#1 クソデカ感情突然の襲来
公国には公爵家直属の「メイド兼殺し屋」のチームが存在するという。
民は勿論、外交で訪れる周辺諸国の貴族も含め周りからの認識はよく働くメイド達。
ただし、それはあくまで表向きの顔。
その実は領地や国に害を成す者を牽制したり、時には排除を行う万能暗躍チームである。
なぜそう言い切れるのか。
それは何故なら私『ムク』がその公爵家に仕えるメイドであるからだ。
私が居る公爵家、ニルヴェイン家のメイド達はこの地を統治する為、この屋敷に仕える使用人たちで形成された古くから存在している部隊だ。領主を含めた領家の地位名声を守る目的から裏社会でもその噂を外で広める事はあってはならない。
もしその話を外で聞くことがあれば、その口を塞がなくてはならない。
まぁ、手段は…時と場合による。
☆☆☆
「久し振りに私たちの噂話をしている男が酒場にいたらしいの。探ってみたらどうやら他国から来ている悪徳商人みたいよ」
「えぇー…?公共の場でその話を出している辺りあまり腕は良くないんだろうけど″どう″なっちゃうんだろねー?まぁトキちゃんには関係ないけど」
私の話になんとも気の抜けた様子で答えたのは同じくメイドの『トキ』
こんな緩い雰囲気と話し方ではあるが彼女とはこの家に来たのも同じ頃で同じ死線も越えてきた大切な友人であり同僚だ。
「私の耳に入るくらいなら旦那様や奥様から指示が出るのは時間の問題よね。私達は待ちましょう」
「だねー。今日は折角いい天気だし暖かいし、今の所平和だしー…あ、それにさぁ!ムク聞いた?ていうか見た?」
気温と日差しにあてられて朝からずっと眠そうだったトキの声が急に楽しそうに弾んでいる。
「びっくりした…!何よ急に、あんたがそんな感じなの珍しいわね」
「うちの騎士団に新しく来た人ー!いやぁ、すっごい綺麗で格好良かったんだよ」
そう、ニルヴェイン公爵家には騎士団という領地と民、国を守る騎士団も存在する。
私達メイドが裏を暗躍するものであるならば、騎士団は表に立ち活躍するものだ。団員は基本的に男性ばかりで構成されており、日々鍛錬に励み領地の見守りまで行う彼らは民からの人気も高い。
おまけに若い男性が多い事もあってか、女性には特に熱狂的な人気を誇っていたりもする。その騎士団に新入りとあっては確かに周りは騒ぐだろう。
でも私はそれどころではない。そんな話題の人にいちいち気を遣っている余裕もない。
何故なら……
「私は別にちゃんと仕事を真面目にしてくれる人ならそれでいいわ。別に眉目秀麗だって…」
「ムク、この前お付き合い目前までいってた人に振られたばっかりだもんねー」
「こら!!!!静かに!!!!」
「一番うるさいのムクだよ…」
ニルヴェイン公爵家に仕える仕事真面目なごく普通のメイド。年齢だって若い。外見は…特段整っているわけでもないが、身だしなみや清潔感には気を遣っている。
先日まで「この人なら…」と、所謂好意と呼ばれる感情を寄せていた人がいた。それに相手も悪くないような印象を持っていてくれていたと思う。…なのに、なのに…!
