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018「火蓋は切られた」

 回路の開発に成功し、早速新しい魔剣を作ってみた。

 開発した回路はスキルからの付与ができなかったから、手作業で刻むことになる。

 刻むとは言っても、ガリガリと削って溝を作ったりするわけではない。魔力を込めた指先で刀身をなぞって魔力の通り道を作るだけだ。鋳造剣なら削って作った溝に魔力伝導率の高い魔法液を流しこんで回路を作ることができるが、刀ではその方法は使えない。刀身部分を覆う側金を削ると、内部の心金が剥き出しになってしまうのだ。

 心金は刀を構成する金属の中でもっとも柔らかい部分だ。そこが剥き出しになるのは弱点を露出するに等しい。

 魔剣としての性能が上がっても、刀としての性能を落とすのは、鍛冶師として許容できなかった。

 ついでに、回路の試作でいやというほど使った無系統魔法はなぜか、ある程度使えるようになっていた。直接戦闘に使えるような魔法はまだ使えないから戦力強化にはならないのだけど、熟練度が上がれば面白そうな魔法がいくつか使えるようになるかもしれない。

 ちなみにカミサマにそのことを話したら、


「え……? ボクなんて水魔法と風魔法のスキルを手に入れるのに八百年、そのあと初級魔法を使えるようになるまで七百年もかかったのに……」


 とハイライトの消えた目でつぶやいていた。ご愁傷さまである。

 意外とカミサマは不器用なのかもしれない。

 あと、力尽きてくったりした状態で入ったお風呂で、ルルに全身を洗ってもらったのがすごく気持ち良かった。またやって欲しい。

 私が図書館にこもっている間に孤児院が完成した。なんとも締まらないが、マスターとシャルさんの管理のもとで運営を開始したとのことだ。院長は元貴族令嬢のサラ、他の面々は子どもの教育係。職業訓練校のような役割も兼ねているとのことだ。

 孤児院から出たら路頭に迷うようじゃ意味ないからね。

 マスターの話では、王国との情報戦も始まっているとのこと。

 静かに、だが確実に、私の理想ワガママを通すための戦いが始まろうとしている。



 ◇◆◇



 さて、私は朝食の後、完成したという孤児院にやって来た。場所は私が決めたわけだから承知している。スラムの端の、ちょうど風来坊の反対側だ。特に理由はない。貧しい区画で簡単に土地を売ってもらえただけである。

 だから、風来坊と反対側になったのはたまたまだ。別に、ルルを巻き込みたくないとかそんな理由はないのだ。私はそこまで過保護じゃないよ?

 ちなみに、ルルはしばらくするといつものおどおどしたルルに戻っていた。図書館にこもっていたから、それを知ったのはついさっきだ。どうも、起きてすぐの寝ぼけていたときに私の顔が目の前にあったから、娼館での記憶がよみがえってああなったらしい。

 良かった……のかな?

 で、孤児院だ。

 建物は二つの棟に別れていて、大きい方が子ども用、小さい方が管理棟だ。私が用があるのはもちろん、管理棟。


「ちわー」

「「「おはようございます!」」」


 みんな、私がオーナーだって知ってるから、こんな子どもでもきちんと挨拶してくれる。


「サラ、いる?」

「はい、奥にいらっしゃいますよ」


 ルーシャが朗らかに答える。

 うん、奴隷だからって雑に扱われてはいないみたいだね。従業員が無気力だと子どもたちに悪いから心配してたけど、流石はシャルさんだ。


「ありがと」


 お礼を言って、奥にある所長室をノックする。返事がある前にガチャリと開いた。中は来客用のソファーと机、その奥にある執務机でサラが作業をしている。山と積みあがった書類と格闘している様子はアニメで見るようなあれにそっくりだ。


「やっほー、調子はどう?」

「お、お嬢様?」


 書類に目を通していたサラが慌てて立ち上がるが、私はひらひらと手を振って座らせた。そんな扱いしなくてもいいって。私はただの庶民だよ?


「しばらく顔出せなくてごめんね」

「いえ、そんな。お掛けください」


 何枚かの書類を手に、サラがソファーを指す。私が座るとお茶を淹れてくれた。


「いいの? お茶って高いんでしょ」

「いえ、シャル様からの差し入れですので」

「なるほど」


 カップを傾ける。うん、これは美味しいね。地球の紅茶に遜色ないよ。

 とりあえず、孤児院の現状を聞く。シャルさんからもそこまで詳しくは聞いてないからよく知らないんだよね。


「そうですね、こちらが資料です」

「ありがと」


 ざっと目を通す。


「人数は今の所二十人ほどですが、一日でこれだけの人数が集まりました。というよりも、処理能力を超えて飽和したので募集を打ち切ったという方が近いです。そろそろ第一陣の整理が終わるので、次を受け入れようと考えています」

