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022「スラムの実態」

 領主との会談を終えてシャルさんとマスターが待っている酒場へ向かう。二人には結果を報告する約束をしているのだ。

 メロネ子爵の用意してくれた馬車で向かったのだが、この乗り心地がまた凄く良い。良すぎて逆に気持ち悪かった。なんだかんだで貴族と会談なんてしてたけど、根っこは平民で小心者なんです。

 オークキングとの戦いよりも緊張した。

 シャルさんに何を話すかの確認をしてもらっておいて良かった。練習にも付き合ってもらったし、お礼を言わなければ。

 馬車のソファーに身を埋めながらそんなことを考えた。



 ◇◆◇



 酒場で二人に会談の結果を報告する。マスターからの評価は「まあ良くやったんじゃないか?」で、シャルさんからの評価は「可もなく不可もなく、ってところね」とのこと。

 とりあえず及第点には達したらしい。

 でも、シャルさんからは「本番はこの後ね。視察の時、何が何でも協力を引き出しなさい」とも言われた。確かに、結論を先送りしただけだもんね。

 だけど、スラムの情報を引き出したのは間違いない成果だ。後に引けない理由もできた。

 シャルさんからの情報だ。

 黒のローブの集団。それはおそらく、王家直属の暗殺部隊・・・・、《第零番隊ゼロ》であるとのこと。足のつかない訳ありの子どもを集め、死人続出の厳しい選定を潜り抜けた者のみで構成される精鋭中の精鋭。騎士団が身を守る盾であるとするならば、彼らは暗躍し内部の敵を屠る矛。

 スラムはその供給源となっていたのだ。

 だからこそ、王家はスラムをなくせない。それは自らの牙を叩き折るに等しい行為だ。

 それに比べて、私のスラムをなくそうとする理由のなんと貧相なことか。

 つまるところ、「苦しんでいる人を見たくない」という自己満足に過ぎないのだから。メロネ子爵には「自己満足に浸る趣味はない」と言ったけど、やっていることは自己満足そのものだ。

 けれど、王国のしていることは、人をーーーー子どもを、道具として使っているということだ。さも消耗品の如く子どもたちの命を使い捨て・・・・、殺人機械へと改造する。それが実態だ。

 私はどんな経緯であれ、孤児院を作り子どもたちと関わりを持った。

 なら、見捨てることはできなかった。才能なんてなかった私にとって、諦めの悪さと根気強さだけが唯一の武器だ。引き際を見誤ることはしないつもりだけど、最後まで足掻き通す。理由なんてない、ただの意地だ。

 だからそれでいい。

 最後まで通すだけだ。



 ◇◆◇



 酒場を出て孤児院に向かう。ちょっと遠いけど馬車を使うほどでもないというこの距離感は非常に面倒だ。どうせなら馬車を使わなければ、というくらい離れていてほしいものである。場所を決めたのは私なのだけど。

 で、孤児院に到着。広場のある方では炊き出しで大変なことになってるだろうから、回り込んで管理棟に忍び込んだ。用があるのはサラだからね。


「やっほー、サラ」

「お嬢様っ!?」


 突然やって来た私に驚くサラ。勝手に来客用のソファーに腰掛け、サラが落ち着くのを待つ。


「領主との話し合いの結果を伝えに来たよ」

「そうですか……。如何でした?」


 サラがゴクリと唾を飲み込む。下手をしたら潰されるかもしれないわけだから、緊張もするだろう。


「まあ、結論から言えば保留かな」

「保留ですか?」

「うん。今度、子爵さんがここの視察に来るんだけど、その護衛が私になった。そこが本番だよ」

「お嬢様の孤児院を視察するのに、お嬢様が護衛をするんですか?」

「この孤児院のオーナーはサラだよ」


 サラが「そうでしたね」とつぶやく。ついでに、サラはなぜか解放奴隷になっていたことを伝えるが、それはメロネ子爵が勘違いした・・・・・のだろうとのこと。奴隷が運営する施設は主人のものになるからその主人を護衛にはつけられないからだ。

 そして、今度の交渉の目的は協力を引き出すことではない。引き出したいのは不干渉だ。

 協力は初めからダメ元だ。だから、味方を増やすのではなく敵を減らしたい。

 王国にあるスラムはここだけではない。どれだけ本気で私たちをつぶしにかかるかは分からないけど、一つの街に対してそんなに大部隊は回せないはずだ。良くて諜報部隊を数人、といったところではないだろうか。

 相手がそれだけなら、なんとかなると思う。


「あと、王国がスラムをなくさない理由についてだけど」


 サラには《第零番隊ゼロ》についての話もしておいた。サラなら知ってもいいかと思ったからだ。


 サラと話し終えた私は炊き出しの手伝いをして、ルルとカミサマと一緒に風来坊へと戻った。



 ◇◆◇



 メロネ子爵との会談の二日後、孤児院に彼女からの使者がやってきた。翌日、子爵が視察に来るので歓待の準備をしておくようにとのこと。急すぎる気もするけれど、こちらとしてもさっさと不干渉を取りつけてしまいたいところだから文句は言えない。サラに提出する書類の準備を指示した後、私はメロネ子爵の屋敷に向かった。

 相変わらず豪華な屋敷に気押されながらも護衛の段取りについて話し合い、朝早くから出ることが決まると屋敷に泊らせてもらえることになった。風来坊のルルとカミサマには使いを出してくれることに。待遇が良すぎる気がするけど、遠慮する理由もないので厚意に甘えることにした。

