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010「亜人のルルとこれからのこと」

 久しぶりにぐっすりと眠れた。

 腕の中のルルちゃんが最高である。

 柔らかくて、良い香りがして、モフモフで、可愛くて、可愛くて、それはもう可愛いのだ。この世界に来てからよく見る前世の夢も、ルルちゃんの魅力には敵わなかった。

 私の夢はルルちゃん一色だったのだ!

 でも、そんなルルちゃんに対する、宿の人の態度。昨日、気絶していたルルちゃんを部屋に運ぼうとする時、険しい顔で「亜人をうちの宿に入れるな」と言われたのだ。

 もちろん直ぐさま全力で抗議して、最後には金貨を叩きつけて黙らせた。金貨一枚でこの宿の年間収入を超えるのだ、亜人とは言え泊めてくれるというものだろう。

 もちろん、そんなことはルルちゃんには伝えていない。伝えるだけ野暮というものだ。

 でも、亜人差別の実態を知った私はーーーーまさに、反吐が出そうだった。


「この世界も、光の面だけじゃないってことかぁ」


 この辺は、どの世界でも一緒だね。

 でもやっぱり、ルルちゃんが可愛いことに変わりはないわけで。


「ん〜」


 穏やかな寝息を立てるルルちゃんに思いっきり頬擦りをした。すべすべの肌がすごく気持ちいい。ペロペロしたいが自重。

 そこまでやっちゃうと、色んなものが壊れてしまう気がする。

 今更か。


「ん……あれ、お嬢様?」

「あ、ルルちゃんおはよー」


 そうこうしているうちにルルちゃんが目を覚ました。眠そうに目をこする姿も良いね!


「あわわ、すみません。奴隷の身でお嬢様よりも遅くまで寝ているなど……」

「気にしない気にしない。私が早起きなだけだから」


 言いながら、簡単なバスローブ的なものを纏う。ルルに手渡すと、慌てた様子で羽織った。

 裸だもんね。

 実際、鍛冶修行を行っていた私の朝は非常に早い。今だってまだ日が昇る前である。

 この世界の朝が早いと言っても、それは日の出と同時に起きて日の入りで眠る、といった感じ。日の出前には起きている鍛冶工房のみんなとは比べるべくもない。

 でもそれは、ルルが早起きしなくても良い理由にはならないらしい。

 何度も謝ってくるので、「じゃあ、明日からはルルが私を起こしてね」とだけ言っておいた。美少女に起こされる日々……最っ高だねぇ!

 恐縮しているルルは置いといて、隣で一人寂しく寝ているカミサマを起こしに行こうとする。が、ルルが「わ、私がっ」と飛び出して行ってしまった。

 それからすぐ、カミサマとルルが部屋に入ってくる。急ぎすぎてバスローブが着崩れてしまったらしく、顔が真っ赤である。

 因みにカミサマは普通に(?)ジャージを着ていた。文化ハザードである。


「朝ご飯は外で食べようと思うんだけど」

「え、なんで? ここ美味しいのに」

「私もそう思います」

「そうなんだけどさ」


 そこで一呼吸置き、理由を説明する。


「ルルを悲しませるような場所で食事をするつもりはないよ。……亜人奴隷だから当然、とかは聞かない。私の気が済まないだけだから。だから、さっさとまともな宿を探して移るよ」


 ここでいう『まとも』の基準は当然、世界じゃなくて私だ。

 私の言葉に、カミサマが唸る。


「……一応言っておくけど、この世界ではまともな宿ほど亜人を嫌うよ?」

「じゃあ、この世界がまともじゃないんだよ」


 間髪入れずに言い返す。

 どうして亜人が嫌われるのか、とかに興味はない。ただ私は、ルルが悲しむのを見たくない。

 ……昨日の夕食、私とカミサマが必死で盛り上げたから目立たなかったけど、客や店員がルルに向ける視線は、決して良いものではなかった。

 気付かないふりをしていたけど、食事を運んでくれた人が見ていたのは、私とカミサマだった。ルルの前に食事を置いた瞬間だけ能面のように表情の消えたあの店員に、私は殺意に近い怒りを抱いたのだ。

