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020「スラムでの炊き出し」

 次の日、昼に炊き出しを行うということで朝から孤児院にやって来ていた。追加で二十人子どもたちを受け入れたため、サラは書類整理で奔走している。事務の人を雇った方が良いかな。

 今、書類整理なんかの事務仕事をやれる人は、サラ以外は子どもたちの教育係として働いてもらっている。だから、いろいろな面でサラに負担がかかっていた。

 従業員は奴隷でやっていくつもりだから一度買い取ってしまえば金がかからない。でも、お金はまだあるにしても、定期的な収入源を確保するべきかもしれない。冒険者としてお金を稼ごうとすると、ある程度の遠出が必要になる。この時期にそれは、正直歓迎できないのだ。


「みんな、おはよう。準備はどう?」

「お嬢様! おはようございます」


 向かったのは、孤児院の広場だ。子どもたちが遊べるようにと作った運動場的な場所だけど、結構な広さがある。炊き出しの準備として食事を用意するには丁度良い場所だろう。

 地面に鉄板を敷いてその上で火をおこし、石でかまどを作って鍋を加熱している。キャンプとか行ったときに良くやるやり方だ。

 今日炊き出しで提供するのは、野菜や肉団子を煮た簡単なスープだ。

 安くて簡単で、ちゃんと栄養が取れるのが理由だ。


「とりあえず、二千食ほど用意しました。お嬢様が追加の食料を手配してくださったおかげです。ありがとうございます」


 サラは今も書類を片手にみんなを取りまとめている。


「いや、そもそもこの炊き出しだって、私がやりたいって言ったものだから、お礼を言うのは私の方だよ」


 私の言葉に、サラが首を横に振る。


「いえ、わたしもスラムのことはなんとかしたいと思っていたので、お嬢様に協力できるのは嬉しいのです」

「そう言ってくれるとこっちも助かるよ」

「本心ですからね?」

「うん、分かってるよ」


 にっこりと笑うとサラもつられたように笑った。

 奴隷でもこうやって笑えるっていうのは、良いよね。特に元貴族の令嬢なんて、割り切っているとは言えどこかにしこりが残るものだと思っていたのだけど。

 それを聞くと、


「下級の貧乏貴族ですからね。地位だけはあっても、生活は少し裕福な庶民程度のものです。領地経営などを学んでいても治める土地もないですし、貴族など名ばかりでしたから」


 とのこと。


「貴族も大変なんだね」

「高名な冒険者の方のほうが稼ぎは良いですわね。まあ、彼らは命を担保に仕事をしているのですから当然ですけど」

「そっか……。そういえば、サラって亜人に拒否感あったりする?」


 ルルが手伝いたいと言っていたけど、嫌がる人がいるならやめておくつもりだ。空気を乱してまでやってもらうことではないし。

 でも、


「いえ、特に。家でも何人かは亜人の召使がいましたから」

「そうなんだ。良かった」

「もっとも、上級貴族の方や裕福な方は分かりません。亜人奴隷のほうが安いので私の家では雇っていたのですし。あと、奴隷など買えない庶民は嫌悪感があるでしょうね」

「たしかにそうだねぇ。そういう意味でもサラで良かったよ」


 安堵の息を吐いて、ルルのことを説明する。

 すると、手伝い自体は構わないけれど、人に接する仕事はやめておいたほうが無難だという。じゃあ、ルルは調理班だね。

 ルルが手伝いに出るということはカミサマもフリーということだ。こき使ってやろう。

 一度その場を離れ、風来坊に二人を呼びに行く。

 手伝いの許可が出たことを伝えると、ルルは跳び上がって喜んでいた。


「……ねえカミサマ、なんでルルはあんなに喜んでるの?」


 普通、仕事ができたら嫌になるものだと思うのだ。それもスラムでの仕事。

 好んでやりたがるとは思えない。


「ずっとアリサちゃんが図書館にこもってたから寂しがってたんだよ。だから一緒にいられることが嬉しいんじゃないかな」

「そっか……」


 ちょっと悪いことをしちゃったかな。

 私も魔剣のほうに夢中で、周りが見えてなかったかも。心配もかけてたみたいだし、これからは気をつけよう。


「じゃあ、ルルは私と同じ調理班ね。カミサマは配膳をやってくれる?」

「え、ボクも手伝うの!?」

「当然。ルルが手伝うのに一人サボるなんて許さないよ」

「そんなぁ。ゆっくりできると思ったのに」

「甘いよ」


 カミサマの表情がげんなりとしたものになるが、関係ない。

 仲間二人が働くのに、一人休めるほどこの世界は甘くないのだ。

 ……創ったのカミサマだけど。

 創造神が一番権力ないよね、このパーティ。


「三千年も頑張ってきたんだから少しくらい休ませてくれてもいいと思うんだよね……」

「私に同行してるのがそもそも休みじゃないの」

「そうなんだけどさぁ」


 溜息を吐くカミサマとは対照的に、ルルは私と同じ班と聞いて喜んでいる。犬耳と尻尾がぴょこぴょこと動いている。

 可愛い奴め。

 二人を孤児院まで連れて行き、私とルルの調理班は広場、配膳班であるカミサマは入口のテントへ向かう。十個ほどの大鍋がずらりと並び、調理係として買った三人が監督、子どもたちが実際の調理をしている。

