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第1話 蝶の宿 沢の間

「うわああああ‼」


隣の部屋から壁を貫通かんつうして叫び声が耳を突き刺した。

サナがどうしようと考えている間に、目の前の二人が立ち上がって部屋を後にした。


「お、お客様⁈」


思わずサナもその二人の後を追いかけた。

たどり着いたのは隣の客室。

その中心に一人の死体が横たわっていた。


 * * *


ここは蝶の宿。人間や妖怪が非日常の休暇を求めてやってくる。


「本日はようこそおこしくださいました」


サナはその宿で幼い頃から仲居として育てられ、働いていた。

その日、担当する客人に挨拶あいさつをする。


「今回、こちらの沢の間で担当させていただきます、サナと申します。何かありましたら、何なりとお申し出ください」

「よろしくお願いします」


今日のお客様は二人。

挨拶を返してくれた一人は銀髪で、柔和にゅうわな笑顔を浮かべていた。

もう一人はこちらをちらりと見たきり、何も言わない。黒髪で仏頂面ぶっちょうづら

二人とも見た目は男性だが、特に黒髪の方は人間離れした容姿をしていた。


「お茶の用意をさせていただきます」


まだ到着したばかりで、荷物はとかれていないようだ。

サナは手早くお茶を用意し、持ってきた茶菓子を隣に置く。

銀髪の男性が礼を言いながら荷物を整理しているが、黒髪の方は鋭い瞳で、部屋から見える庭園をながめていた。


蝶の宿のような高級旅館では、力を持つ妖怪が人間を従者に置く関係が多い。

この二人も例にれていないのだろう。

その後も夕食の時間を調整するときも銀髪の男が返事をしてくれ、挨拶の仕事が終わった。


 * * *


「えっとぉ」


従業員室に戻って改めて名簿めいぼを見直す。

今日のサナが担当する二人の名前を確認する。

人間の坂本 ユイト。

鬼の勧修寺ごんじゅうじ カナタ。

勧修寺という名前は、サナも聞いたことがあった。

良いところの家なのだろうが、なぜサナが担当なのだろうか。


サナが担当になる客人は新しい客や格式が低い部屋の客である。

常連になれば、サナの仲居としての成績があがり、給料も上がる。


「って、そういう目的じゃなーい!」


サナが感じたのはあの二人の雰囲気だ。

通常、蝶の宿にやってくる客は旅行を楽しみにしている。

宿の食事や大浴場、遊技場、景色。

何より非日常感。

しかし、二人からは楽しみやくつろぐ感じがない。

まるで日常の一部かのようだ。


「なんなんだろう…」


どう動けば、あの二人をもてなせるのだろうか。

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