 そんな宿、信用できない。

 たとえこの世界の普通でも、私にとっては普通じゃないんだから。


「……一日で入れ込みすぎだよ」


 カミサマはそう呟いて、もう何も言わなかった。


「ルルもいい?」


 この質問は、ちょっと意地悪だったかもしれない。ルルからすれば、自分のために主人が怒ってくれ、その上、良くしてくる宿を探そうと言われているのだ。

 それに、これは『命令』ではないが、主人の言うことに奴隷が断れるわけもない。

 でも私は、ルルの「はい」という返事を聞きたかった。

 だから、黙る。ルルが答えてくれるまで何も言わずに、ただまっすぐに目を見つめた。

 私と目が合ったルルは少しの間俯き、目の端に涙を溜め、でもはっきりと頷いてくれた。


「はいっ」

「うん、ありがとう」


 だから、私も微笑んだ。

 ルルの答えが、嬉しかったから。



 ◇◆◇



 ひとまず、朝食はギルドの酒場で食べることにした。

 あそこなら二十四時間やってるし、冒険者には亜人もいるため忌避感が少ないだろうと思ったからだ。

 カミサマを部屋から蹴り出し、転生した時に着ていた作業着に着替える。上から桜龍のコートを羽織り、準備完了だ。

 そう言えば、ルルの服をまだ買っていない。

 これから行くのはギルドだから良いだろうが、街を出歩くのに、茶色のローブでは寂しいだろう。せっかく素材が良いのに、宝の持ち腐れだ。私も可愛い服が欲しいし。

 朝食を済ませたら服でも買いに行こう。カミサマは荷物持ちだ。無限収納インベントリあるし。

 外に出ると、ルルが犬耳を隠すようにフードを被る。もったいないけど、仕方ないよね。

 ギルドに入ると、ルルはフードを取った。というか取らせた。

 そこは隠しちゃいけないポイントだよ、ルルちゃん。私の癒しがなくなってしまう。

 思った通り、ギルド内では亜人でもあまり関係ないみたいだ。ルルの犬耳に一瞬視線が集まったが、すぐに喧騒に紛れて消えた。

 二人を席に残し、マスターに料理を頼みに行く。

 この酒場のマスター、ちょっと渋めの顔をした細身のオッチャンなのだが、これがまた気障な言動が似合いすぎるほど似合っている。

 低く響く声が、燕尾服の生み出すピシッとした雰囲気に絶妙にマッチしていた。


「マスター、朝食になりそうなものある?」

「……ここは酒場だ。ツマミ程度しかできないぞ」

「それで構わないよ。メニューは任せるから三人分お願い」

「予算は?」

「考えなくていいよ」


 ポンポンと会話が進む。

 ルルとのキャッキャウフフな会話もとっても楽しいけど、こういったテンポのいい会話もたまには良いよね。

 銅貨を数枚カウンターに置いて席に座る。銅貨は一枚一万円相当だから、全部で数万円。念のため、ルルを連れ込んだことへの謝罪も込めてある。この程度で居心地の良さを買えるのなら安いものだ。

 だが、


「お前さん、俺を舐めるなよ。亜人だからって差別はしねぇ。客は誰だって客だ」


 マスターは銅貨を一枚だけ取って残りを突き返した。その眼光は鋭く光っている。

 ……この人、


「超カッケェ!」

「「「!?」」」


 思わず叫んだ私に、その場にいた人が驚きの視線を向けていた。

 マスターも苦笑いだ。そんな仕草も格好良い。

 でも、亜人差別のこの世界で、堂々と「誰でも客」と言ってのけるのは本当にカッコイイと思う。非常にCOOLだ。

 改めてマスターに料理を頼み、私はルルとカミサマが待っている席に戻る。これからはここで食事をすることに決めた。朝から酒はダメだけど、この世界では私の年齢でもお酒が飲める。夜の酒場も大丈夫だ。

 …….夜の酒場って、ちょっと淫靡な響きだよね。

 どうでもいいか。



 ◇◆◇



 格好良いマスターが運営する酒場のメシは、やはり美味しい。三人で一万円というなかなかの値段(私が勝手に払ったのだが)ではあるけど、亜人に対する差別もないし食事も美味い。もうこれからここで食べよう。

 食事ついでにマスターに色々と話を聞いてみた。なんか、料理を運んでくるときに合わせて二言三言交わしていたら、暇だったのか私たちの席に座って会話が始まっている。

 まあ、私としては歓迎だから文句はない。

 しかし、マスターの持ってる情報の多いこと多いこと。亜人差別の実態から差別意識の薄い地域、他にも教会の信仰する神様のことやその裏事情、果ては《空白の時代》にまで言及しだした。博識ぶりパネェっす。

 まあ、信仰のことはどうでもいい。問題は亜人差別のことだ。

 どうも亜人差別の根底にあるのは、先の魔王討伐戦での亜人の対応らしい。

 魔王を討伐した勇者パーティは、全員が人族だとされているのだ。亜人は魔王との戦いから逃げた臆病者、と思われているとのことである。

 ここで引っかかるのは、この話があくまで伝聞の形を取っていること。責任の所在をボカしているのだ。

 つまり、『僕たちはそう説明されています。嘘だったとしても、僕たちは悪くないんです。騙されただけなんです』ということだ。

 これは即ち、誰かが故意に伝承を歪めて伝えた可能性があるということだ。

 それが誰なのか。

 大昔の王族かもしれないし、教会かもしれない。今となっては真偽の程は分からないが、少なくともこれが差別の根底である以上、冒険者として活動する亜人は差別の対象外だということだ。


「じゃあルルちゃんも冒険者登録しておこっか」

「はいっ」


 決まりである。元々盾役をやってもらうつもりだったし。


「お前さんたち、魔法使いはパーティにいないのかい?」


 マスターが口を開く。


「いないよ〜」

「嬢ちゃん、見たところ剣士だろう? そこの坊ちゃんは分からないが……。そっちの嬢ちゃんは戦いなんてしたことないだろうしな」

「そうだねぇ」


 そのマスターの眼力に、内心で驚く。

 異世界にきて、前世の体と今の体は違う。前世では刀術を修めていた者として、手もゴツいし筋肉もあった。でも、今のこの華奢で美少女な体で見抜かれるとは。


「だから、お前さんたち。ギルドで適性検査を受けてみたらどうだ。一人銅貨一枚と高いが、魔法の適性があるかどうかが分かるぜ」


 それなら、大した出費ではない。

 当然、受けてみることを即決した。

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