「スカートを履いたまま回し蹴りをする女性とはちょっと…って何!?」
「言ってる事そのままなんじゃない?」
「それ以外は良さそうだったじゃない…!その時だって彼に重い荷物がぶつかりそうだったから私は咄嗟に!」
「…ムク、割と言葉より身体が先に動くからなー。前に素敵だって言ってた人にも引かれてたような…」
「あの時は彼に因縁をつけてくる輩が居たから少し手を強く握っただけよ」
「トキちゃんそれ噂では手をひねりあげたって聞いたよー」
こう言ったことは実は初めてでは無い。過去に心惹かれた男性には皆私の異様な体術に驚いて逃げられている。
私は『惹かれて』いるのに向こうには『引かれて』いる。悲しい事である。
☆☆☆
所謂私は失恋したばかりの身。傷心中の心の傷を仕事で埋めようと意気込んでいるところなのだ。
朝から奥様の身辺の奉仕や掃除、いつもより細かい所まで丁寧に。そして中庭の掃き掃除も兼ねてこっそり鍛錬でもしてみようかと箒を片手にやってきた。
よし、やるぞと深い呼吸を吐き出した瞬間。
いつの間にか背後に人影があることに気付いて振り向く。
「見つけた。可愛いメイドさん」
聞えたのは初めて耳にする声。
男性にしては高く、女性にしては少し低めで中性的と感じるような声だと思った。
「えい。…あれ、意外と警戒せず振り向いてくれるんだ?」
振り向いた瞬間に私の頬にはその声の主の指であろうものが押し当てられていた。
そこに居たのは肩に着くくらいの真っ黒な髪と真っ赤な隻眼が印象的な人だ。
身長は私よりも10cmほど高く、手足もすらっと長い。
顔立ちも整っていて、こういう人を麗人と呼ぶのだろうとふと思う。
「…私の記憶では初めましての方かと思うのですが」
「あはは!そりゃそうだ。いかんせん敬語や堅苦しい言葉にはあまり慣れていなくてさ」
「公爵家に仕える者として今後は所作には気を付けた方がいいかと」
「だよねぇ。騎士団の先輩達よりは君に教えて貰う方が良さそうかも」
その言葉でトキの言っていた『話題の騎士団新入り』の存在を思い出す。この人がきっとそう。
…だが、この人が騎士団員というには今までの騎士団員達とは違う事が一つある。
それが不確定要素だ。
「失礼ですが、先にお名前を伺っても?」
不確定要素を確認するため、まずは名前を問うことにした。
「あぁ、そうだね。あたしの名前はフェンネル。最近騎士団に入団したばっかりだけど同じ女の子同士!どうぞこれから仲良くしてね」
「やっぱり女性…!というか、じょ女性で騎士団に!?」
「まぁそこは色々とあってさ~。でもそれなりに使える自信はあるから安心して」
「そうなんですか…?ま、まぁ女性でも体術が得意な者はいますからね…あまり良い事とは世間一般的には捉えて貰えないので…苦労することも多いですが………お互い……」
話しながら段々気が沈んで声のトーンが下がっていく。仕事に私情を持ち込むのはいけないことと分かっていながら、まだ失恋して日が浅いこの心がどんよりと重くなって行くのを感じる。
「あたしは格好良くて憧れるけどな。そういうの」
「………えっ」
肯定の言葉をかけて貰えるとは思っていなくて、反応を声に出すまでに少し時間がかかってしまった。
気持ちと一緒に下を向いていた顔を上げると彼女はその綺麗な目を細めて微笑んでいた。彼女は何だか飄々としているように感じていたし、何より初対面であるのにその表情や雰囲気からは何処となく暖かい気持ちを感じるのは何故だろうか。
「その強さに救われる人が沢山いるんだもん。素敵だし、何より…」
「何より…?」
「こんなに可憐で普通の女性に見えるのに強くて、警戒心が高いのに初対面のあたしにも普通に振り向いちゃう可愛いメイドさん」
「ちょっとやめてください何だか恥ずかしくなるので!」
私の反応が面白くて揶揄っているのかフェンネルさんは少し身を屈めてその整った顔を近付けてくる。
笑っている表情自体は変わらないのに、先程まで感じていた暖かい空気に紛れて、ピリ、と張り詰めるようなものを直感で感じた。
「あたしは君になら殺されたっていいよ。大好きなムクちゃん」
おでこ同志がくっつく程の距離で囁かれたその言葉と向けられた視線に私は固まってしまって身動き一つ取れなかった。
殺されたっていいって何。
初対面の人にそんなことを言うなんて。
それに何故こちらは名乗っていないのに名前を知っているのか。
何より今までどんな殺意も嫌悪もいなして受け流してきた私がその目から視線を外すことすらできなくなるような″重さ″にあてられてしまうなんて。
「なんて!冗談冗談!はは、固まっちゃってか~わいい」
直前までの様子や空気が一瞬で明るいものに切り替わる。身体もぱっと離れて身の回りの重かった空気が急に軽くなって息がしやすくなった気がした。
「…な、なんなんですか初対面の私相手に…!?」
「うんうんごめんね」
「私貴方の事よく分かりません!分かる気もあまりしないというか…!?というか名前!なんで!」
「そっかそっか」
彼女の纏う雰囲気が変わって、やっと私も気持ちを声にすることができるようになる。
慌てて言葉を捲し立てる私をけらけらと笑いながら彼女はまた目線を私と合わせるように屈んだ。
「これから沢山あたしの事知ってくれたらそれでいいや。じゃあまたね、ムクちゃん」
私、なんだかとんでも無い人に絡まれてしまっているのでは?




