031「出発」
「全員そろっているね」
私たちが集まって十分ほど後、子爵が屋敷から出てきた。
その後ろには、いつも屋敷を案内してくれる執事さんと二人の護衛兵が着いている。
護衛兵が一歩前に出て口を開く。
「商業都市ベルギアまでの道のりは、常に森に面した道を通ることになる。魔物の巣窟を側面に移動するわけだから、厳重な警戒が必要になる……。正直、我々は魔物相手の戦闘は不慣れだ。その時はアリサ殿に期待している」
「うん、任せて」
集まった護衛は私たちと兵士が十人。あと、門のところで冒険者のパーティと合流するようだ。
あの戦争で活躍してランクが上がったパーティらしく、ギルドを通して指名依頼したのだとか。
そこまで説明を聞いて移動を開始する。
馬は……ポチを乗り回していたおかげかそれなりに乗れた。でもポチのほうが乗りやすい。
揺れてお尻が痛いのだ。
「ま、そこは仕方ないよ。神狼と普通の馬を比べちゃだめだって」
「頑張ってください、お嬢様」
乗馬できないルルはカミサマの後ろに乗っている。
くそう、うらやましい。
……カミサマが。
しばらく移動すると門にが見えてくる。
私が初めて来たときとは逆の方向にある門だ。
本当にこの街って広いよね。
門の外には数人の武器を持った人がいる。彼らが冒険者のパーティだろう。
「止まれっ」
護衛兵の号令で馬車が歩みを止める。
私はこれ幸いと馬を跳び下りてひりひりするお尻をさすっていた。
「うー、痛いよ」
「はい、お疲れ様」
カミサマの《治癒》がありがたい。
カミサマは魔力量がかなり少ないらしく、魔導レベルが10でも戦闘で役立つほど魔法を使うことはできない。でも、ちょっとしたことなら……たとえば私のお尻の痛み止めをしたり、相手の魔法を打ち消したり、相手の強さを問わず一人だけなら戦闘不能にしたりするくらいはできるらしい。
個としては強いけど数の暴力には弱いようだ。
護衛兵と合流したパーティのリーダーらしき人が話しているのを見ていると、その隣にいた三人が私に近づいてきた。
「えっと。アリサさん……ですか?」
「え、あ、うん。そうだけど」
頷くと、三人はぱっと顔を輝かせた。
「ご一緒させていただく、Aランクパーティのナイトソードです! よろしくお願いします! えっと、そちらのパーティ名を教えていただけますか!?」
「う、うん、よろし……く?」
パーティ名?
私たちは顔を見合わせた。
そういえば……決めていない。
「えっと……パーティ名は……」
「決めてないねー」
「お嬢様、どうしますか?」
うーん。
今までは特に困った事無かったからなー。
今決めるとか無理だし、適当に呼んでもらおう。
「決まってないから適当に呼んでもらえる?」
「「「えっ」」」
まあそういう反応だよね。
でもさ、こういうのって私の一存で決めるのはいけない気がするんだ。
ほら、名は体を表すって言うし。
「で、でも。こういうのって本人が決めるものじゃ……」
「じゃあ、私の二つ名から取ってクリムゾンで。いいよね?」
「おっけー」
「はい、それで」
カミサマとルルの許可も取れた。
その内にもっとちゃんとした名前を三人で考えればいいよね。
「お、集まってるな。出発前にかるく自己紹介でもしようって話になったんだ、アリサさんたちもこっちに来てくれるか?」
護衛兵と話していたナイトソードのリーダーさんがこちらに来ていた。
護衛兵さんは馬車の扉を開けて子爵と打ち合わせ。その間に自己紹介を済ませておけってことね。
リーダーさんも交えて地面に腰を下ろす。
「じゃ、まずは俺たちから紹介させてもらおう。俺がナイトソードのリーダーをやってるトバリだ。両手剣を使う」
そう言って背中に背負っている大きな剣を示す。
トバリ自身は、がっしりとした体つきの戦士風の男だ。身につけている防具は革を下地に使い、要所要所を金属のプレートで補強しているタイプだ。ところどころに傷や汚れがあり年季が入っていることが分かる。おそらく、回避を重点に置いているのだろう。
次に口を開いたのは、プレートメイルを纏い盾と槍を背負った男だ。
「キラだ。盾役。槍も使うが、基本は防御だ」
無口な男のようだ。
なお、鎧で全身を覆っているからどんな外見かはよく分からない。
力はあるのだろうが。
「わたしはエリーよ。火魔法を使って後ろから攻撃をするわ。近接戦闘も苦手じゃないけど、魔法に比べると心もとないわね。よろしく」
エリーは赤い髪と目をした、快活そうな女性だった。私よりもちょっとだけ年齢は上だと思うけど、失礼だから聞かないでおく。白のローブのような、魔法使い風の服に身を包み、手には杖のような木の棒が握られている。杖には魔力の流れる回路が刻まれていて、火の属性を増幅させる効果があることが分かる。
カミサマの弓もそうだったけど、魔回路は剣じゃなければ普通に刻めるものなのだろうか?
