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016「孤児院を作ろう」

 何処からか酒場に現れた、漆黒のドレスを纏った女性。

 何故か私は、彼女から目が離せなかった。

 確かに、すごく綺麗だ。

 私でも羨ましくなるくらいに綺麗だ。美人とはこういう人のことを言うんだろうな、と思えるくらい。

 でも、目が離せないのはそれだけじゃない。

 彼女の発するオーラというのうか。何者であろうと、問答無用で引きずり込むような……凄絶で、美しい気品。

 そんな何かを感じる。

 彼女が、クスリと微笑んだ。はっとして何度か瞬きすると、マスターと彼女が苦笑している。


「嬢ちゃんもそうだよな。俺も初めはそうだった」

「あら、そうなの? わたし、やっぱりどこか変なのかしらね」


 ……どこかで感じたことのある気配だ。

 覚えていないけど、彼女に似た気配を、私は感じたことがある。

 ……誰かに、似ている。

 ……誰だろう?


「嬢ちゃん、どうした?」

「え?」


 気付けば、ずいぶんな時間考え事をしていたらしい。マスターが心配そうに私のほうを見ていた。


「あ、いや、なんでもないよ」

「そうかい。いや、ぼーっとしてたから心配だったんだ」

「ごめんなさい」


 今、大事な話をしてるんだったね。


「あらあら、貴方。面白そうなことたくらんでるの?」


 美女さんがマスターの手元にあるスラムの情報に目をやる。


「いや、これは俺じゃねぇんだな。嬢ちゃんだ」

「ちょ、マスター!?」

「大丈夫だ、姐御は敵じゃねぇ」


 件の美女さんはからかうような視線で私を見ていた。


「ぅ……」

「ふーん……」


 クスリと笑った美女さんが腕を組む。

 ……ぶるん、と双丘が震えた。

 なに? そこには空気でも詰まっているというのかしらこのあまぁッ!

 思わず殺気立ってしまった。カミサマからもらった体は美少女だけど、あくまで少女。体の起伏は乏しいのだ。


「くすくす……大丈夫よ、お嬢さん。まだこれからだから」

「……あ、すみません」


 とりあえず頭を下げておく。

 彼女は笑って許してくれた。


「それで、お嬢さんはいったい何をするつもりなのかしら?」

「え? あ、と」

「話しても大丈夫だ。俺が保証しよう」

「マスター」


 国家機密級の情報を渡しても大丈夫な相手……か。

 何者なんだろう。


「……マスターを信じます。実は……」



 ◇◆◇



「ふうん、孤児院の設立、ね……」


 私の話を聞いた美女さんーーーー名前を聞いたらシャルと呼んでくれと言われたーーーーが腕を組んでそう言った。


「いいんじゃないかしら?」

「え」


 あまりに簡単に同意を得られたことに驚く私。

 この世界は良くも悪くも、自分のことは自分でという風潮がある。

 オークキング討伐の依頼を受けたとき、受付嬢に止められはしたけど、結局大した警告もされずに依頼を受けることができた。

 たった一つの依頼達成で二つ名がつくような難易度なのなら、それを新人が受けようとすれば普通は止めるだろう。

 でも、至極あっさりと受けることができた。

 おそらく、情報不足で死ぬならそれまでのこと、という方針だったのだろう。

 だから、他人を助けたいという考えに賛同してくれるのが意外だったのだ。


「でも、やるとしたら中々に大変よ。資金はあるものと前提して、まずは食料の確保、情報の操作、土地の確保、人員の確保。確実に訪れるであろう王国からの干渉をはねのけるだけの、力と覚悟もいる。当然それらは持ち合わせているのよね?」

「少なくとも、気持ちと先立つものは揃ってるよ」

「なら良いわ。協力してあげる」

「ほんとにっ!?」


 敵にならないことを祈ってたけど、まさか仲間になってくれるとは。マスターが姐御と呼ぶ人だ。大きな戦力になるのは間違いない。

 これで、なんとか目処がたったかな……?


「そうね、食料はわたしがなんとかしてあげるわ。情報操作と土地や人員はお嬢さんたちで頑張りなさい」

「うん……ってぇえ!? 一番困ってるところを担当してくれるの?」

「ふふ、わたしの得意分野だから」


 驚愕する私だが、


「うちの食料を卸してくれてるのは姐御なんだよ」


 というマスターの言葉で疑問が氷解した。

 食料業者の人なのかな?


「お金は?」

「そうね、人数にもよるから後払いでいいわ。とりあえず百人分ほど手配しておくから」

「百人分かぁ」


 スラムの人口分布の資料に目を落とす。


 スラム全体の人口、およそ一万。

 その内、十二歳未満の人口、およそ三千。

 十二歳から四十歳、およそ五千。

 それ以上、およそ二千。


 私が抱いた感想は、子どもが多い、だった。

 その理由も、資料には明記されている。

 曰く、


・食料がないために寿命が短い。

・女性は体を売るが、避妊できる金がないために子どもを産み、捨てる。捨てられた子どもは運が良ければ拾われるが、大抵はそこで死ぬ。

・お金を強請るにしても、子どものほうが成功率が高いために子どもは生き残る。または大人に使われる。

・子どものほうが食べる量が少ない。


 だそうだ。

 中でも最大の理由は、やはり、子どもが大人に使われるという点だろう。子どもを使うだけの余裕のある大人は子どもに食料を分け与え、見返りに奴隷のように、いや奴隷よりも酷く使うから、『死んではいない』子どもが増える。

