#8
なぜか恒例になっているお茶会は、なぜか続いている。なぜなのか、アイリスはまだ疑問を解決できずにいた。
「お元気そうで何よりです」
「ああ。大事に至らなくて良かった。どうも不調は、巧妙にかけられた呪いだったらしい。呪いは消えたのだが、その痕跡から呪いがやっと分かったくらいだったそうだ」
「それ私に言っていいんですか?」
「アイリスは情報を悪用しないだろう」
「だからといって、機密情報を簡単に喋らないでください」
裏でそれを解決したアイリスは、ある程度事情を知っているのだが、知らないことになっているのだ。弱みを打ち明けられても困るだけなのである。
「以前にアイリスが不安商法のことを言っていただろう? 我々の不調がまだ知られていないうちに、医者とは別のアプローチで健康をもたらす魔法が使えると売り込みに来ていた女性がいたと、あとから報告に上がってきた。もしかすると、と思ったのだが……」
「あぁ、マッチポンプで付け入ろうとしたかもしれないということですか」
魔女の呪いがどういうものなのかはわからないが、ロクドウが文官の読心をした際に、第一王子の婚約者が一番強く影響を受けていたと読み取っていた。あわよくばそこにおさまろうとしたのかもしれない。いや、それは(魔女も老いが進まないとはいえ)不釣り合いだ。穿ちすぎか。
「何度か売り込みはあったが、呪いが消えてからは、来ていないと報告が上がっている」
「なぜ急に呪いが消えてしまったのかは分からないのですよね。兄の婚約者が昏睡状態でしたから、あと何日も持たせられるかと必死に延命していたそうです」
「だから機密情報……」
「カーマイン家の加護によるものかもしれないと、私は思っている。アイリスがお守りだと貸してくれた珊瑚を受け取った夜に解決したからね」
「機密情報……」
聞かされても困るのだと訴えたいが、困った顔ができないのでこれっぽっちも伝わっていない。
「解決したから、これは君に返そうかと思うのだけど……」
言いながらリュシアンは珊瑚のかんざしを持ってこさせる。「返す」と言いつつ歯切れが悪く、後ろ髪を引かれていることが顔に現れすぎていた。そんなに顔面が正直すぎて大丈夫だろうか、この王子は。
「献上いたしますよ。同じようなものはたくさん持っていますから」
「いや、そんなつもりは! この赤い珊瑚は君の黒い髪にこそ映える。君に一番似合うんだ」
「それは、少し困りますね」
「どうしてだい?」
「リュシアン様のお誕生日がもうすぐですから、贈り物を持ってきたのです。リュシアン様に似合ってほしいのですが……」
あらかじめリュシアンの従者に預けていたものを渡してもらう。
「カーマイン家の加護をリュシアン様にも。拙いですが、誠心誠意込めて作りました」
赤いつるりとした珊瑚がはめ込まれたカフスボタンである。
「つ、作ったのか? もしかして珊瑚から?」
「いえ、珊瑚の養殖は未熟ゆえに私ではまだできません。カットや研磨は曽祖父から教わりました」
「それだけでも十分にすごいよ。職人技だ……」
おそらく目の肥えたリュシアンには気づかれているだろう。カフスボタンは対のものだ。クッション材の上に並んでいるそれは、左右で完全に同じ形ではないことを。手作業で同じものを寸分狂いなくいくつも作ることこそが職人技なのである。それにはまだ及ばない。
「まあ、うらやましい」
「アデル様も受け取っていただけますか?」
「私にも? もちろん!」
同じように渡してもらう。アデルには珊瑚のイヤリングを。肌になじみがいいように優しいピンク色のものにした。コロンとした丸い珊瑚をイヤリングの金具につけただけのシンプルなものだが、歪みなく同じ大きさになるように苦心した。
「アデル様のお誕生日はもう少し先ですが、アデル様は次のお誕生日で成人になるお年ですよね? 誠心誠意磨き上げました」
「ふふっ、嬉しいわ。本当に」
花のような可憐さで笑う方だとアイリスはいつも思う。それに必要な筋肉はもう正常に動くはずなのだが、と自分の頬をむにむにしてみた。せめてその十分の一くらいの笑顔ができるようになりたいものである。
「カーマインの初代は国を守った英雄です。リュシアン様もアデル様も守ってくれるでしょう。曽祖父はまだ死んでいませんが」
「そうだね。やっぱりまだ歴史上の人物という感覚が抜けないな」
「実際に会っていただければわかると思いますよ」
「アイリスさんの加護はないのかしら?」
「誠心誠意込めさせていただきました。リュシアン様とアデル様を一生守らせてください」
「ふふっ。その加護の方が効きそうですわ。──お兄様?」
「……あっ、ああ、そうだな」
何か少しぼおっとしたらしい。
「何かありましたか?」
「……今の言葉、以前にアイリスから聞いたような気がしたんだ」
「どの言葉をいつですの?」
「『一生守る』と、……夢の中で」
「お兄様、少し乙女が過ぎませんこと?」
アデルは辛辣だった。
しかし、よく覚えているものだ、とアイリスは思う。夢現であった。夢の中のリュシアンの受け答えはちゃんとしていた。呪いでぼんやりしていたと思っていたが、思いのほか意識ははっきりしていたのかもしれない。
「トーヨーでは……、いえ、曽祖父の出身地では、誰かが夢に出てくるのは、夢を見た当人ではなく、夢に現れた人の思いが体から抜け出て夢を見させていると考えられているそうですよ」
「そ、それはアイリスが私のことを……?」
