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003「刀を打とう!」

4/18:焼き入れの工程の説明に刃紋が浮かぶことを追記しました。

「数日は寝かさないから覚悟してね?」


 このセリフ、恋人に言いたい。

 初夜なり何なりで、最愛の人と桃色空間を作って、囁くように言いたい。言われたい。

 そんな言葉だ。

 でも現実は……


「舐めないでよね。これでもボクは神様だよ。 一ヶ月だって寝ずに過ごせるんだから」


 こんなこという子どもに言うことになるなんて。

 ああ、世界はなんて残酷なのだ。


「きみ何気に酷いね……」

「何気に心読んでくるのも酷いと思うよ」


 でもまあ、そんなことは良いのだ。

 何故ならこれから、


「さあ、刀を打とうか!」


 鍛冶が待っているのだから!


「やっぱり日本刀って言えば緋緋色金かな? 日本刀に最も適したって名目の伝説の金属だしね」


 そう言って物質収納ストレージから緋緋色金をタップする。

 と、


「うわっ、すごい」


 緋緋色金の文字の下に、成分表的なものが現れた。小さく光る『炭素含有率』の文字。これはまさか、


「下鍛えまで終わってる!?」


 刀を打つとは言うが、そのためには金属がいる。当然、金属の質が悪ければ刀の質も落ちてしまうため、用意する金属も念入りに鍛えておく必要があるのだ。

 その工程は、多々良吹き、水減し、積沸かし、下鍛えと続く。

 そうしてできた金属塊は玉鋼とよばれ、質の高い日本刀の材料となるのだ。

 そして、その工程の中で、異なる炭素含有率をもつ金属が四種類ほど生み出される。

 心金、棟金、側金、刃金だ。

 これらはそれぞれ、日本刀の異なる部位に使用される。

 心金は刀の中心部、芯の部分。

 棟金は峰の部分。

 側金は刀身部分。

 刃金は刃の部分である。

 そして、下鍛えの段階で、それぞれに異なる回数の折り返し鍛錬を施す必要がある。叩いて伸ばし、折り返して再び伸ばす。これを下鍛えの段階では平均して五から六回行う。

 少なく感じるかもしれない。

 だが、『平均』だ。

 四つの部位に対して行うと、折り返しは二十回を超える。

 まだ少なく感じるかもしれない。

 だが折り返すのは紙ではない。

 鉄である。

 固いのだ。熱いのだ。死にそうなくらい疲れるのだ。

 それが、ない。

 下鍛えが終わっている。

 最高ではないかっ!


「……うん、キャラ守ろうよ」


 くわっ! と目を見開く私に、カミサマの言葉は届かなかった。



 ◇◆◇



 さて、緋緋色金なんていう初めて見る金属から炭素含有率に応じて四つを選び出し、心金、棟金、側金、刃金にするのを決める。

 手探りになるかと思ってたけど、となりに立ってるカミサマが「緋緋色金って玉鋼をもっと日本刀向けにしたものだから、今までの感覚で選んで良いよ」と言ってくれたおかげで案外あっさりと決まった。

 あっさりとは言っても、平気で数時間は悩んでいるのだが。

 金属の質を決めるのは炭素含有率だけではない。作られてから経った時間や、突き詰めれば原子の並び方にまで影響される、奥深いものだ。金属の精製の専門家もいて、彼らだって『刀工』の一人だ。主に『研ぎ』を専門としていた私に瞬時の見極めなんてとても無理。だから、納得するまで時間をかけた。

 まあ、一体何をしたのかは長すぎるので割愛。ざっくりと言えば、指ではじいて音を聞いたり光にかざして光沢を確かめたり。外から見てもよく分からないことを延々と続けていたのだ。

