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012「鍛冶師の誇り」

 せっかく図書館に来たので、ルルと二人で中に入ろうと思ったのだが、見えている範囲には身なりの良さそうな人しかいない。今の私たちは着の身着のまま……コートで隠している私はともかく、ルルはこのまま入るわけにはいかない。

 というわけで、近くの服飾店でグレードの高い召使い用の服を言い値で買い取って着せてきた。もちろん私も礼服を買っている。奴隷だけに買い物させるのは良くないと聞いたのと、一度着てみたかったからだ。さっき図書館に入った人も礼服だったし。コートは物質収納ストレージにしまった。

 ルルの服は、フリルの付いたメイド服だ。高いだけあって手が込んでいて、これがまた良く似合っている。ただでさえ可愛いルルちゃんが、何倍も可愛くなったように見えた。

 今すぐベッドに連れ込みたい。

 が、連れ込むのは図書館だ。

 受付で依託金として銅貨二枚を支払い中に入る。

 ……カミサマにはああ言ったものの、やっぱり図書館の目前まで来て帰るのってめんどくさい。私にも調べたいものがあるし。

 スキル『魔剣創造』。

 これは、対象となる刀剣に魔回路ーーーー魔力を通す回路を刻み、剣を媒介に魔法を発動できるようにするものだ。回路は魔法陣の役割を果たすのである。

 この魔回路の付与を私はスキルで行うのだが、私は付与したい回路を選ぶだけで実際に回路を刻むことはない。

 でも、本当にそうか?

 この世界の武具職人が(鋳造剣の造り手を鍛治師とは認めない)魔剣を作る場合、魔剣創造スキルがないとできないのか。そもそも、普通の人はギルドでの適性検査以外ではスキルを確認できない。マスターの話でも、ギルドでの適性検査は魔法使いの発掘が目的らしい。

 そんな、スキルがあるかどうかも分からないのに、幼少からの鍛治修行を行うとも思えない。

 つまり、何が言いたいかというと。

 ーーーー別にスキルに頼らなくても魔剣って作れるんじゃね?

 ということである。

 それは取りも直さず、"新作"魔回路の開発が可能であることを意味する。

 要は、オリジナルの魔剣開発がしたいのだ。ネトゲをやったことがある人なら、ユニーク武器に燃える気持ちを理解できるのではないだろうか。


「魔回路の開発、ですか」

「うん。そのためにはとにかく理論! 回路が魔法陣である以上、そこには絶対的な理論があるの。だからまずはそれを調べなきゃね」


 よく意外と言われるけど、本気になったことに対しては私は理論派だ。普段フィーリングのおもむくままに生活しているからといって、物事の本質を見誤ってはいけない。

 私は前世でも結構、成績優秀だったのだ。


「なるほど……。それでお嬢様、私は何をすれば……」


 確かに、文字を読めないルルはこの場には不適切かもしれない。

 が、もちろん、連れ込んだ理由がちゃんとある。

 ルルちゃん、きみの存在意義レゾンデートルとはーーーー


「私の癒しになることだっ!」

「え?」

「つまり、私の隣でモフモフされてて」


 分かってない様子のルルに言い直す。


「は、はい。分かりました」

「よろしい」


 首元をくすぐるように撫でると、ルルは気持ち良さそうに目を細める。ぴょこぴょこ動く犬耳と千切れんばかりに揺れる尻尾は正直者だ。瞬時に桃色空間が形成される。


「ウォッホン!」


 入り口のすぐ前で立ち止まっていた私たちに、通りかかった司書さんの咳払いが届く。視線は鋭かったが意外なことに、ルルに対する蔑みは感じられなかった。


「「すみません」」

「……本日はどのような本を探しに?」


 二人で頭を下げると、司書さんは釣り上がっていた眉尻を多少下げた。


「魔法陣の理論書と魔回路の作り方です」

「失礼ですが、回路付与師の方ですか?」


 こんな本を探すなんてそれくらいしかいないよね。でも残念、違います。


「いえ、鍛治師です。我流ですけど」

「え? 魔回路について知りたいんですよね?」

「はい。鍛治と回路付与の両方できますから」


 私の答えに司書さんの視線が再び鋭くなる。

 ……変なこと言った?