「なるほど。食料に関してだけど、追加いる?」

「欲しいですね。あと、大人の受け入れはできないので、炊き出しを行いたいと考えています。許可を頂きたいのですが」


 炊き出しかぁ。追加注文、シャルさんに相談してみよう。


「食料の手配をやってみるから、それまで保つならいいよ」

「ありがとうございます」

「中途半端だけはダメだからね」

「心得ています」


 まあ、領地経営の知識があるサラなら大丈夫だと思う。実際、そんなに心配はしていない。

 心配なのは、王国からの横槍だ。


「まあ心配してなかったとはいえ、順調そうで安心したよ。流石は元貴族だね……って、これ言っていいやつ?」

「気にしてないので問題ないですよ」


 人によってはトラウマかな……って思ったけど、大丈夫で良かった。


「奴隷商にいたときは人生を悲観してましたけど、良い方に買っていただけて幸いです」

「それを引き当てたのはサラの力だよ」

「ありがとうございます」

「ところで、だけどさ」

「なんでしょう?」


 ここで私はちょっと躊躇う。伝えることで巻き込むことになったら、正直嫌だからだ。

 でも、伝えなくて、知らないうちに巻き込んでいた、となったらもっと嫌だ。


「ちょっと今、いろいろと面倒事があってね。もしかたら王国と一悶着あるかもしれないんだよ」

「スラムですものね」

「そういうこと」


 サラは理解が速くて助かる。


「で、私としては、横槍が入ったらはねのけるくらいのつもりでいるんだ。だから、一応知っておいてほしい。最悪、軍とやることになるから」


 私の言葉に、サラが一瞬硬直する。

 それはそうだろう。王国に介入されたところで、失うのはたかが見ず知らずの子どもだ。そんなことのために軍と争うのは、リスクとリターンが釣り合わない。

 だが、スラムに手を出すのは、そのくらいの覚悟がなければ不可能だ。横槍が入った程度で手を引くのなら、初めから手など出しはしない。

 正直私自身、なんでここまで私がやっているのかが分からなくなるんだけど。

 誰かを助けるために国家機密にまで手を出して行動する。前世だったらあり得ない。もしかしたら、カミサマが作ったこの体には、そういう思考回路が植えつけられているのかもね。

 でも、それならそれでいい。だって、今の私は全然、悪い気分じゃないんだから。


「本気……なんですね。分かりました。わたしも覚悟を決めることにします」

「いいの?」

「はあ……。お嬢様がそう仰っているんです。奴隷のわたしに、異議があるとお思いですか?」


 苦笑しながら告げるサラ。ちょっと反対しているようにも聞こえるが、実際は逆だ。

 サラが言っているのは、つまりはこういうこと。


『お嬢様が決めたことでしたら、反対意見などありません』


 サラの表情がそう言っている。


「わたしも、貴族だったころ、スラムをなくそうと考えたことがあるんです」

「そうなんだ」

「はい。でも、それはお父様に止められました。スラムが存在するのには意味があるのだと」

「なんて言われたの?」

「それは……」


 サラは一瞬言い淀む。


「スラムは受け皿なのだと。生きる価値のない連中が、それでも生きていける場所なのだと」

「なに……それ」


 私は顔をしかめた。あまりにも酷い言い草だ。


「そのときのお父様がすごく怖くて……。わたしはそこで諦めてしまいました。でも、お嬢様は国を相手にしても成し遂げると仰いました。すごく、格好良かったです」

「……ありがと」


 サラの言葉に礼を言いながら、私は内心で首を振る。

 本当に格好良いのは、私じゃない。私はただ、この世界を受け入れられなかっただけだ。一時の感情で動き、マスターに声をかけただけ。

 この孤児院を作るのも、そのための情報集めも、商談も、交渉も。

 やったのは私じゃない。

 新しい魔剣を作りながら、生きていくための力は戦闘力だけじゃないと、心の底から思い知った。今の私はマスターやシャルさんと喧嘩すれば簡単に勝てるけど、二人には敵わない。自分の酒場を持っているマスターに、大きな取引をポンと成立させるシャルさん。二人に比べれば、私はただの、その日暮らしの冒険者だ。


「この話は、みんなに伝えるかどうかはサラに任せるよ。……そうだ、皆の様子はどう?」

「はい、良くやってくれてますよ」


 今はまだ、魔法を勉強するような段階ではないから、ルーシャを中心に文字と、希望者には調理を習わせているらしい。錬金術や魔法は文字が読めるようになってからだ。

 その教育係の人たちも、シャルさんの指示でそれなりの生活を送っているようだ。食事もちゃんと出てるし、給料が出ないこと以外は一般職員と変わらない。

 ……ここには一般職員はいないけど。

 しばらく近況を聞いた後、私はマスターに進捗を聞こうと酒場へ向かった。



 ◇◆◇



「や、マスターにシャルさん」


 私が酒場に入ると、カウンターのところで二人が話しこんでいた。手を上げて近づくと二人が気付き、疲れたような笑みを浮かべた。その様子に、私の頭にはてなが浮かぶ。


「どうしたの?」

「予想外に王国の動きが速い。どうも、俺たちの目的を調べてるみたいだな」

「え、まだ作って数日なのに」

「それがなあ……」


 八日ほど前から、このリリアの街のスラムが活気づいているのを不審に思った王国が間者を送り込んでいたらしい。その原因が、宿屋『風来坊』に宿泊している客が孤児に何枚かの銀貨を渡していたことだと分かり、クーデターの疑いから調査していたらしいのだ。そこで間者が孤児院設立の話を掴み、王都に伝わった。

 孤児院設立の準備を初めてから十日ほど。すぐに勘づいたとしたら、不可能な速さではない。

 いや、それよりも。


「風来坊に泊ってて、スラムの子に銀貨を渡した……」


 身に覚えがありすぎる。冷や汗が止まらない。


「つまり、偶然だか何だか知らねえが、情報戦は始まる前から負けてたってことだ」

「そういうこと。それで、なんか震えてるけど大丈夫なのかしら。風来坊に泊っているお人好しのお嬢さん?」

「す……す……」

「す?」


 私はガバッと膝を折り、頭と手を地面につける。日本人が最高の謝罪を表現するときに用いる表現方法ーーーーザ・土下座である!


「すみませんでしたーーーーッ!」


 絶叫にも似た叫びが響き渡り、酒場にいた……いや、ギルドにいた人がビクリと身を竦ませた。

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