 それを『生きている』言っていいのかは分からないが。

 つまり、百人程度じゃ何も始まらないのだ


 スラムには、その三十倍の子どもたちがいるのだから。


「百人一年分でいくら?」

「……値切り交渉とかはなしでいくわよ。安くしてあげるから言い値で買いなさい。材料費だけで、およそ銀貨十五枚。輸送費を含めて銀貨二十枚ってところね」


 約二千万円。

 日本の給食がたしか、一食二百円弱と聞いたことがある。それより安いとして、三食で四百円とすると、一人が一年で約十五万円か。それが百人分で一千五百万円……ほんとに、シャルさんに利益が出ないよ。


「いいの?」

金儲けに走るふんだくる相手くらいは区別しているつもりよ」


 シャルが鼻を鳴らして顔を背ける。

 せっかくの好意だ。ありがたく頂くことにしよう。


「ありがとう」

「いいのよ」


 シャルさんの頬が少し赤い。照れているのかな。


「でも、ちょっと足りない。また追加をお願いすると思うよ」

「分かったわ。すぐには無理だけど、初めの分が終わる前には手配するわ」

「ありがとう」


 私ははにかんだように笑って、次の問題の解決策を探す。

 その隣では、


 (おいおい、こんな姐御初めて見たぜ。嬢ちゃん、一体なにもんだ……?)


 戦慄しているマスターがいた。

 まさか自分も同じことを思われているとは、夢にも考えないのであろう。



 ◇◆◇



 次の問題点は、人だ。

 土地はいい。金を出すと言えば明日の食料にも困るスラム街だ。すぐにでも手に入るだろう。

 だが、人はそうはいかない。

 まず必要となるのが、食事だ。

 食材についてはなんとかなるが、それを調理する人がいない。雇うにしても、私のお金も無限にあるわけじゃない。使い続ければいつかは枯渇するだろう。

 それに、私財を投入しなければ立ち行かない組織はいつか瓦解する。

 最後には、私の手を離れて回っていかなければならないのだ。


「……やっぱり、奴隷かな」


 マスターやシャルさんと話して出てきた案がそれだ。

 奴隷なら、購入してしまえばあとはお金がかからない。食事や寝る場所も、孤児院でいいだろう。

 だが、知識奴隷や技能奴隷は得てして高いのだ。

 銀貨十枚単位、場合によっては金貨が必要になる。

 それに、誰を主人にするかという問題もある。最終的に私の手を離れるのだから、私が主人になるわけにはいかないのだが……。

 それは、


「その時になったら解放すればいいじゃない」


 というシャルさんの案で即座に解決した。

 また、孤児院は職業訓練校的な形にしようという案も出た。そして、その売り上げを孤児院の運営費に回す。回らない間は私が支援すれば良い。

 なんとか、机の上なら形になった。

 あとは実際に揃えていこう。



 ◇◆◇



 マスターは酒場から離れられないから、私とシャルさんで奴隷商に行くことになった。

 そこまで付き合ってくれる義理はないのだが、シャルさん曰く「わたしが、自分が関わったことは最後まで見届ける主義なのよ」とのことで、なら是非お願いしますと私からもお願いしたのだ。

 で、その奴隷商もシャルさんの系列らしい。

 ほんと、一体なにもの。

 シャルさんの案内で街を歩く。入ってきた門とは反対側にある、警備の人が何人もいる大きな建物がそうだった。


「お邪魔するわよ」

「はい、いらっしゃいま……せ……」


 シャルさんが電撃訪問した時の、奴隷商の店主の顔色と言ったら、それはもう傑作だった。


「こ、これはシャルお嬢様! ほ、本日はいったい、どんな御用で……」

「この子が知識奴隷と技能奴隷を買いたいそうだから紹介してあげたのよ。わたしも同席するからよろしくね」


 シャルさんがそっと私の方を押す。ペコリと頭を下げる私に、店主は上擦った声で案内した。


「は、はい! ではこちらに……」


 そして通されたのがVIPルーム。

 ソファーは沈み込むようだし、部屋は豪華だし、商談のはずが軽食までふるまってもらえるし。

 至れり尽くせりだ。


「それで、知識奴隷や技能奴隷にも種類がございます。どのような用途で使われる予定で?」

「ええとーーーー」

「知識奴隷は教育用、技能奴隷は食事の用意と職業訓練。だから他人に教えられるレベルが最低ラインね」

「承知しました。技能奴隷はどのようなものがよろしいですか」

「あ、それはーーーー」

「とりあえず、指導できるレベルの者を全員連れてきなさい。納得できるのは全部言い値で買ってあげる」

「は、はい!」


 そんな感じで、交渉もシャルさんの独壇場。私の出番はほとんどなかった。


「全部言い値って、すごい値段になるんじゃ」


 男が部屋をかけだしてから、私はシャルさんに確認してみる。が、シャルさんは、


「そうでもないのよ。まず、わたしはここのオーナーって立ち位置だから、本来はタダでもらって行っても文句は言われないの。だから向こうもそうそう足元は見られない。あれは、ちゃんとお金は払いますよっていう保証みたいなもので、相場以上でも買い取りますっていう宣言じゃないの」


 という言葉に納得。


「それに、納得できなければ買わなければいいしね。もらえるわけだし。あと、最終的に値切りはするわよ」


 ……シャルさん黒いです。


 そんな最強無敵のシャルさんと雑談しながら、私は奴隷商が戻ってくるのを待った。

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