 私の建てた孤児院なのに、子どもたちをみるのは初めてだ。


「あ! 銀貨のお姉さんだ!」

「ん?」


 声の方を見ると、たしかに見覚えのある少女がこちらを見ている。

 たしか銀貨を渡した少女だ。

 少女の声に周りの子どもたちが手を止めて駆け寄ってくる。第二陣を受け入れて、孤児院にいる子どもたちは現在四十人ほど。配膳は、ガラの悪い大人もいるかもしれないということで職員の奴隷がやる事になっているから、その全員がここにいるわけだ。

 当然、私はあっという間にもみくちゃにされた。


「助けてくれたのってお姉さんだったんだ!」

「わたしの友達も入れてあげて欲しいな」

「僕の兄弟も!」

「ちょ、まっ」


 私を囲んで騒ぐ子どもたちに目を白黒させながら調理係の人に目を向けると、ちょっと苦笑した後に一喝した。


「こら、お姉さんが困ってるでしょ! それに、仕事がまだ終わってないですよ!」

「「「は、はーい!」」」


 慌てた様子で子どもたちが戻っていく。鍋が火にかけられたままだったのだ。危険だ。

 一人蚊帳の外だったルルがおどおどしながら私に近寄る。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「うん、ありがと。びっくりしたけど、みんな可愛いねぇ」

「そうですね」


 ゆっくりと歩き、調理係の奴隷の少女に話しかける。

 女の子のほうが話しやすいのだ。


「何か手伝うことはある?」

「い、いえ、そんな。お嬢様に手伝わせてしまっては悪いです」

「じゃあ私が手伝います!」


 少女が慌てて手を振ったところで、ルルが元気に手を上げる。


「私は料理も多少できるので、力になれると思いますよ!」

「やる気だねぇ」

「はい! がんばります!」


 いつもおとなしいルルが積極的になっているのは、どこか微笑ましい。

 見ていて和む。

 実際、広場のようすもほんわかしたものに変わっていた。


「それで、何をしますか?」

「じゃあ……監督役をお願いしようかな。子どもたちの練習も兼ねているから、私たちは基本的に手を出さない方向なんだ」

「はい!」

「それじゃ、私もルルといるよ。最近あんまり話してないからね、その埋め合わせ的な?」

「本当ですかっ!?」


 目を輝かせるルルに笑顔で頷く。そんな顔をされたらだれだって断れないよね。


「というわけで、私とルルは一緒に行動するけど、それでもいい?」

「は、はい。よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ」


 少女は恐縮しているけど、彼女たちを奴隷扱いするつもりのない私は軽く頭を下げると指示された持ち場へ向かう。

 奴隷って言ってるのは、あくまで給料を払わないからだ。

 決してそう見ているわけではない。

 ちなみに、ルル以外の従業員はみんな首輪をはずしてある。奴隷扱いしないのと、そう言ったものを子どもたちに見せたくないのだ。ルルは奴隷という身分に守られているところがあるからそのままだけど。


「お姉さんだ!」


 私が向かったのは、あの銀貨をあげた少女がいる班だった。ユーイという名前らしい。

 私はユーイの頭をなで、そこにいる子どもたちにあいさつする。


「こんにちわ、みんな。私はアリサっていうんだ、よろしくね!」

「わ、わたしはルルです。よろしくお願いしますっ」

「「「よろしくお願いします!」」」


 声を合わせて頭を下げる子どもたち。

 ……うん、すごくかわいい。子どもをもった親って、こんな気持ちなのかな。

 なんというか、くすぐったいような誇らしいような……。

 ルルも眉尻を下げている。


「はうぅ……。可愛いです……」

「そうだねぇ」


 優しい気持ちになった私たちは、はしゃぎながら鍋をかきまぜる子どもたちの輪に混ざって触れ合っていた。

 物理的にではないです。心理的にです。



 ◇◆◇



 炊き出し用のスープも完成したところで、鍋を運んで炊き出しを始める。一回で準備できるのは千人分が限界だ。でも、その程度じゃ焼け石に水と言うもので、ぶっちゃけ大した意味がない。だから継続のために、シャルさんに追加の食料と合わせてこのリリアの街の領主との会談のアポをお願いした。

 もうこちらの動きは王国には伝わっている。

 スラムに孤児院を造ったり炊き出しをしたりする程度で不自然なくらい大げさだとは思うけど、取りようによっては反乱分子を手なずけようとしているとも見えるわけだから仕方がない。それに、伝わってしまったのなら、もう隠す意味がない。いっそ堂々とやってやればいいのだ。もしかしたら、やましいところはないのだと理解してくれるかもしれない。

 まあ、それよりも、今はシャルさんが領主からの返事と一緒に持ってきてくれた食料のほうが大事だ。

 まさか一日で届くとは。しかもすごい量。

 どんなチートを使った。


「昨日頼んだばかりだと思うんだけど」

「この街にあったのよ。納品の順番を調整しただけよ」


 なんでもないように言うけど、結構大変だと思うのだ。当然、納品前の食料があると言っても納品先と納品時期は決まっている。それをいくら上手くやりくりしても、無理をする以上確実に遅れは生まれる。


「そこは、私の交渉でね」

「何の権威か分からないけど権威任せのあの交渉か……」

「失礼ね。人徳と言いなさい」

「ぇえ……」


 また「贔屓するわよ」の一言で譲歩を勝ち取ったんだろうなぁ……。

 なんでこんなすごい人が協力してくれるんだろう。不思議だ。

 けど、すごく助かる。


「さあみんな、次行くよっ」

「「「うんっ」」」


 子どもたちと一緒に腕まくりをし、私たちは炊き出しスープ第二陣の準備を始めた。

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