 カミサマに聞けば、もう工房の外は夕日が落ちてきているという。早いね。まだ鍛冶は始まってもいないのに。

 だがそんなもの、炉を前にした私には一切関係のないことだ。

 炉に火を入れ、金属を熱していく。ふいごで炉の温度を調節しながら、緋緋色金が赤熱するまで熱する。

 緋緋色金は熱伝導率が極めて高いとされる金属だ。それは刀鍛冶にとって大きな利点である。もともと、緋緋色金の記述があるのも鍛冶に関する書物の中なのだ。

 しかし、熱い。

 ふいごを吹くたびに体に吹き付ける熱波で全身から汗が噴き出してくる。

 鍛治師の中でも凄腕の人たちを、隻眼と呼ぶことがある。

 それはこの熱波と火花の飛び散る中、失明するほどまでに鍛治に打ち込んだ証拠。女の私が槌を握れなかった最大の理由だ。

 頃合いを見て、炉から金属を上げる。

 そして大槌を持って立つカミサマに目で合図を出す。


「シッ!」


 カミサマが歯と歯の間から鋭い呼吸音を聞かせ、大槌が強く、赤熱した緋緋色金を叩く。

 カーンッ!

 澄んだ金属音に私の顔は笑みを浮かべる。

 ここまできれいな音が出たのは、親方が国宝・新天を打った時以来だ。あの刀の研ぎを私が担当したのは、今でも自慢の一つである。

 カミサマが二度、三度と大槌を振り下ろす。その合間に私は小槌で形を整えていく。通常は三人で行う工程だ。大槌で金属を伸ばすのが二人、小槌で形を整えていくのが一人。小槌を使うのが親方である。

 十分金属が伸びたと思ったら、折り返して再び伸ばす。今度は横に折り返し、再び伸ばす。

 叩く。折り返す。伸ばす。叩く。折り返す。伸ばす。

 ひたすらそれを繰り返した。

 そして、七回ほど折り返すと、心金の完成である。

 次は九回折り返した。これは棟金。十五回。これは刃金。十二回。側金。

 全部で四十回以上折り返した。

 折り返しにより、金属は不純物がなくなり、数千にも及ぶ層を作り強靭さを手に入れる。この工程で刀の質が決まると言っても過言ではない。

 だから、私はこの工程を他のどれよりも重視する。刀鍛治はすべての工程で手を僅かたりとも抜かないが、どれが最も重要かを問われれば、私の答えは上鍛えと呼ばれるこの工程だ。

 汗にまみれ、すでに時間の感覚はない。ただひたすら槌を振るっていた。

 上鍛えが終わっても、刀鍛冶は終わらない。未だパーツが出来上がったに過ぎないのだ。

 鍛え上げられた四つのパーツを組み合わせ、一つの形にしていく。

 鍛接だ。


 そして、それを刀の形に伸ばし、整えていく。先端を三角に切り落とし、剥き出しになった心金を刃金で覆っていく。

 素延べ。


 峰を三角に、刃を薄く。刀身全体をゆっくりと小豆色になるまで加熱して徐冷する。

 火造り。


 冷えてから黒い汚れを荒砥石で落とす。かんなで刀身の凹凸を削ぎ落とし、形を整える。この段階で『刃渡り』と『まち』が決まる。

 空締め。


 削り跡を砥石で落とす。

 生研ぎ。


 そして、焼き入れ。

 刀身を八百度まで加熱し、水で一気に冷却する。急激に冷えることで棟金が収束し、刀に反りが生まれる。また、これによりマルテンサイトと呼ばれる硬い組織が生まれ、これが刃紋となる。

 温度を少しでも違えると刀が台無しになってしまうため、細心の注意が必要とされる。

 これで、あとは仕上げを残すのみである。


 形を整え、下研ぎをする。銘を刻む。

 打ちながら決めた銘は、『亜利沙』。私の、向こうの世界での名前。今の私は姫川亜利沙ではなく、アリサ・ヒメカワだ。だから、その名を刀に刻んだ。

 そして、仕上げ研ぎで刀身が完成する。

 『亜利沙』と、私の名が刻まれた部分を愛おしく撫で、柄に差し込んだ。

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