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021「消えた子どもたち」

 ……炊き出しは結局、第三回まで行われた。合計三千食である。

 シャルさんから初めに買い取った食料は使いきったことになる。

 が、それもシャルさんが頼んだ次の日に一万食・・・という大量の食料を運びこんでくれたおかげで解決している。本当に意味がわからないほど商売の面では最強のシャルさんである。

 シャルさんサマサマだ。

 そのシャルさんが今回、リリアの街を治める領主と私の会談を取り持ってくれた。

 私はその会談で、孤児院や炊き出しについて協力を仰ぐつもりだ。

 領主がどんな人かは分からないし、スラムには何やらきな臭いものがある。簡単には協力は得られないかもしれないけど……少しでも情報を得られればそれでいい。

 マスターの話を聞いてから、ずっと疑問だったことがある。

 何故王国が、そこまでスラムを放置するのか……いや、存続させようとするのか。

 スラムなんてない方がいいに決まってる。治安も悪化するし、空気は悪くなるし、良いことなんてない。

 なのに、王国はそのスラムを、放置というよりは無くさないようにしようとしているように見えるのだ。

 それが不思議だった。


「じゃあ、会談は四日後だね?」

「ええ。リリアの街領主、ボルターヌ子爵との会談。ちゃんとアポは取ったから、お手並み拝見ね」

「あはは……。交渉とかはど素人なんだから期待しないでよ」

「あら、戦場で、新米の兵士だからと見逃してもらえるのかしら?」


 シャルさんの言葉には乾いた笑いしか出てこない。一体、子爵……爵位を持った上級貴族に対して庶民が何ができる言うのだ。

 やれるだけはやるつもりではあるけれど、どこまでできるのか。

 正直、孤児院の存続を認めてもらえれば御の字だ。それだって法に反しているのに。


「そう言えば、なんで王国は動かないの? スラムに手を出すのって違反でしょ?」

「私が圧力をかけてるから」

「……さいですか」


 どこまで最強なのか。


「冗談よ?」

「……良かったです」


 そりゃそうだ。

 悪戯っぽく笑うシャルさんに心底安堵する。

 王国に圧力をかけられるような人に日々接しているなんて、私のメンタルでは無理だ。

 だが、シャルさんに言われると冗談に聞こえない。


「多分だけど、理由付けに必死なんでしょうね。貴女たちがやってるのは人助けでしょう。それに文句をつけるのは外聞が悪いから」

「面倒な事で。まあ、私にとってはありがたいんだけど」


 おかげでボルターヌ子爵との会談を行えるのだ。それがどんな結果になろうと、王国が手をこまねいているおかげで私はまだ動く事が出来る。



 ◇◆◇



 それから三日間、毎日増えた子どもたちで炊き出しを行ったらしい。もちろん、勉強もやっている。現在百人まで増えたので、五十人ずつ二班に分けて交互に炊き出しをしているとのことだ。

 あまりの仕事の多さにサラがグロッキー気味だった。

 私に買われたのが運のつきだと思って頑張ってほしい。

 そして今、私は領主の館の前にいる。


「……でっか。金かかってるなあ」


 それが、館を見た私の第一声だった。

 ギルドに迎えに来た馬車に揺られること小一時間。ここまでリリアの街が広かったとは、初めて知った。

 そして、私一人しかいない馬車の沈黙に耐えきれなくなってきたころ、ようやく目的地に到着。そして、私は見たのだ。

 この世界に来て初めての石造りの家。いや、家と呼ぶのも生温い。

 それは多少小規模ではあるが、十分宮殿と呼べるものだ。白く磨かれた外壁が目に眩しい。

 庶民な私には目に痛い。


「あの、アリサという者ですが」

「少々お待ちください」


 門の前で槍を構えている門番に声をかけると、片方の人が中に入っていった。訪問客の確認でもしているのだろう。

 そこで十分ほど待つ。馬車もどこかへ行ってしまったし、残っている門番も何も話さない。

 それどころか身じろぎ一つしない。

 ぶっちゃけ、超絶居心地が悪い。

 私はだれかを待つよりも自分で動いてしまう人なのだ。

 私が焦れ始めたころ、戻ってきた門番に連れられた執事が「どうぞこちらへ」と案内を始める。私は門番に礼を言ってついて行った。

 建物の中も豪華だ。

 どこぞの映画の中みたいに、赤い絨毯が敷かれた廊下と壁に掛けられた高級そうな絵画。私のような庶民を威嚇したいのだろうか。

 狭量な子爵だ。

 当然ながらそれらは歓迎のためのものなので冤罪も甚だしいのだが。

 長い廊下を進むとこれまた大きな階段があり、上っていく。二階はさらに豪華だった。描写するのも嫌になったから割愛。金ピカだったとだけ記しておく。


「ここでごさいます」


 執事が一際巨大な扉の前で立ち止まる。凄いなこれ。オークキングがいたダンスホールの扉くらいでかい。本当に執務室だよね?

 重厚な音を立てて扉が開く。

 もはや、過剰すぎる演出に辟易しそうだ。そしてこういう屋敷に住む貴族って、大抵……


「やあ、君がアリサさんだね。ようこそ、私の屋敷に」

「失礼しま……す……」


 部屋に入った私を出迎えたのは、片手を上げて気さくに微笑む、綺麗な女性だった。

 貴族らしい、綺麗な白いローブを羽織っている。

 あれ、イメージと違う?



