしてなにより……


「ご飯が味気ない」


 ここ三日、出された食事といえば筋っぽい干し肉に固いパン、温い水。

 それだけだ。


「もう少し美味しいものが食べたいよー」

「アリサちゃんはストレージ持ってるんだから、食べ物入れてくればよかったのに」


 もっともなことを言うカミサマ。

 ストレージ内はどういうわけか時間が経過しないからいくらでも美味しい食事を持ち込み可能……だったのに。

 完全にミスった。


「でも、カミサマだってインベントリあるんだから持ってきてくれても……」

「……ソウデスネ」

「忘れてたな」


 人のこと言えないね。

 ……いや、この反応は本当に忘れていただけか?

 オークキング討伐の時にサンドイッチを用意してくれていたのを思い出す。あんな気遣いができるんだから、絶対に忘れてるわけじゃないよね。


「ねえ、カミサマ」

「ナ、ナニカナ」


 顔を覗き込むように回り込むと、カミサマはギギギと軋みを上げるような動作で顔を逸らした。

 ……怪しい。


「スンスン……焼き鳥?」

「残念、牛串……あ」

「やっぱり」


 カマかけると簡単に引っかかる。こんなに単純で、神様ってやっていけるのだろうか。心配になってくる。


「余計な御世話だよ」

「あっそ。で、牛串はまだ残ってるの?」

「結構あるけど、食べ過ぎると二日持たないよ」

「そんなに食いしん坊じゃないよ」


 むぅ、と睨む。

 人のことを何だと思ってるのさ。


「大飯食らい?」

「そんなに食べてない!」


 私の食欲は一般人並みだよね?

 しかも、鍛冶の修行の影響で味に頓着しないし数日は食べなくても平気。

 どっこも大食らいじゃないと思うんだけど!


「食事に文句付けてるんだから同じだよね~」

「うっ。いや、持ち込みしてるカミサマに言われたくないよ。……ありがと」


 催促するように手を出すと、湯気の立つ牛串を渡してくれた。

 一口サイズにカットされた牛肉に甘辛のタレがかけられている。

 かぶりつくと、口の中に肉汁があふれてくる。それがタレとマッチしていて……


「美味しいっ」

「でしょでしょ。……まだ食べるの?」


 再度手を出すと呆れたような顔をされた。

 ……違うってば!


「ルルの分」

「ルルちゃんならもう食べたよ」

「はあっ!?」


 カミサマの後ろに乗っているルルに視線を向ける。

 ……逸らされた。

 マジか。

 仲間外れは私だけなのか。


「裏切り者ぉ~」

「す、すみませんお嬢様」

「口止めをしたのはボクだよ」

「お前の仕業かぁ!」

「当然だね」


 見事なまでのドヤ顔。しかも新しい牛串を出して口に運んでる。

 うわー。

 これはないわー。

 

「極刑」

「はいっ!?」


 慌てるカミサマから串を奪い取ると噛みちぎった。

 ……間接キスだと気付いてちょっと慌てたのは内緒。



 ◇◆◇



 異変は唐突に起こった。

 左に広がる、鬱蒼とした森……その中から、突如として魔物の群れが出現したのだ。


「「「ギシャァァァアアアアアアアアッ!!!」」」


 姿が見えたその瞬間には殺気が吹き荒れていた。

 森から溢れるように出てきたソレらは、異形の怪物ども。

 ゴブリン、ウルフ、オーク、オーガ……。

 その他にも、蟲型や植物型の魔物など、数えるのも馬鹿らしいほどの数と種類の魔物が現れる。


「なっ」

「下がって!」


 動きが止まる兵士たちとは対照的に、私とカミサマは即座に動き出した。

 ルルと乗っていた馬を馬車の裏手に下がらせ、私は『亜里沙』を抜いて正眼に構える。カミサマは弓を構えて狙いをつける。

 前に出る私とカミサマは魔物の殲滅、ナイトソードと兵士が馬車の守りを固める。

 打ち合わせ通りだ。


「シッ!」


 同時に五本の矢を右手に握り、十人張りという強弓をしっかりと引き、放つ。私によって魔回路を刻まれ貫通力を増した矢は、いとも簡単に魔物の体を打ち抜いた。

 矢が魔物の体を貫通し、背後の敵まで同時に射抜く。そんな常識はずれな光景を見せられたナイトソードや兵士たちは開いた口が塞がらない様子。

 流石、自慢のカミサマです。

 だが、数はそれだけで暴力となる。

 カミサマが一度に撃ち抜くのは精々十匹。数百という数の魔物群はその程度の被害をものともせず、勢いを緩めることなく突っ込んでくる。


「弓は打ち止めかな」


 ありったけの矢を放ったカミサマはそう言ってポチに変化する。

 白銀に輝く峻烈な姿……すでに神狼化している。


「さ、乗って」

「うん」


 ひらりと飛び乗る。

 首の辺りにまたがり、『亜里沙』に魔力を流し込んだ。

 刻まれた魔回路が活性化し、刀の性能を押し上げる。

 今、この刀は万物を断ち切る。

 それは、わずかだが……『切断』の概念を纏っていた。


「行くよ、アリサちゃん。……覚悟はいい?」

「……うん」


 ちょっと逡巡してしまって、そんな自分に苦笑する。

 きっとこの、命を奪うという感覚に慣れることはないんだろうな、なんて思った。

 そして、私はそれでいいんだとも。

 この世界に転生して、それでも私は「日本人」だ。命の危険など存在しない、平和な世界で生活していたのだ。そんな私が、簡単に殺しに慣れる……そんなことはあり得ない。

 きっと私は、この先も、この感覚に苦しめられる。生きるために殺す、そんな当たり前に躊躇する。

 でも、それでいい。


「『殺し』に何も感じないような人になりたくないしね」

「……アリサちゃん」

「でも、今は躊躇する余裕はない。だから、難しいことを考えるのは後回しにしておくよ」


 ヒュン、と『亜利沙』を振るう。

 体の奥底から力が溢れ出る。

 今まででも、華奢な体でオークキングのような魔物と正面から斬り合ったりと規格外な膂力を見せてきた。でも、今の私はそれを超えている。


 恐怖が消える。

 思考が澄み渡る。

 視野が広がる。


 もちろん戦うのは怖い。でもそれは、体を固めてしまう余計なものではなく、暴走を止める生存本能の表れだ。

 だから、大丈夫。

 今の私なら、絶対に負けることはない。

 そう断言できる。


「行くよカミサマ!」

「おっけー!」


 眼前に迫る数百の魔物。

 退路はない……生き残るため、飛び出すカミサマの上で刀を構えた。

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