番外編 美佳のこと。
「はいはーい。どういたしまして」
そう言って、私は青からの電話を切った。そのまま腰掛けていたベッドにごろんと横になる。お風呂上がりでブラとショーツだけの楽な格好なので、このまま眠りこけてしまいそうだった。
それにしても、青のやつもやるなぁ。先ほどの電話での会話を思い出して、思わずにやにやしてしまう。
みんなの憧れの的である深沢さんと付き合ったあげくに、いよいよ初デートに踏み切ったという。私に電話してきたのは、デートスポットの相談だった。
あの、恋愛のれの字も知らないような青がねぇ。世の中本当にどう転ぶかわからないものである。
「どしたの、美佳。一人でにやにやなんかして」
脱衣所から、濡れた髪をバスタオルでごしごしとこすりながら先生が現れる。
「あ、せんせぇ。何か青が、初デートするみたいだよ」
「青って、あたしのクラスの森山青? へえ、最近のガキは随分マセてるねぇ」
先生は私が寝転がっているベッドの端に腰を下ろす。私と同じ下着姿なので、引き締まった筋肉質な背中が丸見えだ。確か、学生時代はずっと陸上ばかりやっていたらしい。そりゃあ、抜群のプロポーションにもなるわけである。
彼女は私のクラスの担任の先生で、担当教科は社会科。短めの髪型と高い身長、そしてその竹を割ったような親しみやすい性格のおかげで、結構生徒からは人気があるとか何とか。後半部分は本人が自慢げに言っていたことなので、信憑性は疑わしい。
「それで、デートの場所をどうしたらいいかってさっき電話が掛かってきてさぁ。この私が的確なアドバイスしたわけですよ」
「へえ、この前の確認テスト、ボロボロだったあんたがいっちょ前にアドバイスをねえ」
「そ、それは今関係ないじゃん。大体さ、先生が作る問題が難しいんだよ」
「あのねぇ、あんたみたいなのがいるおかげで、あたしがどれだけ問題作るのに砕身してるかわかってる?」
だから責任とりなさい、と突然先生はこちらを向いて屈み出した。なんだなんだと思っているとわき腹のあたりにかぶりつくように口づけられて、私は思わず飛び上がる。
「えっ、ちょっ、何すんのさっ」
「あたしさ、午前中仕事あって疲れてて、今適度にムラムラしてるわけ。それで、そんな格好したあんたが目の前にいたら、まあそうなるでしょ」
「ま、まあ順序立てるとそうなりますね……」
「それに最近ずっとご無沙汰だったしさ……ダメかな」
私の体に顔を乗せてこちらを見上げる彼女は、何だか寂しがり屋の子犬のように見えた。こんな顔、かっこつけたがりの彼女は私以外には絶対見せないだろう。
私はくすりと笑って、そっと彼女の髪を撫でてやる。
「しょうがないなぁ。ほら、若い体をたっぷり堪能したまえ」
「……それは、あたしがもう若くないって意味?」
「いえいえ、決してそんなことは。……あ、この前のドライブデートはすごく楽しかったなぁ」
「ごまかすなっつの。ほらほら、集中集中」
そのまま流れるように唇を奪われる。先生のキスは少し激しめ。でも求められている気がして、私はそんな感じが好きだった。少しずつ少しずつ、二人で深いところまで潜っていく。
「ねえ、せんせぇ。今日さ、泊まっていってもいい?」
「もちろん。ていうか最初から帰す気、なかったし」
不敵に笑って、先生は私をじっくりと味わい始めた。
……ほんと、世の中どう転ぶかわからないものだ。自分の声を遠くに聞きながら、ふと私はそう思った。