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015「スラム街の孤児」

 目を開けると、そこには桜色の唇が。隙間から覗く白い歯が艶かしい。

 全身を覆う滑らかな肌の温もりは、大好きな大好きなルルのもの。私の絶壁に当たる仄かな膨らみが羨ましい。

 ああ、顔が勝手に吸い込まれる……。

 そして、唇と唇が重なろうとする。


「ん、ふぁあ……」


 瞬間、ルルちゃんが目を覚ました。


「おはようございます……お嬢様……」


 中途半端に固まっている私を見てルルが少し笑い、


「はむっ」

「んむっ!?」


 ルルの方から唇を重ねてきた。そのまま口内を蹂躙される。


「ん、はぁっ……」


 ルルのキスは、気絶するくらい上手かった。



 ◇◆◇



「あ、アリサちゃん、ルルちゃん。おはよ……どうしたの、顔赤いよ?」


 階下に降りた私たちをカミサマが心配してくれる。が、今は余計な御世話だ。

 忘れていたが、ルルは元娼婦。純情ですぐ赤くなるし、恋愛慣れしてないっぽいからあまりそんな感じがしないけれど、そっちの道でお金を稼いでいたプロなのだ。

 経験なしの私がテクニックで敵うわけがない。

 あまりの上手さに、今は私がルルの服の裾を掴んで後ろについて行っているくらいだ。

 主従が逆転してしまった。


「アリサちゃん、ルルちゃんが困ってるよ」


 私のほうが困ってます。ルルとどう接していいのか分かんない。

 大好きなのに全く変わりはないけど、印象が変わりすぎたよ。今までは目を合わせるとルルが顔を赤くしていたのに、今は私が赤くなっちゃうんだもん。


「うー、ルル~」

「なんですか、お嬢様?」

「そんな声が聞きたいんじゃないよぉ~」


 いつもの「あぅあぅ」って声はどこに行ったのさ~。

 あの純情だったルルを返してよ~。


「アリサちゃん、それは横暴ってやつだよ」

「カミサマはうるさい~」


 ルルの背中に抱きついて駄々を捏ねる。ホント、どっちが主人なのやら……。


「ほら嬢ちゃんたち、食事ができてるよっ」

「う~」


 動けない私に代わり、ルルが二人分の食事を受け取って持ってくる。今日の朝ご飯は、柔らかいパンとサラダ、スープだ。酒場で朝食を食べてた私が言うのもアレだが、私は前世では和食派だった。朝に洋食というのは、なんとなく変な気分だ。

 けど、それと食事の味は別。


「美味しいっ」


 パンはすごく柔らかいし、サラダは新鮮でシャキッと。スープは淡い塩味で出汁が効いている。何のスープかは分からなかったけれど……。

 さて、朝食を食べている間に私の調子も大分戻ってきた。

 思えば、さっきの私とルルの関係は、親友のユリカとのそれとそっくりだ。Sっ気のあるユリカにMっぽかった私。

 ……そのままだね。

 ま、私はいじめられるの嫌いじゃないし。いいや。

 ……いけない、聞き様によっては誤解を招くね。

 誤解とも言い切れないのが面倒なところだ。


「じゃあカミサマ、今日はルルに魔法を教えてあげれる?」

「ん、了解。部屋借りるよ」

「ダメっ! お金使ってもいいから闘技場借りてやって」

「え」


 あの部屋は私とルルちゃんの愛の巣なのっ。

 カミサマを立ち入らせるわけにはいかないんだから!