「えっと、ミーアと言うのです。水と回復魔法を使うのです。よろしくなのです」
最後、ロリっ子。
そしてなのですっ子。
装備としては、エリーと同じような白ローブを羽織ってる。杖は持っておらず、腰に短剣が下げられている。魔力の気配がある……おそらくは魔剣だ。
「とまあ、俺たちナイトソードはこんな感じだ。さて、じゃあアリサさんたちのパーティ、紹介をよろしく」
「あ、うん」
あの魔剣、後で見せてもらえないかな……とか思いながら自己紹介を始める。
「パーティ名はまだ決めてないから暫定だけど、今はクリムゾンってことにしてる。私がリーダー……なのかな? のアリサです。刀の使い手で、一応Sランク。よろしく」
腰の『亜里沙』を軽く抜き、キンッと音を立てる。
「あーっと、戦争で使っていた技は何なんだ?」
「剣を雨みたいに降らせるやつ。あれってアリサの固有魔法なの?」
トバリとエリーの疑問にキラとミーアも頷いている。
……なんて説明しようかな。
「あー、うーん。あれは魔剣の力で……」
「魔剣!? あんなにすごい魔剣を持ってるの!?」
「あ、いや、今はないっていうか……」
「ないの!?」
「えっと……あれで壊れちゃった」
「「「はあっ!?」」」
唖然とするナイトソード。
仕方ないじゃん! あれやらないと勝てなかったんだもんっ!
でもこの様子だと、私があれを作ったってことは言わないほうがいいかな。
「ま、まあ、戦えないわけじゃないから安心してよ」
冷や汗を流しながらそう言うと、
「ま、ランサーを剣で下してるんだ、そこは心配してないよ」
とトバリさん。
なんとか場が収まったことに感謝です。
「じゃ、じゃあ次。弓使いの、か……コスモスです」
「コスモスでーす。ライカンスロープだよ」
カミサマの自己紹介にナイトソードの面々が一瞬、顔をしかめた。
ライカンスロープ……つまり、亜人。
それを聞いた彼らの拒絶する顔。
それを見た瞬間、
…………どうしようもない、怒りが湧いた。
「「「「っ!?」」」」
凍るような怒気にナイトソードはすくみ上がる。目に恐怖が宿る。
「なんで……」
ポツリ、と声が漏れた。
ここしばらく、ルルのことをきちんと扱ってくれる人ばかりだったからか、すっかり忘れていた。
亜人は忌避されるのが普通。
その事実を。
「……最後、私の奴隷のルル。以上」
ボソリとつぶやき、逃げるようにそこから立ち去った。
……思えば、これが分岐点。
ここできちんと分かり合えていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。
◇◆◇
護衛は、先頭に斥候兵、その後ろの馬車の周囲を護衛兵が固め、左右を冒険者が守ることになった。
私たちクリムゾンが森に面した左、ナイトソードは左を守る。
左右に分かれ、私は……落ち込んでいた。
「はあ……」
思わずため息が出る。
何であんなことしちゃったのか……。
後悔が止まらない。
亜人差別は分かりきっていたことだし、すぐに解決できることでもないというのに……。
「アリサちゃん、ボクたちのために怒ってくれるのは嬉しいけど、仕事はちゃんとしてね?」
「……分かってる」
「ていうかボクたちは気にしてないから」
「……分かってるよ」
そんなことは分かっているのだ。
だからこその落ち込みなのだから。
「……はあ」
ウジウジと悩む私にカミサマがあからさまな溜息を吐く。
わざと聞かせてるよね?
「当たり前だよ。ていうか、いい加減に切り替えて。あいつらを許せないのは分かるけど、今は一緒に子爵を守る仲間だよ? 自分で自分の首絞めてどうするのさ」
「……分かってるってば」
「……ならいいけどさ」
私の口から深い息が漏れる。
どうしたらいいのか、私だって分からないのだ。
カミサマとルルは私の大切な仲間で、それを拒絶されるのはすごくつらい。
でもそれはナイトソードが悪いわけではない。彼らは生まれたときからそう教わっているのだから。
……結局だれが悪いわけでもなく、この状況はある。
だから私は溜息を吐くくらいしかできないのだ。
こうして、早くも不安に包まれつつ、私たちはリリアの街を出た。




