第7話 サナの力
サナには物心ついたときから人には言えないことがあった。
当時のサナにはそれが不思議で、世話係に聞いたことがあった。
そのときの世話係の顔が今でも忘れられない。
「あんた…一体何を言ってるの…⁈」
その世話係が現女将。
サナの力を知っているのは女将だけで、サナが格式高い客の担当にならない理由だ。
「その…紙と鉛筆をとっていただけますか?」
サナは恐る恐るユイトとカナタに依頼すると、顔色一つ変えず、部屋の備品を持ってきてくれる。
お茶を一口飲んで落ち着かせる。
こんなに緊張するのは久しぶりかもしれない。
信じてもらえないかもしれない。
馬鹿にされるかもしれない。
でも。
サナはユイトとカナタの顔色をうかがった。
この二人なら信じてくれる気がした。
丁寧に書き始めるのは、隣の部屋にいた人の名前。
「私は仕事で、お品書きや案内板を書くことが多いんです」
死んだ客人の名前を書く。
文字はまだ動かない。
「これまでは私に見えるだけで、特になにもないと思ってたんです」
その隣に、第一発見者になった客人の名前を書くと、ゆらゆらと漂うように見え始める。
「時々、ですが、私が書いた文字が、動くように見えることがあります」
「ほう」
面白そうな声色でカナタが呟いた。
その表情は事件のことを話していたときのようにキラキラしている。
「お隣の部屋のお客様のお名前を書いた時に、今日は動いているなぁと思って」
「ちなみに、二人とも動いているんですか?」
「いえ、こちらの方だけです」
ユイトの問いに、サナは第一発見者の方を指さす。
ユイトとカナタは顔を見合わせて頷いた。
「あの、お二人にも動いているのが見えるんですか?」
「いいえ?」
ユイトが笑みで答え、カナタは首を振る。
しかし、様子を見るにどうやら信じてくれるようだ。
「ですが、あなたがそう見えるなら、そうなのでしょう。そして、それは私達が感じている他の違和感とも合うんですよ。だから信じているんです」
「あ、ありがとうございます?」
「参考程度に聞くが」
カナタは静かに聞いてきた。
「これまでこの旅館でこういう事件が起きたことは?」
「私が仲居になってからはないですが…」
「わかった」
カナタは何かに納得したように頷く。
お茶をまた一口飲んだかと思うと、立ち上がった。
「ユイト、行くぞ」
「そうですねぇ。外出禁止らしいですけど」
「そいつに案内させればいいだろ」
「サナさんをそいつ呼ばわりはよくないですよ」
そう言いながらも、同じように立ち上がるユイトは、カナタを止めるつもりはないらしい。
慌ててサナは自分のお尻を床から引き剥がす。
「ちょっ、あの、別に私がいるから外出できるとかそういうわけでは…!」
もう真夜中だ。
仲居と歩いていたとしても不審者とされる可能性が高いのに。
「いないよりましだろ。そろそろ頃合いだしな」
「頃合いって?」
「あの犯人を捕まえにいくぞ」
にやりと笑うカナタとそれを止めないユイトに引きずられるように、サナは沢の間を出た。