「ルルもそれでいいよね?」

「はい。構いませんよ」


 ……なんかルル、変わったなあ。


 奴隷という意識が薄れてくれたのは歓迎だけどさ。


「お嬢様はどうするのですか?」

「私は図書館で魔回路の研究かな」


 昨日一日で結構なことが分かったけど、まだ新回路開発に移る段階ではない。もう少し理解を深めなければ。



 ◇◆◇



 食事を終えて宿を出る。

 ……なぜか子供たちに囲まれた。


「お姉さん、お花を買ってもらえませんか?」

「お願いだ、食べ物を恵んでほしいんだ。妹が死んじゃう!」

「私を雇ってください、力仕事以外ならなんでもします」


 等々……。

 風来坊は長期滞在を目的とする客向けの宿だ。当然、その分客の払う金額は大きくなる。

 子どもたちもそれを分かっているから、言い方は悪いかもしれないけどこの宿屋のまわりで待ち伏せているんだろう。

 ……少しでも、お金を恵んでくれる人を待って。

 ……分かってた。

 奴隷がいる世界だ。弱者は容赦なく切り捨てられ、奴隷と言う受け皿からもこぼれおちていく者も当然、いる。

 それがスラムだ。

 スラムが奴隷の供給源なんじゃない。

 スラムの住人の中で、優秀な者が、奴隷に引き上げられるのだ。

 肉体労働すら請け負えないから、体を売れるほど美しくないから、奴隷商からも見向きもされない。だから、対価としてではなく恵みとしてのお金で生きていくしかない。

 ……見ていられなかった。

 一番近くにいた少女に銀貨を五枚ほど押しつけ、駆け足でその場を立ち去る。

 彼女たちの狂ったような叫び声が、耳に痛かった。



 ◇◆◇



「は? 孤児院?」


 ルルとカミサマを闘技場に送り出した私は、その足で酒場のマスターのところに向かった。

 とは言え同じ建物内だからすぐだけど。


「うん。スラムの人全員を助けるなんて無理だけど、せめて子どもたちだけでも助けたいんだ」

「その気持ちは分かるけどなぁ」


 私の相談にマスターは唸り声を上げる。


「嬢ちゃん、自由に使える金はどのくらいなんだ? 理想だけじゃ世間は動かねぇ。まずは先立つものがなくちゃぁ始まらんぜ」

「それなら心配ないよ」


 私は物質収納ストレージから金貨を二十枚ほど取りだす。

 カラン、と音を立ててカウンターの上を転がるそれを、マスターは声もなく見つめていた。


「……こいつぁ驚いた……」

「今のところ私が使えるのは、この五倍くらいの金額かな」

「んなっ」


 そりゃそういう反応だよね。それだけあれば、一生何もしなくても生きていける。


「おいおい……国が傾くには十分な額だぞ」


 ……認識が甘かった。

 国家予算レベルとは思わなかったよ。


「私が本気だって、理解してくれた?」

「ああ、十分すぎるくらいにな」


 マスターは肩をすくめてふっと笑う。


「良いぜ、協力しよう」

「ありがと、マスター」



 ◇◆◇



 マスターが店の奥から何枚かの書類を持ってくる。


「これがスラム街の地図、こっちが人口分布。で、これがそれらをもとに割り出した、スラム街に依頼できそうな仕事の種類と限度だ」

「うわ……すごいねマスター。これどうやって手に入れたの」

「そいつはちと言えねぇなあ。あと、これらは国家機密に属する情報だからソースが俺だってバラすなよ」

「はいよー」


 マスターって結構……いや、カミサマ並みにチートキャラだよね。

 いったいどうやったら一介の酒場のマスターが国家機密の情報を手に入れられるのさ。

 絶対、裏の立場とか隠し持ってるよ。


「スラム街の情報ってのは最悪、内乱にも利用できるからなぁ。嬢ちゃんなら大丈夫だと思うが……。さて、まずは設置する孤児院の規模と場所だ。あと忘れるな。人の数だけ口がある。食料の調達経路の確保は必須条件だ」

「それについてはマスターに頼むよ。どうにかならないかな」

「完全にノープランか……。さてどうするかな」


 言うまでもないけれど、ただ資金を用意するだけではだめだ。

 孤児院を作ったという事実は簡単にばれるから、その情報は確実に王都に届く。マスターの言った通り、スラムとは現在の王政から爪弾きにされた者の溜まり場だ。誰かがちょっと恩を売れば即座に反乱分子へと変わるだろう。

 だから、情報の伝わり方には十分に注意する必要がある。

 あまり派手にやってはダメだが、確実にばれる以上隠しすぎるのも良くない。

 王都に伝わったとき、それが怪しまれない程度に、だがあからさまではないように隠蔽する必要があるのだ。

 そんな情報操作は私には不可能だ。

 餅は餅屋、情報操作は情報収集が得意そうなマスターに任せる。ついでに食料調達も。

 そして私は、孤児院を設立する場所を吟味していた。

 そんな時だ。私が彼女に出会ったのは。


「ご機嫌よう、貴方……。あら、お客さん?」

「おう、姐御か」


 そこにいたのは、漆黒のドレスを纏った女性。


 女である私でさえも引き込まれそうな、不思議な気配を放ち、彼女は妖艶に笑った。

アリサの変態とマスターのカッコ良さが止まらないっ!

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