「所属している工房は?」

「してないです」

「……そうですか」


 何なんだろう。


「フリーの魔剣鍛治師がいないわけではありませんし、そういった方は鍛治と回路付与の両方を行える人もいますが、非常に数が少ないのが実情です。余計な面倒ごとに巻き込まれたくなければ、どこかの工房に所属することをお勧めしますよ。引く手数多だと思いますから」

「そうなんですか。でも、商売をするつもりはないので大丈夫ですよ。あくまで自分用です。本業は冒険者ですから」


 ギルドカードを見せる。Dランクという欄に一瞬目を留め、司書さんは納得したように頷いた。


「そうですか。……すみません、色々と聞いてしまって。案内します。魔法陣や魔回路関連の本はこちらです」


 司書さんについて図書館の中を進む。

 しかし、広いな。リーリア武具店も相当なものだったと思うけど、その十倍はある。しかも、横だけでなく縦にも広い。五階建てらしい。

 はじめはちらほらと人がいたが、角を一つ曲がると人の姿はまったくなくなった。

 本棚のタグを見てみると、先ほどまでの場所は初級魔法の簡単な解説と呪文集、ここから先は中級以上の魔法一種類をひたすら解説する学術書となっている。学者が読むような本なのだろう。

 ……理解できるか心配になってきた。

 まあいざとなったらカミサマに……などと黒い考えが浮かぶ。一ヶ月不眠不休できる人に過労とか関係ないよねっ。


「……お嬢様、悪い笑みが浮かんでますよ?」

「おっと、顔に出てたか」


 これは迂闊。慌てて顔を引き締める。


「着きました。ここが魔法陣、魔回路に関する本がある場所です」

「ありがとうございます」


 案内してくれた司書さんにぺこりと一礼。司書さんは「ごゆっくり」と一言、そしてルルにも頭を下げて戻っていった。


「「…………」」


 私たちは驚きが止まらない。

 亜人を差別しないどころか頭まで下げる人って……初めて見た。服飾店だって金貨をちらつかせるまでは邪険にされたのに。


「じゃ、とりあえず、と」


 気になった本を適当に抜き出し、机に積み上げていく。全部で二十冊くらいになった。


「ルル、ここに座って」

「はい、お嬢様……ひゃっ」


 隣をポンポンと叩き、ルルを座らせる。そのまま頭を膝の上まで持っていく。ルルが変な声を出したから唇に人差し指を当ててウィンクしておいた。今の私なら絵になる……はずっ。ルルが赤くなってるから良しだ。

 左手でルルの犬耳をモフモフしながら、右手で本をめくっていく。

 これでも、刀鍛冶の理屈を頭に叩き込んでいるのだ。数多ある工程の全てに「何故これが最適解なのか」を証明する理屈があり、私はそれを、技術だけを教える親方の修行とは別に、独学で学んできた。

 部屋でたった一人、本を黙々と読み続けるのは、寂しかった。

 でも、女だからって侮る男たちを黙らせたい一心で頑張ったのだ。

 今の私の「ユリカとの再会」という目標は、あの時の目標よりも重い。あの時に頑張れたのに、今の私が頑張れない訳がない。

 この努力が確実に目標へ近づく一歩なら、私は絶対に踏み出してみせる。

 あと、何よりーーーー


「この世界の鍛治師・・・に負けたくないよね」


 そう。

 結局、それが最大の理由だ。

 私は前世で最高の親方について、最高の修行をしていたと思う。槌はなかなか握れなかったけど、国宝指名されるほどの人間の技術をこの目に刻みつけてきた。

 だから私は、スキルなんてなくても、世界最高の鍛治師を目指してる。

 魔剣鍛治師がこの本の内容を理解してるのなら、私だってできるはず。


「ん、ふぅ……。お嬢様……」

「……ふふ」


 私はルルの柔らかさに癒されながら、ひたすら本のページをめくり続けた。



 ◇◆◇



「やっほー、帰ってきたよー。って、ここ図書館?」


 私が本を三冊ほど読み終えた時だ。虚空から唐突にカミサマが現れた。

 カミサマには、図書館に入らなくてもいいようにって魔道神との訓練をお願いしてたから、まさか図書館にいるとは思わなかったらしい。


「さすが、アリサちゃん……。ボクの予想を軽々と裏切ってくれるね」

「でしょ?」

「いくらアリサちゃんでも、まさか図書館にいるとは思わなかったよ。お金がもったいないって言ってた気がするけど……まあ、そんなことより礼服似合うね」

「えへへ、ありがとう」

「ルルも嬉しそうだね」

「ふふ、そうでしょ」


 私の膝の上で、ルルはいつの間にか寝息を立てていた。穏やかな表情は見ていて安心する。

 ルルはあまり堪えていないみたいだけど、亜人奴隷の境遇は調べれば調べるほど最悪の一言だ。若い女は娼館、売れなくなれば鉱山などでの労働か、冒険者に売られて捨て石。男も同じようなものだ。奴隷ではない亜人はさらに酷い。主人の庇護がないからだ。

 ルルは私の奴隷で、その『奴隷』という立場が彼女を守っている。

 でも、だからだろうか。そんな彼女が笑っているのは、凄く嬉しいことだと思う。

 私はルルを、ずっと守っていたいな。

 優しくルルの髪の毛を撫でると、彼女は嬉しそうに身を震わせた。

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