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【完結】定刻の鐘と、ケーキと、王太子と~前世は検察事務官。断罪を止めたら、恋人役のはずが本物の婚約者になりました~  作者: 木風


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第二十二話 エリーンさんは恋の相談役

 婚約が公になってから二週間が過ぎた頃、エリーン・ヴァンドール令嬢が書記官室を訪ねてきた。

 手には、きちんとした菓子店の箱が抱えられている。


「以前、持ってくると言っていたので」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 にっこり笑う令嬢に、私も思わず笑い返した。

 昼休みを利用して、私たちは書記官室の近くにある小さな談話室でケーキを食べることにした。


 エリーン令嬢が持ってきてくれたのは、上品な焼き菓子の詰め合わせだった。

 ヴァンドール公爵家御用達の菓子師が作ったものだという。


「ミルフィさんって、本当にケーキがお好きなんですね」

「好きです。というより、人生の中心と言っても過言ではないです」

「人生の中心に……」


 令嬢は少し笑った。

 今日の令嬢は、春の夜会の時の硬い表情とはまるで違う。

 やわらかくて、少し茶目っ気のある顔をしていた。


「すみません。聞いていいのかわからないんですが……その後、婚約の件は」


 エリーン令嬢は窓の外を見て、少しだけ間を置いた。


「第二王子殿下との婚約は、正式に解消されました。父もそれで良いと言っています」

「そうですか」

「……怖かったです、あの夜会は。公衆の前で断罪されて、周りが離れていって。どうすればいいのかわからなくて。でも、ミルフィさんが来てくれて」

「あの時は、なんとなく我慢できなくなってしまって」

「なんとなく、でも来てくれたんですよね」


 令嬢はまっすぐに私を見た。


「感謝してもしきれないです。本当に」

「……エリーン様のせいではない謀略でしたから」

「ミルフィさんは、正義感が強いんですね」

「正義感というより……理不尽なことが苦手なんです。特に今世と前世でいろいろあって、その」

「前世?」


 うっかり口を滑らせてしまった。


「あ、えっと……少し変わった経緯がありまして」

「転生者の方ですか」

「……ご存知なんですか、そういうことを」

「貴族の間では、たまにいると聞きます。リシャール殿下も、ミルフィさんが転生者だと仰っていましたよ」

「……殿下と親しいんですね」


 ほんの少し。

 自分が知らない場所で、自分のことを話されていた。

 その事実が、胸の奥に小さく引っかかった。


「ふふ。ご安心ください。ジュリアン様のことで気にかけていただいているだけですわ」

「!! す、すいません。そんなつもりじゃ……」


 たぶん、顔に出たのだろう。

 そんなつもりじゃない、と言いながら、ではどんなつもりなのかと聞かれたら困る。


 ほんの少しだけ。

 本当に少しだけ、お二人の間に何かあるのでは、などと思ってしまった自分に驚いていた。

 あんな目に遭ったエリーン令嬢が、そんなことをするはずもないのに。


「殿下、ミルフィさんのことをよく話してくださいます」

「どんな話を?」

「書類の読み方がすごいとか、正直な人だとか、ケーキの話をする時に目が輝くとか」

「……ケーキの話の時に目が輝く、というのは少し恥ずかしいですね」

「かわいいと仰っていましたよ」

「…………」


 私は焼き菓子を一口食べて、視線を逸らした。

 かわいい、なんて。


「殿下はそういうことを……」

「ミルフィさんのことを、すごく大切に思っていらっしゃるんだと思います。話し方でわかります」

「…………」


 返事ができなかった。

 焼き菓子の甘さはちゃんとわかるのに、それより胸の奥の方が落ち着かなくて仕方がなかった。


 エリーン令嬢は、優しい目をしていた。


「ミルフィさんは、殿下のことをどう思っていますか?」

「……それは」

「聞き過ぎでしたか。ごめんなさい」

「いえ、その」


 私は少しだけ考えてから、正直に言った。


「……好きだと思います。たぶん」

「たぶん、というのは、自信がないから?」


 以前、自分が殿下に言った言葉を思い出す。


『人は、自信がないことに『思う』という言葉を口にするんです』


 それが今、綺麗に自分へ返ってきていた。

 よくわからない転生者で、身分も釣り合わない。

 自信なんて、持てるわけがない。

 持てないまま、でも気持ちだけは少しずつ育ってしまったのだと思う。


「自分の気持ちに、わりと鈍い方なので。判断が遅いんです。でも、あの人と話していると落ち着くし、笑ってくれると嬉しいし、名前を呼ばれると……その、心拍数が上がります」

「それは恋ですよ」

「……そうですか」

「確実に」


 断言されて、私はまた焼き菓子を一口食べた。

 甘いはずなのに、少しだけ落ち着かない。

 むしろ、甘さのぶんだけ胸の中のざわつきが目立つ気がした。


「……まあ、そうかもしれないとはわかっているんですが、まだちゃんと伝えていなくて」

「どうして?」

「タイミングがなくて。あと、ちゃんと整理してから伝えたい性格で」

「整理に時間がかかりそうですか」

「もう少し、かかるかもしれません」


 エリーン令嬢は、にっこり笑った。


「殿下は待てる方だと思います。でも、あまり待たせすぎるのも可哀想かもしれませんよ」

「……可哀想、ですか」

「殿下、ミルフィさんの話をする時の顔が、すごく……なんというか、穏やかなんです。普段の殿下は、もう少し緊張感があるというか、隙がない感じがするのに」

「……そうなんですか」

「私、夜会以来何度か殿下とお話しする機会があったんですが、ミルフィさんの話をする時だけ、表情が違うんですよ」

「どう違うんですか」

「……うーん、なんというか……やわらかい、感じです」


 私は焼き菓子の箱を見ながら、ひとつひとつその言葉を受け取っていた。

 やわらかい、という言葉が、胸の奥に静かに残る。

 あの人の表情を思い返すたび、思い当たるものがいくつもあって困ってしまう。


「……ありがとうございます、エリーン様。教えてくれて」

「様はやめてください。エリーンで」

「……エリーンさん」

「はい!」


 令嬢——エリーンさんは、本当に嬉しそうに笑った。


「これからも仲良くしてください。王子の婚約者になったミルフィさんと友達でいられるなんて、すごいことですから」

「私の方こそ。エリーンさんみたいな人が友達にいてくれると、心強いです」

「私は力になれることがあまりないですけれど」

「ただ話せる相手がいることが、力になります」


 エリーンさんは、少し目を細めて笑った。


「……私も、夜会の前日、誰かに話せていたら少し違ったかもしれないな、と思います」

「これからは話してください。聞きます」

「……ありがとう」


 午後の陽光の中で、焼き菓子の箱はすっかり空になった。

 帰り際、エリーンさんが「次は二人でパティスリー・ルルンに行きましょう」と言う。


「ぜひ」

「殿下は抜きで」

「……殿下に言ったら、なぜか来ると言いそうです」

「それはそれで楽しそうですが、今度は二人でね」

「わかりました。約束します」


 談話室を出た後、私はしばらく窓の外を見ていた。

 エリーンさんの言葉が、頭の中でゆっくり反響している。


 やわらかい顔。

 穏やかな話し方。

 ……そんなふうに、私のことを話してくれているのか。


 自分の中の何かが、少しずつほどけていく気がした。

 焦らなくてもいいのかもしれない、と、ほんの少しだけ思えた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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