019「ルルの魔法は超チート」
「すみません。マジですみません」
酒場でくつろぐマスターとシャルさんの前で、私は土下座で平謝りしていた。
私があげた銀貨で、マスターの尽力の意味を全て無くしてしまった。知らなかったこととは言え、罪悪感が半端じゃない。
たとえシャルさんとマスターが笑って許してくれていても、それは消えなかった。
「いや、いいから。顔あげな嬢ちゃん」
「ええ、そうね。知らなかったのなら仕方がないし、悪意があったわけでもないのでしょう?」
「そ、それはもちろんそうだけどさ」
でも結果的に私が迷惑をかけたのは事実だから。
「なら構わないわ。人間だれしも失敗する。大切なのは最後に成功するのか否かよ」
「つまり、今回失敗した分をどこかで取り戻してくれりゃ、何も言わないってことだ」
そんなの、言われるまでもない。この失敗は何倍にもして返す。
「残念ながら、荒事に対処できるのは嬢ちゃんしかいない。だからそっちは頼んだぜ」
「……はいっ!」
当然。
この作戦、私が成功させてやる!
◇◆◇
そのあと酒場で久しぶりにカミサマとルルちゃんに会った。私はずっと図書館で寝ていたから、本当に久しぶりだ。五日か六日は会ってない。いや、カミサマには新回路開発の連絡をするために一回会ったか。
「お嬢様!」
「アリサちゃん! マスターに話は聞いてるけど、根の詰め過ぎはよくないよ?」
「あはは、心配させた? ごめんね」
抱きついてきたルルを受け止め、カミサマに軽く頭を下げる。仲間っていいな。
「もう少し早ければシャルさんを紹介できたんだけどな……」
「シャル様、ですか?」
「うん。孤児院設立の話は聞いてるよね? その手伝いをしてくれた人」
「どっかで聞いた名前だなぁ……。ま、いっか?」
「カミサマ知ってるの?」
「いや、気のせいかも」
カミサマの態度が少し気になったけど、思い出せないなら大したことはないんだろう。それよりも、新しくできた魔剣をカミサマに自慢する。
「じゃじゃーん! 私が開発した新しい魔剣だよー」
「さすがですお嬢様!」
「えへへー」
ルルの言葉に私の表情がだらしのないものになる。やっぱりほめられると嬉しいよね~。
カミサマは溜息をついている。
「前にも言ったけど、今までなかった回路を作るって、歴史に名が残るくらいの快挙だよ? アリサちゃん、自分の異常性を理解してる?」
「私の体を用意したカミサマにとっては今さらでしょ」
「そうだけどね……」
チートの塊である私の体を作ったのはカミサマだ。しかも、体感時間はともかく、私たちからすれば一瞬で武術や魔術で最高位の実力を手に入れる。そんな人……じゃなかった。存在に言われたくない。
どこの世界に、ド素人が次の日あったら世界最強なんてオチがあるのか。
絶対にこの世界で一人だけだ。
「で、そっちはどうなの? ルルは戦力になりそう?」
「それがねぇ……」
カミサマはまた疲れた表情。上手くいかなかったのかな?
「逆だよ逆。ルルちゃんの魔法特性って《干渉》なんだけど、それが水魔法と組み合わさることで凶悪な魔法を使えるようになっちゃったんだ。それも固有魔法だよ」
「え、固有魔法?」
固有魔法とは文字通り、その人しか使えない、いわば必殺技ともいえる魔法のことだ。現在、新しい魔剣に付与した魔法は私しか使えないから、それは私の固有魔法ということである。
あ、性能は次の戦いまで秘密ということで。
それはさておき、そもそも固有魔法は長年魔法の研鑽を積んだ達人が、一世一代の試みとして開発するものであり、開発に成功すればそれはその家の秘伝となる。そう簡単に手に入るものではないのだ。
それをルルは、この短時間で会得した……どころか開発してしまったことになる。
チートだ。
「で、どんな魔法なの?」
「《精神操作》」
「は?」
今、恐ろしい魔法の名前が出た気がする。
……空耳だと切に願うよ。
「だから、《精神操作》だよ。……きみたちの世界の知識があればならわかると思うけど、生物の感情っていうのはホルモンのバランスによって生まれるものでしょ? 体内の分泌物、すなわち液体。ルルちゃんは持ち前の《干渉》でその体内分泌物に影響を与えて、ある程度の感情の誘発に成功しちゃったんだよ」
「……うわぁ」
チートや。私以上のチートがここにいた。
この魔法、対多戦闘に限れば世界最強かもしれない。
「……あの、お嬢様。いけなかったでしょうか?」
「え!? あ、いや、そういうわけじゃなくて」
なんと返していいか分からずに固まっていると、となりでカミサマが耳打ちした。
「ルルちゃん、アリサちゃんの役に立ちたいって頑張ってたんだよ。孤児院の話を聞いてからは特に。できれば褒めてあげて欲しいな」
「……うん、そうだね」
私はルルに向き直って、
「ごめん、ルル。ちょっとルルちゃんがすごすぎて驚いてただけだよ。何かあったら頼りにしてるか、よろしくね!」
「はいっ」
軍相手……つまり、対多戦闘においてはかなり嬉しい固有魔法だ。私の新しい魔剣も対多戦闘を主眼に開発したものだし、相性はかなり良さそう。