 話し合いの後に護衛として務まるのかを確認するとかいう理由で模擬戦を挑まれたりしたが、もとからランクA相当の刀術を持ち、更にカミサマ特製のチートパラメータである。魔剣を使うまでもなく一蹴しておいた。

 そして、ベッドの柔らかさに逆に眠れない夜を過ごし、だが相も変わらず夜明け前に目を覚ました私は絶賛寝不足であるが、なにはともあれ朝食後に護衛の開始である。

 ストレージから桜龍のコートを取り出し、複写した魔剣『亜里沙』を装備する。新しい魔剣『花鳥あとり』も懐にしまっておいた。魔剣は魔力を流し込むことでその効果を発揮する。肌に触れさせておけば、どんな装備方法であっても使用は可能なのだ。そして『花鳥あとり』の攻撃力は、その特殊効果に大きく依存する。

 『亜里沙』とは違い、刀としての攻撃力を追求したものではないのだ。

 日が昇り始めたころ、部屋の扉がコンコンと叩かれた。扉を開けると、昨日案内してくれた使用人の人が立っていた。


「はい」

「朝食の用意ができました。どうぞこちらに」


 …………え?

 朝食は別の部屋なの?

 ま、まあ、使用人の人たちと食べるんだよね。ね?

 そんな私の気持ちを裏切るかのように、私が連れて行かれたのはメロネ子爵と話し合いをしたあの部屋だった。


「どうぞ」

「ええと、こんな格好でいいんですか?」


 礼服を着ていた昨日と違い、今の私は完全に冒険者としての姿だ。コートは良いにしても、魔剣を二本も装備している。貴族の前に出る格好とは思えない。

 ついでに言うと食事の作法なんてさっぱりだ。話し方はシャルさんに多少教えてもらったけれど、食事なんて無理。

 何を今更と思う人は、どうか想像してみてほしい。

 社長に見られながら朝食をとるようなものだ。

 だが現実は非情である。


「構いません。どうぞお入りください」


 ギイィ、と相変わらず緊張感を掻き立てる音を立てて扉が開く。

 もうヤダ。精神力がガリガリと削られていく。

 人は適応する生き物だ、とか言ったのだれ?

 表情が自然と疲れ果てたものになっていく。


「やあ、アリサさん。おはよう……眠れなかった?」

「あはは……私のような庶民には、ちょっと高級感がありすぎまして」


 柔らかな椅子に腰をおろしながらそう答える。

 この部屋だってそうだ。

 嫌みのない感じに整えられているが、良く見ればすごく金がかかっている。壁に無造作に掛けられている剣がいい例だ。鍛冶スキルの高い私には分かる。あれは、この世界の基準でいえば超の付く業物だ。

 鋳造剣だけど、素材は純ミスリル。しっかりと砥がれた上に魔法的な処理がなされているため、魔剣ではないが亜里沙と打ち合えるほどの逸品だ。

 それが飾りになっているのだ。

 半端ない。


「あの剣はボルターヌ家に伝わる宝剣でね」


 私の視線に気づいたメロネ子爵が説明する。


「私は剣は使えないのだが、かつてボルターヌ家が爵位を賜ることになった戦いで、先祖が使ったとされているものだよ」

「純ミスリルの魔法剣ですか。素晴らしい業物ですね」


 出された朝食にも手を付けず、剣に視線を固定する。

 私の言葉にメロネ子爵が驚いたような表情を見せた。


「その通りだ。見ただけで分かるのかい?」

「私は冒険者でもありますが、魔剣の鍛冶師でもありますから」

「そうなのか……。では、その腰の剣も」

「はい、私が打ちました」


 そっと腰の亜里沙を撫でる。


「見せてもらっても?」

「構いませんよ」


 ストレージから本物の亜里沙を取り出して渡す。複写によって生み出された武器は元の武器と全く同一の性能を発揮するが、術者から離れると実態を維持できなくなり霧散してしまうのだ。

 メロネ子爵は空中から刀が現れたのに驚いた様子だったが、「アイテムボックスか」と呟いて納得した表情を見せた。ストレージとアイテムボックスは異なるものだが、ステータスプレートを使えるのが私だけだということはストレージも私のユニークスキルである可能性が高い。

 説明も面倒なので放っておくことにした。

 メロネ子爵が刀を鞘から抜き、刀身に目を走らせる。


「これは素晴らしいな……。形も変わっているが、おそらくは製法が違うね」

「良く分かりましたね」


 これには素直に驚いた。多少なりとも武器に造詣のあるものであれば、刀が鋳造によって作られる域を超えていることは容易に見抜く事が出来る。が、メロネ子爵はおそらくそうではない。

 そんな子爵に見抜かれたことが意外だったのだ。

 驚く私に子爵が笑みを浮かべる。


「昔、ドワーフの里で造られた剣を見たことがある。そこの親方も剣を『打つ』と表現していたよ。ここの鍛冶師は剣を『造る』と言うからね」

「……そうでしたか」

「だが、これはドワーフの技術で造られたものではないね。似ているが……あの剣には、このような美しい模様はなかったはずだ」


 波紋のことだろう。熱した刀身を水で急冷することで生まれるマルテンサイトと呼ばれる高硬度の組織が生み出す、白い紋様。刀の切れ味の秘密でもあるそれは、『焼き入れ』と言う工程によって生み出される。日本独自の手法だ。

 それはこの世界には存在しないらしい。


「ありがとう。……せっかくの朝食が冷めてしまうね。そろそろいただこうか」

「……はい」


 受け取った刀をストレージに収納しながら私は上ずった声で返事をする。

 そのせっかくの朝食は、とてもではないが味わう余裕など存在しなかった。

 逆に胃が痛くなった。

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