 ◇◆◇



 とりあえず部屋に入って名前を名乗る。椅子を勧められたから座っているとお茶を出された。飲んでみる。美味しい。

 そんな私を子爵はニコニコと眺めていた。


(うぅ……。ずっと工房で生きてきた私に、礼儀作法なんて分かるわけないよ……)


 そう、私にこの部屋は場違いすぎる。何したらいいか分からないのだ。

 でも、この部屋にいるのは私と子爵の二人だけ。たち振る舞いをチェックする人もいない。それは純粋に助かった。

 それもあり、なんとか周りを見る余裕だけはなくさずにいられる。


「では、改めて名乗らせてもらうよ。私はメロネ・ボルターヌ。子爵でこの街の領主をやってる」


 そう言ってメロネ子爵は優しく微笑む。真っ白な肌に赤い唇、すっと伸びた鼻筋。銀に輝く髪を後ろで縛って背中に流している。

 すごく綺麗な人だ。


「あ、はい……。アリサです。冒険者です」


 気遅れたような私の返事に相槌を打つメロネ子爵。


「うん、アリサさんか。シャルさんから話は聞いてるよ。スラムの孤児院について、だったよね」

「はい」


 子爵という上級貴族の一員なのに、平民の私に対して全く見下す感じがない。もしかしたらいい人なのかも。貴族と言うだけで色眼鏡を通していたけど改めなくちゃいけないね。

 メロネ子爵の言に頷き、単刀直入に協力の要請を口にする。

 引っ張っても良いことないし。

 だったら、バッサリといった方が良い。


「ふむ、スラムで孤児院と炊き出し、ね」

「はい。協力してもらえませんか?」


 さすがに、メロネ子爵は簡単には頷かない。代わりに彼女の口から出たのは、否定でも肯定でもない、確認だった。


「アリサさんは、それが違法行為だと知っているのかい? 一般には知らされていない、領主のみに通達されるものだが」

「はい」


 マスターにも確認されたことだ。だから迷わず頷く。

 その反応は予想外だったらしく、メロネ子爵が戸惑ったような表情を見せている。


「では、なぜ私のような貴族の前に、違法行為をしていると知って出てくるのかな? そうでなければ見て見ぬふりくらいはできるのに、堂々と出てこられたら、私としては否定するしか道がなくなってしまう」

「失礼ですが、一度だけの炊き出しや、百人程度の孤児院に何の意味があるとお思いですか?」


 目を見てはっきりと伝える。

 そんなことに大した意味はない、と。

 メロネ子爵は小さく、「だからこそ放っておけるんだよ」と呟く。が、それには首を振って見せた。


「自己満足に浸る趣味はありませんから」

「救えない千人よりも救える百人だとは思わない?」

「救えないと決まったわけではないです」


 メロネ子爵がため息をつき、少し間をおいて口を開いた。


「我々貴族は会談を行った際、その内容を国王に提出する義務があります。このような非公式の会談であってもそれは変わりません」

「予想はしていました」


 メロネ子爵の口調が変わっている。ここからは貴族としての会話、ということだろう。今までは確認か。

 領主に話を通せば国王に伝わるだろう。シャルさんも懸念していた事だ。


「ですから、私は貴女に指名依頼を申し込みます」

「え?」

「内容は……そうですね」


 急に変わった話の内容に戸惑う。なにが「ですから」なのだろう。

 けれど、子爵の依頼の内容は、受けないわけにはいかないものだった。


「解放奴隷であるサラ氏が建設した孤児院が王国法に抵触したものであるかどうかの視察をする際、私を護衛してください」

「それはつまり……」

「ああ、貴女が受けてくださらないのなら、王国に護衛を依頼する事になりますね」

「受けます」


 私の即答に、メロネ子爵は笑って頷く。

 つまり子爵は、この会談の目的を「冒険者アリサに指名依頼を申し込む」ことにしたのだ。孤児院に関する協力要請を受けたことを隠すために。

 そしてそれは紛れもなく、他の介入のない場での交渉を行うということになる、

 逆に断れば、王国から派遣された飼い犬が孤児院の情報を嗅ぎまわることになるだろう。

 そこまで考えて確信する。

(この人も、スラムのことを快く思っているわけじゃない)

 だが、国王の命令で手を出せないのだろう。だから遠回りではあるが、こういう形で手を貸そうとしている。


「時にアリサさん。スラムでは、こんな話があるのを知っていますか?」


 突然メロネ子爵がそんなことを言う。

 この場で話すということは、それが雑談であることはあり得ない。なにか、私の知らないことが隠されているのだ。


「当然私たちもスラムのことを調査しているわけですが、時折、子どもたちから興味深い話を聞くのですよ」

「というと?」

「何やら、体力があったり力が強かったりといった少年少女が、黒いローブに身を包んだ大人に連れられていくというのです。……あぁ、私は関与していませんよ」

「……奴隷商ではないのですか?」


 スラムは言わば、奴隷の狩場だ。

 そこから有能な者を連れて行くとなれば、連想するのはまず奴隷商。

 だが、メロネ子爵はその言葉に首を振る。


「いえ、違います」

「何故言い切れるのですか?」

「この街の奴隷商は把握してますから。それに、スラムは彼らにとって美味しい餌場。故に、そこには不文律とも言えるものがあるのですよ」

「抜け駆けはあり得ない、と」

「そういうことです」


 ならば、奴隷商の可能性は排除できる。他の街の奴隷商であれば可能か……いや、商人のネットワークの恐ろしさを一番知っているのは商人だ。それを敵に回すのはあり得ない。

 即ち、黒いローブの人が所属しているのは商人ではない。


「なら、一体?」

「ここから先は言えませんね。ですが、王国がスラムを存続させようとしていることを考えれば」

「…………」


 それは、答えを言っているも同然だった。

 スラムの子どもを連れて行っているのは、王国の手の者だ。

スラムに関しては、もう少し不気味な感じを出したかったんですけど……。

思い通りに書くのって難しい(今更)

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