これは、もしかしたらもしかするかも。
私の中ではもう、軍との一戦は確定事項だ。
国家機密と言うのはそういうもの。「やっちゃったけどいいよね?」という事後報告で済ませられるものではない。それが犯されたと分かれば、力ずくでも潰しにかかる。
だったら、初めから戦う覚悟で準備を進めたほうが良いというものだ。
「それに……」
「?」
「いや、なんでもないよ」
私の独り言にルルが反応を見せるが、笑って誤魔化しておいた。
……何か、大きな力の流れを感じるのだ。
オークキングにルルが囚われていたこと。助け出したルルが、すぐに私にとって大切な仲間になったこと。門前宿での亜人差別が酷くて引き払うことになったこと。新しい宿、風来坊が、スラムのすぐそばにあったこと。
孤児院を設立することを決めたこと、シャルさんが現れたこと。
新回路の開発に成功したのもそうかもしれない。
何か、私を導くような力の流れがあるように感じる。事実を列挙したときに見える偶然のつながりだけでなく、もっと感覚的な部分で。
なら、それに乗っかればいい。
これはきっと、悪いものじゃないから。
◇◆◇
さて、ルルの魔法が気になった私はその効果を実際に見せてもらおうと闘技場に来ていた。対象は私である。
カミサマから理論上後遺症がないことを聞いていたから、全力でかけてもらうように頼んでいる。
「あ、あの、お嬢様。本当に良いのですか?」
「のーぷろぶれむ。やっちゃってー」
やっぱり、ご主人様に攻性の魔法をかけるのって気が進まないかな。
「……当たり前だよ」
カミサマ五月蝿い。
無茶言ってることくらい承知の上だよ。あと、地味に心を読むのやめて欲しい。
忘れた頃に読んでくるからいつも「あれっ」と思うんだよね。
「忘れっぽいだけじゃ?」
「五月蝿いよっ!」
いちいち細かいカミサマであった。
ついでに、カミサマが思考を読めるのは私だけだ。なんでも「作成者の特権」らしい。つまりは故意に読めるようにしたのだ。
このカミサマ、ストーカーである。
「酷いよ」
「……じゃあルルお願い」
「え? あ、はい」
いい加減話が進まないので無視である。
隣でブツブツと言っているお邪魔虫は置いといて、ルルに魔法をかけてもらう。
「……いきます」
「あいよー」
ルルが目を閉じて集中し、軽く力む。と、魔力の波動が広がるとともに、ルルに視線が惹きつけられるような感覚を覚えた。
(……おぉ)
これは魅了だろうか。効きは弱いし自覚症状もあるが、戦いの最中にやられれば一瞬意識を逸らすことができる。
十分な実用性だ。
「……どうですか? お嬢様」
「うん、魔法がかかったね。でもこのくらいなら抑え込めるかな」
「「え!?」」
「え?」
何故かルルとカミサマが驚いていた。
「どうしたの?」
「え、えっと……」
「アリサちゃん、本当になんともないの?」
焦った様子で確認してくるカミサマに、首を傾げながら答える。
「うーん、ルルに視線が惹きつけられる感じはあるよ」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
カミサマが口をポカンと開けて絶句する。本当にどうしたのかな。
「お嬢様、今の魔法は私の全力です」
「あ、そうなんだ」
でもこれでも、戦いの最中にやられたら大きな隙になる。かなり実用性の高い魔法だよね。
「そうなんだ。じゃなくてさぁ。ボクがあの魔法受けたとき、思わず襲いそうになったんだよ? 直後に殺気を感じて正気に戻ったんだけどさ」
「殺気ねぇ」
図書館で寝落ちていた時に突然目が覚めたことがあったな。それでカミサマに対してすごい怨念が湧いたことが。
関係ないけど。
「でも、私の体はカミサマ特製のチート性能なんでしょ?」
「魔法耐性なんて付けてないよ。鍛治師用の体だから」
「え?」
聞いてないよ?
じゃなくて、なんで防げるの?
「こっちが聞きたいよ」
「流石はお嬢様です!」
ああ、ルルのキラキラした目が痛い。私の力って、鍛治と刀術以外は私が手に入れたものじゃないんだよね。魔法耐性なんて出自不明だし。
真面目に訓練してるカミサマやルルにちょっと悪いなぁ。
「で、実際のところルルの魔法って強いの?」
「チート級だね」
「わぉ」
もういいや。強すぎるのはお腹いっぱいだよ。
強いのはありがたいんだけどさ。
「ついで言っておくと、ルルの魔法は《精神操作》だから、さっき使った魅了空間だけじゃなくて、怠惰空間とか、他にも単体に照準を当てた挑発とかも使えるよ」
「応用範囲の広さが売り、だそうです」
「へー、使い勝手良いねぇ」
羨ましいな。
そうか、《精神操作》だから、誘発する感情は一つじゃないんだ。それも、カミサマの話ではかなり強力にかかるらしい。
すごい魔法だなぁ。
さすがルルちゃん。
「で、アリサちゃんの魔剣はどんな回路つけたの?」
「えへへ、戦いの時まで秘密。期待してね?」
やっぱり秘密なのでした。