「安心してください。それが本当なら、リュシアン様の夢は大渋滞ですよ」
優しく気さくで、国民の生活をよりよくしようと公務をこなすリュシアンは、よく国民に愛されている。敬愛ももちろんあるのだが、均整の取れた体つきと整った顔立ちのために、美術品を愛でるようにも愛されていた。公式・非公式の姿絵もよく売れている。市場の経済を調べ、場合によっては政策を打ち出すことがリュシアンの仕事だ。姿絵がよく売れていることも、その理由も知っている可能性が高い。
「私、そんなに奥ゆかしい方ではありませんから」
そんなおぼろげなものに頼らず、実際に言ったくらいなのだから。ただ、ふさわしくないと思っているので曖昧にしているのだけど。
「私、アイリスさんの飾りすぎないところ好きですわよ」
「ありがとうございます」
「気になっていたのですけど、珊瑚の養殖はそんなに難しいものなのかしら?」
「理論はシンプルですよ。『できるだけ珊瑚が育つ環境を再現する』、それだけです。そのために、まず大きな水槽を用意して海とつなげます」
「どうやってつなげるのかしら?」
「空間をつなげます。できれば常時、そうでなくても定期的に海の水を入れ替えるために一定時間。今のところ、この時点で皆脱落しています。私も空間の維持ができず、まだ成功したことはないんですよ」
「空間をつなげることは、できている……?」
「ええ。それは得意な方なのです。座標を知るために、海に連れて行ってもらいました」
ちなみに、ロクドウは千里眼で座標を捉えられ、空間をつなげた後も常時維持していられる。
アイリスも一人二人という個人ならば守れる自負はあるが、規模が大きくなると、ロクドウには遠く及ばない。まだまだ修行が足りないと思うには十分なのである。
「アイリスさん、思った以上にすごいですわね。……いえ、可愛らしいお嬢さんだと思っていただけなのよ」
「できることとできないことの差が大きくて、学校の成績はぱっとしないのですけどね」
アイリスが得意とすることは、だいたい授業には出てこないのである。学校での勉強は、できないことの底上げと思えば、アイリスにちょうどいい内容だ。
「学校を卒業した後の予定は決まっているのですか?」
「まだ考えていません。実家に戻って農作業に従事したいのですが、今はまだ王都にいなければなりませんから」
国から領地を預けられている者は、身内を王都に住まわせる慣習がある。カーマイン家はまだ若い家柄ゆえ、免除されていたが、「お目こぼし」もなくなってしまった。アイリスは勝手に動けないのである。
「私の侍女になりませんか?」
「え、私が、ですか?」
「今からお作法を学んでくださるだけでいいですわよ。アイリスさんは良家の娘ですから、何も問題はありません」
侍女などどこから出てきたのだろう。さすがのアイリスも焦る。顔には全く出ていないが。
「それを分不相応とは思わないが、待ってくれ。私としては文官を目指してほしい。基本的には試験を課すが、研修制度で仕事を学びつつ適性を見るルートもある。女性の採用も増えてきた。アイリスの公平で理知的なところが向いていると思うんだ。考えてくれないか? そしてゆくゆくは直接私の手伝いをしてほしい」
「女性のキャリアとしては、私の侍女の方がいいですわよ。それに、文官の採用は女性も増えていますが、末端ばかりで上役にはいません。アイリスさんはお兄様の片腕になれませんわ」
「それは是正していくべき課題だと私も思っている。しかし、女性は家庭との両立があるから、制限せざるを得ないのも現実で……」
「男性も家庭と両立させなさいな。何のために女性にも門戸を開いたのかしら? 人手不足だったからでしょう。質を下げることはできません。次にできることは待遇を上げることと、そういう意識を変えることでしょう」
「そう簡単に言ってくれるな」
「簡単でないことをアイリスさんに言っていることになりますわよ。ねえ、アイリスさん。文官よりも私の侍女になりませんか?」
「お二人の諍いのタネになるなら、どちらも断らざるを得ないですよ」
白熱しかけていたが、アイリスの言葉で少しは冷静になったらしい。お茶とお菓子を口に入れる余裕を取り戻していた。
「ああ、以前に文官は魅力的な仕事だと言ってくれていたけど、理由を聞いてもいいかな? 参考までに」
「安定して高額のお給料をもらえるから、ですね」
「あら、直球ですのね」
「まず自分に余裕がないと、人に優しくすることは難しいですからね。余裕を得るために不都合なことは、だいたい金銭で解決できます」
「急に生々しくなりましたわね。施しというものは、確かに端的に言えばそういうことですもの。アイリスさん、私の侍女になりませんか?」
「お二人の諍いになるうちは、お断りです」
言うと、アデルとリュシアンがコソコソ密談を始めた。
「協議の結果、半分ずつでどうだろうか?」
「私の体は一つです。無茶を言わないでください」
「ははっ。しかし、勤務時間が短い枠を作ることも一つの手段かもしれないな。その分、采配が難しくなるが」
「仕事は分ければ分けるだけ、総量が増えるものですからね」
「では、侍女見習いの期間も一回あたりを短くして、期間を長めに取れば大丈夫ですわね」
どうやら、本当に文官と侍女を半分ずつやらせるつもりらしい。将来安泰だといえばそうなのかもしれないが、アイリスは呆れて苦笑するしかなかった。顔面はぴくりともせず、実際にお嬢様は笑わないのだけど──。




